涙
「加速して【ファストアリア】!」
ツルギさんのアカウントブレイクが発動する直前に、聞き覚えのないスキルを会長が発動させる。
「何したってもう遅いんだよ!【アカウントブレイク】」
ツルギは【アカウントブレイク】の構え
リンは【スノードロップ】を唱えた→ツルギに500のダメージ
リンは【スノードロップ】を唱えた→ツルギに500のダメージ
リンは【スノードロップ】を唱えた→ツルギに500のダメージ
リンは【スノードロップ】を唱えた→ツルギに500のダメージ
ほんの一瞬の出来事だった。
ツルギさんにアカウントブレイクを発動させる隙も与えずに、会長は一方的に魔法を数回叩き込んだのだ。
ツルギさんは、とてつもない速さで飛んでくる連続魔法の前に一瞬で戦闘不能になる。
「くっ!?一体何がっ…」
会長はすぐさま私に蘇生魔法を唱えて再び形勢逆転。この間わずか2~3秒だ。会長がやってのけた光速の殺人マジックに、私は口を開けたまま唖然としてしまう。
ネカマさんが蘇生魔法を詠唱するのを見て正気を取り戻し、攻撃を仕掛けて詠唱を中断させる。ヒーラー1人では二人分の攻撃は受けきれず、最後はあっさり勝負がついた。
「オレ達の負けだな、こりゃ。」
「クソっ!新顔の奴、何したんだ」
私を倒した事で勝ちを確信していたツルギさんは、一気に形勢逆転された事に納得がいかず、会長に食ってかかる。
「【ファストアリア】魔法の詠唱時間とリキャストタイムをゼロにするスキル……私の想いに応えて発現したスキルです」
魔法は即発動出来るスキルと違って詠唱時間が長く、攻撃を受けると中断されてしまう特徴があるが、ファストアリアは魔法のウィークポイントである詠唱時間をゼロにして、尚且つ、再使用までに必要な時間…いわゆるリキャストタイムもゼロにするので、MPが許す限り最高火力の魔法を連続で叩き込める事になる。
会長が覚えている攻撃魔法は、まだ初期魔法なので、もしも火力の高い高位魔法をファストアリアで連発した恐ろしいまでの火力を瞬間的に叩き出せる。
短期戦になりがちな対人戦ではチート・オブ・チートスキルとも言えるだろう。
「そんなのありかよ……ボクは、また負けたのか。みんなを救わないといけなかったのに…」
『あなたが求めたのは救いの力ではないでしょう?ツルギくん』
不意に、聞き覚えないのない声が響き周囲を警戒する。まさか、また増援?これ以上の連戦は、さすがにしたくない……と思いながら振り返ると、見知らぬ女性アバターが1人。そしてその横には見慣れた女性アバター…沙耶の姿があった。
沙耶の姿を確認して、とりあえず敵ではないと判断しホッ胸を撫で下ろす。
「沙耶!」
「マリ!リン!無事でよかった、よかったよぉ……」
沙耶は私が執行者と戦闘に入った状況を知っていたのか、物凄く心配してくれたようだ。
「うん。でも、セーラさんが……」
セーラさんの身に起こった事を話すと、沙耶の表情は見る見るうちに怒りへと変わり、執行者の正体であるツルギさんを睨み付ける。
「ところで、そちらの方は?」
会長が沙耶の横にいる女性に視線を向ける。眼鏡を装備し、紫色の髪を束ね、パーティードレスのような装備を着ている。
見た目と声から判断するに25~30歳くらいだろうか?もっとも、アバターの見た目や声がアテにならないことはネカマさんで学習済みだけど。
「あら、自己紹介が遅れてごめんなさいね。私の名前はイヴ……この世界の創造主よ」
自分を創造主と名乗った女性イヴは、会長の前に来て頭をポンポンと叩く。
「会見の声、といえばわかるかしら?」
会見の声……じゃあ、あの会見で私達ユーザーの質問の受け答えをしていたのは、この人なんだ。
あの会見を見て、この世界に興味を持った会長は「サインください!」と、せがんでいる。
芸能人じゃないんだからサインなんてあるわけ……
『ええ、いいわよ』
あるんだ……サイン。
◇
「なんで、沙耶がNW社の人と一緒に?」
偶然出会ったわけでもなさそうなので、私は沙耶に疑問をぶつけてみた。
「昨日ログアウトしようとしたら、イヴさんからメッセージが届いてね。以前、私が習得したスキルについて聞きたいから会えないかって言われて少し話してたの」
沙耶が習得したスキルとは、私を助けようとした時に発現したスキル【アイギス】の事だろうか。
「でも、驚いたわね。まさか、こんな小さな村にNos.が3人もいるなんて」
