翔べ!
仮面の下から出て来た素顔に、私は動揺を隠せずにガクガクと震える。
初めて会ったとき、優しそうに微笑んでいた笑顔はもうない。
村を作ろうと誘ってくれた時の、頼り甲斐のある背中もない。
デスサイズ・マンティス討伐軍を結成した勇姿もない。
そこにあるのは、私をPKする事だけに集中した悪魔の顔だった。
「なんで……ですか。なんでこんなこと!」
あのツルギさんが何故、NWで楽しく遊ぶプレイヤーをPKして回っているのか。私は、震える声を絞り出して問いかけた。
「守るためだ。全てを」
「守る…?」
「ああ、そうだ。マリ嬢ちゃんも会見は見ただろう?終焉だの新世界だの。あんなくだらない妄想のために、俺達は実験台にされた。モルモットにされたんだよ」
「で、でも…それとPKに何の関係が……」
「言っただろ?守るためだよ」
ツルギさんはフードをめくり、少し長めの前髪を搔き上げながら、語り始めた。
「NW社の会見の後、怒りに震えた俺は強く願ったよ。みんなを守る力がほしい。NW社に騙された…この世界に騙された人達を救える力がほしいってな。そしたら神は応えてくれたんだ。みんなをこの世界から救出する力を僕に授けてくれた。特殊スキル【アカウント・ブレイク】は、僕の守りたいという想いに応えて発現したスキルなんだよ」
【アカウント・ブレイク】……それがプレイヤーを強制排除する執行者の正体……なの?
「マリ嬢ちゃんの相棒も言っていたじゃないか。君を守るという想いが形になって現れたと…僕も同じなんだよ。アイツだけが特別じゃない!」
違う……同じなんかじゃない。ツルギさんは、沙耶とは違う感情でスキルを発現させてしまったんだ。
「あの会見の後もNWを楽しくプレイしている奴等は異常だよ。だから、僕はこの力で救いを与えたんだ」
最初にキルされた人は恐らく、この村の住人なのだろう。誰がキルされたのかは…わからない。けど、さっき見たもう1つの十字傷は……
「ツルギさん、1つ、聞いてもいいですか」
「なんだ?僕の考えに賛同してくれたのなら、いつでも……」
「セーラさんを、PKしたんですか?」
私は、ツルギさんの言葉を遮り、ずっと気になっていた質問をぶつける。今、ツルギさんが装備している槍はセーラさんの武器だ。
トリデンテを装備している執行者を見た時に考えた可能性は3つ。
1つ目はデスサイズ・マンティスを倒したPTが他にもいる可能性。
2つ目は執行者の正体がセーラさんである可能性。
3つ目は執行者が、PKしたセーラさんの武器を奪った可能性。
まずは1つ目。
デスサイズ・マンティスを倒したPTがいる可能性は低い。かなりのレアモンスターらしく、あの一匹を倒して以降、掲示板やSNSでも目撃情報がまったくないからだ。
二つ目はセーラさんが執行者である可能性。
わざわざ仮面をつけて正体を隠す人が、所持者を特定されやすいレア武器を、そのまま使うわけがない。何よりも私はセーラさんを信じたかった。
であれば、執行者はセーラさんをPKして武器を奪った可能性が高い。そこで私は執行者の正体を確かめるために仮面を破壊する事に決めた。
「ああ、これかい?セーラをPKするのも苦労したよ。アイツはアカウントブレイクに関する噂を耳に入れて、常に周囲を警戒してたからな」
「どこにいるの!?蘇生をすれば、まだ間に合うかもしれない……教えて!!」
HPゲージが0になってから、蘇生までの猶予は1時間。まだ間に合う可能性だって……
「ああ、やけに急いで決着をつけようとしてたのは、それが目的か。寝惚けてんのか?それとも現実逃避か?アイツの武器が僕の手元にある。つまり、もうアイツはNWにいないんだよ!」
そんな……嘘だ……嘘だよ。だって、私はまだセーラさんにお別れの挨拶も言ってない。まだまだ一緒に冒険もしたい。昨日みたいに他愛もない話で盛り上がりたい。
なのに、もういないなんて……。
「許さない……セーラさんは、この世界で生きてたんだ。その想いを、笑顔を、私の大切な仲間を……あなたは自分の勝手な理想で奪ったんだ」
私は怒りの感情を爆発させて武器を構える。
「鬱陶しいよ、お前らのそういう勇者気取りの態度がさ!ぶち壊してやる!来いよ!」
残りHPはツルギさんが10%、私が30%……。
私が先手を取れば、勝てる!
【乱れ射ち】を構えた私はツルギさん目掛けて発動するが、ツルギさんの攻撃モーションが、さっきより速い。
「全てを破壊しろ!【アカウント・ブレイク】!」
ツルギさんは両手をクロスして赤く光る手刀を放ち、光の速さで私に襲いかかる。HPを残り3%まで削られて、その衝撃で大きく吹き飛ばされる
「うぐっ……」
ギリギリで耐え抜いた私は、なんとか立ち上がる。
「チッ、トドメの一撃に使うつもりだったが、急ぎすぎて削り切れなかったか」
どうやら、フィニッシュスキルとして使わないと強制排除の効果は発動しないらしく、ギリギリで耐え抜いたみたいだ。
「なんなの、そのスキル……普通じゃない」
「さぁな。本当に魂がNWに取り込まれつつあるのかもしれないな。おい、マリ嬢ちゃん。さっさと負けたほうが楽になるぞ」
負けるもんですか
あなたを止めるまで、倒れたりなんかしない
諦めたりしない
だから、あの優しかったツルギさんに戻ってよ!
