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ダイヤモンドハーツ

沙耶視点

 それは修学旅行より少し前の出来事。

 私はマリに内緒でNWにログインして、ヒビキ先輩に相談を持ちかけていた。


「ダイヤモンド? また随分とレアな素材をほしがるな。サーヤっち」


 私がダイヤモンドを採取出来る場所を知らないか訪ねると、ヒビキ先輩が少し驚いた表情で言った。

 私が自分からレアアイテムをほしい、なんて言い出すことは滅多にないから、驚いたのだろう。


「プレゼント用に指輪を作りたくって」

「指輪? 確かダイヤモンドでクラフトする指輪って……」


 そこまで言ってヒビキ先輩は「ああ、なるほど」と察してくれる。

 ダイヤで作る指輪【エンゲージリング】はステータス的には防御力が上がるだけで特殊な効果はない。

 それでも私がダイヤモンドを欲するのは、他でもないマリのため。もっといえば自分のためでもある。


「場所によっちゃ発掘出来るけど、この辺りだとダイヤモンドの発掘された報告はないな」

「そうですか……」


 なるべく自分で取りに行きたかったけど、どうやらトラベルスタイルの商人に大金叩いて買うしかないのかもしれない。


「あ、でも宝石を落としそうなモンスターなら、数日前に見かけたぞ」

「本当ですか!? ちなみに、どんなモンスターですか?」

「ジュエルタートル。中型のレアモンスターだ」


 中型ならば、そこまで大人数じゃなくても討伐可能だろうか。

 ジュエルタートルの生息域はイノシシ山と呼ばれてる場所の奥で、以前ヒビキ先輩が上空散歩しているときに見かけたらしい。


「でも既に狩られている可能性は高そうですね」

「まぁ、行くだけいってみるか」

「ハナビもお手伝いします」


 手伝うと申し出てくれたヒビキ先輩と、隣で話を聞いていたハナビにヴォイスを加え、後からログインしてきたリンとハヅキさんも快く引き受けてくれて、6人PTで出発することになった。




 ◇




「ここがイノシシ山ですか」


 あまり村の外に出たことがないハナビが、物珍しそうにイノシシ山を見上げて呟いた。

 たまにマリと一緒に家族三人でトリデンテ付近の森などにレベル上げに出るが、ここまで遠出はしたことはまだない。


「迷子にならないようにね。ハナビ」

「大丈夫です。秘策があります」


 そう言うとハナビは、やたらと長いロープを取り出して腰に結びつける。その長さは10…いや、20メールはあるだろうか。いくらなんでも長すぎるが、ハナビがやろうとしていることは、なんとなく理解出来た。


「この命綱でみなさんと繋がれば迷子になることもありません」

「ハナビ、それは落下の危険やクレバスに落ちたときに役立つもので、この山で使うのは少し違うのよ」

「そうなのですか?」


 イノシシ山は雪渓でもなければ崖を登るわけでもない。もちろん命綱が必要な程の難関もない山だ。

 ハナビは普段はしっかりしているのだけど、たまにこういう抜けた部分があるのは心配でもあり、可愛くもある。


「代わりに手繋いでてあげるから。ほら」


 それを聞いたハナビは嬉しそうに手を差し出してくる。

 母親らしいことなんて何をしたらいいのかわからないけど、せめてログインしてる間はハナビの側にいてあげたい。


「サーヤちゃんとハナビちゃんを見てると、私もNC作りたくなっちゃうな」


 後ろから私達を見ていたハヅキさんが、ヒビキ先輩に見せるための写真を整理しながら言った。

 NWの住人になったので現実世界の風景が見れないヒビキ先輩のお願いで定期的に届けているらしい。

「現実世界に未練があるみたいでみっともないけど」なんて言っていたけど、私は別にいいと思う。現実世界もNWも、楽しめるうちはどちらも楽しめばいい。今はまだ、どちらかを切り捨てる必要はないと思うから。


