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私の想い

 翌日、ログインすると、慌てふためいてヒビキが声をかけてくる。


「あ、マリっち。助けてよ!なんか今日は行く先々で求婚されるんだけど」

「求婚?NC実装日だからかな」


 ヒビキは、あの事件以降は色んな町やダンジョンを見て回っているらしい。翼を持っているので身軽であちこちに飛んでいけるから……そうか、ヒビキは翼を持っている唯一のPCだから、遺伝データがほしくてヒビキを狙ってる人が多いんだ。


「モテモテだね、ヒビキ…あ、ヒビキさん」


 そういえば、ヒビキって私の先輩なんだよね。今更だけど、呼び捨てにするのも失礼な気がする。


「え、どうしたのマリっち、気持ち悪い」

「い、いや。先輩なんだし呼び捨てはマズイかなって」

「今更先輩扱いされるほうが気持ち悪いって、ヒビキでいいよ」

「そ、そっか」



 予定通りに大型アップデートが実装されて、NW全体が賑わっていた。目玉のNCシステムは好評のようで、既に生まれた子もいれば、生まれるまでに数日かかるケースもあるらしい。



 私は、ざっとNCに関する説明を確認していく。


・NCはお互いのPCの遺伝子データを混ぜ合わせて誕生させる。

・誕生するNCの姿形は両親の遺伝子データを元に決まる。なお、両親の一部記憶も引き継ぐので注意。


「記憶を引き継ぐって……黒歴史とかもバレちゃうのかな」

「よく読め。自分が知られたくない記憶は自動でロックがかかるって書いてあるでしょ」


 横からヒビキが覗き込んできて指摘する。


「あ、本当だ。じゃあ安心だね」

「何があるんだよ。黒歴史って…」


 更に読み進めていくけど、あまりにもテキスト量が多いために飛ばし飛ばし重要そうな項目だけを読むことにした。



・名前は両親が決める。

 これは当たり前か。



・同性PCでも問題なくNCは生まれる…。

 沙耶と私でもNCを生み出せるって事だよね。緊張するけど、頑張ろう。


 

・一般的な子育てを必要としない。

 NCは二人の記憶から日常的な常識や言葉を継承するから、生まれた瞬間から店番を任せたり狩りの手伝いを頼めるらしい。



 まだまだ続きがあるけど、沙耶がログインしてきて一旦作業を中断する。


「おはよ!マリ、ヒビキ先輩」

「おはよう、沙耶」


 私は沙耶に小さく手を振って応えた。


「サーヤっちも先輩なんて言わなくていいって」


 沙耶も、先程の私と同じようなやり取りをしている。ヒビキは気にしなくていいって言うけど、年下の私達からしてみると、やっぱり少し気になってしまうのだ。


「でも、海清に入学したら先輩ですし」

「じゃあ、ヒビキお姉さまって呼んでよ」

「それ、葉月先輩も言ってましたよ。でも実際に呼ぶ人はいないって」

「葉月め、余計な事を」


 葉月さんは部活や勉強が忙しいので、たまにしかログイン出来ないけど、ヒビキと会うためにNWを始めてトリデンテに家を建てた。トリデンテ6人目の住人だ。


「ちなみにマリは言われた通りに呼んでましたけどね」と、イジワルな笑顔で振り返る。

「い、言わなくていいから!」




 ◇




「じゃあ、ヒビキ先輩。私達ちょっと用事あるから行きますね」

「はいよ」


 沙耶がヒビキに頭を下げて、その場を後にする。用事とは、もちろんNCの事だ。


「も、もうするの?」

「うん」


 沙耶は心の準備とか出来てるのかな。私が緊張してるのに、沙耶はいつもと変わらない冷静な沙耶だ。


「少し弱気だった昨日の沙耶とは大違い」

「何言ってるのよ」


 私は沙耶に手を引かれてマイホームの私室に入った。


「え~と、NC用の家具作らないとだっけ」


 そう言って沙耶はメニュー画面を開いて家具を確認していく。私はベッドに腰掛けて手を膝の上に置き、面接の順番を待つ就活学生のような姿勢で固まっている。


「ねぇ、見て。いっぱい種類あるよ」


 NCシステムを実行するための家具は一つの形に囚われず、様々な種類がある。ドレッサー、ベッド、浴槽、机、その中からお気に入りの家具を選んで作り、NCシステムを起動するらしい。


「マリは、どれが良いと思う?」


 沙耶が隣に座ってメニューを見せてくる。普段はこんなに意識しないのに、今日は沙耶が近くに来るだけで顔が熱くなる、胸がドキドキする。


「え、えっと…おまかせ」

「じゃあ、ベッドね」


 ベッド!?NCを作るためにベッドって、なんていうか…直接的すぎない?


