マシンガントークのキューピット
「で、どう思う?」
「どう、って?」
グループ分けをしてからというもの、私は双海さんと会話する機会が増えていった。今もまさに双海さんと会話をしているんだけど、その内容は緑川さんと岡崎君について、どう思うかって話。
「いや、なんとかして二人をくっつけたいんだけど、なかなか上手くいかなくて」
「うーん?」
緑川さん本人が岡崎君と仲良くなりたいから協力してと言うならわかるが、何故に双海さんはここまでして二人のキューピットをしているんだろう。お節介か? それとも聖人か?
「どうして二人を付き合わせたいの?」
「私が楽になるため」
「ん? うん?」
先程から疑問符連発の私は混乱してきた。
私は「もっとわかりやすく説明してください」と、双海さんに頭を下げてお願いする。
それを見た双海さんは笑いながら「ごめんごめん」と謝り、詳細を教えてくれた。
双海さん、緑川さん、岡崎君は幼稚園の頃からよく一緒に遊んでいた幼馴染みで、男女であることなんて忘れているかってくらい、仲良く育ったらしい。
でも、そんな関係が続いたのは小学5年生までだった。
まず最初の変化は緑川さんが岡崎君を好きになってしまった事。
きっかけは、なんてことない理由。足を怪我した緑川さんを気遣って、岡崎君が緑川さんを背負って歩いたことで意識してしまった。
「恋なんて、そんなちょっとしたことがきっかけなのだよ」
双海さんは人差し指を立てて私に恋を語る。
「神崎さんは恋してる?」
「……うん、してる」
私が沙耶に恋したきっかけってなんだろう?
出会った瞬間? 守ってくれた瞬間? それとも花火大会?
よくわからない。一緒に過ごすうちに気持ちが徐々に恋に変わっていった気がする。
「なんだ、恋してるんだ」
なんだ、とはなんだ。
双海さんったら私が恋とは無縁みたいな言い方をしてくれちゃって。
「私だって恋くらいするよ」
その相手を聞いたら双海さんは驚いちゃうだろうな。
まさか、学園の姫に恋してるとは思うまい。
「相手は誰?まさか姫?」
「はぇ?」
なんでいきなり沙耶を出すのか。意表を突くつもりが意表を突かれたことで「は?」と「え?」が同時に口から出てしまった。
「だって傍から見ても仲良すぎるし」
休み時間は常に一緒、手を繋いで登下校、おまけに修学旅行の部屋割りで"余り者"を決める時、普段まったくと言っていいほど自分からアクションを起こさないあの神崎茉莉が光の速さで立候補したのだ。
「恋してるとまでは言わないけど、引くレベルでイチャイチャしてる」
まったくもって反論出来ない。というか双海さんって結構ずけずけと物を言ってくるなぁ。
「どこまでいったの? 告白は? キスは?」
恋してる相手が沙耶だと返事をしていないのに決定事項かのように話を進められていく。
「双海さんってマシンガントークだね」
「マシンガントーク? なにそれ」
マシンガンのように途切れぬ連発トークの事。と説明すると双海さんは「ウマイね」と大笑いした。
「双海さん、話が脱線してるよ。続きは?」
「どこまで話したっけ?」
「はぁ…」
そんな双海さんに呆れながら「緑川さんが岡崎君に恋したところまで!」と語尾を強めて言った。
「そうそう、それでミドリが私に相談してきたわけよ」
岡崎君に恋をしたミドリさん、もとい緑川さんが双海さんに恋愛相談、双海さんは二人の邪魔をしないように一歩引いて接していたのだという。まぁでも小学生の恋なんて「好き」という気持ちがあるだけで実際に前に進む恋はほとんどなく、結果、中学2年生までなんの進展もないまま月日は流れた。
しかし、ここで3人の関係にまた変化が訪れる。
今度は岡崎君が恋をしたのだ。それも相手は双海さん。
ある日、双海さんへの想いを抑えきれなくなった岡崎君は双海さんに告白、そして撃沈。
「断ったの? 緑川さんのために?」
「ううん。ミドリのことは関係なく、単純に恋愛感情がないから断った」
きっぱり言い切るところが双海さんらしい。
これまでもこれからも気持ちの変化はないから諦めて、と告げたとか。そんな断られ方をしたら、普通は心が折れてもおかしくはないのだが、岡崎君は違ったらしい。
一カ月後、二ヶ月後にまたまた告白してきたのだ。
「諦めやすいように突き放したつもりが逆効果。オカは何故か一人で盛り上がってるのよ」
「ふんふん、だから緑川さんを?」
緑川さんと岡崎君を恋人同士にさせて、自分が岡崎君から解放されたい、ということか。
