オーシャンマジック
イヴさんが海底神殿に向かってから丸一日経つが、相変わらず連絡はなかった沙耶もメールを送っているけど、返信はないみたいだ。
「ダメだぁ。反応なし!」
「心配だね。私達と違ってイヴさんはNWで暮らしてるから、ログアウトしてるってわけでもなさそうだし」
『マリっち達がログアウトしてる間も、ウチとヴォイスがずっと村にいたけど、現れなかったヨ』
イヴさんの身に何かあった…と見るべきかもしれない。記憶の保存場所を移し変えてから間もない時間に再びアタックを開始したので、当然警戒されていたはずだ。
「私達も海底神殿に行ってみない?じっと待っていたって状況は動かないかもしれないし」
『それなら、ウチもいくヨ。ウチのために動いてくれた人を放っておくなんて出来ない』
ヒビキに続いて沙耶と会長も頷いてくれた。
とりあえず海底に行くための下準備が必要だ。
「まずは水中呼吸アイテムの素材が必要ですわね。海に出てレアモンスターを探さないと」
調べた情報によると、海に生息するサメ型モンスターがドロップするらしい。名前はバブルハンマー。群れで現れるため、数人のPTを組んで挑んだほうが良いと書いてある。
「目撃情報は一件だけかぁ。デスサイズ・マンティス並の希少種だと、探す手間がかかりそうね」
「う~ん……あっ、そうだ!」
海での活動がメインのサイバーフィッシュなら、何か知っているかもしれない…と思ってサイバーフィッシュでログインしてる人にメールを飛ばしてみる。
すると、素早い返信でバブルハンマーについての情報を提供してくれた。
返信メールは、以前一度だけサメの群れを近くの海で目撃した事があるという内容だった。その場所はヒビキがいた海域付近らしい。
つまり、バブルハンマーを狩る前にヒビキにやられてしまった…ということだろう。それならば目撃情報が少ないのも頷ける。
『ウチが徘徊してた海か……そういえば、そんなモンスターがいた気がするナ…』
「じゃあ決まりね。さっそく船を出そうか」
「う、うん。回復アイテムとか多めに持っておいたほうが良いかな?一体一体の強さはそこまでじゃないらしいけど、相手の数次第じゃ手分けして倒す事になるかもだし」
いつも通りの装備に、クラフト素材、他には持てるだけ回復アイテムを持って出航の準備をする。
『ヴォイスは留守番よろしくナ』
『ワンッ!』
『ナニィ、一緒に来たいのか?』
『バフッ!』
『そうか……お~い、ヴォイスも一緒に来たいって言ってるゾ』
船に乗り込んだ私達にヒビキが手を振りながら大きな声で叫んでいる。
「え、そうなの?う~ん……」
いままでヴォイスの気持ちが全然わからなかったけど、ヒビキがいる事によってヴォイスがどんな気持ちでいるかが、わかるようになった。そっか…ヴォイスだって一人で村に残るのは寂しいよね。
「じゃあ、一緒にいこうか!」
『ワフッ!』
「でも、ピンチになったら即逃げてね!ヴォイスとヒビキは私達PCと違って戦闘不能になったら蘇生出来ないから」
『バウッ!!』
「そっか、わかってくれたんだね…!」
『ワンワン!』
『いや、会話噛み合ってないゾ』
結局トリデンテ5人全員で行くことになって、みんなで船に乗り込んだ。5人で乗ると少し狭いから、今後の事を考えるとサイバーフィッシュみたいに大きめの船を作ったほうが良いかなぁ……。
◇
「サメって群れで行動するものなの?」
トリデンテを出航し、陸地が見えなくなった辺りで、いつものように釣糸を垂らしながら沙耶に問いかける。
私の知っているサメは単独で行動して獲物を狩るハンターであって、群れを形成するイメージがなかった。
「言われてみればサメで群れって珍しいね?」
「ほとんどのサメは単独で行動していますけど、例外もいますわよ。シュモクザメといって、狂暴さは他のサメに劣りますけど、その分、群れを成して獲物を狩るのですわ」
「へぇ~。あんた雑学も豊富だね」