私は力を振り絞って戦闘体勢を取り、弓を構えてツルギさんを見据える。
「へぇ、そんな顔も出来るのか。あの女の影で、いつもオドオドしてるだけのおまえが」
確かに私の傍には、いつだって沙耶がいた。
守ってくれる沙耶に甘えてた。
けど……
「いつまでも、守られてばかりの私じゃ…いられないから」
沙耶の後ろではなく、隣に立つ私でいたい!
【乱れ撃ち】!!
先ほど撃ち損ねた乱れ撃ちを、今度は先手を取って発動し、空から降り注ぐ矢がツルギさん目掛けて急降下する。
今度こそ、これで終わり……。
しかし、先ほどは避け切れなかった矢の雨を、ツルギさんはギリギリのタイミングで尽く回避していく。
避けた!?しかも、全部……
そうか…さっきは仮面を守ることに意識があり、こちらの第二波にも意識を割いてたから……。
回避し終わると、すぐさま【アカウント・ブレイク】が飛んでくる。ただの回避行動では絶対に避けきれない攻撃速度だったが、私は【縮地】を使い回避して、そのままツルギさんの横に回り込み【サイレントアロー・零式】を叩き込む。
そのサイレントアロー・零式も先程一度経験しているためか、回避行動であっさりかわされてしまった。ツルギさんも私も、一度目に焼き付けたスキルを、どう回避するか見極めお互いの攻撃は当たらずに均衡状態が続く。
「強いな……正直、驚いたよ。マリ嬢ちゃんに、こんなポテンシャルがあると思ってなかったぜ。おまえをPKするために近付いた時、完全にカモだと思って仕掛けたんだがな……誤算だよ」
「私が強いんじゃない……あなたが弱いんだ」
「くく…ハハハ……まさか、おまえみたいな奴に煽られるなんて思っても見なかったぞ……このクソガキが!次で終わらせてやる」
ツルギさんは、リキャストタイムが半分になるスキル【野生解放】を使い、【アカウント・ブレイク】の体勢に入って対峙する。
【アカウント・ブレイク】が連打可能になると、マズイ事になる。【縮地】のリキャストタイムは、10秒。そのリキャストタイムが間に合わなければ……私は【アカウント・ブレイク】を避けきれない。
「終わりだ!【アカウント・ブレイク】」
きた!
「【縮地】!」
私は先程と同じように縮地を使いアカウントブレイクを回避した。地面には赤く光る十字傷が刻まれ、その威力を物語っている。
こちらが攻撃モーションに入る前に、ツルギさんは再び手をクロスしてアカウントブレイク連発の体勢に入った。
あの回避の難しい高火力スキルを、たった5秒前後のリキャストタイムで連打って、ほとんどチートだよ!
「これで終わりだ!沈めぇぇぇぇ!!!」
【アカウント・ブレイク】が猛スピードで飛んできて、大きな衝撃音と共に土煙を巻きあげた。
「ふぅ、やったか?」
しかし、土煙から出てきたのは戦闘不能の私ではなく……石の壁。
デスサイズ・マンティス戦で実行した緊急防御だ。昨日の狩りで採取した石材を、まだ所持したままだったので素材にして壁を作り上げていく。
「あぁ、そうだったな……おまえはそういった小細工が得意なやつだったな!だが、おまえに勝機はないんだよ!」
ツルギさんは再び【アカウント・ブレイク】を連打し、私が作り上げる壁をひたすら破壊していく。
セーラさんと一緒に拾った……この素材が今の私の命綱。素材を全て使い、壁で死角を作り上げて最後の賭けに出る。ひたすら、攻撃を続けていたツルギさんが最後の一枚を破壊するが、そこに私の姿はない。
「ステルスか!?どこいった!」
一度見られたスキルは全部避けられてしまう……だから!
「翔べ!【エアリアルアロー】!」
私はスキルの効果で空高く舞い上がり、上空からツルギさん目掛けて風に包まれた矢を射ぬく。
「上空!?クソっ!風迅弓の専用スキルか!!」
初見のスキルに対してツルギさんは反応が遅れ、回避行動が間に合わずに私の放ったエアリアルアローが直撃する。
ツルギHP0%
マリHP3%
はぁ…はぁ…勝った。
執行者に…ツルギさんに勝ったんだ。
◇
勝利した私はツルギさんの元までゆっくり歩いていく。
「もうアカウントの破壊なんてやめてください。楽しく遊んでる他プレイヤーを巻き込まないでください」
「うるせぇ……僕は、僕の力を使ってるだけだ。僕の救いは間違いじゃない」
NW社は、こんなスキルの存在に気付いているのだろうか?
ただの一般人が、他者のログインを制限してしまう力なんて、いくらなんでもNWが用意したスキルだとは思えない。
とにかく執行者の正体はわかった。私はメニュー画面を開き、ヘルプからNW社へ問い合わせページを選択して違反者の報告を送信する。
これでツルギさんの処分はNWに託されるはず……。そう思い、戦闘不能状態のツルギさんに視線を戻すと……ツルギさんのPCを光が包み込んでいる。
え、これは蘇生魔法!!
一体誰がっ!?
ツルギさんは起き上がった瞬間、既に【アカウント・ブレイク】のモーションに入っていた。
ダメだ、回避出来ない!
蘇生直後にツルギさんが放った【アカウント・ブレイク】は、そのまま私を直撃し、残り少なかった私のHPを削りきる。
私は、そのまま戦闘不能になり前のめりに倒れ込んでしまった。
「まさか、おまえが助けに来る事は想像してなかったな」
ツルギさんが蘇生魔法を使った相手に感謝の言葉を投げかける。ゆっくりと近付いてきた人影は、ツルギさんの横で止まり、回復魔法でツルギさんを回復していく。
「助かったよ。カーマ」