なるほど。お人好しとかお節介とか聖人とか、そんな人かと思っていた双海さんの印象はどこへやら、どうやら100%自分のためだけに恋のキューピットをしているようだ。
「ってことで、一緒に考えて」
まるで私も幼少から一緒に育った幼馴染みかのように、なんの遠慮もなく要求してくる。
「なんで私を巻き込むの」
「この戦いが終わったら、私も神崎さんの村で暮らすから」
「……は?」
当たり前のように意味不明なことを言うのでヒビキのような口調で聞き返す。
「あの二人が恋人になったら、私は固定PT抜けて神崎さんの村で暮らすの」
あの二人が恋人同士になったら、当然双海さんはお邪魔虫になるわけで、だから双海さんだけ抜けてトリデンテに身を寄せようって、そういう話らしい。
「私達の村で暮らすのは別にいいけど、固定抜けちゃっていいの?」
わざわざ恋のキューピットしてまで固定を崩壊させるより、今の関係をダラダラ続けて楽しんだほうがいいのでは、と思った。
「いいの」
「そう?」
まぁ、双海さんがいいなら私はそれ以上は口出ししないことにした。
「見返りとして私が姫と神崎さんの恋愛相談に乗ってあげよう」
「うーん、相談するまでもなく順調だからいいよ」
それまで途切れぬマシンガントークを披露していた双海さんが、私の一言で固まってしまう。
数秒間静止した後に、「はっ…!?」と声をあげて我に返った双海さんは「そう言わずに!」と泣きついてきた。
◇
一応村の住人に確認とっておいてね。なんて言いながら双海さんはカバンを手にとって下校した。
確認って……私に話した時はトリデンテで暮らす事はもう決まっているかのような口ぶりだったのに。
台風みたい人だなぁ。ムードメーカーになれそう。
「マリ、帰ろ!」
教室の扉を見ると下校準備を整えた沙耶が立っていた。
「双海ちゃんが私を見て『お幸せに』って言ったけど、何を話しての?」
沙耶の言葉を聞いて、私は思わず両手で顔を覆う。本当に何を言ってるんだ双海さんは。
「双海さんの言うことは気にしなくていいよ」
「んー?ちょっと気になるなぁ」
沙耶は私の顔を覗きこんで問いただそうとする。
沙耶の顔が近くにきて、キスした時のことを思い出してしまう。
「マリ、顔真っ赤」
「……沙耶のせい」
「え~?」
沙耶は笑いながら人差し指で、私の真っ赤な頬をぷにぷにとつついて、私はそれをされるがまま受け入れて昇降口まで歩いた。
◇
「沙耶、水着は持った?」
家に帰り、明日に迫った修学旅行の準備をする。
私はノートPCのライブチャット機能を使って沙耶と会話しながら旅支度を進めている。
会長も誘ったけど「あなた達、本当にバカップルですわね」と言われ断られてしまった。
たかだか修学旅行の支度するときまでライブチャットするなんて信じられないとのことだ。
「水着ってスクール水着しかないんだけど、いいのかな」
自分のスクール水着をヒラヒラとカメラに向けて揺らしながら沙耶が言う。
なんだか意外だ。沙耶は毎年海へ行ってセクシーなビキニとか着て遊んでるようなイメージだったから。
それを伝えると「肌を見せるのは好きじゃない」と沙耶は言った。
そういえば沙耶は胸が大きくて視線が気になってるってハナビちゃんが言ってたっけ。
「じゃあ、やめとく?」
「ううん。マリと海水浴したいから」
その言葉に思わずニヤけてしまう。クラスが違うから水泳の授業も別々だったし、今年の海での思い出がNWでサメ100匹に追い回された記憶のままじゃ締まらないもんね。
9月とはいえ沖縄はまだまだ海水浴シーズンなので問題なく海やプールに入れるはずだ。沖縄と言われて真っ先に思い浮かぶのは白い砂浜に透き通った海。
トリデンテ周辺の海は綺麗なんだけど、現実の近海はそんなに綺麗な物じゃないので、やっぱり沖縄に行くなら経験しておきたい。
「じゃあ、忘れ物ないか確認ね」
「おこづかい」
「うん」
「着替え」
「うん」
「旅のしおり」
「うん」
「NW専用VR」
「うん?」
NW専用VR? 沙耶の冗談かと思って画面を見ると、本当にVRを荷物に入れている。
「向こうでログインするの?」
「あれ?すれ違った時に双海ちゃんに言われたんだけど」
そんなバカな、と首をかしげた瞬間、スマホにメッセが届く。
◇
【瞳子】
言い忘れてたけど、NW専用VR持ってきてね~
【茉莉】
え!なんで!?(;>_<;)
【瞳子】
夜、一緒にやるから!
