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修学旅行

 9月中旬


 生まれたばかりのハナビちゃんと一緒に過ごしたり、受験に備えて勉強したいのは山々だが、学園生活最大のイベントが待っている。

 そう、修学旅行だ。


 最大のイベント、とは言ったものの、私にとっては然程楽しみなイベントでもない。

 だってクラスで仲の良い友達はいないし、沙耶、会長、私の三人は見事に別々のクラスだから一緒に行動する時間も限られてくる。


 仲の良い友達がいないと言っても、別にイジメを受けたり孤立しているわけではない。私が内気だったから積極的に話しかけなかっただけで、クラスのみんなは普通に話しかけてくれている。

 特に沙耶と一緒に過ごすようになってからは話しかけられる頻度が増えた。

「どうやって仲良くなったの?」とか「普段 二人でどんなことをしているの?」とか。

「ネトゲで仲良くなって、普段もネトゲで遊んでるの」と答えても「姫がネットゲームなんてやるわけないじゃない」なんて、冗談だと思われて笑われたっけ。

 でも、本当に本当なんだから!



 そんなこんなで私は学園の姫を独占している謎の少女として一部で噂されている。

 これ見よがしに手まで繋いで登下校、そりゃ噂にするなってほうが無理な話だ。下手したら嫉妬に狂った沙耶ファンに刺されるかもしれない、とは考えすぎか。



 ◇



「はい、それじゃ好きな人同士で3~4人のグループ組んで~」



 修学旅行の行き先は沖縄。一日目はクラスで、二日目はグループで、三日目は完全自由行動、そして最後の四日目は学年全体で。

 東京に行ったことはあっても、沖縄までいくことは滅多にないので初体験の人も多いはずだ。


 沙耶と行動出来る可能性があるとしたら、三日目かな。

 一日目は完全に別れちゃうだろうし、四日目は全体で移動すると言ってもクラスでまとまるだろうし。二日目はうまいことグループ同士で合流すれば沙耶と過ごせるが、これにはグループみんなの協力が必要不可欠だ。


 そんなわけで同じグループになる子達は慎重に選びたい。

 お願いを聞いてくれそうで沙耶と一緒に回りたいと思ってそうな子……。


「神崎さん、私達のグループに入らない?」

「え!」


 選り好み出来るほど友達がいないくせに選り好みしようとしていた私に、まさかのお誘いがあった。

 これは学園の姫効果なのか。沙耶とお近づきになりたい人が私を介して繋がろうとか、きっとそんな理由。


「あ、はい。よろしくお願いします」


 私はこの機を逃すまいと、誘ってくれた人の顔もロクに確認せずに返事をする。


「よかった。よろしく、神崎さん」


 弾ける笑顔を向けて私に声をかけてきたのは双海(ふたみ)瞳子(とうこ)さん。隣で様子を見守っていた大人しい子が緑川(みどりかわ)麗奈(れいな)さん。


(あれ?この二人って、確か……)


 あんまり話したことのない二人だけど、印象には深く残っている二人だ。その理由は、ロスト・メモリーズ事件の時に記憶障害を起こして欠席していた三人の内の二人だから。

 つまり私と同じくNWプレイヤー……もしくは元NWプレイヤーか。

 親しかったわけじゃないのでロストメモリーズ以降もNWを続けているかは知らない。などと過去の出来事を思い返していると、双海さんは私に何かを聞きたそうな顔をしている。

 やっぱり沙耶のことかな?と思っていると、意外な言葉が飛んでくる。


「神崎さんってNWプレイヤーだよね?」

「えっ?あ、うん」


 聞けば私と沙耶がNWの話をしているのが聞こえてきて、双海さんは私に興味を持っていたらしい。

 人気者である沙耶と一緒にいるから、会話に聞き耳を立てられてるのはなんとなく気付いていたけれど、NWプレイヤーじゃない人が聞いても、何を話しているのか理解出来なかったはずだ。だけど、双海さんと緑川さんはNWプレイヤーだから、私達の会話の内容から察したのだとか。