「なんならウチと作るか?」

「作りたいけど、今はやめておく。現実側が忙しいからヒビキに任せっきりになっちゃうし」

「NCの申し込みが鬱陶しいから、ウチとしては早く相手がほしいけどな」


 と言うのも、ヒビキ先輩はNWで翼を持った唯一無二のPCなのだ。

 その翼が遺伝して凄いNCが生まれるんじゃないか、といった理由でモテモテらしい。


「私のリアルが落ち着くまで待っててよ。それにヒビキは今、ハナビちゃんの教育係でしょ」


 普段は私とマリの惚気に色々と言及しているけど、自分達も結婚前提でお付き合いしてる恋人のような会話をしていることに二人は気付いているのだろうか。なんて思ったのはリンも同じみたいで、私達は顔を見合わせて苦笑した。



 ◇



「確か中腹の広場にいたけど…」


 道中、襲ってくるイノシシ型のモンスターを倒しながら小一時間ほど登ったところで、ヒビキ先輩が空を飛んで辺りを見渡しにいく。


「いたぞ! そこから、もうちょっと東だ」


 上空からのヒビキ先輩の指示を聞いて地図を確認し、東側に進んで行くと、生い茂っていた木々が途切れて少し開けた広場に出た。その中央に、どっしりと構えた大きめの亀がいる。キラキラに輝く宝石のような甲羅から、のっそりと手足と頭を出して、こちらを見つめてくる。

 のんびりとした動きをしているので鈍そうだな。なんて思ったが、その考えはあっさりと裏切られた。目があった瞬間、こちらが身構える前に口をあけて水のブレスを吐きかけてきたのだ。


 私は咄嗟に反応してヴォイスの盾になる。

 自分の娘であるハナビよりもヴォイスを優先した理由は、ヴォイスは蘇生が不可能なため。

 今後モンスターを正式に仲間にするスキルが実装され、蘇生も可能になるとの告知があったが、実装は10月になる予定なので、現時点でヴォイスを戦闘不能にさせることはあってはならない。

 PT全体に被害が及ぶも、崩壊とまではいかずにリンとハヅキさんの回復魔法で態勢を整えて身構える。


「ブレスは正面に吹きかけてくるから、一箇所に固まらないで散らばって!」


 私は他のみんなに指示を出してジュエルタートルに向けて、スキル【挑発】を発動した。

 挑発に釣られたジュエルタートルは盾である私の方向に身体を向けて、甲羅から伸びた頭の部分で攻撃をしてくる。

 ヒーラーであるハヅキさんとサポーター兼魔法アタッカーのリンを右側面に、物理アタッカーのハナビとヴォイスは左側面に、ヒビキ先輩は飛行能力を駆使して縦横無尽、臨機応変に動いてもらう。ピンチのときは抱きかかえて上空へ緊急退避、なんて裏技まで使えるので頼もしい。盾の私とは別の守り方が可能な、ある意味チートキャラだ。


「よし、攻撃開始!」


 私の合図で、まずはハナビとヴォイスがジュエルタートルに向けて攻撃を行う。

 ハナビの武器は片手刀の忍刀。侍が使うような長身の刀とは違って、ダガーやクナイのイメージに近い小型の刀だ。まだ戦闘に不慣れなハナビは、いくつかの武器を試して自分に合う武器を決める、とのことで色々と模索中らしい。


 ハナビの攻撃 → ジュエルタートルに 1 のダメージ

 ヴォイスの攻撃 → ジュエルタートルに 30 のダメージ


 ハナビの刀での攻撃は甲羅に弾かれダメージが通らず、ジュエルのタートルの足の部分にヒットさせたヴォイスの攻撃は、わずかながらダメージが入っている。


「手足、もしくは頭と尻尾を狙って攻撃お願い!」


 甲羅にはダメージカットの効果があるのだろう。

 手足にも大きなダメージが入っていないので、防御力はかなりの数値なはずだ。

 物理防御が高い相手には魔法攻撃が有効だろう、と次はリンが攻撃に出る。


「魔法、いきますわ!」


 リンは【スノードロップ】を唱えた → ジュエルタートルに 50 のダメージ


 リンがお得意の氷魔法をジュエルタートルに向けて発射するが、期待しているようなダメージは出ない。

 おそらく水や氷属性に耐性を持っているんだ。


「リン、雷や炎系の魔法は習得してる?」

「残念ながらしていませんわ。攻撃魔法は氷属性オンリーのルートを進んでいますので」


 攻撃特化の魔法アッタカーならば各属性の魔法を習得していくのだが、リンは攻撃、回復、補助をバランスよく習得しているので攻撃魔法を全て習得していくとスキルポイントが不足する。よって1つの属性を極めていくことになるのだ。


