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【二日目】エース

 修学旅行二日目。

 私達のグループは、計画通りに沙耶と合流して水族館まで移動した。

 沙耶と同じグループのカップルAさんとBさんは、こちらに干渉せずに二人の世界に入っている。名前すら聞いてないけど、たぶん聞く必要もないのでAさんとBさんでいいだろう。

 クイーンは入口近くで待っていると連絡があったが、私と沙耶はクイーンの顔を知らないので、クイーン探しは双海さんに任せることにした。


「美人だから、すぐにわかると思うけどなぁ。どこだどこだ~」


 双海さんは手を眉の上に置き、見渡すポーズを作りながら顔を左右に振ってクイーンを探す。サインをもらうって意気込んでいたし、相当熱心なクイーンファンなのだろう。

 双海さんの相方である緑川さんは興味がなさげ、というか心ここにあらずって感じで、ぼーっとしている。

 かくいう私と沙耶も、あまりテンションは高くない。いや、水族館が嫌いだとかクイーンに会いたくないとか、そんな失礼な理由でテンションが低いわけではない。


「ね…眠い」

「私も……」


 昨夜、指輪をもらった事に舞い上がり、NWからログアウトした後も、沙耶と私は遅くまでお互いについて語り合っていたから。

 親しくなる前の印象はどうだったとか、お互いのどんなところが好きだとか、私に内緒で指輪の素材をトリデンテの皆で取りに行った話も聞かせてもらった。

 そんなこんなで見事に眠り姫ならぬ、寝不足姫が誕生してしまったのだ。


「でも楽しかったね」


 沙耶が眠い目をこすりながら言った。

 確かに、修学旅行で夜遅くまで起きて話をするなんて、なんだかイケナイ事をしているみたいでワクワクした。小学生の時は親しい友達もいなくて私は早めに寝ちゃったし。


「えへへ」


 昨夜の事を思い出したら、ついついニヤけてしまって、人目も憚らず沙耶の腕に抱きついてしまう。沙耶も嫌がる素振りを見せずに受け入れてくれた。


「お二人さん、少しは自重せんか」

「サーヤちゃんにマリちゃんかな? 昨日はどうも」


 いつの間にかクイーンらしき人物を連れた双海さんが呆れ顔で私達を見ていたので、私は慌てて沙耶の腕から手を離して、沙耶と一緒に頭を深く下げて挨拶する。


「は、はじめまして!神崎(かんざき)茉莉(まり)です」

姫宮(ひめみや)沙耶(さや)です。双海ちゃんに聞いてはいたけど、美人ですね」


 沙耶の言葉に反応して、私はクイーンの顔をまじまじと見る。

 明るい栗毛のショートカットに、整えられた長いまつ毛、艶やかな印象に塗られたリップグロス。濃すぎず薄すぎないメイクがより美しく見せている。

 確かに、私が出会ってきた女性の中では沙耶の次くらいに美人かもしれない。

 こんな美人が闘技場No.2ならば、NexTuberとしてやっていけるのも納得だ。


「知っているかもしれないけど、私は速水(はやみ)彩華(いろは)よ。よろしくね」


 双海さんが「もちろん知っていました!」と叫ぶが、私はまったく知らなかったので、頑張って記憶に速水彩華(クイーン)の名前を刻み込む。


「ところでリンちゃんはどこに?」

「リンは別行動ですよ。明日は一緒に行動しますけど」

「あら、そうなの?」


 そういえばクイーンは、昨日も沙耶と会長を訪ねて来たんだっけ。


「リンも闘技場に勧誘を?」

「ええ、リンちゃんは噂のPKのNos.4を倒したそうじゃない。そんな実力者なら、闘技場に是非とも参加してほしくてね。双海ちゃんから、リンちゃんも同級生だって聞いたから、てっきり一緒かと思ったわ」


 会長の【ファストアリア】は確かに対人にて無類の強さを発揮する。ヘイトコントロールの必要もないので最初から全力で連続魔法を撃ち込めば30秒とかからず相手を沈めることが可能だろう。


「確かに、トリデンテで一番対人に向いているのは会長かもしれないですね」


 私も見てみたい、なんて思った。

 キングと呼ばれている絶対王者に対して会長がどこまでやれるのかを。


「Nos.4のツルギを1対1で倒したのはマリですよ」

「えっ?」


 沙耶によって唐突に話題の矛先を会長から自分へと変えられた事に驚く私と、Nos.4を倒したのは(マリ)だと言われた事に驚くクイーンと双海さんが同時に声をあげた。


「リンがNos.4に勝ったのは事実だけど、それは2vs2の状況。1vs1で最初に勝利したのは紛れもなくマリなの」

「へぇ……マリちゃんが……」


 昨日と今日はクイーンをじろじろ見つめる立場だった私だが、何故だか今はクイーンにじろじろと舐め回すかのように見られている。


「どうです?」


 沙耶が誇らしげな顔をしてクイーンに問う。

 どう、って……まさか私を推薦しているのだろうか。


「Nos.を倒した無名のPC……おもしろそうではあるわね。マリちゃん、貴女も闘技場に出場してもらえるかしら」

「え~~~!!?」


 私の大声に対して、周りにいた人々が何事かと、こちらを振り返った。それを見た双海さんがケラケラと笑っている。

 そりゃそうだ。昨日、自分を注意していた人物が、今度は注意される側になったのだから。


「さ~や~……」


 なんで余計な事を言ったの! なんて訴える目をして沙耶を見つめる。


「ごめんごめん。でも、トリデンテのエースはマリだと思うから、マリよりも私やリンが注目されていることに納得いかないの」


 エース? 私が?

