いつかきっと
集まった青い蝶達が光輝いてNCの体が姿を現す。
つぼみが花開くように、ゆっくり目を開いたハナビちゃんに初めての言葉をかける。
「おはよう、ハナビちゃん」
沙耶に似た凛々しい目つき、私と同じ碧の瞳。
腰の辺りまで伸びた長い銀髪に、両側を耳の上部で束ねたツーサイドアップ。
身長は私と変わらないように見える。
ハナビちゃんは目をキョロキョロと動かして周囲を確認してから起き上がり、私と沙耶に頭を下げて挨拶をする。
「おはようございます。マリお母様、サーヤお母様」
お…お母様…。
まさか、この年齢でお母様と呼ばれるなんて思ってもなかった。
嬉しいような、少し複雑なような。
沙耶はハナビちゃんの頭を撫でながら「おはよう、ハナビ」と、さっそくスキンシップをとっている。
あ、なんかズルい。私も何か母親らしい行動をしないと。
「ほ~ら、ハナビちゃん!クマさんのぬいぐるみだよ~」
私は、赤ん坊をあやすかのようにクマさんのぬいぐるみをハナビちゃんの前で上下左右に揺らしてみる。
「マリお母様……ハナビは確かに生まれたばかりの若輩者ですが、赤ちゃんではありません」
「ご、ごめん」
しまった……生まれたての自分の娘に説教されてしまった。
あらかじめ赤ちゃんじゃないってわかっていたはずなのに、何をしているんだ私は。
「ですが……クマさんのぬいぐるみは嫌いじゃありません」
そう言ってハナビちゃんは私の手からクマさんのぬいぐるみを受け取ると大事そうに抱きしめる。
「ありがとうございます。マリお母様」
「う、うん!大事にしてね」
自分の娘へ送った初めてのプレゼントは気に入ってもらえたようだ。私はホッと胸をなでおろし、沙耶と同じようにハナビちゃんの頭を撫でてあげる。
「結構しっかりしてるんだな」
そんなハナビちゃんの様子を見ていたヒビキが感心の声を漏らす。ヒビキはハナビちゃんに近付いていき、自己紹介をする。
「ウチはヒビキ、これから同じ村で暮らしていく仲間だ。よろしく」
「よろしくお願いします。ヴォイスさんの母親代わりであり、NWで唯一の翼を持つNos.。一時期はグレて船を沈める等の不良行為に明け暮れるも無事に改心した口の悪いヒビキさん」
ハナビちゃんは私達から受け継いだ記憶をフル活用してヒビキの情報を引き出し挨拶する。それを聞いたヒビキは少しムキになって一部分を否定した。
「おい、グレてたわけじゃないぞ!」
「ですが、不良行為は反抗期の学生の嗜みとの記憶があります」
嗜みとは、またちょっと違うと思う……。
二人の記憶を一気に受け継ぐシステムのせいか、多少混乱が見られるけど、それでもここまできっちり会話が成立するなんて凄いな……。
そんな風に感心していると、今度は会長のほうに近付いていき、それを見た会長は自ら自己紹介をして応える。
「よろしくお願いいたしますわ、ハナビさん」
「よろしくお願いします。別の世界では組織のトップである生徒会長クラスに就き、数百にもなる部下を従え学校を牛耳る、ネーミングセンスが壊滅的なリンさん」
ハナビちゃん、言わなくていいことまで言っちゃってる……。この特徴はどこかで見たような……そう、紛れもなく私だ。
ハナビちゃんから予期せぬ攻撃を受けた会長とヒビキは何か言いたげに私達のほうを見る。
「サーヤさん、マリさん、あなた達から引き継いだ記憶ですわよね?」
「え?や、やだなぁ会長。ちょっと混乱しているだけですって!」
私は必死に言い訳を探すが、沙耶は全く動揺せずに、さらっと会長に言い返す。
「でもネーミングセンスがダメなのは事実よね」
「なっ…!そんなことはありませんわ!」
これは、いつものじゃれあいが始まるな。と思ったところで、ヒビキが会話に乱入してくる。
「まぁ、確かにリンっちはネーミングセンスないな」
一緒にハナビちゃんから攻撃を受けた味方だと思っていたヒビキの裏切りに「そんなバカな……」と、落ち込む会長。ハナビちゃんは、そんな会長を尻目に今度は葉月さんに近付いていく。
「な、何言われるんだろう?ちょっと怖いな」
会長とヒビキが謎の批評をされていたのを見ている葉月さんは、自分はどんなことを言われるのだろう?と期待半分、不安半分の表情でハナビちゃんに自己紹介をする。
「ハヅキです。まだトリデンテに来て日が浅いけど、新顔同士よろしくね、ハナビちゃん」
「よろしくお願いします。マリお母様とサーヤお母様の先輩であり、その振る舞いはお嬢様のように優雅でありながら、冗談を言うお茶目さも持ち合わせた理想のお姉様のハヅキさん」
「ちょっと待て!葉月だけ評価高すぎだろ!」