「やっぱり!神崎さんはどんなプレイスタイルなの?」


 双海さんが私の前の席から椅子を借りて正面に座り、目を輝かせて聞いてくる。


「アタッカーしてるよ。武器は弓を使うことが多いかな」

「へ~、神崎さんはどちらかといえばヒーラーのイメージだったけど、アタッカーなんだぁ」


 内気で、か弱くて、非力なイメージの私は端からみるとヒーラーらしい。

 周りから見たイメージが気になるので、ついでに沙耶と会長のイメージを聞いてみる。


会長(スズ)は魔法剣士。姫はイメージがないなぁ」


 なるほど。沙耶はそもそもゲームをプレイしてるイメージが湧かないらしい。

 姫が沙耶なら、スズとは会長のことかな? 会長は確かに魔法メインの後衛だけど、NW内での会長も生徒会長をしている姿とはかけ離れていて一般的な鈴川沙綾のイメージとは違う。現実のイメージとゲーム内でのロールなんてそう一致するものでもないのかなって思う。


「私達は拠点を作らずに旅して回ってるんだけど、神崎さんは?」

「私はスタート地点から近い位置の村に住んでるよ」


 私達はトリデンテを拠点に周囲を探検して生活するスローライフスタイル。

 対して双海さん達は長い道のりを歩いて回り、見かけた村に立ち寄っては一息つき、ひたすら動き回って冒険するトラベルスタイル。

 まぁ、拠点を構えているからと言ってもトラベルスタイルが出来ないわけじゃない。スキル【テレポーション】を使えば一度訪れたチェックポイントにワープ出来るので、かなり遠出したとしても【テレポーション】さえ習得していれば一度訪れたチェックポイント間を一瞬で行き来が可能になる。

 チェックポイントは村認定された場所やNW社が自ら設置した場所のこと。トリデンテやサイバーフィッシュにもチェックポイントは設置してあるので、一度トリデンテを訪れた人はいつでもトリデンテにワープしてこられるはずだ。


「双海さんと緑川さんは、二人で旅してるの?」


 ロストメモリーズ事件の時に病院に行ったのは確か三人だったはず。気になった私は聞いてみた。


「三人だよ。ほら、あっちにいる岡崎」


 言われたままにその方向を見ると、岡崎君は私達から少し離れたところで男子4人グループに入っている。

 メガネをかけて目にかかるくらい長いボサボサの髪。外見はいわゆるオタクっぽい男の子だけど、性格は非常に明るく、朝、昇降口で会うと「おはよう」と、私にも挨拶をしてくれる好青年。


「修学旅行も一緒に回ろうって誘ったのに、アイツったら女子と組むのは恥ずかしいからイヤだって」


 双海さんは腕を組んで不満そうに言った。


「仕方ないよ。岡崎君は男の子なんだから」


 それまで黙っていた緑川さんが岡崎君を庇うように言う。

 思春期の男子が女子だらけのグループに一人入るのは確かに嫌がるだろうな、と私も思う。緑川さんの意見に同意だ。


「NWの中じゃ乙女のくせにして、リアルだと男にこだわるんだから、よくわからないわ」

「乙女?キャラが女ってことですか?」

「そう、男性でもゲームで女性キャラ使うこと結構多いでしょ?」


 ネトゲプレイヤーで男女の割合を比べると、圧倒的に男性が多くなる。しかし、使っているキャラを比べると男キャラよりも女キャラのほうが多くなるのだ。

 理由は様々だけど、女性のオシャレを体験出来る部分が一番大きいのかな。


「グループ分かれちゃったけど、一緒に回れるか聞いてこようかな。ミドリはアイツと思い出作りたいでしょ?」


 ミドリとは聞くまでもなく緑川さんの事だろうけど、思い出を作りたいっていうのは……そういうことなのかな、と私は察した。

 私だって沙耶と思い出を作りたいわけだし、きっと同じ気持ちだ。


「もう、いいよ。岡崎君以外も一緒に回ることになっちゃうし、よく知らない男子グループと一緒なんて、神崎さんに迷惑だよ」

「私は別に……代わりと言ってはなんだけど、グループ行動の時に隣のクラスの沙耶も一緒にいいかな?」

「沙耶って姫のこと?もちろん私達はOKだよ」


 沙耶の話を持ち出すチャンスだな、と思った私は話に乗っかったついでに自分の要望も伝えてみたが、二人は快く承諾してくれた。


「とりあえず、オカに一緒に回れないか聞いてくるよ。ミドリも一緒に来る?」

「私はいい。瞳子が聞いてきて」


 あまり積極的な性格じゃない緑川さんは双海さんに全てを任せる、と言った感じで丸投げした。

 よくわからないけど、双海さんは二人のキューピットしてるのかな?


