私達で作る世界
「あ、あの……私とお友達になってください!」
私の言葉に、一瞬驚いた表情を見せた彼女だが、すぐに微笑で……
「ふふ、喜んで」
その瞬間、私に初めての友達が出来た。
「私はサーヤ。あなたのお名前は?」
「マ…マリです……。マリって言います!よろしくお願いします!あの、さっきはありがとうございました!お礼言うのが遅くなっちゃってごめんなさい!貴重な薬草とか使わせちゃって…それからあのえっと……」
「そ、そんなに慌ててしゃべらなくていいって。落ち着いて」
「うぅ、ごめんなさい……私、人と話すが苦手で」
「そうなんだ。あっ、じゃあ、もしかしてボイス機能の故障じゃなくて……」
私は顔を真っ赤にして、もじもじしていた。
「ふふっ。小動物みたいで可愛い」
「むぅ……」
頭をなでられ、顔から火が出そうになる。
「そ、それより、この先どうするんですか?てっきり拠点からスタートするものだと思っていたのに……」
一般的なオンラインゲームの場合、プレイヤーは町や拠点からスタートするものだろう。プレイしていない間は、世界の時間が完全に止まっているオフラインゲームと違って、オンラインゲームは自分がゲームを起動していない間も、世界は常に動き続けている。
だから、初めてのプレイ時には、安全な町や村からスタートすると思う。
しかし、NWにログインした時に私が立っていたのは、何もない草原だった。サーヤさんも先ほど同じ事を言っていたから、おそらく同じ状況なのだろう。
「私もスタート地点は拠点だと思ったけど、違うみたい。たぶん現実で初めてNWにログインした場所が、そのプレイヤーにとってのスタート地点なのよ」
現実でログインした場所?何を言っているのだろう。
「それって……つまり?」
サーヤさんが言っている事の意味がわからず、首を傾げて聞き返す。
「NWは、現実世界の地図を元に大陸が作成されているらしいの。マリさん、あなたが住んでるのって、海の近く?」
「そ、そうですけど」
「近くに特殊な水族館があったり?」
確かに、ある。変な生物を集めた水族館が。
さっき会ったばかりで、ロクにお互いの情報交換もしていないのに、何故わかったんだろう?
だが、サーヤさんに差し出された地図の現在位置を見て、すぐに思考が追いついた。
現実世界の地図と酷似した、そのマップの現在位置は、まさに今、私がログインしている自宅付近だ。
「じゃあ、もしかしてサーヤさんも……」
サーヤさんも、私の自宅付近に住んでいる、同じ地域の人ということだろうか?
「そう、私達って現実でもすごく近くに住んでいるの。出会ったのも偶然ではなく、必然なのかもね」
つまりこういう事だ。
例えば、NWを初めてプレイする時に、東京からキャラを作成してログインすると、東京を元に作成された地域に、京都からキャラを作成してログインすると、京都を元に作成された地域がスタート地点になる。
住んでる地域によってスタート地点が違うんだ。それも、ご丁寧に自宅付近がスタートになるなんて。
「でも、これって結構不便なシステムじゃない?」
「え?なんでですか?」
リアルの住居が近い者同士が、必然的に出会うことになるシステム。こんな発想が出てくるのは凄いことなのでは?と思ってしまう。
「だって遠く離れた友達と一緒に、このゲームを始めようとすると、別々の場所からのスタートになっちゃうじゃない?」
「あ…」
リアルで仲の良い友達がいない私に、その発想はなかった。
確かに不便だ。仮に東京に友達がいるとして、私の住んでいる場所から東京までは、およそ150kmといったところだろうか。
スタートして間もない状態で、その距離を移動して合流するのは無謀だと思う。などと思っていると……
「イギリスの知り合いに会うことなんて、当分無理そうね」
私の考えている距離とはスケールが違った。
日本は島国なので海外に会いに行くとしたら海を渡らないと合流出来ない。
「海外にお友達がいるんですか?」
「ええ、姉が海外にいるの。私がゲームを好きになったのも姉の影響でね」
「お姉さんが海外に?すごいですね」
身内が海外に住んでいるなんて…いいところのお嬢様なのかな。
少し気になったが、リアルを詮索しすぎるのはよくないと思い、口から出そうになった言葉を飲み込んだ。
「これから、どうします?」
何よりも、自分がリアルの事を聞かれたくないので、話題を変えてみる。
「そうね…まずは、町を探しましょう」
「そうですね。装備とか揃えたいですし」
二人共、ボロい服を着て、武器らしい武器も持っていないので、まずは拠点となる町を探す事になった。
「じゃあ、PT組みましょうか」
「あ、はい!でも、どうやって…」
ロクにチュートリアルもないこのゲームでは、PTの組み方すらわからない。
「どこかにコマンドが…ないね」
「えっと、ヘルプ読んでみますね」
ヘルプ画面を開き検索してみる
あった!
