キャベツ泥棒
「キャベツ泥棒が出たわよ!」
夏休みが始まってから数日後、会長と一緒にマイホームで雑談をしていた所に沙耶が息を切らしながら走りこんできた。
「え、どうしたの沙耶」
「キャベツ泥棒が出たんだってば!」
キャベツの種を植えてから数日間、一日二回の水撒きを忘れずにキッチリやって、いよいよ収穫…という頃合だったのだ。
外に出て畑を確認してみると、確かに1つのキャベツがなくなっていた。
「あぁ…本当にない!貴重なキャベツが…!」
これから初収穫だって時に盗むなんて……許せない!!
「誰か村に立ち寄った人が持ち去ったのでしょうか…」
なくなっていたキャベツの場所に近付いて、辺りを確認してみると、畑に小さな足跡があった。
「人間の足跡じゃないね…たぶん獣の足跡だと思う…」
足跡の大きさや形からすると犬とか猫に似ている気がする。でも、現実世界の生き物をモチーフにしたモンスターって大体巨大化されてるんだよね…。
NWではカマキリやカマドウマ、ネズミなんかも現実世界より巨大な姿で生活している。だけど、この足跡は普通の犬と変わらない大きさに見える。普通の大きさの生き物も存在するという事だろうか……。
「うーんうーん……」
「とにかく足跡辿ってみる?このままだと他のキャベツも盗まれるかもしれないし」
「そうですわね。ワタクシ達のキャベツを盗んだ罪は償ってもらいませんと」
◇
私達はキャベツ畑から続いている足跡を辿って犯人を追跡していく。どうやら足跡の主は近くの森へ入っていったようだ。
「この森……」
見覚えのあるその森は、私が初めてログインした時に沙耶と一緒に来た森だった。あの時はカマドウマ型のモンスターに遭遇したっけ…。
レベルが上がり装備も充実した今の私達は一撃で倒せるけど、出来ればあまり関わりたくない。獣をモチーフにしたモンスターならまだしも、虫をモチーフにしたモンスターは見た目が気持ち悪いのでなんとも苦手なのだ。……なんて思っていると目の前の草むらがガサガサ揺れる。
「ひぃ!!…何かいる!」
私は音にビックリして戦闘体勢を取るが、何も出てこない。
「う~ん?逃げたのかな」
音のした草むらを沙耶が掻き分けて進むと、何かが奥へ進んで行くのが見えた。犬のようなたぬきのような……。
「今のなんだろう?モフモフしてたから虫ではなさそうだけど…」
「でも、毛の生えてる虫も存在しますわ。例えば――」
そんなことを会長と話していると先頭を行く沙耶が立ち止まって私達を制止する。
「しっ、何かいる……」
その言葉を聞いた私と会長も慌てて身を屈めて、生い茂る草木に隠れながらターゲットのいるほうを覗き込む見ると、そこには小さなオオカミが一匹、更にその横に巨大なオオカミが傷だらけで横たわっていた。
親子だろうか…?小さなオオカミは大きなオオカミの傷をペロペロ舐めて気遣っているようだ。【透視】を使ってステータスを確認してみると名前はレイジングヴォルフと表示されている。HPの多さからしてもデスサイズ・マンティス級のレアモンスターだと思われる。
「む、見てください…あそこ」
会長が指を指した先には、おそらく私達が育てたであろうキャベツがある。
「傷ついた母親のために食料を運んでいたってことかな…?」
どうやら親のレイジングヴォルフはなんらかの理由で大きなダメージを負い、この場所に逃げてきたようだ。それを見たレイジングヴォルフの子供が回復アイテムを探して私達の村に辿り着き、キャベツを拝借したという次第だろうか。
「……犯人をとっちめるつもりで追ってきたけど、アレを見ると、なんだかそんな気も失せちゃうね」
「家族を守るための行いですものね。一個くらい譲ってさしあげましょうか」
「う、うん!あの子も親がいなくなったら、生きていけなくなっちゃうかもしれないし…」
私達はしばらく親子オオカミを眺めてから、トリデンテへと戻り、その日はログアウトした。
◇
