狙撃
ミドリ視点
トリデンテの介入により戦況が不利になった私は一時退却をする。幸い死神はまだ私のマリオネットの効果により彼女らを足止めしてくれているはずだ。死神はこのNWでは現状最強と言われているモンスター。これ以上ないレベルの壁になってくれる。
マリオネットの糸を樹の枝に絡ませながら上手く伝っていき、急いで戦場を後にする。瞳子達が死神討伐を計画していた事は事前に知っていた。
◇
あれはNWに移住してから三日目のことだった。
岡崎くんを失った悲しみで途方に暮れていた私は一人で彷徨っていた。自分がどこを歩いているのかもわからない程に放心状態だった。周りで楽しそうにしている人々が耳障りで憎かった。
いっそここにいる人々をPKしてしまおうか。まるでテロリストの思考だ、と心の中で笑った。もちろんそんな事をしても多勢に無勢で返り討ちにあって終わりだ。
そんなしょうもない事を考えながら歩いていたとき、聞き覚えのある声が耳に入ってきた。十年以上も聞き続けた声だ。聞き間違える事はない。私は横目でその姿を確認すると、すぐさま人混みに紛れて姿を隠す。
(間違いない……瞳子だ)
おそらく一瞬私の姿を見たのだろう。
いつも忙しなく動き回っている瞳子にしては珍しく直立不動で私のいた方角を見ていたが、後方にいた黒髪の女の子に声をかけられて正気を取り戻したようだ。
(誰だろう……あれが神崎茉莉?)
修学旅行で私と岡崎くんが付き合って以来、瞳子は固定PTを抜けて神崎茉莉や姫宮沙耶のいる村に居座っていると聞いた。こっちの世界で直接会った事がないのでNWでの姿を知らない。修学旅行で一緒に行動したとはいえ、私はあまり積極的に交友を持とうとしなかった。
以前の神崎茉莉は、今と比べ物にならないくらい目立たない存在だった。他人とはロクに喋らずに教室の隅っこにいるような子。
それまで私は神崎茉莉という存在を自分よりも下に見ていた。私よりも口下手で成績も真ん中で目立たず、いつも一人。私の隣には瞳子がいた。だから一人になることなんてなかった。私も口下手で暗い性格だが、そんな自分よりも下がいる……そんな事で少し安心感を得ていたのかもしれない。
そんな神崎茉莉がある日を境に注目を浴びる事になる。学園の姫と呼ばれる校内で一番の人気者である姫宮沙耶が神崎茉莉に頻繁に会いに来るようになったのだ。それまでは自分の周りに集まる同級生に対して平等に接していた姫宮沙耶。
誰にでも分け隔てなく接し、特定の個人と親密になるような事がなく、その人間関係は定規で線を引いたかのように横一列だった。その姫宮沙耶が一人の生徒に対して固執している姿は周りの同級生達を驚かせた。
それからというもの、神崎茉莉の噂をする人が増え、目立たない一人ぼっちの神崎茉莉のイメージは完全に消え去った。結果、クラスで一番目立たない存在になったのは私だった。
正直妬ましかった。
姫宮沙耶は女の私から見ても物凄く美人で成績優秀、スタイルも性格も完璧な憧れの対象。こんな女性になれたらどんなに明るい人生が送れるのだろう、なんて常々思っていた。
そんな事もあり、私は神崎茉莉に対して勝手にライバル意識を持っていたのかもしれない。
◇
瞳子と一緒にいる人物が誰なのか気になり、私は瞳子の後をつけてみる事にした。
どうやら一緒にいるのは神崎茉莉ではなく、その妹らしい。そして尾行をして驚いたのは瞳子がクイーンと交流を持っていた事。以前、私達と固定PTを組んでいた時に瞳子はクイーンを崇拝していてよく話題に出していた。そのクイーンと随分と仲良くやっているようだ。
私はこの世界に来て最愛の人を失ったのに、瞳子はこの世界を満喫している。そう感じて私は更に気分が落ち込んでいった。そもそも瞳子がNWに移住するなんて言わなければ岡崎くんも後を追うような真似しなかったのではないか。最初はノリ気じゃなかったのに、ある日突然NW移住をしたいなんて言い出したのは瞳子を諦めきれなかったから? 私じゃ岡崎くんを満たしてあげられなかった?
