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沙耶の想い

 ― 9月1日 ―


 夏休みが終わり、二学期初日、前日は夏休みが終わるという事実に絶望するが、いざ登校してみると久しぶりに合うクラスメイトにテンションが上がって暗い気持ちは吹き飛んでる人が多いように感じる。実際にテンションが下がってくるのは2~3日後だと思う。



 私だって本来ならば、沙耶や会長と一緒に登校する喜びがあったのかもしれない。でも、実際には違う。私は、沙耶にどんな顔をして会えばいいのだろう……





 遡ること二日前


 ― 8月30日 ―


「ねぇ、一緒に花火大会いかない?」


 夏休みが終わりに近付いた頃、沙耶から花火大会に誘われた。毎年、この時期になると大規模な花火大会があって、街はたくさんの人で溢れかえるのだ。


 小学生の頃は、よく家族で一緒に行っていたけど、最近はめっきり行かなくなってしまった。夏休みの宿題も終わり、特に忙しくもなかった私は沙耶に誘われた瞬間、二つ返事で承諾して一緒に花火大会に行くことになった。




 ◇




「おまたせ、マリ」


 待ち合わせ場所に来た沙耶は、いつもの沙耶よりも数倍可愛く見えた。いや、いつもの沙耶だって凄く凄く可愛いんだけど、今日はなんと浴衣!浴衣なのだ。


 鮮やかな青い浴衣、長い髪を結ったポニーテール、チラリと覗くうなじ。


「……素敵」

「ありがと!マリも可愛いね」


 思わず口走ってしまった言葉を訂正するでもなく、しばらく沙耶を見つめていた。あまりにも美しくて、私はその姿を見つめているだけで幸せだった。



「それじゃ、いこっか」


 まるでエスコートしてくれる男性のように沙耶が手を差し出してくる。この地上に舞い降りた天使に差し出された手を、私なんかが取ってもいいのだろうか?なんだかドキドキしてる…おかしいな。



 沙耶と手を繋いで歩きながら、お祭りの定番である綿菓子、たこ焼き、金魚すくいなどの屋台を回った。


「あ、沙耶!見て、射的だって」

「へ~、景品は……」


 ずらりと並んだ景品を一通り確認する。私の目に止まったのは、犬のマスコットが付いてるペアのキーホルダー。子供向けの商品が多いけど、あのキーホルダーはカップルの客も呼び込むために用意した景品なのかもしれない。



「よし、じゃあ、まずは私が…」


 店員にお金を渡し、沙耶がオモチャのライフルを手にして構える。


「沙耶、頑張ってね」


 慎重に狙いを定めて、弾薬代わりのコルクを飛ばした先にはペアのキーホルダー。やっぱり沙耶もキーホルダー狙いだ!同じ事を考えていたのが嬉しくなって応援にも熱が入る。


「沙耶、ガンバレ!ガンバレ!」


 必死に応援していると、周囲から「微笑ましい」と、クスクスと笑う声が聞こえてきた。


「あぅ…」


 恥ずかしい、恥ずかしすぎる。目立ちすぎてしまった私は顔を赤らめて、今度は静かに心を込めてお祈りする。


(ガンバレ!ガンバレ!)


 しかし、結局キーホルダーを落とす事が出来ずに回数分が終わってしまった。


「ごめんねマリ、応援してくれたのに」

「ふふふ、仇は取るよ、沙耶!」

「マ、マリ…?」


 私も屋台の店員にお金を払って、ライフルを手にする。普段NWで弓を使っているから、たぶん同じ遠隔武器のライフルだって扱えるはず!……とは言うものの、リアルで一度も銃を手にした事がないので、それっぽく適当にライフルを構えてみる。



「マリ、片手で撃つの?」

「え、違うの?前にアニメで見た構えがカッコイイから真似してみたんだけど」



 とりあえず、一度片手でライフルを撃ってみると、勢いよく飛び出したコルクは、明後日の方向へ飛んでいってしまう。


「あはは…片手撃ちはやめるね」


 反動が思ったよりも強かったので、今度は両手でしっかりと構えてキーホルダーを狙う。


「……えい!」


 飛び出したコルクはキーホルダーの入った箱のど真ん中に命中!


「やった!……あれ?」


 上手く修正して命中したのは良いけど、キーホルダーの箱は微動だにしていなかった


「……インチキ」

「お、お嬢ちゃん、インチキじゃないよ。どうやって落とすかを考えてやるゲームだからね」



 思わず口をついて出た言葉に屋台の店員が反応する。

 ど真ん中で倒れないの?じゃあ、どこ狙えば…。でも、そうか…息の根を止めるわけじゃなくて、対象のバランスを崩せば良いんだ。じゃあ、足を狙うべきかな?

