表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
117/117

マリ視点

「大丈夫」


 緑川さんを追撃する提案をした事に驚愕する双海さんに対して私はそう言った。もちろん普段はそんな無茶をしない。だがここで追わずにイーターに合流させ、このまま放っておけば緑川さんは人類の情報をイーターに提供するスパイという事になってしまう。そして裏切り者として緑川さんが人類を敵に回し、狙われる立場になる。そうなる前に私達が捕縛し、NW社に……可能であればイヴさんに引き渡したいのだ。



「大丈夫って……どうするの?」

「緑川さんの逃走ルートは見当がついてるの」

「え、えー! なんで!?」

 双海さんはオーバーリアクションで驚く。どうやらすっかりいつもの調子の双海さんに戻ったみたいだ。


「鍵を握ってるのはテールちゃんだよ」

「テールって……あの猫?」

「うん、ステルスキャットのテールちゃん」




 ◇




 ー 数日前 ー


 ステルスキャットのテールちゃんは、元々この樹海の生まれだ。それが何故だが遠く離れたサイバーフィッシュに出没し、倉庫の食料を盗んでいた。


 何故樹海を抜け出してきたか気になった私はモンスターとある程度意思疎通が出来るヒビキに理由を聞いてもらったところ、最近樹海に現れた何者かによってモンスター達の住処が荒らされてしまい、そのモンスター達はまるで実験でもされるかのように操られては闘わされ死んでいった。そしてテールちゃん自身も狙われ始める。執拗に自身を狙ってくるその敵から逃げ延び、生きるために樹海を出るしかなかったのだ。



 モンスターの住処を荒らす者……。

 最初はNW最強モンスターと言われている死神が暴れているのかと思ったが、死神は最近現れたわけじゃない。暴れただけで生態系を崩すようならばもっと早くにこうなっているはずだ。


 そして死神といえば双海さんが討伐軍に参加を表明している。嫌な予感がする。たださえ討伐が厳しい死神に加えてイレギュラーな事が起きてしまったら?


 胸騒ぎがした私は、合宿所に出向いて自分も死神討伐に参加したいとクイーンに申し出をする。しかし答えは『NO』だった。


 何故、と私は食い下がる。

 考えてみればこの死神討伐遠征には色々と気になる部分が多すぎる。参加できるNos.の人数を制限したり、いったい何を考えているんだか。


 参加させてもらえないのならば仕方ない。自分達で自主的に樹海へ行けばいいだけだ。もちろんよっぽどの事がない限り手出しはしない。双海さんやシウスさんが自分達で死神を倒すと決めたんだし、私達がちょっかいを出したらケチがついてしまう。

 そして私はトリデンテのみんなに事情を説明して、クイーン達の討伐軍と同日に樹海を調べる事にした。


 道中に出てくるモンスターは基本的にどれも強く、平原などに出てくるモンスターとは比べ物にならない。しかしNos.を多数抱えるなど、戦闘慣れしているトリデンテの面子なら危なげなく倒す事ができる。


 私のアナライズで分析しつつ進むと、ひとつの情報不明の足跡が存在した。アナライズはモンスターやPCの様々な情報を得たり、残した痕跡を分析が可能なスキル。そのアナライズの能力が及ばない対象……まさか!


 イーターがいるかもしれない。私はみんなにその事を伝え急いで足跡を辿る。そして足跡を辿って見つけ出したのがNos.48【デス・フィールド】を持つイーターだった。


 私達は身を隠しながら様子を伺いイヴさんに連絡し、イヴさんとエンゼルケアさんが到着すると、協力し、完全に不意をつく事によってNos.48のイーターを捕縛する事に成功した。


 イーターをエルゼルケアさんのNos.【ディープ・シー・ゲージ】で拘束するとイヴさんはドロドロとしたあるアイテムを取り出す。私は「なんですか、それ……スライム?」と聞くと、イヴさんは「使ってみればわかるわ」と妖艶に笑った。


