父として、母として
ヒビキは、ようやく自由になれたのに、またもやルーティンを組まれてはたまったもんじゃない!と、オジサンを制止しに飛びかかる。しかし、オジサンはひらりとヒビキの攻撃をかわしてライトニングランスをヒビキに撃ち込んでいく。
エンゼルケアの【ライトニングランス】→ヒビキに517のダメージ
『――ッ!』
強力なスキルを撃ち込まれてヒビキの顔が歪む。
「ヒビキ、君を傷つけたくないが、少しおとなしくさせるためだ」
『人を操り人形にして楽しいかよ、オッサン』
「言葉が過ぎるぞ、ヒビキ。昔の君は、そんな言葉を使う悪い子じゃなかったはずだ」
オジサンは今、確かに"昔の君"と言った。現実の天王寺響を知っているんだ。
『気持ち悪いな…いい加減、名乗れヨ。おまえはウチの何を知ってる』
「……ヒビキ、私は君の父親だよ」
『……ウソだ』
「ウソではない。記憶を抜き取ったのにも、ちゃんと理由がある」
やはり、このオジサンがヒビキの記憶を抜き取った犯人なんだ。でも一体どうして自分の娘の記憶を奪って記憶喪失に……。
「ヒビキ、どこまで知っている」
『……私にはリアルがあって、2ヶ月前までは生きていた事、そして今はもう……死んだこと』
「そうか、そこまで知ってしまったのか…本当に面倒な事をしてくれる」
そう言ってオジサンは、檻に閉じ込められている私達を見る。「お仕置きだ」と言って檻の中に【ライトニングスピア】を飛ばし、とっさに前に出て私を庇った沙耶が大ダメージを受けてしまう。
「沙耶!」
「大丈夫、大丈夫だよ」
沙耶のHPは半分近くに減っているが、どうやらオジサンは私達を倒すつもりはないらしい。
「おっと、うっかり倒して死に戻りをされたら捕らえた意味がなくなってしまうな」
戦闘不能になってホームポイントに戻ることをさせない、という意味だろう。檻の中で発動したスキルは無効化され、死に戻りもさせない?本当に私達を閉じ込め続けるつもりか。
『何が面倒ダヨ…面倒な事をしたのはオッサンだろ!』
記憶を抜き取られ、ルーティンに操られて船を沈め続けていたヒビキは怒りに震える。
『なんでウチを玩具にして遊んでんだ!』
オジサンはヒビキの言葉を聞いて、一瞬だけ悲しそうな顔をした気がする。
「玩具になんてしたつもりはない!私はオマエのためを思って!」
ヒビキの言葉が効いたのか、ため息をついて話し始めた。
「響は元々、体が弱くてね。入退院を繰り返すような状態だったんだ。医者として働いていた私は、なんとかして響を救い出す方法を探していたが、病状は悪化する一方だった。そんな時だよ、NW社から専属契約の話を持ちかけられたのは」
NW社は移住計画に伴って、いくつもの実験を繰り返していた。実験によって体に負担のかかった被験者のケアなどを任されたらしい。しかし、次第に被験者になる社員は減っていき、実験に使うべき人間は不足していった。そこで研究者達はNW上層部には内密に、死者を使った実験に手を染めていたのだという。
『胸糞悪いナ…ウチも利用されたってわけか』
「響をあのまま死なせたくなかったんだ!親ならどんな手を使っても自分の娘を救いたいと思うだろ!」
NWが運営する病院に響を移し治療を続けていたが、響が完治する事はなく、息を引き取った瞬間、脳波が観測され続けているうちに、予め用意しておいたヒビキのPCへ、記憶と意識の転送を実行した。
結果、響のNW移住は成功したのだが、死の記憶を持ったままの響は、死ぬ間際の恐怖で精神が不安定なっていた。
このままでは響の心が耐えきれずに壊れてしまう、そう判断したオジサンは響の記憶をアイテム化して別の場所に保存した。死の記憶だけを抜き取ろうとしたが、生と死の結びつきは強く、死を抜き取ると生の記憶も共に抜きとってしまうらしい。
「そうして響のPCをセイレーン型にカスタマイズし、モンスターとしての役割を与えて一時的な処置をしたんだ」
話を終えたオジサンは辛そうな顔をしていた。ヒビキをセイレーンに仕立て上げたのは、娘を救いたいと願う親心の暴走、といったところか。
「じゃ…じゃあ、ヒビキは私達と同じPCであって、モンスターじゃないんですか?」
それまで黙って聞いていた私はオジサンに問いかける。元々用意されていたPCに翼を付けてセイレーンを装っていただけで、ヒビキは私達と変わらない仕様でプレイしてるのか。いや、さっきの話だと、正確には私達ではなくイヴさんと同じで、ヒビキはイヴさんに次ぐ第二の完全移住者ということになる。
「その通り、ヒビキは蘇生も可能なPCだ」
よかった。ヒビキにも、死に対しての保険が用意されているんだ。
「だが、コイツは違うだろ」
オジサンは、【ライトニングランス】でヒビキを吹き飛ばすと、一瞬でヴォイスに近付き、捕獲する。
「クゥ~ン……」
一瞬の出来事で成す術もなく捕らえたヴォイスは力なく助けを求めていた。このオジサン、本当に性格が悪い。
『やめろ!ヴォイスに手を出すな!!』
「ほう、余程大切な仲間なのだな。こんなモンスターごときが。この犬の命が惜しいのなら、もう記憶を取り戻すことは諦めろ」
オジサンは装備している槍をヴォイスに突き立てる。
『……最低だナ』
ヒビキは仕方なく戦闘態勢を解いて、私達のほうを見た。
『わかった…わかったから、マリっち達を解放しろ』
「いいだろう。ただしイヴだけは例外だ。こいつを解放すると面倒な事になる」
『ダメだ。解放しろ』
「ヒビキ。君は条件を出せる立場にない。選ぶんだ」
ヒビキは拳を強く握りしめて怒りを抑えている。私だってそうだ。この檻さえなければ今すぐにでもオジサンに鎌を振りかざしているだろう。
『……ごめん、ウチのために協力してくれたイヴっちを見捨てる事は出来ない』
「そうか。あくまでも私と対立すると、この犬は所詮データだから見捨てると?」
『違う。ヴォイスを見捨てる事もしない。ウチはヴォイスの母親だから…』
「ふぅ、母親気取りとは恐れ入った。ならば、子を失うかもしれない親の気持ちをわからせてやらねばな」
そういったオジサンは、なんの躊躇いもなくヴォイスに槍を突そうとする。ヴォイスの体力ゲージは残りわずかで、一撃でも攻撃をもらえば絶命してしまうだろう。
『やめろ…やめテ……!』
瞬間、オジサンのアイテムストレージから、光の玉のような物が、ふわふわと飛び出してくる。まるで何かを探すように、辺りを浮遊した後に、ヒビキの目の前へと移動した。
「しまった!何故、記憶が!」
オジサンの慌てようからして、意図的にアイテムを使ったわけじゃないらしい。
『ヒビキちゃんに共鳴して、記憶が本来の有り処に戻ろうとしているのよ』
いつの間にやら意識が回復しているイヴさんが、頭を抑えながら呟く。
「イヴさん、大丈夫なんですか?」
『大丈夫ではないわね。スキルもワープ機能も無効化される檻の中だもの。ヒビキちゃんに賭けるしかないわ』
ヒビキは光の玉を見て、どうしたら?と迷っている。そんなヒビキにイヴさんは声をかけた。
『受け入れなさい、ヒビキちゃん。自分が自分であるために』




