【一日目】機内
修学旅行当日
電車に乗って空港近くまで移動し、人生初の飛行機に乗る。
鉄の塊が空を飛ぶとかありえない、と言って乗りたくなさそうな人もいれば、念願の飛行機に乗れることでテンション最高潮になり「絶対に窓際!」と意気込んでいる人もいる。
席は基本的に部屋割りと同じで、私は沙耶と一緒に後方の座席に座った。私が窓際、沙耶が通路側に座りシートベルトを着用して離陸に備える。私達の前の席には双海さんと緑川さんが座っている。
「姫、今日の夜よろしく~!!」
前方窓際の座席からピョコンと顔を出して双海さんが話しかけてきた。今日の夜とは、たぶんNWの事。
「わかってるよ~!よろしくねッ☆」
沙耶は姫モードで返事をした。なんだか沙耶の姫モードを久々に見た気がする。
私と話しているときの沙耶の様子がいつもと違うので、周囲の人も段々と素の沙耶を認識しはじめているが、長いこと演じてきたキャラは簡単には抜けきらず、結局姫モードは出てきてしまうらしい。
「双海さん、もうすぐ離陸するからシートベルト!」
飛行機に乗っても落ち着きがないのは相変わらずで、CAさんがシートベルトの確認をしに来る前にちゃんとシートベルトを着用しておくように注意する。
こんな委員長キャラは柄じゃないのだが、双海さんを見ていると私でも委員長キャラにならざるをえないのだ。
準備が整うと、体感出来るレベルのGを感じながら飛行機は滑走路を走り、飛行機初体験の生徒による歓喜の声や悲鳴が入り交じった中で、機体はふわりと離陸した。
「うわ~、本当に飛んだね」
私のマヌケな発言に対して「そりゃ飛んでくれないとね」と、苦笑する沙耶も、どこか楽しげだ。
しばらくしてシートベルト着用ランプが消えると「よし!」と、言いながら即座に双海さんが立ち上がる。
「よし、じゃないでしょ。用事がない時以外は座ってて」
今度は双海さんの隣にいた緑川さんが注意する。
常にあちこち動きまわっていそうな双海さんを通路側に置いたほうが何かと便利なのでは? と、思ったりもしたが、落ち着きのない双海さんを制止する意味で窓際に閉じ込めたのかもしれない。
双海さんは渋々席に座り、緑川さんに向けてマシンガントークを発砲しはじめた。
私はというと、沙耶が隣にいるので席を立つ理由は特にない。
一緒に窓の外を見て「綺麗だね」なんてありきたりな会話している。
「神崎さ~ん、姫~。ミドリ寝ちゃった」
再び前方から双海さんが顔を出して落胆しながら呟く。
朝早く起きた事もあって、移動時間を利用して寝ている生徒も何人かいる。緑川さんもそのうちの一人だ。
双海さんのマシンガントークを子守唄代わりにするとは、幼馴染みの成せる技なのか。
「双海さんは寝ないの?」
「せっかくの飛行機で寝るなんて勿体ない。飛行機で寝るなんてジェットコースターで寝るようなもんだよ」
双海さんにとって飛行機は絶叫マシーンなのか、と心の中でツッコミをいれるが、気持ちはわからないでもない。
私も飛行機に乗るのは初めてだし、この非日常感を味わっていたい。
「そういえばさ、沖縄とはいえば闘技場だよね」
双海さんは相変わらず突拍子もないことを言い出す。
闘技場が何を指しているのかわからない私は沙耶と一緒に「え?」と聞き返す。
沖縄といえば闘技場のイメージなんて、これっぽっちもない。ローマのコロッセオとかならわかるんだけど……。
「やだな~、NWの話だよ。現実に闘技場があるわけないじゃない」
寝ている緑川さんを起こさないようにか、小さな声でクスクス笑っている。
そっか、NWの話か。それなら納得なんて一瞬思ったけど、そもそもNWの話だとしても沖縄に闘技場のイメージなんてなかった。
聞けば沖縄にはユーザーがNWサービス開始直後から作りはじめた闘技場があり、全国の猛者の腕試し場として知られている。
最初はただの遊びとして楽しんでいたのだが、口コミや掲示板などで存在が広まり、参加人数が爆発的に増えて今では優勝者に豪華商品が出たり、試合には実況アナウンサーがついたりと規模が膨れ上がり一種の娯楽として有名になっているらしい。
「知らなかったなぁ」
私も沙耶も掲示板を見る習慣はなく、ちょっと調べ物をするときに覗くくらいだったので、トリデンテ周辺以外の出来事については疎いのだ。
「中でもキングは別格。闘技場始まって以来、無敗で頂点に君臨し続けているの」
「キング?」
「Nos.2のキング、知らない?」
「知らない」
キングとはキャラネームではなく、闘技場で無双を続けているから掲示板などでキングと呼ばれ、そのまま定着していったらしい。
でも、そうか。アカウントブレイク事件以降はNos.に発現した人はキャラネームを公開されるようになったから、一度くらいは目にしてるかもしれない。
「そんでもって、そのキングに一番近い存在がクイーン」
「クイーン?」
「Nos.3のクイーン、知らない?」
「知らない」
キングとクイーンがいてNos.2とNos.3が競いあっているのか。