考えれば考える程、ネガティブな思考になってしまう。そんなんじゃダメだって頭ではわかっているが、今のメンタルでは他人に責任を擦り付けて少しでも楽になる事を選んでしまう。
『瞳子さえいなければこんな事にはならなかった』
そんな思いが次第に大きくなっていった。
私がNos.に目覚めたのはそれから数日後だった。何もかも上手くいかない、私の思い通りにならない。そんな焦燥感に駆られて発現したのが【絶対遵守のマリオネット】 このNos.を使えば誰でも私の操り人形に早変わりだ。
そしてNos.に目覚めた私に接触してきたのがイーター。存在自体は知っていたが、こうして目にするのは初めてだった。どうやら先日倒されたイーターとは別に、いくつものイーターがNW内に入り込んでいるらしい。
イーターに実体はなく、生物の体に憑依する事でその体を乗っ取る。しかしNWで同じように憑依するとデータの処理に不具合が発生し、通常ではありえないステータス数値のキャラが生まれてしまう。バグやチートのような物だ。
神崎茉莉達が倒したイーターはコオロギ型のモンスターに憑依し、そこから人面虫へと変貌したそうだ。そして今私の目の前にいるのは人型の……ゴブリンとでも呼ぶべきだろうか。人型という事は、おそらくPCかNCに憑依したのだろう。
私に接触してきた理由はもちろんNos.だ。イーターの目的はNWを消滅させる事。急速に進化した人類は活動の場を宇宙にまで広げつつあり、このままでは人類はイーターのテリトリーに侵入し、脅威となる。
と、まぁイーターに色々聞いたのだが、この辺りの情報は既にNW社にも知れ渡っており、隠す気はないらしい。
数いるNos.の中で何故私の元へ来たのか聞いたところ、私からは憎悪、羨望、嫉妬、そして殺意。人類を敵に回すことも辞さない様々な感情が溢れているからと言っていた。
そして私は『私達に協力してこの世界をぶち壊せば元の世界に帰れるかもしれない』というイーターの誘いに乗った。
かもしれない?
そんな曖昧な可能性でもなんでも縋りたかった。今の私にはこんな世界、無価値なのだから。この世界を破壊して、例え元の世界に戻れなくても、この世界で虚無を感じ続けているよりずっといい。
そんな自暴自棄で破滅的な感情に支配された私は、イーターに脅されたわけでもなしに協力関係を結んだ。
協力関係を結んだ私はさっそくNos.であるクイーンが樹海遠征で死神を倒そうとしている情報をイーターに提供した。
クイーンは日本でもトップレベルのNos.だ。イーターとしてもクイーンを早めに潰したいはず。私の最大の目的は瞳子だが、クイーンのついでに瞳子を屠れば問題ないだろう。
そして私はイーター協力の下、NWで最強と言われているモンスターの死神をマリオネットの効果で操り人形にする事に成功し、瞳子達が樹海に死神討伐をしに来る日を待った。
死神の他にも使えそうなモンスターを樹海で探してみたが、目ぼしいモンスターはいなかった。どのモンスターも平均より高いステータスを持っているのだが、死神と比べるとパッとしない。
唯一使い道がありそうなモンスターと言えばステルスキャット。その名の通りステルス性に優れたモンスターで、密偵として使おうとしたが、その特性故に捕縛する事に失敗してしまった。しつこく何度かマリオネット化しようと試みたが、結局捕まえきれずにやがて姿を消してしまった。
居ないなら居ないでいい。
足りない分の戦力は死神討伐メンバーから頂けばいいのだから。
相手の戦力を削ぎつつ味方の戦力を増やす事が出来るのが私のNos.最大の長所だ。欲しいものは奪う……実にシンプルであり最強。
もう奪われる側になるのは御免だ。
全てを奪い……壊してやる!!