「ウチの攻撃も食らえ!」


 ヒビキは【天空脚】を発動 → ジュエルタートルに 59 のダメージ


 ヒビキ先輩が上空からジュエルタートルの尻尾付近にスキルを発動して、これまでで一番大きなダメージが入るが、それでもわずか60程度のダメージしか通っていない。

 試しに私もジュエルタートルの頭を狙って一突きしてみるが、まるでダメージが通らない。

【透視】を使って確認するとジュエルタートルのHPは約30万程。


「まいったな。かなりの長期戦になりそう」


 ジュエルタートルの攻撃 → サーヤに 103 のダメージ

 ハヅキの【ヒーリング】が発動 → サーヤのHPが 103 回復


 幸い、ジュエルタートルからの攻撃はリンとハヅキさんからもらう回復魔法で十分間に合うので、PTが崩壊する危険性は低いと言えよう。

 その後も攻撃を重ねて、ちまちまとジュエルタートルのHPを削っていき、30分で10%程のHPを削った。


「何か手はありませんのッ?」


 先が見えない状況に痺れを切らしたリンが叫ぶ。

 確かに、このペースだとあまりにも時間がかかりすぎてしまう。何か打開策はないものか。

 こんな時にいつも機転を利かせて状況を変えてくれるのはマリだった。しかし今日はそのマリが不在なので、私達がなんとかするしかない。

 今まで、どれだけマリに助けられてきたかを実感する。



 ダメージの通らない背甲の部位破壊を狙うのは得策ではないし、頭部や手足も耐性があるみたいで大きなダメージが入らない。ハンマー系の武器や雷属性の魔法があれば少しは楽になるかもしれないが、ない物ねだりをしても状況は好転しない。

 あと残ってる部分といえば……。


「胸甲部分か……」


 下腹、とでも言うべきか。背中の甲羅と違って腹の部分は下に隠れてしまっているので、攻撃を試したくても試せない。ひっくり返すことでも出来れば攻撃が可能になるのだが……。


「サーヤお母様。ハナビに任せてください」


 私の言葉を聞いたハナビが、いつものマリのようにクラフトを実行していく。

 そうだ。マリはいつもこうやってクラフトを利用した戦術を組み立てて状況を打破してきたんだ。

 さすがは親子と言ったところか、しっかりとマリの遺伝子を受け継いだハナビは、木材を使用してスムーズに坂道を作っていき、10メートル程の高さまで積み重ね、先端に木の板を貼り付けて飛び込み台のような建造物を作り上げた。


「ハナビ、ありがとう! 誘導は私にまかせて」

「はい!」


 私は【挑発】でジュエルタートルを引きつけて、ハナビがクラフトした坂道を走って誘導して頂上の飛び込み台の先まできたところで、先程までと同じようにジュエルタートルの攻撃を正面から受けて耐える。


「ヒビキ先輩! お願いします!」


 その合図で私とジュエルタートルが乗っていた飛び込み台の板に向かって、ヒビキ先輩がスキルを発動した。

 木材でクラフトした壁や床は耐久性が低く、攻撃を当てればあっさりと破壊されてしまう。なので、ヒビキ先輩の攻撃スキルを受けた板は一撃で破壊されて、その板の上に乗っていた私はジュエルタートルと共に10メートル下へ落下した。

 落下によるダメージで私のHPは半分減ったけど、どうやらジュエルタートルは上手い具合にひっくり返って身動きが取れない状態になったようだ。


「よし、総攻撃!」


 ハナビの攻撃 → ジュエルタートルに 390 のダメージ

 ヴォイスの【キラーファング】が発動 → ジュエルタートルに 1255 のダメージ

 ヒビキの【天空脚】が発動 → ジュエルタートルに 2319 のダメージ


 今までと比べ、かなりの大ダメージが通っている。やっぱり弱点は胸甲部分だったんだ。

 普段は盾役に専念してるけど、ひっくり返ったジュエルタートルは身動きが取れていないので、落下の衝撃で減少したHPをハヅキさんに回復してもらい、私も攻撃に加わった。


 サーヤの攻撃 → ジュエルタートルに 660 のダメージ


 思っていた以上のダメージが表示されたので思わず「気持ち良い……」なんて呟いてしまう。

 以前、マリがゴールデンバットに対して大ダメージを与えて、はしゃいでた時の気分が少しわかった気がする。もちろん桁が違うのでマリ程の興奮ではないのだろうけど、盾役である私が攻撃で大ダメージを叩き出すことは滅多にないのだ。今くらいは暴れさせてもらおう。そう思って私は滅多に使用することのない習得している唯一の攻撃スキルを発動した。


