死の足音
「何故、助けた?あんなに俺のアカウントブレイクに反対していたおまえが」
ネカマさんもアカウントブレイクには反対だったんだ。なら…なんでツルギさんを蘇生したのだろう。私は戦闘不能状態のまま、二人の会話に聞き入る。
「今だって、おまえのやっている事は正しいかわからない。何度も止めようしたさ。SNSや掲示板でも噂になって、事がどんどん大きくなっていってる。他人のPCを不正に弄ったりなんかしたら下手すりゃ逮捕だよ。だけど…NW社がやっている事も正しいのかわからない。信じる奴だけ信じればいいなんて言ってるが、アイツらだって記憶を弄った狂人の集まりだ」
「で、どっちが正しいのかわからないのに僕に手を貸した理由は?」
それまで真剣な顔をしていたネカマさんは、フッと笑い、くだけた表情になってツルギさんへ言葉を投げ掛ける。
「何が正しいかわからないが1つだけ確かな事がある。オレはおまえの親友だって事だ。最後まで、おまえのバカに付き合ってやるよ」
「……確かに、お前ほどバカな親友は他にいないな」
ツルギさんも笑顔になり、お互いの拳と拳を着き合わせグータッチをして応える。そして、再び私に視線を戻す。
「勝負あったな、マリ嬢ちゃん。おまえの負けだ。絆の力の差……なんて言ったら少し臭いかな」
私は無言を貫く、まだ終わってない。
まだ死んでない。ブレイクなんてされていない。
私にだって、信頼出来る仲間がいるから!
「幻惑の【ミスト】!!」
その言葉と共に、周辺が濃い霧で包まれ視界が奪われる。
不意をつかれたツルギさんとネカマさんは、ミストの魔法を唱えたPCがどこに現れたのかわからないため慌てて距離を取るが、こちらとしては好都合だった。
「黄泉がえれ【リザレクション】!」
その光は私を優しく包み込み、死の淵にいた傷だらけのPCを蘇生させる。
「間に合いましたわね。無事で何よりです」
「きっと来てくれるって信じてました。会長」
私はPTリングを装着し会長とPTを組み、ツルギさん達がミストの効果で私を見失っている内に会長のスキルでステータス強化を行う。
【プロテクトスキン】
対象の防御力を上昇させる
【スノーエンジン】
対象の攻撃速度を上昇させる
蘇生した際のHPは25%なので、減っている分のHPも回復していく。
凄いなぁ……サポート役がいるだけで、局面は劇的に変わる。でも、それは相手も同じ…ネカマさんは、確か回復特化のヒーラータイプ。団体戦の場合、回復をしてくるヒーラータイプを先に狙うのが鉄則なんだけど……。
ミストの効果が切れ、霧が晴れていくと、ツルギさんとネカマさんの姿が見えてきた。こちらの位置を確認して、武器を構えてくる。
ネカマさんの武器は魔力を高めるための杖、そして先程まで槍を装備していたツルギさんの手には剣と盾。
そう、ツルギさんの一番得意としている戦闘スタイルはアタッカーじゃなく、沙耶と同じ盾型だ。
ヒーラータイプであるネカマさんを先に倒したいけど、ツルギさんが、それをさせまいと立ちはだかるだろう。
「マリ嬢ちゃんの援護に来るもんだから、てっきりあの女かと思ったが…新顔か」
ツルギさんは初めて顔を合わせる会長を見て「誰だ?」と、困惑した表情を浮かべる。
「あなたが噂の執行者ですわね。この素晴らしい世界を壊して回るあなたの悪行……この”異世界の申し子”リンが見過ごすわけには参りませんわ!」
会長ってば、いつのまに変な通り名まで考えたのか…と呆れつつ、私も武器を構えた。
私は、遠距離攻撃可能な弓の特性を活かして先手を取る。まずは通常攻撃で様子見……目標はネカマさん。
すると、先程の戦いでは尽く回避された通常攻撃は、会長が使用した攻撃速度が上がる魔法【スノーエンジン】の効果により、凄まじい速さで相手を射ぬく。
マリの攻撃→カーマに56のダメージ。
「うわ、凄っ…!」
あまりの速さに驚くが、すぐさまツルギさんがネカマさんをかばう体勢に入った。
構わず通常攻撃を連打するが、盾を装備して、更にプロテクトスキンの魔法でステータスが上昇しているツルギさんの防御力は飛躍的上がり、ダメージがあまり通らない
マリの攻撃→ツルギに4のダメージ。
マリの攻撃→ツルギに2のダメージ。
固すぎる!やっぱり先にネカマさんをなんとかしないと……。頭上からいくつもの矢が降り注ぐ乱れ射ちなら、カーマさんにもダメージが入るはず!
マリは【乱れ射ち】を発動
ツルギな合計3のダメージ。
カーマに合計127のダメージ
よし、次!