◇
そんなこんなで今に至る。
私は巨大樹を伝って死神討伐PTからどんどん距離を広げていく。振り返っても彼女達の気配はない……だいぶ距離を取れたはずだ。
今回の作戦で私に同行したイーターは2匹。一人は【デス・フィールド】を使うNos.48の発現者に憑依している。このNos.48の発現者も私と同じようにイーターから取り引きを持ちかけられたが、その誘いを断り体に憑依された。
相手がイーターなのだから、断ればそうなる事くらいわかっていたでしょうに、バカなやつだなと思った。
そしてもう一人は樹海の奥にて待機させてある。オオカミ型のモンスターに憑依したイーターで、その体は人が乗れる程の大きな体へと変貌している。丁度そのオオカミ型のイーターが見えてきた。
「ウルフ、アジトまで後退する。背中に乗せて」
私が到着するまで犬のように丸くなって寝ていたウルフと呼ばれたイーターは、私の声でゆっくりと起き上がる。
「なんだ、ここで待機してろと言って出て行った癖に今度は逃げろとは」
「状況が不利になった」
私はトリデンテ介入やNos.48が捕縛された事を簡潔に説明する。
「私をつれていかねぇからそうなるんだろ、ったく」
文句を言いながらも重心を低くして私を背に乗せてくれる。
「ウルフは移動速度が速いだけで戦闘では役に立たない。なんでオオカミなんて雑魚モンスターに憑依したの」
この樹海には攻撃力の高い熊や毒性の強い特殊な虫型モンスターも生息している。オオカミは動きの速さだけでその他攻撃力などは低い雑魚モンスターだ。
「なんでって、そりゃあ……かっこいいからだろ」
この台詞を聞くのも既に5度目だ。
憑依するモンスターの個体値なんて気にも止めず、見た目がかっこいいからという理由だけで憑依する対象を決めたのがこのウルフ。
何にせよイーターも性格や好みは個体差があるらしい、ということはこのウルフ見てハッキリとわかった。
「とにかくアジトまで全力で走って」
ウルフの戦闘能力は微妙だが、その移動速度はとてつもなく速い。
まず追いつかれる事はないだろう。
逃走時に唯一注意するべき相手と言ったら翼を持つNos.のヒビキだが……。私は上空を見上げる。そこは巨大樹が生い茂り、この広大な樹海に蓋をしている。まるで傘のように樹海を覆った木々のおかげで、例え上空からでも私達の姿を捉える事は出来ないだろう。
あの鳥女の追跡能力を無効化出来たのは大きい。
しばらく進むと、樹海を抜けて背の高い草が生い茂った視界の悪い坂道になり、私達は細い獣道を目印に進んでいく。
「巨大樹の傘はなくなったけど、草に紛れて進めば後はアジトまで安牌――――なっ!?」
全ての問題をクリアしてここからアジトまで問題なく帰還出来ると確信した矢先、突然ウルフが急停止して、背中に乗っていた私は前方へ放り出される。
「ウルフ、何やっているの! 急に止まるなんて……」
受け身をとってダメージを最小限に抑えた私は慌てて立ち上がりウルフを睨む。
「わ、私は止まってねぇ……いや、止まる気なんてなかった! なんだよ、これは!!」
ウルフの足元には何やら粘着質なトラップが仕掛けられており、どうやらそれに捕まって転倒したらしい。
「死神討伐PTもトリデンテの連中も振り切ったはず……先回りしてトラップなんてありえない……なんで……」
以前樹海に入った誰かが仕掛けたまま放置したトラップが偶然あっただけか? いや、しかしそんな都合よく……――っ!!
考え込む私の視界の真横で何かが光った。
「なに? 私の肩の辺りで何か……こいつステルスキャット!?」
いつの間にやら私の右肩に乗っていたステルスキャットは何やら光る物体を身に着けている。どうやらイベント等で会場を彩る装飾品のカラーライトのようだ。しかし何故このような物を……?
日も落ちてきた暗がりで灯りなど、まるで自分の居場所を知らせているような物だ。あの臆病なステルスキャットがそんな物を目的もなしに持ち歩くわけがない。そもそもこのステルスキャットはいつから私に取り付いていた? まさか…………――――!
次はかなり遠目に別の光が見えた。あれはカラーライトではない……技のエフェクトか!?
そして次の瞬間、勢いよく矢が飛んでくるのが見え、私は慌てて避ける。
矢……矢が飛んできた?
遠目に見えた光は相当遠かった。
正確な位置はわからないが、おそらく対岸の木の上からだと思われる。あそこから射抜いたのか?
距離にしたら2km近く離れている。そんな場所から矢が届いてたまるか、常軌を逸している。まるでスナイパーライフルじゃないか。
だが、もしそんな事が可能なら……まずい! 私は慌てて対岸から死角になる岩の窪みに身を潜める。しかしその判断を下した瞬間、私は敗北する事になった。
「チェックメイト」
「え……?」
岩の窪みに身を潜めた瞬間、私は行動不能になる粘着トラップにかかり、更に何者かによって首にナイフを突き付けられた。
(制圧された? こんなにもあっさり……)
暗がりから突如現れたのを見るにステルスを使って予め身を潜めていたのだろう。
バカな、そんなはずはない。
先回り? 何故、どうして。
それに私にナイフを突きつけているコイツは先程の死神討伐PTにもいなかったはずだ。対岸を見ると、翼を持った鳥女に抱えられながら神崎茉莉がこちらに向かってくる。
「ありがとうヒビキ。それとお疲れ様でした、ハヅキさん」
神崎茉莉にヒビキと呼ばれたのは鳥女、そしてハヅキと呼ばれたのは私にナイフを突きつけている女だ。
全部この女の策略だっていうのか。
全て計画通りだというのか。
こいつは姫宮沙耶の後をついて回るだけの存在じゃないのか……?
―――これが……これが神崎茉莉…………マリ・トリデンテか。