 サーヤは【キリングステップ】を発動 → ジュエルタートルに 2091 のダメージ

 サーヤに攻撃力上昇の効果

 サーヤに素早さ上昇の効果


【キリングステップ】は片手剣専用スキル。

 舞うように剣を回転させながら攻撃して、同時にステータス上昇の効果を得られる。

 どの程度ダメージ量が増えるのか、通常攻撃を繰り返し、リキャストタイムが復活したら攻撃力が上昇した状態で再び【キリングステップ】を発動して確かめてみる。


 サーヤは【キリングステップ】を発動 → ジュエルタートルに 3503 のダメージ


 目に見えてダメージ量が増えている。

 基本攻撃力が低い盾役から見ると、この上昇率はありがたい。

 ソロでモンスターを狩る時にも重宝しそうなので、このスキルを習得して正解だったと言えよう。

 ある程度ダメージを与えたらジュエルタートルは甲羅を回転させて起き上がり、再びダメージカットモードに入ったので、その後はクラフトからのダウンを何度か繰り返し、ようやく残りHPは5000を切った。


「ようやく終わりそうですわね」

「よーし、トドメはウチがもらった!」


 しかし、ヒビキ先輩が上空から急降下して【天空脚】がヒットしようかという瞬間、ジュエルタートルは頭と手足を甲羅の中に引っ込めて、甲羅に閉じこもった状態になってしまった。


「な、なに?」

「サーヤお母様、見てください! ジュエルタートルのHPバーが回復していきます」


 見ると、残り数ミリまで減っていたジュエルタートルのHPが物凄い勢いで回復していく。

【天空脚】をヒットさせてトドメを刺すつもりだったヒビキ先輩は回復量以上のダメージを与えて削りきれ、と勢いよく攻撃を仕掛けるが、どうやらジュエルタートルのヒーリング効果のほうが圧倒的に上回っているようだ。


「う、うそだろ……」


 ヒビキ先輩が絶望の声を漏らす。

 この時、レアモンスターであるジュエルタートルが長期間に渡って放置されていた理由が、ようやくわかった。

 何度削っても、この圧倒的な回復量で振り出しに戻されてしまうから、皆が討伐を諦めたのだ。

 全滅の心配もないが、討伐の希望もないモンスター。まさか、そんなモンスターがいるなんて。


「いえ、でも今のヒーリング行動は一度だけかもしれないです。もう一度削り直してみましょう」


 諦めないでもう一度! とハナビがPTのみんなを鼓舞して、再び先程と同じ要領でジュエルタートルのHPを削っていく。

 削るスピードは問題ないので短時間で残りHP1割まで削ったが、そこで再びジュエルタートルは甲羅に閉じこもり、HPを全回復させてしまった。


「こりゃ、永遠に繰り返すパターンか……」

「ちょっと厳しいね」


 PTのみんなも悲壮感漂う表情になって諦めムードになっていく。PTが全滅するような戦闘ではないが、長時間の戦闘で精神的なダメージは蓄積されていく。私の我侭で、これ以上トリデンテの皆に迷惑かけるのも嫌なので、ダイヤモンドは別の方法で手に入れればいいかな、なんて私自身も諦めようとした。