 双海さんが「いってきま~す」と小走りで男子グループ目掛けて特攻していく。

 残された私と緑川さんは、ひたすら無言。


「…………」

「…………」



 沈黙が流れるが、居心地が悪い沈黙というよりは心地良い沈黙かもしれない。

 緑川さんも私と同じく無口だから、お互いわかってて黙るというか。たぶんこの場にヒビキがいたら沈黙に耐えきれずに大声あげそうだけど。



「合流するのもイヤだってさ、あの鈍感王子」


 沈黙を破ったのは、帰ってきた双海さん。

 別に岡崎君に非があるわけじゃないと思うけど、本人に聞こえるんじゃないかってくらい物凄い悪態をついて戻ってきた。


「だからもういいって言ったのに」


 緑川さんは最初から結果はわかってたよ、みたいな顔をしている。結果を聞いて落ち込んだというよりは、結果がわかっているので最初から落ち込んでいたというか。


「ごめんごめん、まぁ私達は私達で楽しもうよ」


そんな緑川さんを見て、元気付けようと双海さんは前向きな姿勢を示し、私もそれに同意した。




 ◇




 休み時間になると、私はグループ合流の許可をもらったことを伝えるために沙耶のいる隣のクラスを覗きこむ。


(あれ?人だかりが出来ていない)


 いつもなら人だかりが出来ている場所=沙耶のいる場所なのですぐにわかるけど、今日はそれがない。

 いないのかな?と思って沙耶の席を見ると、沙耶はそこにいた。


 窓際の席に座り、頬杖をついて窓の外を眺めている。

 ここからだと完全には見えないけど、その表情は物思いにふけているような憂い顔。

 普段あまり見ない沙耶の表情に少しドキッして、もしかして誰も沙耶に話しかけないのは沙耶の様子がいつもと違うからだと気付いた。


(悩み事かな……?)


 心配になった私は思わず教室の入口から窓際にいる沙耶に向かって大きな声で叫ぶ。


「沙耶!」


 クラス全員の視線が私に集まったので「しまった」と後悔した。

 しかし、それまで憂い顔だった沙耶は、私の声に反応して振り返り席を立つと、いつもの笑顔で手を振って応えてくれる。

 それを見て「結局なんだったの?」と思ったのは私だけじゃない。クラス全体がそんな感じの反応をしていた。


「二日目のグループ合流の件、OKもらえたよ。沙耶は?」

「私も大丈夫。合流というよりは私だけ抜ける形にしてもらったけど」

「抜ける?」


 沙耶は男女のカップルと三人のグループを組んだのだが、当然カップルは二人きりで修学旅行を満喫したいから三人目がお邪魔虫になっちゃうわけで、悩んでいるところに沙耶が話を持ちかけたらしい。


「私は別のクラスの人と回りたいから取引しない?ってね」


 その手があったか。と感心するが、そもそも私はクラスメイトの恋愛事情なんてご存知ないので真似出来ない。緑川さんの気持ちもさっき知ったばかりだしね。

 抜けると言っても完全な別行動をするわけじゃなく、観光地は合わせて一緒に移動するけど、お互い干渉しないようにしましょうとの事だ。


「あ、それと部屋割りのことなんだけど」


 修学旅行でとったホテルは二人部屋ばかりで、沙耶のB組と私のC組は一人ずつ余るらしく、「隣のクラスの子と同部屋でいい人がいたら教えてください」との先生の発言に、私は真っ先に手を上げた。同じグループの双海さんは緑川さんと同室だろうし、もしB組でも同じ質問をされたら沙耶が来てくれると思ったからだ。


「私も余り組」

「よかった、一緒だね」


 沙耶が来てくれる。そう思ったことが自惚れではないと証明してくれた沙耶に感謝しつつ、一緒のグループになった双海さんと緑川さんのことを簡潔に説明した。


「へぇ、双海ちゃんかぁ」

「うん。ほら、ロストメモリーズ事件の時に欠席してた」


 数ヵ月前の出来事だが、沙耶もおぼろげな記憶を辿って「そういえばあったね」と思い出す。

 とりあえず観光ルートを合わせて一緒に行動するよう確認をとって解散した。


 これで沙耶と一緒に行動出来るし、ホテルは同じ部屋だ。

 あれ?なんだ、楽しみでもないとか思っていたのに、蓋を開けてみれば全てが上手くいって物凄い楽しみになってきている。

 結局"誰と過ごすか"が重要なんだねって思った。

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