 イヴさんがそのアイテムを使うと、そのアイテムはスライム状の状態のままヘルメットのようにイーターに取り付き、振動する。


 そして振動が終わるとイヴさんは有無を言わさずイーターの頭を魔法で撃ち抜いて絶命させた。この一コマだけを見ると、どちらが悪役なんだかわからない。それを見ていた私達は捕らえずに殺しても良かったのか? と、問いかけるが、その答えがスライムにあるという。


 そのアイテムはイーターの記憶をコピーするという代物。解析不能なイーターからスライムが記憶をコピーする事によって、イーターの複製とも呼べるスライムが完成する。そのスライムを解析すればイーターの記憶を覗けるというわけだ。


 イーターはイレギュラーな存在。例え捕らえたとしても、ペラペラと情報を漏らすか定かではない。それに運営が予想もしない方法で脱獄される可能性もあり、逃がした際のリスクを考えると命を即絶つ必要がある。


 様々な可能性を考慮した結果生み出されたのがこのコピースライムらしい。イーターを絶命させると、イブさんは何やら壺のような物を取り出し、その壺に何かが吸い込まれていった。


「あ、今のって……」

「そう、イーターが憑依したPCの本来の持ち主の魂よ」


 イーターに憑依されたり、イータに捕食されたPCはイーターの一部となって吸収されるが、そのイーターを倒すと魂が解放される事が確認されている。以前イーターを倒した時はその事を知らずにツルギさんや村人Cさんの魂を逃がしてしまった。その反省を踏まえてイヴさんは魂を見失う前に収容する壺も開発していたのだ。


 イブさんはコピースライムを完成させると、すぐに解析を開始する。そのイーターは【デス・フィールド】で死神討伐PTを妨害するのが役目らしく、このイーター自身も戦闘能力は人面虫に比べると遥かに劣るらしい。


 解析を進めていくうちにイーターに人間の協力者がいる事が判明する。どうやらイーターは、その協力者のサポートをする形でこの場で【デス・フィールド】を発動させていたようだ。協力者はNos.の力で死神を操り、対象を戦闘不能に追い込む事が役目。そして戦闘不能にした所をイーターが捕食するという算段らしい。


 その人物がイーターに協力している理由はNWの破壊。とある事情からNWという世界に憎しみを抱いた彼女は利害が一致しているイーターと手を組んだ。


 彼女にはNos.以外にも消したい相手がいる。その対象はアクアニ。リアルネームは双海瞳子。そして双海さんを狙っているイーターの協力者の仲間はレイ。リアルネームは…………緑川麗奈。


 その名前を聞いた瞬間、戦慄が走る。

 そして即座に思考を巡らせる。


 私達の戦力。

 樹海の地形。

 ここから死神までの距離。

 双海さんの能力。

 そして控えているもう一匹のイーター。


 様々な情報を頭の中で整理して最善の策を構築していく。まず双海さん達を助けにいくのは私、沙耶、会長、ハナビちゃん。


 テールちゃん、ハヅキさん、ヒビキ、ヴォイスは控えているオオカミ型のイーターの対策に動いてもらう。


 まずテールちゃんの特性であるステルス能力を使ってオオカミ型のイーター、通称ウルフに忍び寄って、そのままじっと張り付いてもらう。これは発振器的な役割だ。


 私達は死神との戦いに介入し、上手く緑川さんを追い詰めて逃走させ、緑川さんを追い、死神討伐PTにはそのまま死神との戦闘を続行してもらう。そうすれば死神討伐に横やりを入れた事にもならず、ケチがつかないはずだ。例え緑川さんが逃走せずにその場で捕らえる事になっても、残されたウルフは戦闘能力が高くない斥候のような役割を持ったイーターなので、一人で撤退をするはず。どちらに転んでも大丈夫だ。


 ヒビキ達にはテールちゃんの位置から敵の逃走ルートを予想してもらい、逃走ルートに粘着トラップのダンボーさんを設置してもらう。以前人面虫を倒す時に使ったトラップの余り物だ。いくら足の速いイーター相手だろうと、障害物や高低差の多い地上よりも上空で自由に動けるヒビキのほうが圧倒的に速いはず。十分先回りが可能なはずだ。