「Nos.?とはなんでしょうか?」
「Nos.それは想いの力でスキルを創造したPC達の名称よ」
Nos.1 アイギスのサーヤ。
Nos.4 ブレイクのツルギ。
Nos.7 アリアのリン。
想いが力になるシステムは試験的に導入しているが、現在Nos.を発現しているのは、先程発現した会長を含めると国内に7人らしい。
「プレイヤーの強い想いに惹かれて発現するスキルは、自分だけに与えられた唯一無二の能力となる。
でもツルギくんの能力は、こちらとしては完全に想定外。まさかアカウントを破壊する能力を生み出してしまうなんてね」
「おまえのせいだよ。おまえが僕達を……」
「本当にそうかしら?ここ数日のPK騒ぎで、あなたの感情データを調査して解析した結果、あなたは嫉妬の感情でスキルを生み出した事が判明したわ。それは何に対する嫉妬だったのかしらね」
「チッ……そうだよ。本当は、みんなを守るなんてのはスキルを使うための口実。ヒーローになるつもりで挑んだデスサイズ戦、活躍したのは僕じゃなくてマリ嬢ちゃんとサーヤだった。みんなを守るための特別なスキルまで入手したサーヤは、まさに僕が憧れた騎士像そのもの。なんで僕じゃないのか、なんでサーヤなんだ。アイツさえいなければって何度も思った。そんな嫉妬に狂っていた僕が発現させてしまったのがアカウントブレイク……理想とは全然違った、捻くれたスキルだよ」
ツルギさんが、あの戦いでそんなに悩んでいたなんて、まったく気付かなかった。
でも、結果的にツルギさんはNos.スキルを発現させた。ツルギさんの感情は、途中で道を踏み外してしまったけど、根本にあるのは理想の騎士になってみんなを守りたいと願った想いなのかもしれない。私だってセーラさんの件を聞いてからは、怒りや憎しみの感情で戦ってしまったのだから。
「まぁいいわ。NW社はあなたを処分する気はないわ。他人のアカウントを破壊したとはいえ、元々効果が不確定なNos.スキルを導入したのはNW社の責任だからね。あなたが今後も、そのスキルで破壊を繰り返したいなら好きになさい」
そう言うとイヴさんは、ツルギさんとネカマさんにリザレクションをかけて蘇生する。
処分、ないんだ……。正直納得いかないけど、運営側がそう判断したのなら従うしかないのかな。
「守れる力もないくせに、騎士を気取って討伐軍を結成した結果。嫉妬に狂って破壊の力を手に入れるなんて、とんだ皮肉だ。かっこ悪いな……僕は」
私は未だに収まらない怒りの感情をなんとか抑えて、力なく俯くツルギさんに近寄って行く。
「セーラさんをPKした事は許せません。でも、みんなで協力して村を作ろうって立ち上がったツルギさん。討伐軍を結成してみんなを引っ張ってくれたツルギさん。とってもカッコ良かったですよ。だから、そんなに自分を嫌いにならないでください」
「マリ嬢ちゃん……そんな風に思ってくれてるって知ってたら、こんな事にはならなかったのかな」
「言葉にしないと伝わらないですね……想いって」
◇
ツルギさんは責任を取り、NWを引退すると言った。今後は、地球の終焉から人々を守る方法を現実世界側から探すことにしたらしい。
「今度は間違えない。絶対に救ってみせる」そう言ってログアウトしていった。
イヴさんは貴重なNos.の研究資料なのに勿体ないと渋っていたが、「ネトゲで引退宣言した人は9割戻ってくるから、また会いそうね」と、まだ諦めてない様子。
ネカマさんは、今後NWを続けるかどうかは迷ってるらしい。ツルギさんの件や新世界の件で混乱しているのだから、当然だと思う。
私はイヴさんに、セーラさんはもう二度と戻ってこれないのかと質問をしたが、アカウントブレイクの効果は運営側からも解除できないらしく、復帰は絶望的と言われた。
このゲームはサブアカウントも作れない仕様上、NWでセーラさんに会えることは二度とない。
◇
私はセーラさんの家の前に立って、セーラさんと過ごした日々を思い返していた。
「それ、セーラさんの槍?」
だいぶ落ち込んでいる私を心配して、沙耶が近付いてくる。
「うん、形見になっちゃったけど。セーラさんと過ごした証だから」
この村で出会って、一緒に戦って、笑いあった日々は……もう戻ってこない。
悲しかった。悔しかった。助けたかった。
セーラさんを守りたかった……。
ねぇ、セーラさん
私ね……この時、初めて知ったんだ
この世界にも、涙があるんだって事を




