その何気ない言葉は
ネットで出会う同学年の相手ならいくらでもいるだろう。
でもサーヤさんは、近所に住んでる同学年の相手だ。高校と違って、中学の場合は同じ学校に通ってる可能性が極めて高い。
うちの学校に「サーヤ」という名前の子はいただろうか?
苗字で呼び合ってることが多いので、名前まで覚えてる生徒はあまりいない。特に、私は交友関係狭いから。
「マリさん、どうかしたの?」
……この件はひとまず置いておこう。
考えすぎると会話に支障が出そうだ。
「い、いえ!武器も手に入れたし、もう少し狩りしませんか?」
「そうだね。余ったポイントはとりあえず保留っと」
焦っていた私は、スキルポイントの事なんてすっかり頭から飛んでいた。
「わ、私は全部保留……」
サーヤさんがクスクスと笑う。
「じゃ、次いきましょ!」
「ぉ、ぉー!」
それからしばらく、ネズミ、カマドウマ、イモムシ型のモンスターを狩り続けた。
木刀があるので下級モンスターはすぐに倒すことができ、効率が飛躍的に上がって、あっさりレベル5まで到達出来た。
「こんなもんかな。結構時間経っちゃったね。夕食もあるし、今日はここまでかな?」
時計を見ると、そろそろ夜の7時だ。
うちは時間に厳しいわけでもないので、何時まででも大丈夫だけど、流れで私も落ちることにした。
「ねぇ、マリさんさえ良かったら、明日も一緒に冒険しない?」
「ぜ、是非お願いしたいです!」
むしろ私からお願いしたいくらいだったが、きっと自分から言い出せなかっただろう。
サーヤさんとフレンド登録し、明日の待ち合わせの約束をする。
「私は夕方の4時くらいかな、マリさんは?」
「私も同じくらい……です」
「じゃあ、4時に待ち合わせで!たぶんログアウトした場所から再開だと思うから」
同じ学校、同じ学年、おまけに近所だもん。
そりゃ帰宅時間も同じだよね……。
「また明日ね」
「あ、はい。また明日もよろしくお願いします!」
また明日――
なんてことない言葉だけど、私にとっては凄く嬉しい言葉だった。
私は、その言葉を噛みしめながらログアウトした。
◇
ログアウトした私は、真っ先に知りたいことがあり、名簿を開く。
さーや、さあや……。
さやか、さや、の可能性もあるだろうか。
私は順を追って名簿の名前を確認していく。
あった――
候補は三人いた。
一人目は生徒会長の鈴川沙綾
二人目はクラスメイトの香澄さやか
そして三人目は学園の姫……姫宮沙耶
明日、三人の様子を観察してみようかな……。
あまりいい趣味ではないが、現実のサーヤさんがどうしても気になってしまう。
なんだかストーカーみたいだけど大丈夫か私……。
その後、ご飯を食べ、お風呂に入り、早めに休むことにした。
学校に行くのが待ち遠しいなんて感覚、初めてかも……。
◇
翌日は、いつもより早く家を出て、30分程早く学校に着く。
まずはクラスメイトの香澄さんを観察しようと思ったけど、まだ登校してないみたい。
隣のクラスの姫宮さんから見てみようかな……。
でもイメージはサーヤさんと全然かけ離れてるから、おそらく別人。とりあえず隣のクラスを覗く。
いつものように人だかりが出来ているので、どこに居るのかすぐにわかる。
「姫宮さん、今日のお昼ご一緒しませんか?」
「あ、ズルイ!私が誘おうとしたのに!」
「こらこら、喧嘩しちゃダメだよ~、みんなと一緒に食べるから仲良くねッ☆」
相変わらずキャピキャピした話し方してるなぁ……。あれは素なのだろうか、それとも作ってるのだろうか?姫というよりは、ただのギャルにしか見えない喋り方である。
しばらく観察してみたけど、あのしゃべり方は絶対違う気がする……。サーヤさんが、あんなキャピキャピした喋り方しているのは、ちょっと想像出来ない。
すると、ドアから顔を半分程出して覗いていた私を見つけた学園のギャル……もとい学園の姫が……
「どうしたの~?違うクラス子だよね!何か用事なら、こっちおいでよ~☆」
話しかけてきた!!
