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戦士達の船出

 土曜日

 私が沙耶と同時にログインすると、前日に高速船を走らせてやってきたクイーンの姿は既にトリデンテの中にあった。


「久しぶりね。マリちゃん、サーヤちゃん」

「お久しぶりです」


 って言うほど久しぶりでもないのだが、とりあえず合わせて返事をする。


「かんざ……マリちゃん。おはよう」

双海(アクアニ)さん、おはよう」


 未だに私のことを『神崎さん』と呼びそうになるのは双海さん。

 双海さんは最初こそ会長をリン、沙耶をサーヤと呼ぶように努力していたが、2日もしたら諦めて、スズと姫という呼び方に落ち着いた。

 そういえば同級生で私だけ双海さんにアダ名呼びされてない気がする。

 姫宮がヒメ、鈴川がスズ、緑川がミドリ、岡崎がオカ。

 ならば神崎はカンになるのだろうか……いや、嫌だな、麻雀じゃあるまいし。私もアダ名で呼んでほしいなんて一瞬思ったけど、どうやらマトモなアダ名にならなそうだ。



「クイーンは疲れてないんですか? 片道5時間の航路を往復でしょ?」


 双海さんはチャームポイントのワンサイドテールを揺らしなからぴょんぴょん跳ねるようにクイーンに近付く。


「心配してくれてありがとう。でも大丈夫よ」


 とはいえ、さすがに5時間は長い。

 暇潰しに釣り具やトランプなどは必須だろう。もっとも、双海さんならば5時間ずっと喋り続けていそうだが。


 その後、しばらくしてからハヅキさんがログインしてきて、トリデンテ全員が揃い、クイーンの高速船に乗り込んだ。

 留守の間にトリデンテに何かあればサイバーフィッシュの方々が知らせてくれることになっている。同盟様々だ。




 ◇




「ついに……ついにこの"瞬間(とき)"が来たのですね」

「ど、どうしたんですか会長」


 会長は船尾に立ち、広大な大海原を指差して叫んだ。

 そんなに高速船に乗りたかったのか、それとも闘技場に出場することでテンションが上がっているのか。

 ところが会長は釣竿を構えるとスタイリッシュにルアーを飛ばし、遠くに投げ入れる。


「今日こそマグロを釣り上げますわ」


 …そうだった。会長は海に出る度にマグロを釣ると宣言して、結局何も釣れずに毎回坊主で終わるのだ。


「さぁ、マリさんも一緒に!」

「あ、はい」


 私も暇潰しにのために釣竿は持ってきているので、会長に続いて船尾から釣糸を垂らす。

 ルアーも竿もクラフトで自作したお手製だ。

 問題はこのルアーと竿でマグロが釣れるのかという事だけど。自作したとはいえ、私が装備している釣竿のランクはC。マグロは獲物の中でもかなりの高ランクなので、例えヒットしても竿の性能が足りずに折れてしまう可能性もある。


