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命名

「そうだ!前にも言ったけど、帰る場所がないなら私達の村に来ない?」


 ヒビキは、ずっと海を徘徊して飛び回っていたらしいけど、ルーティンが解除されたのだから、もうそんな事をする必要はなくなったはずだ。なら、羽を休める休憩場所にトリデンテを使ってほしいと提案する。


『いいの?私がいると、みんなが恐がると思うケド…』


「大丈夫だよ!トリデンテには私達三人とレイジングヴォルフの子供が一匹いるだけだから、恐がる人なんていないよ!」



 そもそもヒビキの見た目は私達とほとんど変わらない同じ人型で、人間のPCに綺麗な翼が生えているってだけだ。恐がるどころか、その美しい姿に憧れすら抱いてしまう。




『じゃあ、お世話になろうカナ…』


 ヒビキは少し悩んだ後に、ちょっぴり照れたような顔で答えてくれた。


「良かった!これからよろしくねっ!」



 ◇



 ひとまずトリデンテに帰還して、マイホームでイヴさんと合流する。


『あなたがヒビキちゃんね。よろしく』

『よ、ヨロシク』


 ヒビキからしてみれば、イヴさんも自分を操り人形にしていたNW社の関係者なので多少緊張しているみたいだ。何をされるかわかったもんじゃないと警戒している。



『とりあえず、ヒビキちゃんのルーティンは解除出来たのだけど…』



 システムに介入し、無事にルーティンを解除して、次にヒビキの記憶の保存場所を探し当てたまでは良かったけど、セキュリティを突破してる最中にイヴさんの存在に気付かれ、記憶を別の場所へ移されてしまったらしい。



『こっちもプロテクトをかけながら行動していたから、私が犯人だという明確な証拠はないけれど、そもそもプロテクトを突破してルーティンや記憶を弄れる人間なんて限られているわ。警戒はされるでしょうね』



 NW社内での立場が危うくなるくらい危険な橋だった…という事だろう。今まで、どこかイヴさんを信じきれていなかったが、そこまでしてヒビキのために協力してくれたんだ。今は素直に感謝したいし、今後イヴさんに何かあれば絶対に協力したいと思った。



『移された記憶も追跡して、一応場所の特定は出来ているのだけど…場所はNW内にあるわね』

「記憶がNWに…?ゲームの中で管理してるって事ですか?」

『記憶は基本的にPCアバター内に保存するのだけど、ヒビキちゃんの一部の記憶はアイテム化されて別の場所に保存されているわ』


 ヒビキのPCに保存された記憶は、名前や言葉の知識だけで、人間として過ごしていた時期の記憶の大部分は抜き取られているらしい。


「ちなみに、どこに保存されているんですか?」

『ヒビキちゃんが徘徊していた海域の深海、海底神殿の最奥に保存されてるわ』



 現実世界では日本で一番深い湾と言われ、その深さは2500mにもなる湾だ。NWでは水中に入ってから、一定時間息継ぎをしないと体力が減っていく仕様なので、水中での呼吸方法を確保しないと辿り着けない事になる。