逃げよう。
「ご、ごめんなさーーい!!」
99%違う!あれは絶対サーヤさんじゃない!
次いこう、次!
教室に戻ると、香澄さんが既に登校していた。
「香澄、最近部活忙しいんだって?」
「大会近いからね。昨日も6時頃まで練習してたよ~」
「うわ、きっつー」
「でも大会終わったら、もう三年は引退だからねー。頑張るよ」
イメージ的には、サーヤさんと離れてないと思う。
けど、昨日の放課後に部活してたってことは、私と同じ時間にログインしてないよね……。条件が揃わないから100%違うことになる。
残るは生徒会長だけど、そろそろHRの時間なので、お昼休みに行ってみる事にした。
◇
生徒会長は、お昼休みも生徒会の仕事らしい。
生徒会室をこっそり覗いてみると、テキパキと仕事をこなす生徒会長の姿が見えた。
「このプリントのコピーよろしくお願いします。修学旅行の件はここにまとめておきました」
「もう終わったんですか?僕なんか全然進んでないのに、会長は凄いな」
「手伝いますよ。みんなが助け合えば、すぐ終わりますわ」
……すごくデキる人っぽい。
昨日のサーヤさんと重なる部分もある。
容姿も、長い髪や、引き込まれそうな瞳、すらりとしたプロポーション。
この人がサーヤさんの可能性は高いと思う。
リアルでもこんなに立派な人なんて、なんだか憧れちゃうな……。
お話してみたいけど、自分から話しかけるなんてことは今までしてこなった為、凄く緊張する。生徒会の仕事が終わって、生徒会室から出てきたら思い切って声をかけてみよう。
だって私だけ相手のリアルを知ってるなんて、フェアじゃないよね。
なんだかどんどん積極的になってきた自分に驚く。これも昨日サーヤさんといっぱいお話したおかげかな……。
すると、生徒会室のドアが開き、生徒会長が出てくる。
「あ、あの!」
私は勇気を振り絞って、この学園生活で初めて自分から同級生に話しかけた。
「あら?どうしました?」
生徒会長は忙しそうだったけど、嫌な顔もせずに対応してくれる。
「昨日はありがとうございました!サ、サーヤさんですよね?」
「え、ええ…そうですけど」
合ってた。やっぱり、この人はゲームで会ったサーヤさん本人だ。
サーヤさん、私を助けてくれた時もかっこよかったし、初対面の私にも凄く優しかったし!
「私、マリです。昨日は色々お世話になって…」
「ちょ、ちょっと待ってください!あなたと昨日話した覚えはないんですけど、人違いじゃありませんか?」
「え、でも昨日NWで……」
「NW?何の事かよくわからないのですけど……」
本気でわかっていないみたいだった。
どうやら、完全に思い込みで人違いをしてしまったらしい。
「ご、ごめんなさい……似てる知人がいたから勘違いしちゃって……」
生徒会長は「気にしないで」と笑って、その場を後にした。
結局、三人の中にはいなかったのかな……。
◇
放課後、下駄箱で靴を履き替えて帰ろうとすると、先客がいた……学園のギャル、姫宮さんだ。急いで帰ろうと走ってきた私と目が合う。
「あ、今朝の子だね~。あなたも急ぎッ?☆」
今朝、覗いてるのバレたし、顔覚えられちゃったかな。
「は、はい……」
「そっかー☆私も急いでるんだ~☆」
何を急いでいるんだろう?
そういえば、昨日も友達の誘い断って帰るって……
「それじゃ、また明日ねッ☆」
また明日ー
その何気ない言葉は私にとって、とても大切で、嬉しくて、今日、勇気が出せたキッカケの言葉。
「サーヤさん……?」
無意識に呼びかけていた。
その名を呼んだ瞬間、急いで帰ろうとしていた姫宮さんが歩みをピタリと止め、ゆっくり振り返る。
数秒間、私の顔を見つめ、口を開く。
「そっか……。あなたが、マリさんなんだね」