 そんな発想はなかったので、しばらくポカーンと沈黙してしまう。私はNos.もなければ戦闘が得意なわけでもない。

 うっかり戦闘不能になる回数もトリデンテで一番多いかもしれない。

 そんな私がエースって、いくらなんでも盛りすぎだ。


「サーヤちゃんは随分とマリちゃんを買っているのね」

「マリを誰よりも近くで見てきた私が言うんだから、間違いないですよ」

「へぇ。マリちゃん、相方がここまで言ってくれてるのよ。試しに出てみない? 対人戦は試合時間も短いし、緊張している暇もなく終わるわよ」


 できることなら観客席から沙耶の応援していたかったけど、沙耶にここまで言われたら、と私は首を縦に振って、闘技場に出ることにした。以前、沙耶に守られているだけじゃなく、隣に立てるよう努力するって決めたんだ。少しは挑戦をしてみよう。


「でも、いいんですか? 出場枠は……」

「むしろ歓迎よ。サーヤちゃんとリンちゃんを含めて15人が出場することになっているから、16人になったらベストな人数でトーナメントが組めるわよ。もっともリンちゃんに断られたら、結局15人になるけどね」


 次回開催されるトーナメントはキングとクイーンの推薦で選ばれたプレイヤーがトーナメントで戦うレギュレーションで、それぞれNos.を集めてNos.だらけのトーナメントになる予定だったらしい。Nos.を持たないプレイヤーがキングに挑む場合は基本的に瞬殺。もはやキングは一般プレイヤー相手では満足いく戦闘が経験出来ないと、この大会を計画したのだとか。


「って、そんな理由ならNos.を持たない私が参加したら怒られちゃうじゃないですか!」

「まぁ、そこは人数合わせとか適当な理由で誤魔化しておくから大丈夫大丈夫」


 正直不安すぎるけど、他に言い訳も思い浮かばないので、とりあえず頷くしかない。いきなり無名のプレイヤーが参加してブーイングでも浴びたらどうしよう、なんて既にネガティブな考えが頭の中を駆け巡るのであった。




 ◇




 さて、随分とNWの事について話し込んじゃったけど、ここからは待ちに待った水族館デート…もとい観光だ。

 二人きりってわけじゃないけど、沙耶と一緒に水族館なんて、ワクワクしちゃうな。

 ふわふわと浮遊するように泳ぐクラゲや、あまり動きのない巨大なカニを見ながら水族館を進んでいく。一見、まったく魚が泳いでいない水槽をよく見ると、敷き詰められている砂の中からニョキニョキと伸びた触手のような物が生き物である事に気付く。噂のチンアナゴだ。

 何十匹かいるチンアナゴは、全員同じ方向を向いて綺麗に整列しているような印象を受けた。

 どうやら水流に乗ってくるプランクトンを待ち伏せしているから、みんな同じ方向に体を向けて食事しているらしい。

 小さい魚だけど意外に表情豊かで可愛らしい。

 水族館はフラッシュをたかなければ基本的には撮影OKなので、沙耶と一緒に可愛らしい魚をいくつか写真に収めていく。



「あ、見て見て! ペンギン! ペンギンいるよ」


 沙耶の腕を引っ張って、ペンギンがいる水槽の前まで移動する。


「か、可愛い」

「本当だね。歩き方とか、よちよちしてる」


 沙耶も目の前のペンギンに夢中になっている。

 ぷかぷか浮いている個体もいれば、水中を猛スピードで泳いでいるペンギンもいた。水中を泳いでいるペンギンが、こちらに興味を示して寄ってくる。手を動かすと、それに誘導されるかのようにキョロキョロと動く。


「ふふ、マリが可愛いから寄ってきたのかな」

「も~、沙耶ってば~」


 自分でもわかるほどのバカップルオーラを出しながら、ハナビちゃん達に見せるために、寄ってきたペンギンと写真を撮る。


「ハナビは可愛い物が好きだし、水族館の写真は喜びそうだね」


 沙耶はテンポ良くシャッターを切って、次々に写真を撮影していく。写真って苦手だったけど、沙耶と一緒に写る思い出と考えると悪くない。気付けばカメラに対しては抵抗がなくなっていた。