「水中呼吸のアイテムといえばバブルドロップでしたわね」

「素材は海にいるレアモンスターのレアドロップか…出会える確率はかなり低いっぽい。過去に一件しか報告ないね~」


『あなた達は待機していなさい。私がいくわ』


 会長と沙耶が海底への潜り方を調べていたが、イヴさんが管理者権限を使って一人で海底神殿へ向かうと言った。



「危険じゃないですか?もしバレたら……」


 イヴさんはNW社の人間だ。社長の娘だからと言っても、その立場は絶対ではない。もし、バレてしまったら最悪の場合クビになったりするんじゃないかと心配してしまう。



『大丈夫よ。私は完全にNW側の人間…つまり、現実世界で私がどうにかされる事はないわ』

「え、えっと…ずっと気になってたんですけど、イヴさんの現実の肉体はどうなっちゃったんですか?」


 NWの住人になったと言っても、現実の肉体ごとゲーム内に入れるわけではない。ならば、イヴさんの現実にある体はどうなったのだろうか…。


『一応コールドスリープで保存されているみたいね。もう必要ないから埋葬してもいいと伝えたのだけど』

「現実のイヴさんは、もう目覚める事はないんですか?」


 例えば、記憶を転送したのなら記憶だけがなくなって、記憶がない状態のイヴさんが、まだ現実にいるのでは?と考えた。


『半分正解ね。その状態に陥るのはNW移住を失敗した人間よ』

「移住失敗…?失敗する事があるんですか?」


 イヴさんがNW転送実験をした時に、同時に移住を試みたNW社員は合計で5人いたらしい。しかし、実際にNWの住人になったのはイヴさんだけだった。


『他の4人は意識の転送に失敗したの』


 意識、精神、魂、自我、心……様々な呼び方もあるし、実際に存在するかも不確かな物だ。いや、存在はしているけど、確かめる術がないのだ。

 人は死んだらそこで終わるのか、それとも魂と呼べる物が死の後も有り続けるのか…そんな事を考えながら悶々とした経験が私にも何度かある。



「失敗したら、どうなるんですか?」

『マリちゃんが言っていたように、記憶だけがNWのPCに転送されて、現実世界の被験者は記憶のない空っぽな人間になったのよ』


 記憶だけが転送されたPCは、あくまで記憶が保存された箱にしかならず、意識がないために動く事はないという。


 そして記憶が転送されて、意識だけが残った現実の体は、言葉もわからずに過去の記憶もない生まれたての赤ちゃんのようになってしまったらしい。


「成功した人と、失敗した人の差は?」

『想いの強さよ。この世界に生きたいと本気で思っているかどうかで意識をNW側に手繰り寄せるのよ』


 つまり、NWをプレイしている人間なら誰もが移住出来るわけじゃなく、意識をNW側に定着させる事が出来る人間が、こちらの世界で暮らす権利を得るって事だろうか。


「でも、実際にやってみるまで意識を定着出来るかどうか、わからないんですよね?」

『まぁ…そうね。でも、目安になるものはあるわ』


 NWに暮らしたいと思う気持ち…それも想いの力だというならば……


「Nos.……ですか?」

『その通りよ。Nos.を発現させる程の想いの強さを持った人ならば、確実に意識をNWに持ってこれるわ』


 Nos.はあくまでも目安であって、Nos.発現者でなくても移住出来る可能性はあるという。その実験を今後も行っていくらしい。



『ちなみに、私も意識を転送した時にNos.を発現させているわ。Nos.0【ワールド・エスケープ】それが私の力』


 イヴさんのNos.【ワールド・エスケープ】は戦闘スキルではなく、発動と同時にNWを現実世界から切り離し、独立させる為のスキルらしい。


『まだ、わからない事だらけでしょうから、また近いうちに一般からの質問を受け付けるわよ』


 やっぱりNW移住は妄想なんかじゃなく、本気でやろうとしてる計画なんだ……。



 ◇



『話が脱線しちゃったわね。とりあえず今はヒビキちゃんの記憶の奪還といきましょうか』


 私達が海底神殿に辿り着くには、水中呼吸アイテム作りから始めないといけないため、時間がかかってしまう。そこでイヴさんはワープで海底神殿まで飛び、記憶を取りにいくらしい。


「大丈夫なんですか?警戒されていると思いますけど」

『まぁ、そうね。でも、それは誰が行っても一緒よ』


 確かに私達が現地に記憶を取りに行くと、それはそれでマズイかもしれない。イヴさんのように隠密行動が取れるわけでもないし、NW社に発見されたら、どうなるかわからない。