【茉莉】
なんで!!?(つд⊂)
【瞳子】
修学旅行の夜にゲームするのってワクワクするじゃない?
【茉莉】
枕投げじゃダメ?
【瞳子】
騒がしいからダメ
【茉莉】
確かに双海さんが枕投げしたらホテルから追い出されるね
【瞳子】
うふふ
【茉莉】
でもNWはいいの?
【瞳子】
国枝先生には確認とったから大丈夫よん!
◇
国枝先生は生徒に甘いことで有名だからなぁ……。
一時期問題になったNWの持ち込みを許可するのは、教師としてどうなんだ。
「双海さんから? なんだって?」
画面越しに私を見ていた沙耶が聞いてくる。
「よくわからないけど、夜一緒にゲームしたいからって」
「前に同じクラスになったことあるけど、相変わらずだなぁ、双海ちゃん」
沙耶も会長も双海さんとは過去に同じクラスになったことがあって、誰とでもフレンドリーに接する太陽みたいに眩しい女の子らしい。
「まぁ、ハナビちゃんに会えるし、持っていくのもありといえばありかな?」
「四日も会えないのは寂しいからねぇ。一回ログインしてハナビに伝えてくるね」
「あ、私もいく!」
私達は修学旅行の準備を途中で投げ出して専用VRを取り出し、NWにログインした。
◇
「ただいま、ハナビちゃん」
私はNWにログインした時は「ただいま」と言うようにしている。ハナビちゃんが生まれてからは、私にとってここは帰る家だと思っているから。
「おかえりなさい。マリお母様、サーヤお母様」
育ちの良いお嬢様のごとく丁寧に挨拶したハナビちゃんは「今日は会えないと思ってました」と、笑顔で抱きついてくる。
あぁ、かわいい。自分の子供がこんなに可愛いとは。この年齢にして母性に目覚めてしまったか。
「えへへ、修学旅行にVRを持っていくことにしたから明日以降もログイン出来るよ」
「本当ですか!?」
3~4日はログイン出来ないと聞いて少し寂しそうな顔をしていたハナビちゃんは朗報を聞いて凄く喜んでくれる。
しっかりしてるとはいえ、やっぱり寂しいという感情はあるようで、私達は少しでも長くハナビちゃんに会えるように努力しようと決意した。
「あれ、マリっちとサーヤっち今日は修学旅行の準備じゃなかった?」
ヒビキがハナビちゃんの部屋に入ってきて、そこにいる私達に驚きの声をあげたので、ハナビちゃんに伝えたように同じことを説明する。
ヒビキは自分の家を持っているけど、私達がログインしていないときはハナビちゃんの面倒を見てもらうために私達の家にも自由に出入り出来るように設定してある。
夜寝るときはいつもハナビちゃんとヒビキとヴォイスで一緒に寝ているらしい。
「なるほどな~。あ、そうだ。ウチ達へのお土産は写真でよろしく」
NWで暮らしているヒビキ達には食べ物などのお土産を手渡し出来ないので、必然的にデータ化が可能な写真になる。撮った写真を取り込めばNWでも観覧可能になり、ハナビちゃんやヒビキにも沖縄の風景を見せてあげることが出来る。
「葉月にも定期的に日常の風景を見せてもらってるけど、葉月は忙しくてなかなか遠出は出来ないからな」
ヒビキはもう現実世界を歩けないから、せめて写真で見たいと葉月さんにお願いしているらしい。
「噂に聞く自撮りですか?ハナビも興味があります」
「え、自撮り?風景だけじゃダメ?」
「恥ずかしいし」と付け足して自撮りを拒否するも、「可愛い娘のためだから」と、沙耶に説得されて自撮りをするハメになってしまった。
「じゃあ、そろそろ行くね。修学旅行の準備の途中だから」
「終わらせてからログインすりゃいいのに」
「だってVRも荷物に詰めちゃうから」
なるほど、と納得した顔のヒビキとハナビちゃんに「また明日ね」と言って私達はログアウトする。
思えば【修学旅行】ってワードは私と沙耶が繋がるために一役買った優秀なキューピットだ。
この修学旅行も私達にとって幸せな物となりますように、なんて祈りを捧げながら、その日は眠りについた。