「う、うん。じゃあ、ベッドで」


 でも、沙耶が決めた事なら、私はそれに従うまで。この後のことを考えると、今の私に余裕はないのだから。ベッドをクラフトしていく沙耶を横目でチラチラ見て悶々とする。


「よし、完成!」


 沙耶がクラフトしたベッドは薄いピンク色の女の子らしいダブルベッドで、上からはレースのカーテンが垂れ下がっている、いわゆるお嬢様ベッド。


「お…お姫様みたいなベッドだね」

「マリのイメージにピッタリ」


 そうかな?私が、この高級ベッドで寝起きするのは想像出来ないけど…。


 古いベッドを倉庫に片付けて、新しいベッドを私の部屋に設置して準備を整えた。いよいよNCしちゃうんだ……。


「じゃあ、さっそく作ろうか」

「そんな軽いノリで…」

「私の気持ちが軽くないのは、昨日わかったでしょ?」


 う…それを言われると反論出来ない。あんなシチュエーションで告白まがいのことを言われたのだから。


「わ、わかったよ。じゃあ、しよっか…あ、灯り消して」

「え、なんで?」

「恥ずかしいからだよ!沙耶は平気かもしれないけど…」

「うん?」


 首を傾げたまま、沙耶は部屋の灯りを消して、再び私の横に腰掛けて、こちらを見つめる。


「あ、あんまり見ないで…あっち向いてて」

「え、なんで?」

「だから恥ずかしいからだってば!」


 そう言って私は徐々に着ている装備を脱いでいく。


「ちょ…ちょっとマリ!なんで脱ぐの!?」

「え、脱がないでするの?」


 そういう趣味の人もいるのか、でもここは沙耶に合わせるしかない。私は経験ないから、こういう行為はどうしたらいいのかわからないもん。


「マ、マリ……勘違いしてるかもしれないけど、NCは二人が提供したデータ情報をNCシステムが処理してNCが生まれるから、……その……そういうことはしないよ」


 うん?今、沙耶は何を言ったの?

 沙耶の言葉を、もう一度、自分の頭の中で整理する。


「……は?え?」




 ◇




 消えてなくなりたい。

 なんて勘違いをしていたんだろう。

 恥ずかしくて今すぐにログアウトして逃げ出したい。


「あぁぁぁ………恥ずかしい……」


 ベッドに顔を埋めてジタバタしている私を見て、沙耶は笑いを堪えきれずに、お腹を抱えて笑っている。


「ぷっ、あはは、マリってば可笑しい」

「あぁぁ…」


 "穴があったら入りたい"とは、このことか…私は恥ずかしさのあまり、沙耶の顔を見ることも出来ない。



「でも、そっか。そのくらいの決意でマリは私とNCを作るつもりだったんだね」


 気持ち悪いって思われたかな?変なヤツって思われたかな?どんどん不安になってくる。


「マリ、顔をあげて」

「でも…」

「お願い」


 さっきまでとは違う沙耶の真面目な声のトーンに思わず顔をあげてしまう。


「代わりってわけじゃないけど…」

「え?」


 沙耶はゆっくりと顔を近付けてきて、もう、その距離は少しでも動けば触れてしまえそうで、この距離まで迫られたら、沙耶が何をしようとしているのか、経験の無い私にだってわかる。


「いい?」


 沙耶が少し潤んだ瞳を向けて聞いてくる。

 胸が苦しくて、ドキドキして、破裂しそう。

 断れるわけもなく、私は首を縦に振った。


「んっ……」


 唇と唇が、そっと触れ合うだけの優しいキス。周りから見たら、お遊びみたいなキスかもしれないけど、優しくて、甘くて、ずっと縁のないと思っていた私にとっての初めてのキスは、こんな形で訪れた。

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