会長(スズ)とマリちゃんは釣りかぁ。よっし、私もやるぞ!」


 私の横に双海さんが座り、釣糸を垂らした。


双海(アクアニ)さんの釣竿は……カーボンロッド?」

「そうそう、旅先で釣りすることも多かったから良い釣竿を商人から買ったのだよ」


 カーボンロッドはランクAの釣竿。

 最高ランクの釣竿はランクSだが、こちらは幻の釣竿と呼ばれているので、カーボンロッドは一般プレイヤーが手に入れることが可能な釣竿の中では一番良い釣竿だろう。


「ワタクシは、この物干し竿でマグロを釣ってみせますわ」


 会長の竿は物干し竿。ランクE。マグロがヒットしても高確率で竿は折れてしまうと思う。


「みんな釣竿は持っているみたいね。それじゃあ、いっそ勝負をしてみましょうか」


 クイーンが双海さんと同じカーボンロッドを手にしながら言った。

 高速船まで持っているのだから、もしかしてって思ったけど、いくらクイーンといえども幻の釣竿は所持していないみたいだ。


「勝負? どんな方式で?」


 沙耶は私と同じランクCのスタンダードロッド。

 たまにトリデンテの海で一緒にお喋りしながら釣りをするが、中々の腕前だ。


「そうね……ポイント制にしましょうか。レアな魚ほど高ポイントで、チームの合計点で勝敗を決めるって事で」




 チーム分けは持っている竿のランクが平等になるように振り分けられた。


 Aチーム

 クイーン【カーボンロッド】

 リン【物干し竿】


 Bチーム

 アクアニ【カーボンロッド】

 ハヅキ【物干し竿】


 Cチーム

 マリ【スタンダードロッド】

 サーヤ【スタンダードロッド】


 Dチーム

 ヒビキ【スタンダードロッド】

 ハナビ【スタンダードロッド】



 魚のランクは釣りに詳しいクイーンと双海さんが、釣れる魚を表にしてランク付けをした。


 Sランク 10ポイント

 Aランク 5ポイント

 Bランク 3ポイント

 Cランク 1ポイント



「それじゃ、スタート!」


 クイーンの合図で一斉に釣り糸を投げ入れる。

 私はルアーで、沙耶はフライを使って釣り勝負に挑む。

 NWの竿は現実とは違ってリールなどはない。暴れる魚に対して左右上下やホールドなどの動きで合わせ、魚の体力ゲージを減らして釣り上げるシステムだ。


「きましたわ!」


 最初のアタリは意外にも会長。

 しかし、会長の竿はランクEの物干し竿。あまり強すぎる魚がヒットすると竿が折れてしまうだろう。

 現に会長の物干し竿が折れる光景を何度も見てきたのだ。

 今回ヒットしたのはどうやら竿が折れる程の魚ではなかったらしい。上手く魚の体力を減らし、会長は一番ノリで獲物を釣り上げた。

 釣り上げた魚は【ボラ】ランクはCランクで1ptだ。


「やりましたわ……やはりワタクシには釣りの才能が」

「やるじゃない、リンちゃん! 私も続くわよ」


 続いてクイーンもヒットし、Bランクの【アオリイカ】を釣り上げる。

 さすがはクイーンというべきか、釣りの腕前も一流なようだ。

 というか、会長が魚を釣り上げたところを初めて見たかもしれない。今までは竿をバキボキ折っていたからなぁ。


「会長って竿が折れる度に修理して使ってるよね」

「うん。リンは物に愛着持って使ってるイメージ」


 沙耶が【ボラ】を釣り上げながら答えた。

 例えば初心者の頃に使っていた木の枝とかもそうだ。

 思い出の品として部屋に飾ってある。


「あ、私もアタリきた!」


 強い引きを感じて合わせると、上手いこと魚がヒットする。

 右、右、左、右。単純な動きなので簡単に釣れる魚だろう。

 順調に体力を減らして釣り上げる。釣れた魚は【イワシ】Cランクだ。


「大物はそう簡単に掛からないみたいだね……ちょっと場所変えてみようか。ハナビちゃんはどうかな? 釣れてるかな?」


 ハナビちゃんの様子が気になって、右舷にいるヒビキチームの様子を見に行く。


「ハナビちゃん、釣れてる?」

「あ、マリお母様、サーヤお母様」


 ヒビキとハナビちゃんはランクCの魚を3匹釣り上げ、合計で3ptらしい。


「右舷も左舷と同じで小物が多めかぁ」

「なんだ、そっちもか」


 ヒビキは4匹目のCランクを釣り上げ、合計4pt。

 どうやら私達より順調なようだ。


「頑張ってるね。ハナビちゃん」

「いえ、まだまだです。ハナビはクジラを釣り上げることを目標としているので」

「……船が沈んじゃうよ」


  その後、しばらくハナビちゃんと一緒に釣りをしてマリチーム7pt、ヒビキチーム8ptになったところで船尾に移動した。


「よーーーーし! 30pt目」

「なんの! こちらは31pt目ですわ!」


 船尾に行くと、双海さんと会長の怒号が聞こえてきた。

 制限時間は後10分。どうやら優勝争いはクイーンチームとアクアニチームに絞られたようだ。


「凄いね。何釣ったの?」


 私は双海さんとハヅキさんが釣った魚を見せてもらう。

 釣り上げた魚は【スズキ】などの大物。さすがは良い釣竿だけのことはある。

 クイーンチームも負けじと食らい付き、接戦になっている。おそらく、次に大物を釣り上げたほうの勝ちかな。

 その後はお互いに譲らずに5分経過した所で会長にアタリが来る。それも異常な引きだ。


「き、きましたわ!」


 アタリが来た瞬間、魚が激しく暴れまわり会長の体が持っていかれそうになる。引きの強さ的に、おそらくAランク級の魚だ。

 会長がこれまで釣った魚を見ると、全部Cランク。物干し竿でそれ以上のランクの魚を釣るならば相当なテクニックが要求される。毎回のように竿を折っている会長の事だから、今回もダメかもしれない。そう思った瞬間、クイーンが声を発した。


「集中して! 右、左、ホールド!」


 クイーンが魚の動きを見て素早く的確な指示を飛ばし、会長はそれに合わせて、スムーズにげを減らしていく。

 指示通りに2分ほど格闘して、会長は見事に獲物を釣り上げる。


「でかっ…!」


 全長3メートル巨体、鋭いレイピアのように伸びた上顎が特徴の【カジキマグロ】だ。


「や…やりましたわ! やりましたわ!!」

「うっわ、物干し竿でカジキマグロ釣るとか、会長(スズ)やばすぎ」


 超大物を釣り上げた会長は飛び跳ねて喜びを表現している。

 それもそのはずだ。目指していたマグロとは違うが、それと同等かそれ以上の大物であるカジキマグロを釣ったのだ。


「やりましたね! 会長! ついに念願の……念願の大物を」

「……マリっち、なんで泣いてんだ」


 結局、会長のカジキマグロ一本釣りで決着がつき、海釣り大会はクイーン&リンチームの優勝で幕を閉じた。


「ありがとうございますわ」


 大会終了後、会長は的確な指示でサポートをしてくれたクイーンに感謝の言葉を述べる。


「いいチームプレーだったわね。大会優勝者には何かしらプレゼントを贈呈しようと思っていたのだけど、リンちゃんなら……そうね、これはどうかしら」


 クイーンは自分のアイテムストレージから装備を取り出して、会長に手渡す。


「これは……賢者のローブ!」


 賢者のローブは魔攻が飛躍的に上昇し、消費MP減少の特殊効果もある。後衛をやるプレイヤーにとっては現時点で最高クラスの装備だ。


「こんな高価な物はいただけませんわ!」

「いいのよ。私は前衛だから持っている意味がないもの。リンちゃんに使ってもらうほうが嬉しいわ」

「クイーンさん……」


 会長は【賢者のローブ】を装備し、手には【光杖・イルミナル】、背中には【ゴールデンマント】、耳に【エメラルドピアス】。

 かなり充実した装備の会長はトップクラスの戦闘力を持ったプレイヤーになっていると思う。


 クイーンと会長は握手してお互いを称えあっている。

 だが、抜群のコンビネーションを見せたこの二人が闘技場一回戦で戦う事になるなんて、私達はまだ知らなかった。

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