・パーティーの組み方
パーティーを組みたい人と3秒以上握手をするとPTリングが現れます。
・同じIDのPTリングを二人以上が装備した瞬間、パーティが作成されます。
・パーティーを解散したい場合は、PTリングを外してください。
・なお、お互いが10km以上離れてもパーティは解消されます。
さっそくサーヤさんが手を差し出してきて、私もおそるおそる手を差し出し、サーヤさんの手を握る。
「よろしくね!」
「は、はい!よろしくお願いします!」
すると、かばんの中に指輪が現れた。
パーティーリング【ID:200752】
お互いに装備し、確認してみる。
・パーティーメンバー
【サーヤ】
【マリ】
どうやら無事にPTを組めたらしい。
「それじゃ、冒険にしゅっぱーつ!」
「ぉ、ぉー…!」
恥ずかしながらも小さく腕を上げて応えた私を見て、サーヤさんが微笑む。
照れるけど、なんか良いな……こういうのって。
探索を開始して15分程経つが、見渡す限り町の気配がない。
私やサーヤさんがスタートした地点は町から遠い位置だったのだろうか?
そんなことを考えていると、さっき戦ったネズミ型モンスターと戦闘している人影が二つ見えた。
「サーヤさん!あれって……」
「声かけてみましょうか。すみませーーーん!ちょっといいですかーーー?」
決断と行動早いな、この人。
私はサーヤさんの後ろに隠れて着いて行く。
戦闘していたのは男女のペアで、ネズミとの戦闘が終わり、こちらに気付く。
「突然ごめんなさい、町を見かけませんでしたか?」
「いやー、実は僕達も町を探してたんだけどさ、全然見つからないんだよ」
どうやら、このペアもまだ町を見つけていないらしい。
「町から遠いところからスタートしちゃったのかしら…」
サーヤさんが少し肩を落とす。
普段PRGをしていると、最初の町を飛び出して早く冒険に出たい!とまだ見ぬフィールドにワクワクするけど、逆にこうも町が見つからないと、早く町を目にしたくてウズウズしてしまう。
「いや、それが町が見つかってないのは、この周辺だけじゃないんだ」
どういう事?といった表情で男性を見つめるサーヤさん。
「全然町が見つからないからさ、さっき一度落ちて掲示板を覗いてみたんだよ。そしたら町を見つけた人は全世界で、まだ1人もいないんだ」
どういうことだろう?
NWは本日全世界同時にサービスを開始したVRMMOだ。
かなりの注目を集めていて、事前に4000万もの専用VRの申し込みがあったらしい。
今ログインしている人数がどれ程いるかわからないけど、かなりの人数がログインしてるのは間違いないだろう。
現実世界を元に作ったマップだから、地球ベースのかなり広大なマップだ。
町が少なかったら、見つけるのが困難なのはわかる。
でも、これだけの人数がいるのに、サービス開始1時間で町が1つも見つかっていないのは異常だ。
「町を作り忘れたとか?」
男性とペアを組んでいた女性が口にする。
「はははっ、もしそうだとしたら相当マヌケな開発陣だな」
賑やかに笑う二人を他所に、サーヤさんが考え込んでいる。
手がかりがなくて落ち込んでいるのだろうか?
