小さな村のベルカント
自分の記憶を受け入れたヒビキは、その一瞬で即座にスキルを発動させる。
「ここからはウチの時間だ【ベルカントタイム】!」
スキル発動と共に発せられたヒビキの歌声は、それまで聴いてきたどんな唄よりも美しく、心に響いてきて、私達の時間は完全に停止してしまった。
これがヒビキのスキル効果……周りの時をストップさせてしまうスキルだ。ヒビキは動けなくなったオジサンからヴォイスを奪い返し、ベルカントタイムの効果を解いた。
「くっ、返せ!ヒビキ!」
「パパ、もうやめよう?」
今までの様子と違うヒビキを見て、オジサンは目を見開く。
「記憶が……戻ったのか?」
「うん、全部、全部戻ったよ」
「大丈夫なのか!?響、以前はあんなに苦しそうに…」
「パパが馬鹿やってるから、死に怖がってる場合じゃないもん」
「そ、そんな……」
「うそ。本当はパパやママ、葉月やトリデンテの皆がくれた想いが、恐怖に負けない力になったから……かな。ごめんなさい、パパ。ウチのせいだよね、こんな…」
ヒビキは頭を深く下げて、オジサンに謝る。ヒビキを見るオジサンは嬉しそうで、でもどこか悲しそうな、そんな表情をしていた。
「何故、響が謝るんだい?私が勝手にやった事だ」
「でも、ウチが死にたくないなんて言ったから…」
「それは違う。私が死なせたくなかったんだ」
ヒビキの頭を優しく撫でる姿は、確かに父親のように見える。
「パパ、マリっち達を解放して!」
「……しかし」
「ウチが、この世界で見つけた幸せを奪わないで!」
ヒビキの記憶が戻った今、私達を拘束し続けても意味はないと判断したのか、ヒビキにお願いされたからなのか、私達を閉じ込めていた檻は解除された。
『やってくれたわね。天王寺博士』
解除された檻から出てきたイヴさんは、怒りのこもった声でオジサンに歩み寄っていく。
「ま、待て!私は――」
殴りかかるのかと思ったけと、イヴさんは構えた拳を引っ込める。
『はぁ…まぁいいわ。処分は追ってNW社から発表されるでしょう』
死者を使った実験はNW社上層部には極秘で行われていて、一部研究者の独断だったらしい。しかし、イヴさんにバレてしまった以上、もう隠し通すのは不可能だ。世間に公表するのか、もみ消すのかのは知らないけど…。
◇
― 数日後 ―
ヒビキはトリデンテのマイホームの屋根の上に座って、今日も美しいメロディを奏でている。その後は精神面にも負担はなく、今の状況を受け入れてNWで生きていく事を決めた。
オジサンさん達一部の研究者は、世間には公表されなかったものの重い処罰を受け、しばらくは仕事復帰は出来ないらしい。
「ただの討伐依頼から、随分と大きい事件に巻き込まれたわね」
ベンチに座って海を眺めながら、沙耶が呟く。
「本当にね、でも、みんな無事でよかった」
私は沙耶の隣に腰掛けて安堵の溜め息をつく。もう、トリデンテから犠牲者を出したくないから。
「お二人とも、そろそろ時間ですわよ」
会長が村の入口のほうで、私達を呼んでいる。今日は、父親とはしばらく会えなくて寂しい思いをしているヒビキに、ちょっとしたサプライズを用意してるんだ。
私と沙耶と会長、そしてもう一人の女性PCを連れて、ヒビキが歌っているマイホームの下までやってくる。すると、私達を見つけたヴォイスが遊んでほしそうにワンワンと大きな声で吠えた。
「こら、うるさいぞ。ヴォイス」
ヒビキは歌を中断して、ヴォイスの居る下を見るが、見慣れない女性と目が合って、首を傾げる。
「うん?初めまして…かな?」
肩まで伸びたピンク色の髪、どこか優雅な歩き方、懐かしそうにヒビキを見つめる優しそうな瞳。お嬢様オーラをまとった女性はヒビキを見て微笑む。
「響は凄いね。相変わらず歌が上手」
「……?」
「隣のクラスの東雲葉月だよ。家も近所なのに、知らないの?」
その言葉を聞いたヒビキは、今までで一番の笑顔を見せて、頬には一筋の涙が流れていた。
――止まっていたヒビキの時間は、ここから再び動き出すんだ。




