【一日目】NW
夕食後に一時間程の自由時間。その後は学校側で用意した行事をこなして一時間。それも終わると消灯時間まで二時間ほど余っていて、各々自由に遊んでいいことになっている。
卓球などをする人もいれば、プールで泳いでる人もいる。
私達はというと、自室でNWへログインする準備の真っ最中。
「マリ、部屋のカギは閉まってる?」
「うん。バッチリ」
ログイン中は無防備なので、セキュリティはしっかり確認しておく。現実側で誰かが自分に接近すれば警報がなるようになっているので窃盗などの犯罪に繋がるような事件は発生していないが、用心するに超したことはない。
「じゃあ、いこっか」
◇
ログインすると、そこはいつものトリデンテ。
沖縄からログインしても、NW側のオキナワにログイン出来るわけじゃないのが少し残念。もちろん沖縄でキャラ作成して初回ログインした人はオキナワ地方からのスタートだけど、私達はそうではない。
「さてと、双海さんがテレポで近くに来てるはずだけど」
双海さんはトラベルスタイルであちこち移動しながら旅をしているが、キャラ作成時には私達と同じく自宅からのログイン勢。この周辺のチェックポイントは踏破しているはずだ。
「キャラネームはアクアニって言ってたっけ。サーチかけてみるね」
【サーチ】は全プレイヤーが使えるスキルで、近くにいるプレイヤーを検索して場所を特定してくれる便利システムだ。
「ア、ク、ア、ニっと」
サーチすると、もうトリデンテ周辺にいるらしいので、私と沙耶とハナビちゃんで迎えにいくことにした。
「どうやら、お母様方のご友人は森のほうにいるみたいですね」
この周辺の森といえばヴォイスのいた森だろう。双海さんはトリデンテやサイバーフィッシュなどの村が出来上がる前に他所の地方に旅立ったので、初期位置周辺のチェックポイントはダンジョンしかなかったと思われる。
双海さんを迎えに森にいくと、ドスン! ドスン! と、地鳴りのような音が聞こえてきた。
(まさか……!)
この森は以前レイジングヴォルフが出現した森だ。もしまた出現して、一人でいる双海さんが襲われたとしたら……。
「沙耶、ハナビちゃん、急ごう!」
私達は駆け足で森の奥に向かった。そこにいたのは……。
「何やってるの。双海さん」
森の最奥で見たのは両手に蛇流棍を持ってカマドウマの大群相手に暴れまわっている緑色の髪をワンサイドテールにした女の子。
蛇流棍とは鞭のように伸びるロープの先に鈍器を取り付けた、攻撃力と範囲攻撃に優れた重量中距離武器だ。
名前を見ると【アクアニ】と表示されている。間違いなく双海さんだ
双海さんは私達に気付くと攻撃を中断してこちらに手を振ってきた。
「こらこら、リアルネームで呼ばないでおくれ。今の私はアクアニなんだから」
「ごめんごめん。で、素材狩り?」
「いや、ストレス発散……かな」
ストレス溜め込むような性格じゃなかろう。なんて思いながら双海さん、もといアクアニさんが持っている武器を見つめる。
「これ? 【ワイルドスネーク】って武器で、蛇型のレアモンスターを倒してゲットしたのだよ」
双海さんは各地を旅してるだけあって様々な武器防具を持っているらしい。
防具は高級感のある刺繍が施されたローブ、頭には銀色の髪飾り。重量武器に対して防具は軽装で固めているみたいだ。
「ふむ。神崎さんはリアルの神崎さんに近いキャラだね」
「名前名前」
「おっと、失礼! じゃあ、マリさん…いや、マリちゃんで」
双海さんは人差し指を顔の前で立て、ウインクしながら言った。
「姫は凛々しいなぁ、THE女騎士って感じ。で、そちらの方は?」
双海さんは立てていた人差し指を倒して、そのままハナビちゃんのほうに持っていき、今度は指を指す形になる。
指を指されたハナビちゃんは、いつものように丁寧に頭を下げて自己紹介する。
「はじめまして。ハナビと申します」
「おお? はじめまして! アクアニだよん。よろぴく~」
ハナビちゃんが堅苦しい挨拶をしたのを見て、逆に双海さんはこれでもかってくらい軽いノリで挨拶してみせる。
たぶん野良PTで初対面の人相手にこの自己紹介をしたら即 BLに 突っ込む人もいるのではないだろうか。そのくらいの軽さ。
逆にこのノリが合う人とはとことん仲良くなれるのでフレンドは増えやすいかもしれない。
「はい、よろしくお願いいたします。マリお母様とサーヤお母様がお世話になっています」
「へ?」