私は少しでも励ましたくて、ガラにもなく冗談を言ってみる。
「いっそ、私達で町を作っちゃうとか?なんて……あはは」
私なりに笑いを取ろうとしたその一言に、サーヤさんがハッとした表情をして振り返る。
「それだわ!」
「え?」
「もしかして、このゲームに町が存在しないのはプレイヤーが自分達で作り上げるためじゃないかしら?」
サーヤさんが目をキラキラ輝かせながら言う。
「なるほど。しかし、どうやって町を作ればいいんだ?」
「まずは素材を集めて……」
サーヤさんと男性が、「町を作る」というワードに食い付き議論している。
「いや待てよ…?さっき掲示板を見にいった時に目にしたんだが、レベルが上がった時に割り振れるポイント一覧に【クラフト】なるスキルがあったような。もしかしたら、それが……」
それを聞いたサーヤさんのテンションがまた上がる。
「面白いじゃない!そうとわかればレベル上げるわよー!」
「ぉ、ぉー!」
すると、私達のやり取りを見ていた女性が
「二人はリアルでも友達なの?」
「いえ、さっき出会ったばかりなの。自己紹介が遅れてごめんなさい。私はサーヤ、こっちの子が、マリさん。」
私はペコリと頭を下げる。
「僕はツルギ、よろしく!」
「私はカーマよん、よろしくねん、子猫ちゃん達」
子猫ちゃん……?
「おまえ、何だよ…そのしゃべり方」
ツルギさんがツッコミを入れているので、普段からこんな調子ではないらしい。
「まぁまぁ、せっかくの仮想世界。キャラ作りしたっていいじゃないのよん」
「いいけど、初対面の人に変な事言うなよ」
「二人こそ、リアルで知り合いなの?」
親しげな二人のやり取りを見て、今度はサーヤさんが問う。
「ああ、家が隣同士でね。同時にログインしたらスタート地点が同じだったよ」
「子猫ちゃん達とも家が近いってことよね~ん。今度、お茶でもどう?」
うっ、こうやってグイグイ来る人は苦手だ。
出会ったばかりの人にお茶に誘われるだなんて、初めての経験だけど、あまり嬉しいものじゃない。
「遠慮しておく。ナンパな男にホイホイ着いていきたくないし」
私も同感だ。
ん……?男?
「ありゃ、バレちゃったか」
「そりゃ、バレるっておまえ」
「ご名答!俺はリアル男なんだ」
とカーマさんが言う。
「え、ええー!?」
気付かなかった!!
なるほど。キャラメイクでは性別も選べるから、当然NW内でのキャラが女性でも、リアルは男性……なんてこともあるよね。
「ははっ、マリちゃんは気付いてなかったみたいだ」
「何ィ!?だったら、もうちょっと女を演じていればよかったなぁ!」
「いやいや、演じてると言えないだろ…アレは」
いくらVRMMO初心者とはいえ、少し考えればわかる事なんだけど、この世界はまるで現実のような綺麗さだったので、ついうっかり私達はアバターなのだという事を忘れてしまった。
何よりも、カーマさんってば、可愛い声をしているんだもの。
「マリさんは純真無垢なの。からかわないでよ、もぉ!」
「ハハッ、ごめんごめん」
「で、でも声が……」
「最近のボイスチェンジャーは、とても優秀でね。ネカマにとっての必須アイテムさ」
すっかり騙されてしまった。
ネットって怖い。
「それじゃ、私達は少しレベル上げしてくるね。クラフトの事が気になるし」
「ああ、楽しかったよ。またどこかで会ったらよろしく」
「またな!愛しの子猫ちゃん達よ!」
「(ペコリ)」
子猫ちゃん発言を華麗にスルーし、私は軽く頭を下げ、ツルギさんとカーマさんに別れを告げた。
「とりあえず、モンスターを探そっか」
「はい!」
少し歩くと森が見えたので、そこを探してみることにした。
森の中に入っていき、道中にある薬草や毒消し草を採取していく。
すると突如、目の前の茂みが動いた。
「ひぃ!」
何かいる!?
