指輪と気持ち
ログアウトして時計を見ると既に22時だった。
「消灯時間だね。寝る準備しないと」
歯を磨いて、戸締りを確認して、ベッドに入って初めて気付いた。いや、気付いたと言うよりも意識したと言うべきか。
(沙耶と同じ部屋で寝るんだよね……)
それまで意識していなかったのに、一度意識しだすと止まらない。
「それじゃマリ、おやすみ」
「う、うん! おやすみ、沙耶」
一方の沙耶はというと、特に意識していないのか、いつも通りの落ち着いた沙耶だ。そんなことを思っていると、ベッドに入って私とは逆の方向に顔を向けていた沙耶が、クルリと方向転換し、こちらを向いたので私と目が合う。
「一緒に寝る?」
「えっ?」
訂正。いつも通りの少し意地悪な沙耶だ。
「実はNWでマリに渡したい物があったけど、渡しそびれちゃった」
突然話が飛ぶので更に混乱する。今日、私に何かを渡そうと思ったけど、クイーンの乱入などがあり渡せなかった、という意味だろうか。
「何を?」
「私の気持ち」
気持ち? 気持ちって直接渡すものなのかと疑問に思うが、沙耶は私から視線を反らさずに見つめてくる。二人きりの部屋でそんな眼差しを向けられると、さすがに動揺してしまう。このドキドキこそが沙耶が渡したい物だとしたら、私はもう十分すぎるほど渡されている。
私は恥ずかしさから慌てて沙耶に背を向けて「明日またログインするから、その時にね」と言って寝る体勢に入る。が、沙耶は「やっぱり我慢出来ない」と、布団をはね除けて起き上がる。
「さ、沙耶?」
「もう一度NWにログインしない?」
先程はいつも通りの沙耶なんて思ったけど、珍しく興奮しているように見える。
消灯時間は過ぎているが鍵はかけてあるし、うるさくしなければ教師たちに気付かれることもないだろう、ということで私達もう一度だけNWにログインした。
◇
ログインした私は、沙耶に手を引かれてトリデンテの端にある、海がよく見える丘のベンチまでやってきた。
そこに座って沙耶と向かい合う。
「ずっと悩んでたけど、もうやめた」
何をやめたのだろう? 悩んでいたって、そんな素振り見せなかったのに……いや、一回だけあったかもしれない。教室を覗いた時に頬杖をついて窓の外を眺める沙耶の憂い顔を見たことが。あの時はすぐにいつもの沙耶に戻ったから、まったく気に止めてなかったけれど、もしかして悩みがあったのかな、なんて少し後悔する。
「前にマリとの関係について答えたこと、覚えてる?」
「う、うん」
もちろん覚えている。
「沙耶は迷わずに『友達以上』って答えてくれたよね」
その答えが私にとって嬉かったのか、それとも残念だったのかは今でもよくわからない。
「迷わずに答えたわけじゃないの……自分の正直な気持ちを伝えるべきか凄く迷ったよ。だから瞬間的に逃げるような答えになった。さっき双海ちゃんに『他人の恋より自分の恋はどうなの』なんて偉そうなことを言ったのは、自分自身への言葉でもあったの。ハッキリさせるべきだよね。曖昧な状態の私達の関係も、未来も、気持ちも」
沙耶は一つのアイテムを取り出し「手を出して」と言って、私は言われるがままに手を差し出す。
「お祭りでプレゼントしてくれたキーホルダー、凄く嬉かったよ。だから、今度は私から」
沙耶は取り出したアイテムに私の左手の薬指を優しく潜らせる。綺麗なシルバーのリングに光輝くダイヤモンド。
「これって、指輪……」
「これが私の気持ち。受け取ってくれる?」
沙耶の凛々しくて澄んだ瞳は直視するのが躊躇われるほどに美しい。でも、今は恥ずかしいという理由で目を反らしてはいけない。左手の薬指に指輪をはめてくれた意味をしっかりと受け止めて答える。
「沙耶……」
なんて返事をするべきか。もちろん答えは『yes』なのだが、『はい』とか『うん』とか『喜んで』とか、いくらでもあるけど、私にも伝えようと思っていた言葉が、想いがあったはずだ。
それを今、伝えよう。
「沙耶、愛してる。世界中の誰よりも大好きだよ」
心の中で芽生えて、ずっと口に出したかった言葉をようやく伝えることが出来た。
私の言葉を聞いた沙耶は、らしくない程に顔を真っ赤にして、はにかんだ笑顔を向けてくれる。
そして沙耶は私の腰に手を回して顔を近付けてきて、唇と唇が触れ合う。二度のキスは、ゆっくりとお互いの気持ちを確かめ合うようなキスだった。
「私も愛してるよ。マリ」