「お~い! 姫~、神崎さ~ん」


 ペンギンに夢中になっていると、遠くで双海さんが私達を呼ぶ声がした。大声で叫ばないでよ、と言いたいが、私も先程うっかりやらかしてしまったので人のことを言えない。


「どうしたの?」


 双海さんのほうへ歩いていくと、圧巻の景色が現れた。

 高さは8メートル近く、長さは20メートル以上はあろうかという巨大なアクリルパネルの向こうに、巨大なジンベエザメやマンタ、その他にも様々な種類の魚が優雅に泳いでいる。

 この大きさは、あくまでアクリルパネルの大きさであって、水槽そのものは、もっと巨大な物になっているだろう。


「すっごいね……」


 沙耶は写真を撮るのも忘れて、巨体をゆっくりと揺らしながら動くジンベエザメを見上げていた。私も、この景色に言葉を失い、じっくりと魚達を観察する。

 まるで自分が海の中にいるかのように錯覚するほどスケールが大きい水槽だ。NWで水中に潜って綺麗な景色を見た時に、こんな体験は現実じゃ出来ないな、なんて思ったけど、それは間違いだったのかもしれない。今まさに目の前の風景に圧倒されているのだから。


「沙耶、写真撮ろっか」


 ハナビちゃんにも、この景色を見せてあげたいと思った私は、ようやく言葉を絞り出す。沙耶も我に返って、手にしたカメラで巨大な水槽を背にポーズを決めてシャッターを切った。

 巨大な水槽に隣接したカフェで、魚達を眺めながら一休みし、双海さんに「そろそろ次に行こう」と言われ、名残惜しいけど、その場を後にした。



 ◇



 館内を一通り回った私達は、最後に売店でお土産を選ぶ。

 そこで、いつの間にか私の隣にいた双海さんが、ジンベエザメのぬいぐるみを見ながら私に不思議な質問をぶつけてきた。


「神崎さん、恋の色って何色だと思う?」

「へ?」


 水族館の売店で、ジンベエザメのぬいぐるみを見ながら出てくる台詞としては不釣り合いな気がしたから少し驚いたが、私は即座に答えを導き出して答える。


「恋の色……青かな」

「え? なんで青なの!?」


 たぶんピンクとか赤とか、そんな答えが返ってくると思っていたのかもしれない。事実、半年前の私ならそう答えていたと思う。

 でも、今の私が恋と言われて連想するのは、ピンクや赤でもなく、大好きな人だから。


「私にとって恋の色は沙耶の色だから、沙耶の好きな青なの」

「………………なるほど。参考になった」


 バカにされるんじゃないかと思ったけど、双海さんは私の言葉を聞いて、しばらく考え込んだ後に、目の前にあった緑色のジンベエザメのぬいぐるみを手にとってレジへ持っていった。

 結局、双海さんの質問の意図がよくわからなかったけど、ジンベエザメのぬいぐるみは可愛く出来ているので、私は青色のジンベエザメのぬいぐるみを手にとって買うことにした。


 クイーンとは水族館で別れ、私達は、その後も観光地を回り、ホテルに戻ったのは昨日と同じく夕方だった。




 ◇




 食事を終えた後にはレクリエーションの時間が設けられている。レクリエーション係である会長は、この日のために色々と考えて用意していたが、最終的にクラス対抗まくら投げ大会なるものが開催された。

 レクリエーションの役目も果たせ、部屋で枕を投げたくなる欲求をこの場で満たしてしまおうという一石二鳥のアイディア。

 まぁ、単純にいえば枕を使ったドッジボールみたいなものなんだけど、当たると痛いボールと違って、柔らかい枕は安全なので、みんなが気軽に楽しめる素敵なレクリエーションになった。



 ◇



 部屋に戻り、枕投げで汗だくになった体を沙耶と一緒にシャワーで清める。


「なんだか恥ずかしいな……」


 昨日一緒にお風呂入ったのに、今日は昨日よりも緊張する。


「じゃあ、顔が見えないように」

「え?」


 私と向き合って浴槽に浸かっていた沙耶はそう言うと私の後ろに回り込み、私は沙耶に抱き抱えられながら、沙耶の上に座る形になってしまう。


「これならお互いの顔が見えないし、恥ずかしくない」

「こっちのほうが恥ずかしいんだけど……まぁ、いっか」


 後ろから沙耶にホールドされ、背中には二つの柔らかな感触、耳にかかる沙耶の吐息、鼻孔をくすぐる甘い香り。

 たぶん私は生きてこの浴槽を出ることは出来ないんじゃないかと思う。それくらい心臓が悲鳴をあげている。

 けど幸せなので、死んでもいいからこの状況に身を任せてしまおう、と沙耶に体を預けた。


「今日は一緒に寝る?」


 沙耶が後ろから私を抱きしめながら、昨日と同じ質問をぶつけてくる。

 昨日は私をからかうための冗談かと思ったけど、もしかして違った?

 だから今日の私は、その言葉に対しては首を縦に振って頷いた。

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