奇襲
「マリ、いよいよ次だね」
「沙耶……」
「そんな不安そうな顔しないで。ほら、私がプレゼントした指輪とハナビのネックレス。一緒に戦えなくても私達の想いは、いつもそこにあるから」
「うん。沙耶、ありがとう」
クイーンの山であるAブロックと、キングの山であるBブロックは交互に試合をおこない、今日は全8試合をこなすスケジュールになっている。そして開幕戦に続く第二試合は私だ。
「マリっち、気楽にやってこい」
「マリちゃんなら、きっと良い戦い出来るよ!」
ヒビキとハヅキさんも控えめな声援をくれる。
「マリちゃん頑張れー!!キングに一泡吹かせてやれー!!」
「マリさん、いつも通りやれば善戦出来ますわ」
双海さんは、いつも通りの元気いっぱいの応援を、会長は敗戦のショックを見せぬよう気丈に振舞い、気合いを入れてくれる。
誰も勝てるとは思っていない。だから「きっと勝てる」なんて無責任な事も言わない……。
『さぁ、ナンバーズカップ一回戦第二試合、キングvsマリ・トリデンテの時間が迫ってきたぞ! 解説のイヴさん、この二人についてはどうですか?』
『そうね、キングはみんなも知っての通り【金剛不壊】で無敵を誇る絶対王者。敗北はおろかダメージを与えた対戦者はクイーンのみ、それもたった一度だけ』
『キングに攻撃をヒットさせてもダメージは0ですよね。【金剛不壊】とは無敵スキルなんですか? それも常時発動型の…?』
『ふふ、私は答えを知っているけれど、ユーザーの間で解明されていないスキルの効果をNW社員である私の口からバラしてしまったらフェアじゃないわね』
そう、そうなのだ。
キングの対戦動画をいくつか見たけど、挑戦者がキングに攻撃をヒットさせてもキングへのダメージは毎回0。
唯一ダメージを与えたことがあるのはクイーンなのだが、何故そのときだけダメージが通ったのだか不明だという。
何らかの理由でクイーンの攻撃が貫通したのだろうか? いや、クイーンは攻撃の際に特殊なアクションはしていなかったはずだ。つまり……
『さぁ、それでは二試合目の両者は準備を!』
ああ、考えてる場合じゃない。早く入場口にいかないと。
急いで入場口に向かおうとした私に後ろから声が飛んでくる。
「マリお母様、必ず勝機はあります。期待してます!」
「マリ、絶対勝てる! 私達がついてるから!」
「絶対に勝てる」そんな言葉をかけてくる人はいない、なんて思っていたのに、この二人は随分と自信満々に言ってくれる。
わかったよ、沙耶、ハナビちゃん。勝てるかはわからないけど、私に出来ることを、全部やってみせるから! 見ててね。
◇
「まさか、我の相手が最下位のノーナンバーだとはな」
「え?」
入場口には既にキングがいて、私が入ってくるなり不満をもらした。
まぁ、キングの言ってることも理解は出来る。自分が強すぎて物足りなさを感じたからNos.を集めたのに、まさかNos.を持たない私と一回戦であたるとは思ってなかっただろう。
キング…その称号に相応しい強さを身に付けたPC……あれ、そういえば、キングというのはキャラネームじゃなくてアダ名、いわゆる称号的な物だったはずだ。
じゃあ、キングの名前ってなんて言うんだろう? 私は興味から【透視】を使って確認する。
「なるほど、タナカタロウさんって言うんですね」
「……………」
「………あの?」
「………やめろ」
「え?」
「その名で呼ぶな。我はキングだ」
「あ、はい。正確にはタナカタロウ・キングさんですね。ファミリーネームがあるってことはNCを?」
「だからやめろと言っておる!! ネットゲームで本名をつけてはならぬと知ったのはキャラ作成後だったのだ!」
「はぁ……」
別に本名を付けてはダメなんてルールはないのだが、キングは随分と気にしているらしい
「NCを作ったのはファミリーネームほしさ故。キングは称号ではなく我の真なる名前となったのだ」
「な、なるほど」
名前ほしさにNCを作る人が存在するとは思わなかったので少し驚くが、NCを作る理由なんて人それぞれだ。
ヒビキだって言い寄ってくる人々への牽制の意味でNCを作りたがっているわけだし、まぁ、相手は気心知れたハヅキさんと決めてるみたいだけど、たぶん私が沙耶に抱いているような感情はないだろう。
「貴様もリアルネームのような名前だな。よかろう、我が名を与えてやる……そうだな、愚者でいいだろう」
「愚者?」
タロットカードに使用されているのアルカナのうちの一つが確かそんな名前だった気がする。
目的もなく彷徨う無計画な放浪人……だったかな? タロットに詳しくないから正確な意味は知らない。
そもそも私は自分の名前を煩わしいと思ったことなんてないから称号など必要ないのだが。
「軽率、わがまま、落ちこぼれ。Nos.もないくせにナンバーズカップに参戦してきた貴様にはこれ以上ないくらいお似合いの称号であろう。愚者よ」
「そ、そうですね」
「……何故、言い返してこない?」
「え? え?」
キングは両腕を組みながら仁王立ちして、私を見下ろすように視線を下げる。
なんでって、そりゃ言い返して荒れたら面倒だし、試合前にわざわざ余計な問題は起こしたくないし。