 そんな中で、ハナビだけはまだ諦めていない様子だった。


「もう一度だけ、やってみませんか?」


 こんなに必死になっているハナビを見るのは初めてだ。普段はもうちょっと大人しいイメージで、周りが疲労困憊している状況で無茶をしようなんて言い出さない性格だった。


「でも、みんな疲れてきているみたいだし」

「それは、そうですが……。サーヤお母様がマリお母様のために始めた努力を諦めたくないんです」

「ハナビ……」


 今日のハナビは随分と気合が入っていると思っていたけど、そういうことか。

 自分の娘が、こんな想いで頑張ってくれているのに、私がここで諦めたらマリに合わせる顔がなくなる。

 ハナビはもう立派な戦士だ。ハナビの心はダイヤモンドのような輝きで光っているに違いない。

 なら、私も輝きを失うわけにはいかないかな。


「みんな、ごめん! もう一度だけお願い!」


 ハナビの想いと私の声に、みんなは嫌な顔ひとつせずに、心強い笑顔で頷いてくれた。

 しかし対策がないのでは、同じ事を繰り返すだけになってしまう。

 削り作業を行いながら、攻略方を考える。やっぱり鍵になるのはNos.だろうか。せっかく3人もいるNos.を活かさない手はないだろう。


 使用可能なNos.は私の【アイギス】 リンの【ファストアリア】 ヒビキ先輩の【ベルカントタイム】

 アイギスは防御系のスキルなので除外するとして、ファストアリアとベルカントタイムか……。


「そろそろ来るぞ!」


 考えてる途中だったが、三回目のトライともなるとスムーズに進行していくため、ジュエルタートルの残りHPは、すぐさま残りわずかになってヒビキ先輩が叫んだ。

 でも大丈夫だ。Nos.があれば、この状況は簡単に切り抜けられるはず。


「ヒビキ先輩、ベルカントタイムを!」

「まかせろっ!」


 ジュエルタートルが首を引っ込めようとした瞬間、私の声に反応したヒビキ先輩が、すぐに【ベルカントタイム】を発動させ、ジュエルタートルの動きはピタリと止まった。

 当然、ジュエルタートルのヒーリング効果は発動せずに、完全に無防備な状態になる。


「リン、お願い!」

「おまかせあれ!」


 待ってましたと言わんばかりに今度はリンがNos.7 【ファストアリア】を発動させる。

 ジュエルタートルの動きが止まるのは十数秒程度。その隙に最大級の瞬間火力を叩き出せるリンの連続魔法で追い込みをかけ、少しでもダメージを増やすために私やハナビも攻撃を仕掛けて、ジュエルタートルを見事削りきった……かのように思ったのだが、最後の最後、残りHP1が、どんなにダメージを与えても減らなかった。


「あ、あれ? バグ?」


 不安になった私はジュエルタートルを剣で小突きながら言う。


「そんなはずはないと思いますけど……」


 MPが枯れるまで魔法を撃ち尽くしたリンが、念のためにヒーリング体勢に入る。

 ベルカントタイムの効果も切れているので、硬直したまま動かないジュエルタートルに不穏な空気を感じてしまう。

 しかし、そう感じた時には既に遅かった。戦闘ログにとんでもない文章が浮かび上がる。


 ジュエルタートルは【自爆】の構え

 カウント3、2、―――


 さっさと逃げるべきだったと後悔した。このゲームにおける自爆のダメージは最大HPに依存する。以前、最大HPが300の雑魚モンスターの自爆を受けたときは300のダメージを食らった。つまり、最大HPが30万あるジュエルタートルの自爆は30万ダメージを食らうことになる。

 残りHPが1になってからの硬直時間は、おそらくジュエルタートルから距離を取るために設けられた時間だったのだ。そもそも初見でそんな事がわかるはずもないのだが。ていうか、何故カウントが3から始まるのだ。10からカウントしてくれる優しさがほしかった。なんて様々なことを考える暇もなく、自爆のタイミングは訪れる。

 ヒビキ先輩がヴォイスを抱きかかえて上空へ退避しようとするが、カウントダウンが短いせいで爆発の範囲外まで逃げるのは間に合わないだろう。だから、私が守る。私のために協力してくれた、長期戦になっても頑張ってくれた、大切な仲間を悲しませたくはないから。


「守って、アイギス!!」


 カウントが1になった瞬間、私は迷わずに【アイギス】を発動させる。ここで自爆を防げなければ間違いなく全滅。アイテムのロスト、経験値の大幅ダウン、そしてヴォイスの命を失うことになる。



 ジュエルタートルの【自爆】が発動

  → サーヤに 0 のダメージ

  → ヴォイスに 0 のダメージ

  → ヒビキに 0 のダメージ

  → ハヅキに 0 のダメージ

  → リンに 0 のダメージ

  → ハナビに 0 のダメージ


 ログを見て、周りを見て、ヴォイスの残りHPを見る。

 過去にヒビキ先輩の唄による異常状態をも防いだ実績を持つアイギスは、今回の自爆も問題なく防いでくれたようだ。絶対防御の名に恥じない活躍をしてくれたアイギスに感謝の言葉を述べたいくらいだ。