確かに盛り上がりそうだ。
「私は断然クイーン派。キングに挑む姿は凛々しくてカッコイイから!」
目を輝かせながら双海さんが言う。ちなみにクイーンはキング相手に10戦10敗。実力的に2番目のクイーンがこれだけ圧倒されているのだから、キングという人は相当強いのだろう。
「ちなみに今までキングに挑んだNos.は10人以上いるけど、全員全敗」
「へぇ~……」
「まぁ、私とミドリとオカは沖縄地方に行ったことあるけど、Nos.でもないし闘技場でキングとクイーンの試合を見るだけだったよ」
止むことのないマシンガントークは、その後もひたすら闘技場の事やNos.の事を解説し続けて、私は聞きながら窓の外を眺めたりして、もうすぐ着陸というときだった。
「そういえばさ、二人はどこに拠点構えてるの?」
初回ログイン地点から近い位置としか伝えていなかった事に気付いた私は、双海さんに村の名を告げる。
「トリデンテ」
「え?」
「私達の村はトリデンテだよ」
「ええ~~~~~~!!」
機内で大声をあげる双海さんは非常に迷惑である。
普段は優しい国枝先生も、さすがに双海さんに静かにするよう注意し、私と沙耶はなに食わぬ顔で窓の外を眺めて無関係を装った。
「ちょっと、ちょっと!オタクら二人して酷いじゃないのさ!」
「シートベルトして、前向きなさい」
これ以上巻き添えをくらいたくない沙耶がお母様モードでお説教する。
「それがそうも言ってられないのだよ!まさか二人が…いや、三人がトリデンテの民だったなんて」
あまりにも慌てた様なので、何があったのか訪ねる。すると双海さんは深刻な顔になって切り出した。
「会長がキングに狙われている」
それまでは楽しそうに笑顔でマシンガントークを披露していた双海さんは一変深刻な顔をして、そう言った。
「会長が? なんで?」
キングと会長になんの関係があるのか見当もつかない私は考えることを放棄して素直に双海さんに聞き返す。
「トリデンテって、掲示板で結構騒がれてたでしょ?だから有名なのだよ」
アカウントブレイク事件のせいで一時期トリデンテが話題になった、という話はサイバーフィッシュの人に聞いたことがあるけど、それがキングに繋がる意味がわからない。
「全戦全勝絶対王者のキングにも、一つだけ許せないことがある。なんだと思う?」
力も名誉も手に入れた人が許せないこと。しかも相手は会長……。
「う~ん、う~ん……あ、わかった!生徒会長になりたかったとか?」
「そんなわけないでしょ。NWでの話だって」
双海さんは「仕方ない。わからぬのなら教えてしんぜよう」と仙人のような口調になって再び語り出す。本当は教えたくてウズウズしてるんだろうけど、気持ちよく語っているところに水を差すのも悪いので黙っておく。
「キングが許せないこと。それは自分が二番目だってこと」
「二番目?じゃあ、会長が一番ってこと?」
「その通り!」
会長が一番……? ネーミングセンスのことかな。
「キングは自分がNos.2だということに納得していないの。つまり自分より先に発現したNos.1【アイギスのサーヤ】である会長に敵意むき出しってこと」
その言葉を聞いた私と沙耶は、しばし硬直してから「あぁ!」と納得したようにお互いの顔を見合わせて笑った。
「それ、私」
「ん?どれ?」
沙耶が双海さんに向けてNos.1は自分のことだと言うが、双海さんはまだ理解出来ていない。
「トリデンテのサーヤは鈴川沙綾じゃなくて姫宮沙耶。私だよ」
今度は双海さんが硬直する。そして双海さんが次のモーションに入ろうとした瞬間、私と沙耶は双海さんに向けて咄嗟に手を伸ばした。
「むぐっ………もごっ……」
大きな声で「え~~!?」と叫ぶのが目に見えていたから、またまた迷惑になる前に口を塞ぐ。
「……ぷはっ!ちょっと、ちょっと!酷―――」
「大きな声出しちゃダメ!」
私と沙耶の二人がお母様モードになり、学習しない手のかかる子にお説教をした。
でも、サーヤが沙耶だろうが会長だろうがトリデンテの仲間が狙われていることには変わりない。
「敵意むき出しって、具体的には?」
「闘技場の試合をlive中継して勝利者インタビューで名指しの挑発したり」
キングは「自分がNos.1を潰して最強であることを証明する」とか「いつまで待ってもNos.1が闘技場に現れないのは我に負けるのが怖いからだ」とか。そんな挑発を繰り返しているけど、悲しいことにサーヤ本人がそんなインタビューを見てない。
「随分と幼稚な挑発ね」
沙耶は呆れて興味なさげに言った。
「まぁ、言動は知的ではないかもね。強いけど」
だからこそ双海さんもキングではなくクイーンのファンになっているらしい。
「残念だけどスルー。変なプレイヤーに関わるくらいならトリデンテのみんなで遊んでいたいし。そもそもオキナワ地方なんて遠すぎて、そんな簡単に行けないよ」
そんな話をしているうちに機内アナウンスが流れ、私達はシートベルトを着用して着陸に備えた。