双海さんは驚いた表情になり、口を大きくあけながら、ハナビちゃんを指していた指を、今度は"お母様"と呼ばれた私達に向ける。そういえば私と沙耶がNCを作ったことは知らせてなかったかもしれない。お詫びと言ってはなんだけど、ここは機内でもなければホテルでもない。思う存分叫ばせてあげよう、と思うのだった。
「ええ!? ええ~~!!」
これ以上ないくらい大きな咆哮が森に木霊する。レイジングヴォルフでもこんな大きな声を出さないだろう。
「既に二人はそこまで進んでいたのか……」
"そこまで"が"どこまで"なのかわからないが、NCを作ったのは事実なので、とりあえず頷いておく。
「ふむ。しかし、これがNCか……」
双海さんは、ハナビちゃんをジロジロと360度さまざまな位置から眺める。まだ実装されて間もないから旅先では見たことないのかな。
「そんなにジロジロ見られると、なんだかこそばゆいです」
さすがのハナビちゃんも双海さん相手だとたじたじだ。とりあえずトリデンテに行こうという沙耶の一声で、双海さんの視線攻撃から解放されたハナビちゃんは少しホッとした表情をしている。
歩いて5分もかからない距離だけど、モンスターを見かけると双海さんが飛び付くので10分ほどの時間をかけて到着した。
「おかえり~」
トリデンテに着くと屋根の上でくつろいでいたヒビキが翼を広げてゆっくりと降りてくる。
「わ、わ! なに? モンスター?」
見たことのない翼を持ったPCのヒビキを見て、再び驚きの声を出す。
「誰がモンスターだ。いきなり失礼な奴だな」
ヒビキは地面に着地すると、驚いている双海さんを人差し指で小突く。
とはいえ、初対面の人ならば、その勘違いも仕方がない。翼を持っているPCはNW全体を見てもヒビキしかいないと思われる。だから、モンスターなのか、特殊なNCなのか、一般プレイヤーなのか、その答えをパッと導き出せる人はいないだろう。
「ウチはヒビキ。よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
さっきの軽いノリの挨拶とは打って変わって丁寧に挨拶をする。
「あ、ヒビキさんって、もしかしてNos.のヒビキさん?」
「まぁ、そうだな」
「まさかNos.に加えて翼を持っているとは。イベントアイテムか何かですか?」
「いや、違う」
「自然に生えてきたんですか?」
「違う」
「わかった! チートだ!!」
「話せば長くなるから今度な」
最初こそヒビキに面食らっていた双海さんだが、早くもマシンガントークで圧倒しはじめる。
そんな双海さんに今度はヴォイスが不意打ちで飛び付く。
「うわぁあ! 今度こそモンスターだ!!」
モンスターに飛びつく習性のある双海さんは、即座に蛇流棍を構えてヴォイスにアタックしようとする。
「双海さん、ストップ、ストップ! その子はトリデンテの住人なの」
私の言葉を聞いて攻撃を中断し、「そんなまさか」といった顔でヴォイスを見つめる。
「トリデンテは随分とバラエティ豊かな村だね」
「それは否定出来ないかも」
翼を持ったPC、レイジングヴォルフの子供、そして三人のNos.がいる村だもの。双海さんが驚くのも無理はない。
「ところで、今日は何するの?」
修学旅行の貴重な夜にわざわざNWをプレイするのだ。何かしら特別なことをするのだろうか。
「やだなぁ。もう忘れちゃったの? ミドリとオカのキューピット大作戦の作戦会議」
何をするのかと思えば、その話か。
沙耶にも事の経緯を説明して恋のキューピット大作戦の協力を仰ぐ。
「キューピットやってるの? 他人の恋より自分の恋はどうなのよ」
沙耶の言葉は双海さんに向けられたものだとわかっているが、私の胸にも響く。確かに他人の恋をどうこうしている場合ではないもかもしれない。
「姫の言っていることはごもっともだけど、私にも私の事情があってさ、無理にとは言わないけど協力してほしいな」
「その事情って岡崎君から解放されたいってやつ?」
「ん、まぁ……」
あれ? 双海さんにしては随分と歯切れが悪いな。前は言い切っていたのに。もしかして本当は別の理由でもあるのかな。
「フラれたとはいえ、岡崎君はまだ双海ちゃんのことが好きなんでしょ?」
「1ヶ月に1回告白されるから、たぶん」
1ヶ月に1回って、そりゃ解放されたいと思う双海さんの気持ちも理解出来るかもしれない。一途というかストーカーというか。
「同情はするけど、岡崎君の気持ちを否定するのも可哀想じゃない? だから私はそっちには関われない」
「じゃあ姫は協力してくれないの?」
「背中を押す手伝いはするよ」
「つまり?」
「緑川さんが岡崎君に想いを伝える手伝いはするってこと」