「別名はハンマーヘッドシャークですわ」
「あ、それなら聞いたことあるかも」
バブルハンマーという名前からしても、そのサメがモデルになったモンスターに違いない。群れを成すって事は、外敵から身を守る意味もあるので、やっぱり一体一体はそんなに強くないのかな。
『おい、そんなことより、そろそろウチが縄張りにしてた海域だヨ』
「この辺りで見かけたって話でしたわね」
「サメの群れねぇ…船から見えるの?」
『まぁ、目立つからなナ。近くにいればわかるはず』
みんなで辺りを警戒する。しかし周囲には何もなく、広大で静かな海に私達の船だけがゆらりゆらりと漂っている。
「探すと言っても海が広すぎて困難ね」
「水中に潜ってるかもしれないから、海上からだと更に探しにくいね」
「ならば、潜って探してみるのはどうでしょう?」
水中に一定時間潜り続けると体力が減ってしまうので長時間は無理だけど、少しだけ水中で索敵するくらいなら大丈夫かもしれない。
「じゃあ、水中、船上、空中の3組に別れようか」
「ワタクシは船上から探しますわ」
『当然、ウチは上空から探すヨ。泳げないから水中はゴメン』
「じゃ、じゃあ私が水中から!」
船上が会長とヴォイス、空中からヒビキ、そして水中は私と沙耶で索敵する事になった。
「じゃあ水中に潜ろうか」
水中呼吸アイテムがないから潜っていられる時間は30秒前後で、それ以上はどんどん体力が減っていき、最終的には戦闘不能になってしまう。
「わ、私…水中に潜るの初めてなんだけど…」
海の近くに拠点を構えてはいるが、私自身は海に入った事はない。波打ち際で沙耶と遊んだりはするけど、海水に全身浸かるのは初めてだ。
「大丈夫、大丈夫!とりあえず入ってみよ」
そう言って沙耶は、なんの迷いもなく海へダイブする。
「うわっ、なんか動きづらい」
現実の海とはまた違う感覚らしく、先に海へ飛び込んだ沙耶が、ぎこちなく立ち泳ぎしている。
「だ、大丈夫なの?こわいなぁ」
「大丈夫だってば、ほら」
沙耶が手を広げて待っている。私は思い切って沙耶の腕に飛び込むと、抱き止めてくれた。
「う~。確かに、現実の海とは違うね」
プカプカ浮くというよりは、ふわふわしてる感覚だった。無重力を体験したら、こんな感覚なのだろうか。
「じゃ、潜ろうか。リン~!船上はまかせるからね~!」
会長と分かれ、さっそく水中の索敵を開始する。息継ぎが必要になるため深くは潜れないけど、群れを成しているなら見つけやすいはずだ。
沙耶に手を引かれて一緒に潜る。水中に入った瞬間に、つい癖で瞑ってしまった目をゆっくり開けると、透き通った水、色鮮やかな魚達、ゆらゆらと穏やかに揺れている海藻、とても綺麗で夢のような世界が広がっていた。
「うわぁ……綺麗だなぁ」
初めてNWにログインした時、陸上の景色に感動したが、その感動と同じくらいの衝撃を再び私にくれた。
「本当綺麗ね。あ、水中でも声は出せるんだ」
「けど、やっぱり上手く泳げないね。沙耶、手離さないでね」
「わかってるって。ほら、いこ!」
「うん!あ、体力ゲージ減ってきた!!」
急いで水面から顔を出して息継ぎをする。
「ぶはっ!危なかった」
「ん~…やっぱり不便だね」
30秒しか潜れずに、泳ぐスピードも遅いので効率は最悪かもしれない。船上と空中に期待するしかないかなぁ。
「少ししか潜ってないのに、だいぶ船が遠いね」
「あ、本当だ。私達はあんまり動いてないから船が動いてるんだね」
水中は動きづらいため、あまり船と距離を空けすぎると緊急時に退避する場所がなくなってしまうので、できれば近くにいたい。
「お~い、リン~!もうちょっと近くに来てよ~!!」
大声で会長に叫ぶけど聞こえてないみたいだった。ならばメッセを…と、沙耶がメニュー画面を開こうとした時、上空からヒビキの声が聞こえた。
『マリっち!サーヤっち!!キテるぞ!』
キテル…来てる?