「プロレスを知っているか? プロレスは観客に魅せるため、エンターテイメント性も重視し、会話でも客を盛り上げる。ボクシングなどもそうだ。計量時や会見での睨み合いは闘争心を煽り、客はその先に何が待っているのか期待する」
つまり、私も何か言って客を盛り上げろと言うことだろうか。
「……って、まさかこの会話、会場に流れてるんですか!?」
「流れておらん」
「……じゃあ盛り上がらないじゃないですか」
「我が盛り上がりたいのだ」
「はぁ……」
「我は闘技場を愛している。選手であり、観客なのだ。Nos.がないのならば、せめて威勢よく吠えて我の闘争心を煽ってみせろ」
「それは出来ません。私が魅せるのは試合で…ですから」
「ほう……」
何をバカなことを、とキングは不敵に笑う。キングを相手に試合で魅せる…それがいかに困難であるか知っているのはキング自身だろう。だからこそ今の発言はキングに火をつけた。
「何もさせずに潰してみせよう。愚者よ」
私は装備、アイテム、作戦を最終確認して、実況のスキュラ氏の声と共に入場する。
瞬間、歓声が起こる。私に向けられた物ではなく、キングに対しての歓声だ。
全戦全勝、金剛不壊の絶対王者の戦いを見るために闘技場に足を運ぶ人は少なくない。ギャンブル要素もあり、優勝オッズはキングが1.0倍だ。これは賭けにすらなっていない。
例えば1万円をキングに賭けてキングが勝っても、戻ってくるのは1万円。100回やって100回勝つと言われているようなもので、賭けが成立していない。
私のオッズは10001倍。参考までに他の物事で比較すると……
・NW社が会見の内容はウソだったと明かす 300倍
・人類の月面着陸はウソだと明かす 500倍
・ネッシーが見つかる 600倍
・ナポレオンが生きている 1000倍
・タイムマシンの発明 2000倍
私がキングに勝つというのはネッシーを発見するよりも困難で、タイムマシンの発明よりもありえない事、おまけになんだ、ナポレオンが生きていることよりも珍事だと言うのか。
私に賭ける人はお金をドブに捨てるようなものだから、こんな現実味のない数値を設定しないと賭ける人はいないのだ。このオッズはスキュラ氏が独自に設定した数値であり、賭けた人数などは関係ない。
そして私に賭けた人数はNWでわずか一人。そう。この闘技場で私が勝つと思っている人は沙耶とハナビちゃんを除けば一人、たった一人なのだ。
『さぁ、第二試合、キングvsマリ・トリデンテの試合が始まるぞ』
ランキング1位
【タナカタロウ・キング】Lv75
HP 3200
MP 600
攻撃力 1200
防御力 105
魔攻力 1200
魔防御 100
素早さ 740
ランキング100000位
【マリ・トリデンテ】Lv75
HP 4500
MP 500
攻撃力 600
防御力 290
魔攻力 60
魔防御 260
素早さ 550
『さぁ、選手が入場しました! キングは相変わらずのオーラ。挑戦者のマリ・トリデンテは下馬評からすれば30秒耐えることが出来れば上出来、という感じでしょうか』
実況のスキュラ氏にも言われたい放題だ。
悪気はないだろうし、変に持ち上げられるよりは気楽だけど……おかしいな、あんなに嫌だったのに、ワクワクしてる。
満員の観客、耳に響く歓声、目の前の強敵。
試合開始の合図を待つ時間は心臓がバクバクして足が震えると思っていた…けど違った、信じられないくらい冷静だ。
こんな素晴らしい雰囲気の舞台に立ったからには、せめて……。
『試合、開始!』
試合開始直後、キングの行動パターンは相手に向かって突っ込んでいく確率が95%。【金剛不壊】の無敵効果でダメージを恐れずに攻撃出来るからだ。キングのステータスを見ても攻撃無効のスキルがあるからこそ攻撃ステータスを伸ばせるだけ伸ばしている。
セオリー通りならばキングの攻撃を回避するために距離を取るべきだ。だけど、キングが相手に向かって行かなかった残りの5%は?
これは賭けだ。
私に賭けた人がいるように、私も賭けに出ないと何も掴めないんだ。
「【縮地】! 」
私は前に出ることを選択し、縮地でキングとの距離を詰める。
だが、結果的に私の賭けは外れた。キングも下がらずに前に出てきたのだ。
「くっ……チェンジ! 大鎌!」
下がるようなら弓で追い討ちをかけようとしたが、前に来られては弓は不利だ。私は可変武器である風迅弓を即座に大鎌モードにチェンジする。瞬間、前進していたキングは急停止し咄嗟にバックステップで距離を取る。
「切り裂け【真空波】!」
マリの【真空波】が発動 → タナカタロウに 560 のダメージ
「ぐっ…!」
追尾効果のある真空波は、私から距離を取ろうとしたキングを捉えて攻撃をヒットさせ、ログに表示された通り、確かにダメージが入っている。
静寂。
それまでキングに送られていた声援はピタリと止み、一瞬の静寂が闘技場を包み込む。
信じられない物でも見たかのように目を見開き、口を開けて呆然としている。観客も、キングも、私でさえも。
『なっ……なんと、先手を取ったのはマリ・トリデンテ! 絶対王者のキングを相手に電光石火の奇襲をやってのけたぁぁ!!』