なるほど。岡崎君の気持ちを無理に緑川さんに向かせるよりも、緑川さんの気持ちを後押ししてあげようって意味かな。
「よくわからんが手伝ってくれるってことだね。さすが姫」
とりあえず緑川さんが自分に自信が持てるように協力しよう。とのことで作戦会議ともいえない作戦会議は終了し、今日はこれで終わりにしてログアウトしようとした時だった。一人の女性がトリデンテを訪ねてきた。
「失礼。サーヤさんとリンさんはいらっしゃる?」
黒いショートヘアーに鋭い目付き、額には鉢巻きのような鉄製の防具。和風の衣装を身にまとい、背中には巨大な刀を背負っている。
「サーヤは私ですけど、何かご用ですか?」
名前を呼ばれた沙耶は一歩前に出て答える。
沙耶の反応を見るに知り合い、というわけではなさそうだ。
しかし、後ろにいる双海さんの様子は違った。
口を大きく開けて、いつものように大声で叫ぶ体制に入っているが、いつまで経っても固まったまま動かない。
「な、な、なんでここに……」
大声ではなく震えた声を絞り出すように双海さんは問いかけた。なんでここに、という台詞を聞くに双海さんにとっては知り合いらしい。
「双海さん、どういったお知り合い?」
「知り合いなんて滅相もない。このお方は闘技場のNo.2であらせられるクイーン様だよ!」
闘技場のクイーン……。確か飛行機の中で双海さんが話していたっけ。女性でありながら、たぐいまれな戦闘テクニックでキング以外には連戦連勝の人気プレイヤー。
そういえばキングはキャラネームじゃないと聞いたけど、クイーンはどうなんだ、と名前を確認してみる。
【クイーン】Lv75
HP 5150
MP 541
攻撃力 318
防御力 225
魔攻力 119
魔防御 452
素早さ 877
どうやらクイーンという呼び方は称号的なものではなくキャラネームらしい。名前に恥じない強さ、ということか。
それにしても随分と素早さが抜けている。武器が巨刀ならば普通は攻撃力を上げていそうなものだけど。
「目利きはお済み?」
ジロジロ見ていた私に、微笑みながらクイーンが言う。
初対面の相手に少し失礼だったかな。
「ご、ごめんなさい」
「あら、別に嫌みを言ったわけじゃないわよ。思う存分見てくれていいわ。あなたがリンさん?」
「あ、いえ。私はマリです。会長は、今ログイン出来ない状態で……」
クイーンは自分の顎に手をあてて少し考えこんでから、「なら、サーヤさんだけでいいわ」と用件を話し始めた。
「単刀直入に言うわ。サーヤさん、あなた闘技場に出場する気はないかしら」
「ないですね」
沙耶はクイーンの口から出る言葉を予想していたのだろう。クイーンが言い終わると同時に、はや押しクイズでもしてるかのような速さで即答した。
「随分と挑発的な返事ね。もしかして私がここに来るの知ってた?」
「いえ。ただ、そこにいる双海ちゃんにキングに関する話を聞いたばかりで。あなたがクイーンだとわかった瞬間に、なんとなく闘技場に誘われる予感は……」
まぁ、確かにクイーンがわざわざトリデンテを訪ねてくる理由なんて闘技場絡みしかないだろう。しかし、沙耶に拘っているのはクイーンではなくキングだったはず。何故、クイーンのほうが来たのだろうか。
「あの馬鹿のことを知っていたのね」
「知ったのは今朝ですよ。昨日までは知らなかったから」
「ならばキングの性格の悪さは知らないのかしら、あの馬鹿はNos.1が闘技場に出ないと知ったら、闘技場の外でNos.1を潰すつもりよ。この村、トリデンテごとね」
なんだなんだ、一気に物騒な話になってきた。
キングがトリデンテを潰す? ただ静かに暮らしているだけの小さな村に闘技場のキングがそこまで執着するのか。
「冗談でしょ? たかだかキングのNos.より早く発現したという理由だけで、そこまでされるわけないじゃない」
それまでは"クイーン"という称号に対して敬意を示していのか、敬語を使っていた沙耶の口調が一気に厳しい物へと変わる。
「それをやるのがキングなのよ。アイツにあるのは強さの証明だけ」
「……事情はわかったけど、私が闘技場に出たところでキングに勝てるとは思えないけど」
沙耶のNos.は仲間を守るためのスキル。ソロで本領発揮出来るかと問われれば答えは『ノー』だ。
PTを組んでの団体戦の試合もあるが、キングはソロ専。つまりキングと戦うならば1vs1にエントリーすることになる。
「そこで私が来たのよ。キング対策を伝えにね」
「全敗だって聞いたのだけど……」