『後ろ!後ろダー!』
言われてバッと振り返る。何もいない……?いや、上空から見る景色と水面から見る景色は全然違うはず。見えないんだ。
「マリ、潜るよ!」
急いで水中に潜り辺りを見回す。すると後方から、うっすらと姿が見えてくる。頭がT字型になっている巨大なサメの姿が5匹…いや、10匹?先頭のバブルハンマーの後ろから次々と新しいバブルハンマーが沸いて出てくる。
「25匹…50匹…?う、嘘でしょ…まだまだ出てくる!」
さすがに洒落にならない数なので急いで船のほうに泳いで逃げる。しかし、ぎこちない泳ぎの私達と、優雅に泳いで迫ってくるバブルハンマーでは当然相手のほうが速く、あっさり追いつかれてしまう。
一気に10匹前後のバブルハンマーの攻撃が私を襲う。
バブルハンマーの攻撃→マリに55のダメージ
バブルハンマーの攻撃→マリに61のダメージ
個々の攻撃力は高くないけれど、数が数だけに合計で600前後のダメージをもらってしまい一気にHPゲージが減っていく。
「くっ…数を減らさないと」
私は弓を構えて思いきり射る…が、水で勢いが死んでしまい、まともに機能しない。弓は便利な武器だけど。まさかこんな弱点があるなんて!私は急いで武器の形状を鎌に変形させて対応する。
「マリ!私の後ろ入って」
沙耶が盾を構えて、四方八方からやってくるバブルハンマーの攻撃を受け止める。
バブルハンマーの攻撃→サーヤに38のダメージ
バブルハンマーの攻撃→サーヤに34のダメージ
大量のバブルハンマーがいるけど、1度に攻撃してくるのは10匹程度。数がいすぎて、後方にいるバブルハンマーが攻撃場所を確保出来ないのだ。
沙耶と背中合わせになって、なるべく攻撃してくるバブルハンマーの数を減らしてやり過ごすしかない。わらわらと沸いて来るバブルハンマーの数は、おそらく100を越えている。
これ絶対18人のフルアライアンス前提のモンスターだよね…5人で対応するのは厳しいかもしれない。
「あー、もう!これだけの猛攻はさすがにきっつい…」
盾である沙耶ですら、この数の攻撃を受け切るのは無理だ。何か敵をまとめて一掃出来る策は…。
「そうだ…!ヒビキの唄があれば、この大量のサメを眠らせらる事が出来るんじゃ…」
「それだ!ヒビキさーーん!」
沙耶がヒビキに大声で合図を送る…が、まったく反応がない。水中からだと海面に声が届かないのかもしれない。息継ぎも兼ねて私達は海面に上昇してヒビキに声をかける。
「ヒビキ、眠りの唄を!」
『オーケー!』
私達の指示を聞いてヒビキの唄が辺りにこだまする。海面に出てる間にも下からのバブルハンマーの攻撃が止むことはなかったので、私達再び水中に潜る事にした。
しかし、水中に潜るとヒビキの歌声は聞こえなくなってしまい、バブルハンマーが眠りについてる様子はない。ならば、ヒビキが水中に入るしかないのだが、ヒビキは泳げないから無理だって言ってたっけ。何よりも蘇生不可能なヒビキをバブルハンマーの群れの中に飛び込ませるのは危険すぎる。
マズイ、八方塞がりだ。体力もドンドン削られていき、残りHPも残りわずかになってしまう。
「マリ…!こうなったら、私の【アイギス】で……」
沙耶がアイギスを発動しようとした時、バブルハンマーのスキルが先に発動する。
バブルハンマーは【スマッシュ】を発動
サーヤに108のダメージ
サーヤにスタンの効果
「え、嘘でしょ…スタン!?マリ、逃げて!」
バブルハンマーは、名前の由来にもなっている頭のハンマーを鋭く沙耶に叩きつけ、アイギス発動前に沙耶はスタン状態になる。沙耶の守りが届かなかった私の体力ゲージはみるみる減っていき、ついにはHP0になって戦闘不能になる。
「マリ!!」
スタン状態のまま沙耶も集中攻撃を受ける。私よりも防御力が高いので、ある程度は受けれるが、さすがに限界みたいだ。
「くっ…こんなの、ただの数の暴力じゃない!」
大量のバブルハンマーの攻撃を受け続け、沙耶のHPが尽きようとした時、船上から祝福の光が降り注ぐ。
会長の回復魔法が発動して、尽きかけた沙耶の体力を再び引き戻したのだ。
「おまたせしましたわ!」
「リン、ナイス!」
更に戦闘不能になってプカプカ浮いていた私をヒビキが上空に引き上げて船まで運び、会長の蘇生魔法【リザレクション】をかけてもらい復活する。
「あ、ありがとうございます!」
油断していたつもりはないけど、久々に戦闘不能になってしまった。会長に感謝の言葉を述べて、急いで戦線復帰する。
海の中では勢いが死んでしまったけど、船上から狙い打てば…。なるべく海面に近い位置にいるバブルハンマーに狙いを定めて弓を射る。
マリの攻撃→バブルハンマーに83のダメージ
よし、弓でもいける!