 今度はど真ん中じゃなく、右下を狙ってみたが、少し傾いただけで倒れなかった。


「う~んう~ん」

「でも、狙った場所に当たってるし、マリ凄いね」

「そ、そうかな?やっぱり遠隔武器に慣れてるからかも!」


 残りは2発、今度は右上を狙ってみると、さっきよりも良い感じに傾いた。


「おしい!威力が足りなかったかな」


 最後の一発、私はコルクを逆さに詰めてみる。長いこと使っているならライフルの性能は落ちるし、コルクも劣化してスッポリハマらなくなる。ならば逆に太いほうから隙間が出来ないように詰めてしっかりと撃ち出せるようにして、威力を上げてみることにした。


「しっかりと脇を絞めて右上を狙う…えい!」


 きっちりとした姿勢から放たれたコルクは、キーホルダーの箱の右上を的確に捉え、景品はクルクルと回転しながら落下した。



「お、落ちた~!」

「やった、さすがマリ!」


 いつの間にやら、ギャラリーも数人集まっていて、拍手をしてくれていた。

 そんな時、バーンという音が鳴り響き、ビクッとして空を見る。


「あ、花火始まっちゃった」

「マリ、急ごう」


 沙耶と私は急いで花火が良く見える場所まで移動することにしたが、人混みが凄まじく、人の波に拐われそうなってしまう。

 そんな私の手を、沙耶は無言で握りしめると人混みをかき分けてビルとビルの間を抜けて、人があまりいない川沿いに出る。


「みんな橋の方に集まってるから、ここは穴場なの」


 沙耶は繋いだ手を離すと、段差になっている部分に座って花火が打ち上がっている空を見上げる。


「綺麗だね」


 色鮮やかな花火は、夜空を輝かせては一瞬で散って消えていく。そんな花火の光に照らされた沙耶は、どんな花火よりも綺麗で、幻想的で、神秘的で、私の目は完全に沙耶に奪われてしまった。


「どうしたの?さっきから私の顔みて」


 沙耶の言葉でようやく我に返った私は慌て言い訳を探す。


「あ、え~と、さっきのキーホルダー渡そうと思って」


 私は先程の射的で取ったキーホルダーを一つ沙耶に渡す。


「おー、ありがと!お揃いだね」

「う、うん」

「今日はありがとね。今年は、どうしてもマリと花火を見たかったら」

「いつもは誰と行ってたの?」


 聞いてから、余計なことを言ったかな、と後悔した。いちいちこんな事を聞いていたら、私が嫉妬してるみたいじゃん。


「家族と一緒だよ。お姉ちゃんが海外留学してからは、行ってないんだよ」

「そ、そうなんだ。よかった」

「よかった?」


 また余計な事を…この癖は早急に直したほうがいいかもしれない。


「いや、違くて…よかった、じゃなくて、ゆかた!浴衣可愛いねって」

「いや、よかったって言ってたでしょ。彼氏じゃなくて安心した?」

「もう、そこは素直に誤魔化されてよ!」


 沙耶はたまに意地悪な部分がある、そこもまた好きなんだけど。

 でも、恋人か…。沙耶は美人だしスタイル良いし人気もある。彼氏がいても不思議じゃないと思うんだけど…告白されたりするのかな…。


「どうしたの?」

「ん、沙耶は告白されたりするのかなって」

「たまにあるけど、全部断ってる」


 あるんだ…やっぱり。沙耶レベルになると当たり前だよね。


「だって、マリと一緒に過ごす方が絶対楽しいもん」

「沙耶……う、嬉しいけど、それ聞いたら恨まれそう」


 意地悪したかと思えば、次は的確に私が喜ぶ言葉を選んでハートを撃ち抜いてくる。こういう人を小悪魔っていうのかな。


「ちなみに、マリを紹介してほしいって言ってる男子もいたよ」

「え?私?」

「マリだって可愛いし、スタイルも良いじゃない」


 今まで生きてきた中で恋愛と無縁だった私は、突然そんなことを言われて対処に困る。


「でも、私は紹介したくないかな。マリを取られたら嫌だし」

「わ、私も紹介されたくない。沙耶が言ったからじゃないけど、私も沙耶と一緒に過ごす時間が楽しいから」

「そっか、そうなんだ」


 沙耶の視線の先には花火のフィナーレを飾るナイアガラが点火している。文字通りナイアガラの滝を模した花火で、ロープから吊るした花火が流れる滝のように火花を散らしている。


「実は今日、マリと二人でお祭りに来たのは、伝えたい事があったからなんだ」

「伝えたいこと?」


 なんだろう、このパターンって転校とかお別れのイメージがある。そんな不安が頭をよぎって動揺した。


「明日のNWで大型アップデートがあるのは知ってるよね」

「あ、うん」


 予想とはまったく違う話題が飛んできて、少し拍子抜けしてしまう。

 そう、明日はついに夏の大型アップデートの目玉であるNCシステムが実装されるのだ。二人のPCの遺伝子データからNPCを作り出すシステム、それがNextChildrenシステム、通称NC。


 このシステムが実装される事により、現在NPCがいないNWに、初めてプレイヤー以外の住人が生まれることになる。


「だから…さ。前にも言ったけど、私とNCを作ってほしいなって」


 NCを作る…それは新しい命を生む、という事だ。思い付きで生み出してはいけない気がして、以前、沙耶に言われた時は保留していた。


「ダメかな?一度断られたのに、しつこいと思うかもしれないけど…」

「違う、違うよ!断ったわけじゃなくて、ちゃんと考えて答えを出そうと思って」

「そうなんだ?よかった、嫌われたわけじゃなくて」


 嫌う?私が沙耶を?

 ありえない言葉を沙耶の口から聞いて笑ってしまう。


「なんで笑ってるのよ」


 そっか、そうだよね。沙耶も普通の女の子なんだよね。あの時、私が答えを出さなかったせいで気にしてたんだ。


「それで、返事は?」


 沙耶は私の目をじっと見て逸らさない。

 私は消えかけのナイアガラに向き直り、沙耶に答えを告げることにした。直接、目を見て話すのは、ちょっと恥ずかしいから。


「うん。よろしくお願いします」


 こうして私は、沙耶と一緒にNCを作ることを決めた。

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