翌日、私達は畑の前に集合してキャベツを収穫していく。自分で育てた野菜を自分で調理出来るなんて現実世界じゃなかなか出来ないもんね…楽しみだなぁ。
収穫すると、トリデンテの特産品として扱いを受けたキャベツのアイテム名がトリデンテキャベツになっている。
「おぉ…トリデンテの名前がついてる…!」
私はトリデンテキャベツを抱えて記念にスクリーンショットを撮る。
「む、では私も」
スクショを撮った私を見て会長も同じくスクショを撮る。
「せっかくだし部屋に飾っておきますわ」
「いや、さすがにキャベツを飾るのはやめてよ」
「キャベツを飾るのではありません!写真の事ですわ!」
沙耶と会長によるいつものじゃれ合いが始まった所で私はキャベツの説明文を確認する。
「えーと…トリデンテに吹く潮風の影響でミネラルたっぷりに育ったキャベツ。…だって」
「野菜は潮風による塩害で枯れてしまう事も多いと聞きますが、今回は潮風のおかげで良い野菜が育ったみたいですわね」
「何にせよ無事に収穫だね!じゃ、さっそく次のステップにいきますか!」
そう言うと私達はキャベツを家の中のキッチンに運び、調理する事にした。作る料理は野菜炒め。キャベツを切ってフライパンで炒めていく。
「出来た!」
【キャベツ炒め】
HP50回復
攻撃力+2%
出来上がったのは野菜炒めでもなければ、効果も微妙な失敗作。そりゃそうだ……だって野菜がキャベツしかないんだもの。
「さすがにキャベツだけじゃダメか……何か他に材料を混ぜたら…ほら、カマドウマの足とか」
沙耶がとんでもない提案をしてくる。ただでさえ苦手なカマドウマを食べるとか、私は全力で拒否をする。
「さ、さすがにゲテモノはちょっと……」
うーん……余ってる食材なんてあったかなと倉庫を確認してみると、丁度良さそうな食材が目に止まる。以前、釣りをしていた時に手に入れたイカやタコの海鮮類だ。
定番はお肉だけど、シーフードな野菜炒めは潮風の吹くトリデンテにはピッタリなオリジナル料理になるかもしれない。
私はさっそくタコとイカやエビ、それにキャベツを混ぜて再び野菜炒めを作っていく。
「出来た!」
【トリデンテ風 潮風の野菜炒め】
HP回復500
攻撃力+25%
防御力+25%
おぉ!なんか凄い。
先程のキャベツ炒めと比べると天と地ほどの差がある効果だ。
「わぁ、美味しそう!マリは相変わらず器用だね。料理も出来るとは」
「現実世界の料理とは違うし、適当に材料選んだら上手くいっただけだよ。あ、でも現実でも少しは料理したりするよ!」
「へぇ~…じゃあ今度、手料理振る舞ってよ」
普段はお母さんの帰りが遅くなる時に作って雪ちゃんと一緒に食べてるけど、誰かに振る舞うために作った事ってなかったなぁ…。
「沙耶は何が食べたい?」
「そうだなぁ……私はシーフードカレー」
シーフードカレーかぁ。そういえば作った事がないので、今度挑戦してみたいかもしれない。沙耶はシーフードが好きなのかな。
「会長は何が食べたいですか?」
「え、ワタクシもいいのですか?」
会長は両親とご飯を食べる機会が少なくてコンビニで済ませる事が多いと言っていた。だから、みんなで一緒に食べる機会が増やせれば会長の寂しさも少し和らげる事が出来るかなって思う。
「では、私はお刺身のカルパッチョがいいですわ」
二人して海の幸が好きなのか…と思ったが、【トリデンテ風 野菜炒め】を作った事で単に頭の中がシーフードでいっぱいになってるだけですか、これは。
「あ、そうだ。昨日のオオカミさんにも、お裾分けしてあげようかと思うんだけど…」
「モンスターに…?う~ん、まぁいいか。昨日と同じ場所にいるかな」
◇
私達は森に入ると昨日レイジングヴォルフ親子がいた場所に向かう。しかし、レイジングヴォルフの巣に近付くにつれて周りが騒がしくなってきた。
「この音……」
私は胸騒ぎして急いでレイジングヴォルフの元へ向かい、状況を確かめる。
やっぱり……!