【乱れ撃ち】や【エアリアルアロー】で一体一体撃破していき、ヒビキやヴォイスも協力しながらバブルハンマーを倒しているが、数が多すぎて状況はまったく好転しない。
それどころか非常にまずい事態になった。私が船上に避難した事によって、攻撃場所を確保出来ずに持て余していたバブルハンマー達が船を攻撃しはじめたのだ。
マズイ、このままでは全員沈む…。私達が戦闘不能になってもアイテムのロストと経験値大幅ダウンのデスペナで済むけど、ヒビキやヴォイスはおそらく蘇生不可能なので、なんとかして守り抜かないと…。
「ぷはっ!どうする?ヒビキさんにはヴォイスを抱えて逃げてもらう?」
会長に回復魔法をかけてもらいながら耐えていた沙耶が水面に顔を出してヒビキ達だけ逃げてもらうかを提案する。
『し、死にたくないケド、おまえらを見捨てて逃げれないって!』
「ヒビキ…」
「ですが、このままでは全滅ですわよ!ワタクシの魔法で海を凍らせることでも出来ればまとめて倒せますのにっ!」
確かにそんな事が可能なら100匹近いバブルハンマーを一網打尽に出来るのだが、いくら会長の魔法でも、波の影響で絶えず動いて、尚且つ塩分濃度の高い海水を凍らせるなんて…。
何か…何か一発逆転の技はないだろうか?
今、私達にある武器を整理する。
私が出来ることは弓による遠隔攻撃、後はクラフト。
沙耶は絶対防御のアイギスを駆使した盾。
会長は好んで使う氷魔法を。
そしてヒビキの飛行能力だ。
それぞれの長所を繋ぎ合わせて戦略を組み立てていく。
……よし、これしかない!
私は導きだした答えを実行に移すべく、船上から再び海にダイブする。
「会長、MP回復しておいてください!」
「え?わかりましたわ」
下準備をするために水中に潜った私は、クラフトで水中に壁を、水面から少しハミ出るように調整して正方形の部屋を作り上げていく。更に床を作ってキッチリ隙間を埋めたら水で満たされた部屋が完成する。
私は壁のひとつを取り壊し、人が入ってこれるようにしたら沙耶に合図を出した。
「沙耶!ここに誘導して」
「オッケー!」
私の合図で100匹近いバブルハンマーを引き連れながら、私が作り上げた部屋の中に沙耶が大量のバブルハンマーと共になだれ込んできた。船を襲っていたバブルハンマーも【挑発】を発動して引き寄せる。
「守って【アイギス】!」
会長はMPを回復するために瞑想状態なので、回復手段がなく沙耶のHPは残りわずかになってしまうが、沙耶は【アイギス】を使ってバブルハンマーの猛攻を凌ぎながらバブルハンマーを見事に部屋の中に誘導してくれた。
最後の一匹が入るのを確認して私は先程取り外した壁を再び設置して、波の影響を受けない箱を作り上げる。塩分濃度は高いままだけど、会長のNos.を使って連続で氷魔法を叩き込めば凍らせる事だって可能なはず!
「ヒビキ!」
部屋の中には沙耶が残されているが、ヒビキが空中から部屋に侵入し、沙耶を抱きかかえて脱出する。
やった、これで条件が揃った!
「会長!仕上げを!」
「おまかせあれ!」
会長は【ファストアリア】を発動して、ありったけの魔力を解き放ち、バブルハンマーの部屋に向けて氷の魔法を連続で撃ち込んでいく。
すると、部屋の中の水は完全に凍結し、100匹にもなるバブルハンマー達を氷の檻に閉じ込める事に成功した。
「3、2、1、フィナーレ!」
みんなの掛け声と共に会長が指をパチンッと鳴らすと、部屋の中の氷は完全に砕け散って、バブルハンマー達は海の藻屑となって消えた。
◇
「うわっ、アイテムの量が半端じゃないんだけど!」
100匹以上のバブルハンマーを倒した私達は、料理や装備の素材、水中呼吸アイテムの素材を大量に手に入れたけど、あまりにも莫大な数なのでカバンに入りきらずに持ち帰れない事態に陥ってしまう。
「せっかく倒したのに捨てるのは勿体ないよね…あ、そうだ!」
私は船上に倉庫を作り上げ、持ちきれなかったアイテムを船の倉庫に入れて運ぶ事にした。
「え~と…水中呼吸アイテムのバブルドロップはバブルハンマーのヒレから作るみたいだね」
大量のアイテムの中からバブルハンマーのヒレを選んでカバンに入れていく。これで水中探索が出来るようになるはずだ。
死闘を制した私達は、とりあえず1度トリデンテに戻り、アイテム整理をしてから海底神殿を目指す事にした。