 イヴさんに頼りすぎな気もするけど、ここは素直に従うしかなさそうだ。ヒビキも心配そうにイヴさんを見つめている。


『大丈夫よ。すぐに記憶を持ち帰ってくるわ。私には移動にかかる時間もないし、30分もあれば十分ね』


 先程も迅速な行動でルーティン解除をやってのけたのだ。その言葉は嘘じゃないのだろう。


『よろしくお願いしまス』


 ヒビキは丁寧に頭を下げて、後の事をイヴさんに託した。




 ◇



 待機を命じられた私達はヒビキにトリデンテ周辺の案内をすることにした。畑の近くに行くと、ポチが勢いよく駆け寄ってくる。


「この子がさっき話したレイジングヴォルフの子だよ」

『ワフゥ!』


 ポチはヒビキを見ると尻尾を激しく振って顔をペロペロと舐め回す。


『ウワッ!こら、くすぐったいからやめろ~』


 ヒビキも、まんざらじゃない様子でポチとじゃれあっているようでひとまず安心した。



『かわいいナ…名前はあるのか?』

「ポチ!」「ハチ!」「アルティメットきゃべつ太郎ですわ!」


『………は?』


 私達が一斉に別々の名前を叫ぶので、ヒビキも混乱している。まだ名前が決まってない事を伝えるとヒビキは呆れたように溜め息をついた。


『しょーもないなオマエ達は…そもそもアルティメットきゃべつ太郎ってナンダヨ』

「なっ…!私が一晩寝ずに考えた力作ですわよ!」

『センスないヨ』


 会長の独特なネーミングセンスはバッサリ切り捨てられた。自分のキャラにはノーマルな名前をつけたのに、犬に名付けようとすると何故独特な名前になってしまうのだろうか。


「なら、私のハチは?犬と言えばハチ!これ鉄板」

「ポチだってそうだよ!ヒビキはどう思う?」


 私と沙耶はヒビキに詰め寄りながら、どちらが相応しい名前か問いかける。


『どっちも安直。却下だナ』

「ええ!でもアルティメットきゃべつ太郎と違ってポチとハチには応えてくれるよ!」

『比べる相手のレベルが低すぎル!』


「さっきからワタクシ達のネーミングセンスに言いたい放題ですけど、ヒビキさんはどうですの?」


 散々な言われ様の会長が反撃に転じる。


『そうだナ~…良い声で鳴くし、ヴォイスって名前はどう?』

「安直ですわ!」

『ナニィ…』


 仕返しとばかりに即答した会長はどこか満足気な顔をしていた。個人的には、カッコよくて良い名前な気がするけど……。

 すると、先程から黙ってヒビキに抱き抱えられてたポチが、しきりに吠え出した。


『ほら、コイツもヴォイスが良いって言ってるヨ』

「えっ?ヒビキはポチの言葉がわかるの?」

『人間の言葉みたいに細かくはないけど、伝えようとしてることは大体ワカル』


 種族が違ってもモンスター同士なら、ある程度の意志疎通が可能なのかもしれない。


「そ、そんなことより名前の件は本当ですの!?」


 どの名前が気に入ったかを明確にされた事で、会長が「そんなまさかっ…」と、うなだれている。


「まぁ、本人が気に入ったって言うなら仕方ないか。名前はヴォイスに決定しよっか。いつまでも名前が決まらないままだと可哀想だしね」


 そう言ってヒビキが名付けたヴォイスに、沙耶も賛同した。もちろん私も賛成!名前って大事な物だから早く決めてあげたいし、呼び名がバラバラだとヴォイスも混乱しちゃうと思うし。


「仕方ありませんわね」


 結局は会長も納得して、長いこと続いてきた名前論争は幕を下ろした。


「じゃあヴォイス、改めてよろしくね!」

『バウッ!』


 ヴォイスはようやく決まった名前に喜んでいるのか、私の周りをグルグル走り回っている。


 ◇


『この村はヴォイス以外に人いないノ?』

「う、うん。前はいっぱい人がいたんだけど、ある事件で減っちゃって、今は私達だけなの」


 私はロストメモリーズ事件や執行者の事をヒビキに詳しく説明していった。


『相変わらず意味わからんが苦労してるんだナ……あれ、でも最初に会った時に一緒にいた奴等は?』

「その人達はサイバーフィッシュって村の人達で、ヒビキと出会うキッカケにもなった人達だよ」


 以前サイバーフィッシュからセイレーン討伐依頼を頼まれた件をヒビキに伝えた。


『ウチ達が出会うキッカケなったってのは良いケド…ヴォイスの親が倒されたのは、もしかしてウチのせいなんじャ…』


 ヒビキはヴォイスを見て、少し表情が暗くなってしまう。


「そ、それは考えすぎだよ!そもそもヒビキだって好きで船を沈めてたわけじゃないし」


 ヴォイスを見つめて黙りこくるヒビキに声をかけるけど、何かを考え込んでいるのか返事がない。


「ヒビキ?」

『………………決めた』


 ヒビキは俯いていた顔を上げて呟く。


『ウチがヴォイスの母親代わりになル!』


 母親になると決めたその顔は、どこか決意に満ちた頼もしい表情に変わっていた。


「ヒビキ……うん、そうだね!良いと思う!私達がログアウトしてる間はヴォイスも寂しいだろうから、ヒビキがいつも一緒にいてくれたらヴォイスも喜んでくれるよ!」


 ルーティンから解除されたヒビキが最初に決断した道は、ヴォイスの母親になること。過去を振り返るよりも未来を見たその姿は、どこか大人っぽく見えた。



 ◇



 その後は、近くにあるサイバーフィッシュに行き、ヒビキは今まで何度も船を沈めてしまった事を謝り和解した。サイバーフィッシュの人々も、ヒビキにはヒビキなりの事情があった事を理解して、特にわだかまりもくヒビキを許してくれた。


「モンスターがモンスターの役割を果たすのは当然の事っすから、仕方ないっすよ!むしろ今回はトリデンテさんにお世話になったし、今後トリデンテのみなさんが困った時は、我がサイバーフィッシュを頼ってくださいよ!協力するんで!」


「あ、ありがとうございます!こちらこそよろしくお願いします」


 そう言って私達は、お互いに握手を交わして同盟を結んだ。トリデンテは小さな村だから、近くに同盟勢力が出来るのは、凄く心強い。私は争うよりも協力したいから。




 ◇




「結構時間経ったけど、イヴさんから連絡こないね」


 サイバーフィッシュと別れてから、トリデンテに戻って一息ついている所で沙耶が呟いた。


「イヴさんが出発してから2時間程経っていますわね」


 30分もあれば終わると言っていたので、確かに少し遅いかもしれない。


「ん~…メッセージ送ってみたけど返信ないや」

「も、もうしばらく待っていたほうが良いかな?」

「心配ですわね。何事もなければいいのですけれど」


 もう夜も遅く普段ならログアウトしてる時間だけど、あと少し待ってみる事にした。だけど結局、この日はイヴさんからの連絡は来なかった。



 なんだろう、胸騒ぎがする……。

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