「よ…よかったぁ」


 さすがに肝が冷えた。

 危うくヴォイスを失ってしまうところだった。サプライズプレゼントを用意するつもりが、サプライズお通夜になるなんて結末は御免だ。

 当の本人は何事もなかったかのように尻尾を振って「ハッハッ」と言いながら、つぶらな瞳でこちらを眺めている。

 何はともあれ無事で良かった。蘇生可能なアップデートが来るまで、今後はヴォイスを戦闘に連れ回すのは控えようと心に誓って、戦利品を確認する。



 エメラルド × 2

 サファイア × 1

 アクアマリン × 1

 ルビー × 2

 ダイヤモンド × 3


「やった! ダイヤモンドだ!」


 本当に出るかどうかは不安だったが、期待通りにドロップしてくれたようだ。

 ジュエルタートルという名前だけあって豊富な種類の宝石がドロップしている。

 中でもダイヤモンドは最上位の素材で、武器や防具に加工すれば、かなり良い物が作れるはずだ。

 まずはマリに渡すためのダイヤモンドを1つもらい、後はPTのみんなで分けてもらうことにした。


「ワタクシはエメラルドをいただきますわ。確か魔力の上がるピアスが作れるはずです」

「あ、なら私も、それにしようかな」


 魔法をメインとしているリンとハヅキさんは、魔力を上昇させる効果を持つピアスにクラフト出来るエメラルドを選択した。

 ヒビキ先輩は攻撃力を上昇させるルビーを、ヴォイスに装備させるための分と合わせて二つ手に取る。

 後はハナビが何を欲しいか決めれば、とりあえず全員に一つずつ宝石が渡ることになる。


「……」

「ハナビ、どの宝石がほしい?」


 先程からハナビは宝石をじーっと見つめたまま無言を貫いていたので、何かほしいものがないか聞いてみる。


「どの宝石がハナビに合うでしょうか」


 合う、とはイメージ的な意味なのか、それとも性能的な意味なのか、ハナビに問うと「イメージ的な意味です」と、意外な答えが返ってきた。ハナビは性能よりも見た目を重視して選ぶタイプなんだな。


「じゃあ、サファイアはどうかな?」


 私は青く輝く宝石を指さす。サファイアは9月の誕生石でもあり、ハナビにとっても縁がある宝石と言っていいだろう。

 モース硬度10のダイヤモンド程ではないにしても、サファイアもモース硬度9という高い数値が設定されている。これはルビーと並んで宝石の中ではダイヤモンドに次ぐ硬さだ。

 つまり、ルビーやサファイアでも、最上位のダイヤモンドに引けを取らない装備をクラフト可能だということ。何よりも青い宝石という部分に私は魅力を感じる。

 ハナビが青を好むかはわからないが、空や海の色で爽やかイメージがあるので、私は色を選ぶときは青系の色を選択する。


「サファイア……。素敵な宝石ですね」

「じゃあ、それにする?」

「はい」


 よかった。ハナビも喜んでくれたみたいだ。

 これで6人全員が宝石を1つずつ手にしたことになり、残る宝石はダイヤモンドが2つ、アクアマリンが1つ。


「残りはみんなで分けてよ」


 目的であるマリへのプレゼント用のダイヤモンドを確保したので、手伝ってくれた御礼も込めて、そう言った。


「なーに言ってんだ。サーヤっちの分がまだだろ」

「いや、でもマリために指輪作るっていうのは私のためでもあるから、私の分はもういいっていうか…」

「こんな時まで惚気ないでくださいます? なら、私達からアナタへのプレゼント、という形にしますわよ」


 そう言ってリンはダイヤモンドを差し出してきた。

 プレゼントなんて言われたら断ることは出来ない。私は素直に皆の気持ちを受け取ることにした。


「ありがとう、みんな!」


 それでもダイヤとアクアマリンは一つずつ余るわけで、この二つは、まだレベルの低いハヅキさんとハナビに使ってもらうことにした。

 二人に比べると他のみんなはレベルが高く、私、マリ、ヒビキ先輩、リン、ヴォイスの5名は現在のレベルキャップであるレベル75まで到底している。先行してプレイしていたという理由もあるが、レアモンスターであるバブルハンマー100匹をまとめて倒した時に莫大な経験値が入り、一気にレベルが上昇したのだ。

