ヒビキ
「パパ、ウチは長く生きられないの?」
小さい頃、パパにそんなことを聞いたら、酷く悲しそうな顔をさせてしまったっけ。
「大丈夫だよ、響。絶対に響を救う方法を探してみせるから」
本当に救う気だったのか、ウチを元気付けるために言っただけなのかは、わからないけど、その言葉を聞くと少し気が楽になった。
◇
歌うことが大好きだった私は近所の祭りの、のど自慢大会でよく歌を披露していた。褒められるのが嬉しくて、笑顔を見るのが楽しくて、この町に自分の声が響くのが幸せで、体調が悪くても歌うことだけはやめなかった。
「響ちゃん、凄いね!お歌お上手!」
「あなたは誰?」
「隣のクラスの東雲葉月だよ!お家も近いのに知らなかったの?」
「ごめんなさい」
「ねぇ、もっと響のお歌を聴かせて」
それから、ウチと葉月は毎日のように一緒に遊んだ。葉月はウチの知らない遊びをたくさん教えてくれたし、ウチの体調が悪い日は、何をするでもなく傍に寄り添ってくれた。
葉月と一緒にいると楽しかった。
◇
中学に入ると、ウチはボイストレーニングスクールにも通い始めて、そこで本格的に「オペラ歌手になりたい!」という夢を持ったんだ。パパもママも、やりたいことをやりなさいって言ってくれたし、葉月も応援してくれた。
◇
「今度、夏休みを利用して海外の病院に行くことになったの」
「え、そうなの?そんなに病状良くないの?」
葉月は今にも泣き出しそうな顔をしている。葉月はいつもウチを心配している。だから不安にさせないようにウチも精一杯の笑顔で強がりを言うんだ。
「大丈夫だよ。それに、近くの有名な歌劇場にも行けるから、ちょっと楽しみなんだ」
◇
「うわー……!」
舞台に立つ歌手はまるで天使のようで、響き渡る音も、体の芯まで震えるような美しさだった。初めて生で目にしたオペラは、私に生きる希望を与えてくれた。私もいつか響かせたい……この歌声を。
◇
憧れだった海清女学院に入学したのも束の間、病状が悪化してパパが管理している病室に運ばれた。
「パパ、ウチまだ死にたくない。まだやりたいことがある。だけど、もうダメなのかな。苦しい…苦しいよ」
「響、そんなことはない!まだ助かるぞ…まだ…」
「パパとママに見せたかったな。夢が叶うところを…葉月にも…ごめん…ね」
ウチは、目を閉じて、この世界での命を終えた。
暗闇、そこ広がっているのは何もない暗闇だった。
パパの声、聞こえる
もう死んだはずなのに
なんでだろう
「まだ脳波の観測がある。待っていろ響!必ず助けてやる、このまま終わりになんてさせるものか」
◇
目を開ける。
山、海、空。
どこだろう?
あれ、さっきまで何してた?
確か病室で……
瞬間、一気に死の記憶が押し寄せた。体が動かなくなっていく感覚、意識が途切れていく感覚、自分の命が尽きる感覚。
「あ…うぁぁ…いやぁぁぁ!」
「響、響!どうしたんだ!くっ、恐怖の感情データが暴走している。このままだと響が…」
「助けて……パパ、恐い、恐いよ」
「ダメだ!響の記憶を抜き取るしか……」
◇
それからウチはセイレーンになって飛びまわっていた。船を見つけては、唄で眠らせて沈める…それがウチの役割、生きてる意味。
先制してしまえば、負けることはない。絶対の自信があったから、死に対しての恐怖なんて忘れていた、あの日までは。
絶対防御スキルでウチの唄を防ぎ、自分達で足場を作って空中を制圧した変な女達。ウチから見たら化物みたいなやつらだ。
なんなんだコイツら…。
◇
コイツらの言ってることは意味がわからない。別の世界でのウチは死んでいる?ここは現実じゃない?頭が混乱する……だけど、なんだろう?微かに覚えている…あの風景、名前、記憶は……。
◇
結局、こいつらに居場所をもらう事になった。
そこに一匹の子犬がいた。ウチがやってきた行動の結果……それが、この子なんだ。
パパとママ、いないのは寂しいもんな……。包み込むように優しくヴォイスを抱いて決意した、ウチがヴォイスの親になるんだって。
◇
そのヴォイスをウチの目の前で殺そうとしてる奴がいる。パパ?よりにもよって、ウチの父親を名乗るオマエがそれをやるのか?
ふざけるな、止めてやる……!パパとママがくれた命、葉月がくれた勇気、マリっちがくれた優しさ。全部ウソじゃない…ここがウチの現実。
だから、この世界に鳴り響け、ウチの想い
― skill No.32 ―
【ベルカントタイム】