 これが私の考えた作戦だ。




 ◇




「それで、私達は緑川さんを追いかけるけど…………どうする?」

 説明を終えた私は双海さんにどうするか問う。緑川さんを捕縛する算段はついている。上手くいくと確信している。だから私達についてくると双海さんは緑川さんが捕縛され、NW社に連行される姿を見なくてはならない。かつて想いを寄せていた相手のそんな姿を見せたくないというのが私の本音だ。



「私は…………」

 私の意図がわかっていたのか、そうじゃないのかは不明だが、双海さんは少し迷った後に答えを出した。







 ◇



 追撃を開始してから数分後、緑川さんに取り付いたテールちゃんの位置情報を元に逃走ルートはおおよそ見当がついたと連絡が入る。ヒビキとハヅキさんには先回りをしてトラップを設置してもらい、私は大きな渓流を挟んだ対岸を確認出来る見晴らしのいい木の上へと登る。


そこであらかじめテールちゃんに渡しておいたカラーライトの灯りを確認し、Nos.38【変幻自在のマリアージュ】を使って想弓シルフィードを形成した。その灯りを目印に大体の場所を狙って射るだけでいい。


 シルフィードは超長距離射撃が可能になる怪物射程特性を持っている弓だが、2kmも3kmも離れてる相手に命中させる程の腕が私にあるのかと言われたら自信がない。しかし威嚇にはなる。超長距離射撃の存在を認識させれば相手は狙撃される恐怖から身を隠す行動を取る可能性が高い。


 この超長距離射撃を上手く利用して目的の場所に誘い込めれば無駄な戦闘もせず、危険を侵さずして勝てるはずだ。



「これで……チェックメイト!」

 そして私はわざと目立つように派手なエフェクトを発生させるスキルを選び、弓を引いて矢を射った。











「瞳子は? いるんでしょう?」

 私達に捕縛された双海さんが私に言った。緑川さんにとって双海さんは因縁の相手。自分を追撃するならば当然双海さんもついて来ていると確信しているような口ぶりだ。


「いないよ……来てない」

 予想だにしない私の言葉に緑川さんは「え?」と驚きの表情を見せる。


「ふ……ふふ……そう、殺したい程、こんなにも拘って……それなのに相手にもされてないってわけ? バカみたい……クソッ!!!」

 それを聞いて激昂した緑川さんに対して、ナイフを持ったハヅキさんの手に力にぐっと力が入る。


「双海さんは死神討伐を目標にやって来たの。ずっと頑張ってきた。それを途中で投げ出して、悲劇のヒロインを気取ってやりたい放題やっているあなたを追い掛けて来るような人じゃないよ」

 その言葉に緑川さんはカッとなって私を睨む。今にも暴れだしそうな勢いだ。


「お、おい。あんまり煽るなよ、マリっち」

 緑川さんを拘束しているハヅキさんを心配してかヒビキが私をなだめる。緑川さんが怒っているように、私も怒っている。双海さんは緑川さんと岡崎くんの幸せを願った。それが例えどんな結末を迎えようと、双海さんに怒りの矛先を向けられるのは我慢ならなかった。双海さんがどんな想いで二人を見送ったか知っているから、絶対に許せなかった。悲しかった。


 緑川さんもイーターと手を組むほどの精神状態だ。こんな言葉でわかってくれるなんて思わない。しばらく頭を冷やしても考えは変わらないのかもしれない。野放しにしたらまた同じ事を繰り返すだろう。だからもう、イヴさんに引き渡して後は任せるしかなかった。



「Nos.44【絶対遵守のマリオネット】のレナ……イーターとの共謀の罪で拘束させてもらうわよ」

 ワープ無効のせいでどこにでも自由に瞬間移動が可能という権利者の特権を封じられていたイヴさんが少し送れて到着し、捕縛したウルフをNos.48と同じように処理する。そしてエンゼルケアさんが緑川さんをディープシーゲージで幽閉した。