「おっと、痛いところを突くね。まぁ、ないよりはマシでしょう? で、どうする? もちろん断ってもいいわよ。もしもキングがトリデンテに攻めてきたら防衛にも協力するわ」
無条件でそこまでトリデンテのためにしてくれるのは何故だろう。何か裏があるんじゃないかと疑ってしまう。そんな考えが顔に出てしまったのか、私を見たクイーンが弁明した。
「無条件、ってわけじゃないのよ。裏もあるといえばある」
一つ目は何戦もキングに挑み、一度も勝てなかった自分に代わってキングを倒してほしい。という他力本願な願い。
二つ目は自分が不甲斐ないばかりに闘技場が盛り上がりに欠けていることへの償い。キングの提案を受け入れるのは癪だが、キングの無双を見るだけの状態になっている現状、このままでは闘技場が寂れていくのでは、と盛り上げるためにNos.を闘技場に勧誘しているらしい。
双海さんが「闘技場の未来を考えるなんて、さすがはクイーン」と、クイーンを持ち上げているが、沙耶は難しい顔をしている。
「言いたいことは大体わかりました。けど、闘技場に出るためだけにオキナワ方面まで旅しろって言うの?」
私達の地域から闘技場のある場所までは気が遠くなるような距離があるのだ。何日かかるかわかったもんではない。
「それに関しては問題ないわ。私が高速船を持っているから」
「高速船?」
「ここから闘技場までの距離を5時間程度で辿り着ける船よ」
「用意周到なことで」
クイーンともなると様々なレアモンスターを狩っていて、尚且つオキナワ地方は海に関するレアモンスターが数多く生息しているらしい。その中で船を強化する素材もいくつかあり、狩りを続けていくうちに立派な高速船が完成したというわけだ。
しかし、それでも5時間以上かかるのか。空飛ぶ船でもあれば2時間程度に短縮出来るかもしれないが、残念ながら上空を移動出来る乗り物はまだ実装されていない。NW社によれば空飛ぶ船も開発中とのことだが、入手難度は過去最高レベルにするので入手出来るプレイヤーはほんの一握りになるだろう、と発表している。
「それじゃ、早速行きましょうか」
「ちょっと待ってください」
クイーンはトリデンテの浅瀬に止めてある船に向けて歩きだそうとしたが、私は慌て止める。
「今から五時間はさすがに無理ですよ」
なんせ私達は修学旅行中なのだから5時間なんて長旅は不可能なのだ。
「じゃあ、明日は?」
「あー、それが私達は今、修学旅行中でして、沖縄にいるのですよ」
こらこら、双海さん。リアルの情報をホイホイと相手に与えないでくださいよ。と、心の中で呟くが、今度はクイーンが目を輝かせる。
「え、本当? なら、リアルで会えるじゃない」
リアルで会える、って……そうか、クイーンは沖縄在住なのか。
闘技場は地元、というわけだ。
「ぜ、是非クイーンにお会いしたいです!私、クイーンのファンで」
双海さんはノリノリだが、私はあまりノリ気ではない。それは沙耶も同じようで、否定の言葉を口にする。
「お互いの事を全然知らないのにいきなりリアルで会うのは、ちょっと遠慮したいかな。それにクイーンだって仕事や学校があるんじゃない?」
「ああ、それに関しては大丈夫。私はニートだから」
私はガクッと崩れ落ちそうになった。
憧れの的であるクイーンが堂々とニート宣言するのもどうかと思うが、時間があるからこその強さなのか、と妙に納得してしまう部分もある。
「ニートって言っても、クイーンは自分のプレイを動画で配信して収入を得ているNexTuberだよ。しかも超美人」
双海さんがフォローの言葉を口にする。
ああ、聞いたことがある。面白いことをやったり、ゲームの配信をしたりして広告収入を得ている人がそう呼ばれている。もっともNexTuberとして生計を立てることが出来るのは一握りの人間しかいないので進んでなれるものではないが、クイーンという称号を手にした人間が配信すれば視聴者も集まるだろう。
「あはは、最近はキングに負けすぎて煽りコメントもだいぶ増えたけどね」
つまりクイーンは既に配信でリアルの自分を晒しているので直接会うことには抵抗がないってことか。
「どうする?」
私は選択を沙耶に託した。
あくまでも沙耶が依頼された闘技場への誘い。私が入り込む余地はない気がしたから。少なくとも、この時の私は闘技場なんて自分には無縁のものだと思い込んでいたんだ。
「姫、おねが~い」
双海さんは胸の前で両手を合わせて祈るように懇願する。
そんな双海さんを見て「仕方ない」と諦めモードに入り、明日のグループ行動時に訪れる水族館で待ち合わせするのだった。




