契約に響く咆哮
肌寒い日も増えてきた10月。東京で20日連続で雨が降るなどの異常気象がニュースで伝えられている中、ヒビキを家庭教師にNW内のマイホームで受験勉強に励む私に、クイーンからメッセージが届いた。
【クイーン】
闘技場のトーナメントの件だけど
高速船を出すのは次の土曜日でいいかしら?
【マリ】
大丈夫です
その日はトリデンテ全員が集まれるので
【クイーン】
わかったわ
途中、寄りたい地域があれば寄るけど、どうする?
「こら、勉強に集中しろ」
メニューを開いてメッセージを打ち込んでいたら、家庭教師のヒビキ先生に怒られてしまった。
「ごめんなさーい。クイーンからメッセきたから」
「ああ、例の闘技場の。ウチも試合に誘われたけど、断ったよ」
「出ればいいのに。翼を持ったPCなんて人気出ること間違いなしだよ」
「だからこそだよ。これ以上追いかけ回されたら、たまったもんじゃない」
なるほど、と納得する。
沙耶から聞いた話だと、NC目当てで寄ってくる人達への対処も兼ねてヒビキはハヅキさんとNCを作りたいと発言していたとか。
「私もあんまり出たくないなぁ……」
沙耶や会長やヒビキが出るのならば、華があっていいだろう。
だが私が闘技場に出たからといって一体何を見せればいいのだろうか。
思い返すのは執行者であるツルギさんとの戦い。
沙耶も言った通り、確かに一回ツルギさんを倒したが、あれはツルギさんが不慣れな槍を装備していた事も影響しているだろう。本来のスタイルのツルギさんと刃を交えたときは、あっさり戦闘不能になってしまったし、最終的にツルギさんを倒したのは会長のNos.だ。
ヒビキのお父さんであるエンゼルケアとの戦いの時なんてずっと檻の中にいたし、実質何もしていない。
そんな事を考えながら唸っていると、私の部屋のドアをノックし、ハナビちゃんが入ってきた。
「マリお母様、少しお時間よろしいでしょうか」
「今? えーっと…」
私は勉強を中断してもいいのかな、と横目でヒビキをチラッと見る。
「今日はここまでにしておくか。いってこい」
てっきり勉強中だという理由でNGを出されると思ったが、予想に反しヒビキに暖かな目で見送られ、私はハナビちゃんとマイホームの外に出る。
◇
「マリお母様とサーヤお母様が上手くいったみたいで良かったです」
ハナビちゃんは私の左手薬指のエンゲージリングを見ながら言った。
「ハナビちゃんも手伝ってくれたんだよね。ありがとう」
「いえ、お母様方のためならハナビはなんでもしますから」
「私だってハナビちゃんのためならなんだってするよ。何かあったら直ぐに言ってね」
「はい。では……」
ハナビちゃんは何かを手にして私に差し出してくる。
銀色の鎖の先に光り輝く宝石、ダイヤモンドのネックレスだ。
「私からのプレゼントです。受け取って頂けますか?」
「うわぁ、凄く綺麗! ハナビちゃんが作ったの?」
「はい。ハナビもマリお母様にプレゼントをしたくて……クマさんのお礼です」
クマさんとは、ハナビが生まれた直後に私がプレゼントしたぬいぐるみの事だ。いつもハナビちゃんの枕元に置かれている。
私はハナビちゃんに手渡されたネックレスを装備する。
防御力と雷耐性を持ち、スキルのリキャストタイムも縮めてくれる優れものだ。
「どうかな、似合う?」
「はい、とても」
「えへへ、ありがとね。ハナビちゃん」
私はハナビちゃんに抱きついて体全体で感謝を表す。
その後はヒビキも誘ってハナビちゃんと一緒にレベル上げをした。
ハナビちゃんはまだLv.20しかないので、レアモンスター狩りで思うようにダメージが出ずに悩んでいるらしい。
「お気に入りの武器は見つかった?」
「はい。これです」
そう言うとハナビちゃんは忍者が使うような短めの刀を取り出した。
様々な武器を使って試行錯誤していたハナビちゃんは、どうやら忍刀をメインに使っていくと決めたらしい。
素早い連続攻撃をおこない、手数で勝負するスタイルで、リーチが短いためにプレイヤーの技量が要求されるテクニカルな武器だ。
現在二刀流が許されている唯一の武器でもある。
「じゃあ、目指すはNWのくの一だね」
「くの一……忍装束とか、憧れです。いつか着てみたいです」
ハナビちゃんは和風な物に惹かれるらしく、刀や和装を希望した。
ハナビちゃんの現在の装備は、沙耶のお古である西洋風の鎧なので、いつか和風装備の素材を狩りにいけたらいいな。
西洋の鎧と言ってもガチガチに全身を固めた鎧ではなく、本当に鎧の意味があるの? とツッコミを受けるタイプの出るところは出ている女性らしさを重視した鎧だ。
日本のゲームに多く見られる傾向で、ある意味ではこれも和風装備なのかもしれない。
もちろんゲームなので、しっかりと装備分のステータスさえ上がれば露出部分があろうとも何も問題はないのだ。
◇
「そういえば……」
狩りの最中、ヒビキが思い出したかのように口を開く。
「モンスターを仲間にするスキルが明日実装されるだろ?」
「うん、そうだね。ヴォイスの安全が確保されるから安心だよ~」
ヴォイスがトリデンテの住人になってから数ヶ月、よくぞここまで守り抜いたと感心する。トリデンテのみんなが力を合わせた結果だろう。
そしていよいよ明日のアップデートでモンスターを仲間にするスキルが実装されるのだ。
「誰がヴォイスを使役する主になるかって話だけど……」
「それはもちろんヒビキだよ」
「いいのか? ヴォイスは元々マリっちが連れてきたのに」
確かに私のワガママで保護したヴォイスだけど、名付け親もヒビキだし、母親代わりになってくれたのもヒビキだ。今更私がでしゃばる場面ではない。
「わかった。じゃあ、ウチがヴォイスの主になる」
◇
翌日、予定通り【契約】のスキルが実装され、ヒビキはまだ振り分けていない分のスキルポイントを消費してスキルを習得し、正式にヴォイスの主になった。
「これでよし。ヴォイス、これで思う存分死ねるぞ」
「クゥ~ン」
物騒な台詞を吐かれたヴォイスは少々脅えた表情をしながら鳴く。
「はは、冗談だよ。なるべく戦闘不能にならないように守ってやるって」
「ワォ~~ン」
【契約】のスキルをモンスターに使い、モンスターがそれを受け入れると、モンスターはプレイヤーの守護獣として使役出来るようになるのだ。
守護獣は一人のプレイヤーにつき一匹。一度契約すると解除は不可能で、一生の付き合いになる。
私もいつか自分の守護獣と出会い、契約出来るだろうか。
そんな思いを巡らせながら、土曜日の船出に備えての準備を進めた。