「罪? 法のないこの世界でそんなもの……」

「そうね、確かにそうだわ。アナタの言う通り。であれば激情に任せて行動したアナタと同じように、私もアナタが許せないという身勝手な理由で拘束させてもらおうかしら」

 冷徹な瞳で緑川さんを見下しそう言い放つイヴさん。先程の躊躇なくイーターの頭を打ち抜く姿といい、イヴさんは本当に悪役が板についてるなぁと思う私だった。


 その後、緑川さんをイヴさんに引き渡した私達はイーターのアジトと呼ばれている場所を視察してみたが、もぬけの殻だった。その規模からして大勢が暮らすようなアジトではなく、緑川さん達が今回の作戦を行なうために作られた急造のアジトだろう。そしてアジトを後にした私達は死神討伐PTのいる場所まで戻る事にした。



 ◇



 緑川さん追撃戦に同行しなかった沙耶ら残りのトリデンテのメンバーが片隅で見守る中、討伐軍18人の死闘はいよいよ最終局面に入ろうとしていた。


 残りHP5%。シウスさん、レールさん、ミランダさんの三枚盾が上手い事機能してダメージを分散させ、トリルさんらヒーラーは一切の遅延なく、盾のHPを回復していく。魔法アタッカーや物理アタッカーは、死神の猛攻に回避が間に合わずに落ちる事もあるが残った数人をサポーターであるマルタさんがカバーしてなんとか保っている。そして何よりも目を見張るのが魔法アタッカーのミサンガさんだ。


「あの人、すっご……」

 私と同じように沙耶もミサンガさんの爆発的な火力に目を奪われている。ヘイト無視で怒涛の最大火力を叩き込める【ステルスマジック】

 しかしそれだけだとMPがすぐに底を尽きてガス欠になってしまう。だが、同じPTのサポーターであるミルナーさんがNos.19【魔力の泉】を発動する事で対象は驚異的な速度でMPを永続的に回復できる。この二人のNos.の合わせ技により、完全無欠の絶対攻撃が完成する。


「わたくしもほしいですわ……あの能力!」

 会長のファストアリアはヘイトコントロールに関しては融通が効かないので、団体戦におけるヘイトコントロールは永遠の課題、目の前で最大火力を連発で叩き込める魔法アタッカーを見たら羨ましがるのも無理はない。


 双海さんとユキちゃんも刀を使って死神のHPを削りとっている。最初は移住を渋っていたユキちゃんがNWに移住後どうなるか不安だったが、クイーンという師匠の元で刀の扱いを学び、戦闘能力も飛躍的に上昇して自衛能力は問題ないだろう。双海さんとも上手く連携を取っていて団体戦のほうも子慣れた様子。プライベートではメイちゃんという親友もいるし、私が心配するまでもないようだ。



 そして残りHPが2%から1%に切り替わる瞬間、死神の身体に変化が現れる。全身の刃の体毛が復活して死神の必殺技【デスライサー】が発動した。


「ちょ……うわぁぁ!」

 悲鳴をあげたシウスちゃんを始め、勝てると確信して油断をしている状態で完全に不意を突かれた形での大技に回避が遅れ混乱している人が多数いる。どうやら序盤のデスライサーよりも威力も倍増しているらしく下手をしたら壊滅して終わりだ。その中でとんでもない動きをしている人物が一人いる。


「なに、あれ……」

 迫りくる刃の装甲を蛇流棍を振り回して叩き落とす双海さんを沙耶が指さしながら私に聞く。こちらは蛇流棍という特殊な武器と双海さんという変人の合わせ技……とは言うもののバカにできない程の撃墜率だ。


 最後のデスライサーを掻い潜ったのはクイーン、双海さん、ユキちゃんの三人。盾役もヒーラーも落ちてしまったので、耐えるという選択肢はもうない。その状況を見てクイーンはすぐに囮役になり、双海さんとユキちゃんに向かって「どっちでもいいから早くトドメを!」と叫ぶ。


 それを聞いた二人は顔を見合わせ「私が!!」と競い合うように死神に斬りかかった。そして見事ラストアタックを勝ち取ったのは……。



「やったーーーー!! 死神、討ち取ったり~~」


 倒れた死神の上で高らかにそう宣言し、蛇流混を振り回す双海さんだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