 ハヅキさんは「あんまり役に立ってなかったけど、私がもらってもいいのかな」なんて遠慮がちだったけど、ヒビキ先輩に「そう思うなら装備を強化して恩返しだ」と言われ、結局は苦笑しながら受け取った。





 ◇





 とりあえず私達は下山してトリデンテに戻り、各自クラフトスキルを使って、先程入手した宝石を使って装備を作っていく。

 私が作ったのは【エンゲージリング】で、防御力を高めてくれる効果があるものの、基本的にはファッション用の装備なので、戦闘では役に立たないかもしれない。

 それでも私は形を大事にしたかったので、エンゲージリングを渡すことに決めた。


「ハナビ。ダイヤモンドの加工、私がやってあげようか?」


 ハナビは建設用のクラフトスキルしか習得していないので、自分で加工が出来ないはずだと思い、声をかけた。しかし、ハナビは私の申し出を断る。


「いえ、ハナビも自分で装備をクラフトをしてみたいです…それで、ハナビもマリお母様にプレゼントをあげてもいいでしょうか?」


 どうやら私の申し出を断った理由は、ハナビも自分で作ったアイテムをマリにプレゼントしたいから、という理由らしい。それを聞いた私は嬉しくなって、思わずハナビを抱きしめそうになった。

 ハナビの装備強化のために渡した余りのダイヤモンドだけど、そういった理由ならば是非ともプレゼントしてあげてほしい。マリも絶対喜ぶに違いない。

 素敵な娘に恵まれて良かった。この子が私とマリの娘なんだ! って誇らしさすら感じてしまう。


「じゃあ、一緒に渡そうか」

「いえ、それは遠慮しておきます」


 想いが一緒なら、渡すのも一緒に! なんて思ったのだが、こちらの提案も却下されてしまった。


「どうして?」

「プロポーズするサーヤお母様の邪魔をしたくないのです。二人きりになって、いいムードを作ってから渡してあげてください」

「う……」


 私がマリに送ろうとしているエンゲージリングとは、いわゆる婚約指輪なので、確かに私がやろうとしていることはプロポーズまがいのプレゼントなのだが、こうもド直球にプロポーズをするなんて指摘されると恥ずかしさが込み上げてくる。しかも自分の娘に恋路を応援されるなんて、現実側じゃありえない経験かもしれない。


「受け取ってもらえるかな……」

「大丈夫だと思います」


 不安な私と違って、ハナビは自信満々に言いきる。

 何故そこまで自信があるのかは謎だけど、そんなハナビを見ていると不安な気持ちも多少は和らいでいった。




 ◇




 ― 数日後 ―


 いつ渡そう、どんなシチュエーションで渡そう、どんな言葉を伝えよう、なんて頬杖をついて窓の外を眺めながら考え込んでいる私は、どうにも近寄り難い雰囲気を醸し出しているらしく、普段は周りに集まってくるクラスメイトも遠巻きに私を見ている。

 いつも休み時間は考え事をする暇もなかったので、今の状況はちょっと気楽だなって思う反面、"姫"を演じていない時は声すらかけてもらえないのかな、なんて少し寂しさも感じる。我ながら物凄い面倒な性格をしていると思う。

 でも、私が"姫"であろうが"サーヤ"であろうが関係なく、本当の私を見つけ出して、声をかけてくれた人がいる。

 

「沙耶!」


 私を呼ぶ声がして、窓の外を眺めるのをやめて振り返る。

 最初に声をかけてくれた時も、こんな感じだった。同じ学校に通っているから何度か見かけたことはあるけれど、内気な性格で、私の周りに人だかりが出来て廊下が通れない時は、道を開けてもらうよりも、わざわざ避けて遠回りをしようと回れ右をするような子だった。

 そんな子がNWで出会った私を見つけて、探して、声をかけてきてくれたんだ。


 マリは私を王子様って言ったけど、私にとってのは王子様はマリだ。その声は、いつも私を見つけ出し、導いてくれる。

 私は席を立って手を振り、その声のほうへ、ゆっくりと歩き出す。

 私の大好きな人の元へ、ゆっくりと。

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