私はエアリアルアローで飛翔して、頭上からターゲットを射る。
マリは【エアリアルアロー】を発動
ツルギの【ミラージュシールド】が発動→マリに381の反射ダメージ
くっ……先程は頭上から意表をつけたエアリアルアローも、簡単に対応される。……と、ツルギさんの回りに雪のような花びらが舞い、ツルギさんを切り刻む。
「舞い吹雪け【スノードロップ】!」
リンは【スノードロップ】を唱えた→ツルギに300のダメージ
会長の追撃魔法がヒットし、物理攻撃では破れなかった分厚い装甲に大きいダメージが入る。ツルギさんは物理防御は高いけど、魔法防御は低いみたいだ。なら…私がダメージソースになるよりも、魔法を主体に戦う会長が攻撃にシフトしてくれたほうがいいだろうか?
「ちっ、厄介な新顔連れてきやがって。カーマ、回復頼む」
カーマの【ヒーリング】が発動→ツルギのHPが309回復
カーマさんの回復魔法で、ツルギさんのHPは100%
私も会長に回復をもらって、HP100%を維持している。
HPを削ってもすぐ回復されちゃうな…。まずはネカマさんに、ひたすら回復魔法を使わせてMPを消費させないとダメかもしれない。
「会長、攻撃にシフトお願いします!」
「わかりましたわ!」
会長が好んで使うのは氷魔法。
氷タイプの攻撃魔法がヒットすると、確率で異常状態【スロウ】が付加される。
スロウは対象の攻撃速度や詠唱速度が減少し、相手の行動を遅くしてくれるので、結果、こちらの手数が相手よりも増える事になる。
「貫け【アイスニードル】!」
リンは【アイスニードル】を唱えた→ツルギは200のダメージ
追加効果→ツルギはスロウ状態になった
すかさずカーマさんが回復魔法を詠唱し始め、会長も次の攻撃魔法を詠唱する。
私は、弓で遠距離から攻撃するか、大鎌で近接攻撃をするか、頭の中で少し考える。ツルギさんは防御特化で、ネカマさんは回復特化。攻撃面が薄いはずだから、わざわざ距離を取って戦う必要はない!
「前、出ます!」
「わかりましたわ」
武器を大鎌へ可変させ【縮地】を使い、ツルギさんに向かって突進しスキルを発動する。
マリの【真空波】が発動→ツルギに80のダメージ
カーマは【ヒーリング】を唱えた→ツルギのHPが280回復
リンは【スノードロップ】を唱えた→ツルギに300のダメージ
3人の行動で、めまぐるしく戦闘ログが流れる。ツルギさんは、ひたすら盾を使い攻撃を耐え忍んでいるが、時々ミラージュシールドでダメージを反撃してくる。
「このままじゃ、じり貧か。カーマ、僕も少し攻撃に出るぞ」
そう言うと、ツルギさんは剣を構える。
「会長、風耐性を上昇させる魔法ください」
「わかりましたわ。【風の陣】」
私の弓や大鎌、セーラさんの槍を見るに、デスサイズ・マンティスの素材から作った武器は例外なく風タイプのスキルだ。
だからおそらくツルギさんの武器も――
「切り裂け!【真空剣】!」
十字に剣を振り、予想通りに風タイプの攻撃が飛んでくる。
ツルギは【真空剣】を発動→マリに50のダメージ
よし、計算通り!強力な威力であるはずの専用スキルのダメージを、上手い事軽減した。
でも、そこで少し油断が生じたんだと思う。その隙をつかれ、更にスキルを繰り出してくる。
ターゲットは会長だ。
私は、とっさに会長の前に割り込んで攻撃を受ける。
ツルギは【ナイツ・オブ・ハート】を発動→マリに1492のダメージ
うそっ、なんで…!
とてつもない大ダメージを受けて一瞬で沈んだ私は、何が起きたのかわからず混乱する。
「やったか。PKした奴から奪ったレア盾のスキル【ナイツ・オブ・ハート】。蓄積されたダメージに比例して威力が増す強力な技さ。アカウントブレイクを使う余裕はなかったが、まぁいいか、もう1人を破壊してからじっくりやるさ」
やられた……。
剣は囮で本命は盾から繰り出されるスキルだったんだ……。専用スキルは剣だけだと、たかをくくって盾から繰り出されるスキルを読みきれなかった…私の負けだ。
会長は戦闘不能になった私を、急いで蘇生しようとする。
「黄泉がえれ【リザレクショ――」
「させるかよぉ!!」
ツルギさんの攻撃により、会長の詠唱は中断されてしまった。
「そんなっ…」
ツルギの攻撃→リンに86のダメージ
リンは【スノードロップ】を唱えた
ツルギの攻撃→リンに82のダメージ
リンの詠唱は中断された。
会長は魔法詠唱中に攻撃を受けて、まともに行動が出来ていない。
私が倒れちゃいけなかったんだ。会長を守るために立っていないとダメだったんだ。
「こんなもんか。マリ嬢ちゃんは後で壊してやるよ。その前に目障りな新顔を終わりにしてやる」
ツルギさんは手をクロスして、アカウントブレイクのモーションに入る。
ダメ…ダメだよ。
このままじゃ会長がやられちゃう!
やめてよ…
これ以上…私の大切な物を奪わないで……