ヒビキや会長の時と違って余計な解説が入らずに、ひたすら褒めちぎる発言をするのでヒビキがすかさずツッコミを入れるが、葉月さんは満面の笑みを浮かべて照れている。基本的に私が抱いている葉月さんのイメージを、そのまま口に出してくれた。
「日頃の行いが良いから!」とVサインをする葉月さんにヒビキが「なんで葉月だけ完璧な評価なんだ」と、不満を漏らしている。
葉月さんが理想の先輩であるのは事実だけど、ヒビキや会長の時と違って余計な事を口走らなかったのは、一緒に過ごした時間が少ないから、といった理由もあるだろう。
共に過ごしていく事で、お互いの長所や短所が見えてきたりして積み重なっていくんだと思う。
「だから、葉月さんの欠点もこれから見つけられると良いな」
「え、マリちゃん何言ってるの……」
「あ、いえ」
しまった。コミュ障は克服出来てるけど、余計な事を口走る癖はなかなか直らない。不気味な呟きをした私にビックリしてる葉月さんの横でヒビキが「やっぱりマリっちの遺伝か」とボヤいたが、私は否定出来ずに苦笑いをして誤魔化した。
「マリお母様、サーヤお母様、ハナビは何をすればいいですか?」
ハナビちゃんはヴォイスにも挨拶をして一通りの自己紹介を終えると、私に向き直り指示を仰ぐ。
「畑仕事、素材集め、店番、ハナビになんでも任せてください」
ハナビちゃんはちょっと得意気に胸を張って言った。
あらかじめ聞いてはいたけど、本当にメイドさんみたいだ。
確かに雑用をこなしてくれると嬉しいんだけど、生まれてすぐにそんなことをさせるのも野暮だ。
「もうちょっとお話ししよう?私はまだまだハナビちゃんと話したいよ」
これまでのこと、これからのこと、まだまだいっぱい語り合いたい。
◇
それからしばらくは6人と一匹でNWでの出来事や現実の出来事を織り交ぜて話し、ガールズトークに花を咲かせた。
一緒にNCを作るならどんな相手が良いかとか、どんな子に育ってほしいかとか、葉月さんとヒビキの出会いについても語ってもらったりして、今まで以上にお互いの事がわかり合えた気がする。
それまでは淡々と話していたハナビちゃんも会話の中で、感情が芽生えていくように徐々に笑顔が増えていき、自然に私達と打ち解けていけたと思う。
「サーヤお母様は意外と寂しがり屋」だとか
「サーヤお母様は中学生にしては胸が大きくて、視線に困ってる」だとか。
私も気付かなかった沙耶の心情を知っていて興味深々で聞き入ってしまった。これも沙耶からしてみれば「余計な事」なのかもしれないけど、私からしてみると「重要な事」なのだ。
「そして、マリお母様はムッツリスケベです」
「ハナビちゃん!変なこと言わないの!」
油断すると私にも攻撃が飛んでくる。今後教育していかねば、と私は心に決めるのであった。
ハナビちゃんは、私の記憶のどの部分を知っているんだろう?知られたくない記憶には自動でロックがかかるとは言っても、実際にどの記憶にロックがかかったのかは自分で把握していないのだ。
過去の話をしても普通に会話についてこれる様子を見ると莫大な量の記憶が引き継がれているのは間違いない。
改めてNCの凄さを実感するが、自分の記憶の一部持っているなんて、よっぽどの信頼がないとNCを作るのは躊躇してしまうな、と感じた。
「今日はこの辺りでお開きにしよっか」
時計を見ると結構遅い時間だった。だいぶ話し込んじゃった。
育児をしなくていいのは確かに便利だけど、ログアウトしてハナビちゃんと離れ離れになるのは寂しさも感じる。
とはいえ私達がログアウトしてる間はヒビキに任せることが出来るので安心だ。
「ハナビちゃんの部屋も用意してあるけど、寂しかったらヒビキと一緒に寝てね」
「はい、わかりました」
いくらNCでも生まれたばかりの子供が一人でいるのは寂しいだろうなって思う。
「私も一緒に寝れたらいいのに」
「ふふ、マリお母様がNCで生活を始めたとしても、マリお母様のお部屋にいくなんて野暮な真似はしません」
野暮?親である私の部屋に来ることは別に普通な気がするけど、野暮ってどういう意味で言ったのだろう?
「だってマリお母様はサーヤお母様と一緒に寝―――むぐっ」
言い終わる前に私はハナビちゃんの口を塞ぐ。
言わなくていいことを言おうとしていたから、教育だ。
「ハナビちゃん!余計なことは言わなくていいから!」
おそらくハナビちゃんは私が沙耶に対して抱いている感情を知っている。私自信も隠す気はないし、ハナビちゃんにも知ってもらいたいと思っていたからロックはかからなかったはずだ。
けど、その気持ちは自分で沙耶に伝えたい。
好きだって、愛してるって。
いつか、きっと言える日がくる。