とっさに叫ぶ――
「サーヤさん!」
その声を聞いたサーヤさんが私をかばうように前に出る。
そこに現れたのは体長1メートル程のカマドウマ。
「うわっ……」
さすがのサーヤさんも少し怯む。巨大な虫が目の前に現れたのだ、無理もない。
木の枝を構えたサーヤさんは、じりじりと距離を縮める。
カマドウマも、サーヤさんが構えた瞬間、緊張が走り、構えを取った。
その姿は、まるで達人同士の読み合いのように見えた……木の枝とカマドウマだけど。
先に動いたのはカマドウマだった。一瞬のスキをついて、後ろ足を蹴りあげジャンプし、空中高く舞い上がる。
「しまっ……」
空中からの攻撃を予測してなかったサーヤさんは、咄嗟に木の枝を突き上げる。
木の枝は、そのままサーヤさんに伸し掛かってくるカマドウマに突き刺さりダメージが入るが、サーヤさんは押さえつけられ、身動きが取れなくなってしまった。
「くっ!」
キングドーマの攻撃→サーヤに41のダメージ
キングドーマの攻撃→サーヤに46のダメージ
見る見るうちにカマイドウマの攻撃でHPが減っていく。
まずい!動ける私がなんとかしなくちゃ…。
私は周辺に落ちていた木の枝を拾い、カマドウマに気付かれないよう、こっそり背後から近付き、おもいきり木の枝を連続で叩き込んだ。
マリの攻撃→キングドーマに39のダメージ
不意を突かれたカマドウマはよろめき、サーヤさんがその一瞬で抜け出す。
「マリさんナイス!」
「サーヤさん早く!」
――早くカマドウマを倒して!
だってあのカマドウマ、今度は明らかに私を狙ってる~~!!
「まかせて!やられた分はキッチリ99倍返ししてやるんだから~!」
あんまりキッチリしてない数字だけど、とにかく怒ってるらしい。
サーヤの攻撃→キングドーマに45のダメージ
キングドーマの攻撃→サーヤに38のダメージ
サーヤの攻撃→キングドーマに34のダメージ
サーヤはキングドーマを倒した
木の枝を何度か叩き込んだところで、カマドウマのHPゲージがなくなり消滅した。
ドロップアイテム
【カマドウマのアゴ】
【カマドウマの足】
レベルアップ
【サーヤ】Lv1→Lv2
【マリ】Lv1→Lv2
スキルポイント10獲得
「これがスキルポイントね」
ざっと見た感じ、かなりの項目がある。100個以上だろうか?
オーソドックスなスキルはもちろん、ステルス、攻撃速度、透視、テレポート。ユニークなスキルもいくかもあるようだ。
私はまだ方針を考えていないので、スキルの割り振りで悩んでしまう。
「サーヤさんは、どう振りますか?」
「とりあえず、1つはクラフトね。気になるから!」
サーヤさんがクラフトにスキルを振ると、鍛冶、裁縫、木工、建設……他にもたくさんの項目がアンロックされる。
「ここで分岐して、それぞれにスキルを振っていくシステムか」
サーヤさんは鍛冶、木工、建設に振り分ける。
「あ、今持ってるアイテムで武器が作れるみたい!」
今持ってるアイテムって、そんなに多くないような……?
カマドウマの足型ソードとかだったら遠慮したい。
「木の枝を加工すると、木刀になるらしいわ」
クラフト画面で木刀を選び決定を押す。
すると、木の枝の形が変化し、木刀の形になった。
「おぉ……!」
このゲームでようやく武器らしい武器を目にして、少し興奮する。
「マリさんの木の枝も貸して。作ってあげる」
そう言って私から木の枝を受け取ると、私の木刀も作ってくれた。
「はい、どうぞ」
「わぁ!ありがとうございます!」
木刀を受け取り、さっそく素振りしてみせる。
「懐かしいなー。小学校の修学旅行で買ったっけ。もう三年も前かぁ、今年の修学旅行は、もっと良いお土産買わないと。」
「あはは、そうですね」
反射的に返事をしてしまってから気付く。
今年修学旅行ってことは中学三年生……。
年上の女性だと思ってたサーヤさんは、どうやらまだ中学生らしい。
私の同級生だ――