昨日のレイジングヴォルフをアライアンスを組んだ討伐軍が攻撃している。あのオオカミ、あんまり見ないタイプのモンスターだった…やっぱりレアな種族だから狙われていたんだ。
私は攻撃をやめるよう呼びかけるために駆け出そうとした所で沙耶が私を引き止める。
「マリ……」
沙耶は私を見て首を横に振る。
沙耶が私を制止した理由はもちろんわかる。
あの人達は、ただレアモンスターを討伐しようとしただけだ…私が止める権利なんてない。私達だって同じ事をしてきたし、RPGではそれが当たり前の行為だから。
「お気持ちはわかりますが、モンスターである以上狙われてしまうのは仕方のないことですわね…」
私はレイジングヴォルフが討伐されるのを、ただ見ていることしか出来ずに立ち尽くしていた。討伐軍がオオカミの親を倒すと隠れていた子オオカミが現れる。
「ん?なんだこいつ。さっきのボスの連れか?」
このままでは、あの子も討伐されてしまうと思った私は沙耶の制止を振り切り、慌て飛び出した。
「あ、ちょっとマリ!」
私は討伐軍とレイジングヴォルフの間に入り、彼等の攻撃を中断させてしまった。
「あ、あの…待ってください!」
勢いよく飛び出したものの、一体どうしよう…。
いきなり出てきてモンスターを庇うなど、明らかにこちらがおかしい行為をしているのはわかっているんだけど……。
「なんだ…?いきなり」
「えっと…そのモンスター譲ってもらえませんか!」
私は頭を下げてお願いする。
わざわざ頭を下げてまで小型のモンスターを譲ってほしいなんて言われると思ってなかったのだろうか、相手も少し困惑していた。
「え?ま、まぁ…目的のデカブツは倒したから、おまけのそいつはくれてやってもいいけど。そんなに狩りたいのか?こんな雑魚モンスター」
事を荒立てずに下手に出てお願いしてみると、案外すんなり受け入れてくれた。言ってみるもんだ。もっとも相手次第ではトラブルに発展する可能性もあったので、今後はもうちょっと考えて行動しないと。
◇
「ひやひやしたよ。いきなり喧嘩始めると思っちゃった」
討伐軍が去り、沙耶が私の頭をポンポン叩きながら言う。
「さ、さすがに3人vs18人の喧嘩はしないよ」
私は振り返ってレイジングヴォルフを見る。
「ガゥ~……」
私達を見て威嚇しているようだ。当然だよね……親を倒した人達と変わらないもんね…。
「ごめんね…。見てることしか出来なくて……」
私はしゃがみこんで【トリデンテ風 野菜炒め】を差し出す。
「あなたのために作ったんだけど……食べてくれるかな」
敵意のない事を示すと最初は警戒していたレイジングヴォルフも徐々に警戒を解いて料理の匂いに釣られて近付いてくる。
「クゥ~ン……」
「……美味しい?」
「ワンッ!」
レイジングヴォルフは料理を食べ終わると、私の顔をペロペロと舐めてくる。こうして見るとオオカミというより完全に犬だ。
「こら、くすぐったいよ」
「マリってばモンスターを手懐けちゃったよ」
「これも一種の才能でしょうか…それより、この子は今後どうするのです?」
「その事なんだけど……」
レイジングヴォルフの子供はすがるような目で私を見つめてくる。
「キャベツを盗んだ罪を償ってもらう!」
私はレイジングヴォルフを抱き抱えて宣言した。
「え……マリ?」
◇
「おいで~、ポチ!」
「こっちこっち、ハチ!」
「アルティメットキャベツ太郎!私の方へおいでなさい」
レイジングヴォルフは3人に呼ばれてテクテクと私のほうへ向かってきた。
「ほら!やっぱりポチが良いんだよ!」
「ええ!でもさっきはハチに反応して、こっちに来たし!」
「何故アルティメットキャベツ太郎には反応しないのです……」
私が、この子に与えた罰はトリデンテの用心棒。
私達がログインしてない間は、この子に畑を守ってもらう事にした。この子が嫌がったら無理強いはせずに森に帰そうと思ったけど、この子もトリデンテが気に入ったみたい。
「トリデンテの番犬兼マスコットとして働いてもらおう。よろしくね、ポチ!」
「ハチだってば!」
「いいえ、アルティメットキャベツ太郎ですわ!」
……まずは名前を決めないとね。




