絶対遵守のマリオネット
何故ミドリがここにいる?
何故ミドリが私に鞭を振るう?
何故ミドリが私を…………
「殺したい程に……って何さ」
先程ミドリが口にした言葉。聞き間違いじゃない。
こんな場所で私に対して攻撃を仕掛けてきたのだ。
冗談でもない。そして操られている3人と違って、しっかりと自我があるように見える。
「言葉の通りだよ。私、瞳子を殺したいの、殺したい程……憎いの」
「なんで……」
「岡崎くんがね……いないの」
「え?」
オカがいない? 行方不明?
いや違う。
この場所に、この世界にオカがいないのだ。
そう、失敗したんだ。この世界への移住に、魂の転送に。
私の周りのトリデンテの関係者は全員移住に成功していたので、移住を失敗したケースの話を初めて耳にした。
それも長年一緒に育ってきた幼馴染だ。
「最初はね、地球に残るつもりだったよ。でもね、岡崎くんがNWにいきたいって、移住したいって……なんで?」
ミドリもオカも移住するつもりはないと私に対してハッキリと言っていた。なのに直前で考えを変えた? 何故? そんなの決まってる。
「それは……ミドリと一緒に生きたいから」
「瞳子がいるからでしょ!!」
私の言葉を遮るように怒鳴るミドリ。
こんなミドリ一度も見たことなかった。
10年以上一緒にいたのに……一度も。
「私は岡崎くんと一緒ならどこでだろうと幸せだった。地球だろうとNWだろうと。だから岡崎くんに従ったのに、なんで、なんで、なんで!!!」
ミドリをここまで豹変させてしまう程に、ミドリにとってのオカの存在は大きく、大切な者だったのだ。
「私、知ってたよ。岡崎くんが瞳子を好きなのも、告白してたのも、全部見てた」
ミドリは全部知っていた? そんな素振りまったく見せなかったのに……ならば修学旅行で私がミドリに対して行なった行為はどのように捉えられていたのだろうか。いや、それよりも私がミドリに対してどんな感情を抱いていたかも知られているのだろうか。
「瞳子だってそうでしょ、岡崎くんが好きな癖に、私に気を使って断って、そのうえ私に譲るような真似して……あれは何? 同情、哀れみ?」
「違うッ! 私が好きだったのは…………」
ミドリだ。
だけど、その一言が出てこない。
もう終わった事なのに、それでも口に出すのが怖かった。いや、今更口に出した所でどうなると言うのだ。
「でも、でもでもでも嬉しかった。修学旅行で、私が告白して、岡崎くんが頷いてくれて、どんな経緯であれ嬉しかった!! なのにこんなにも早く終わっちゃうなんて、酷いよ」
あの日、私はミドリへの想いを断ち切った。
それで終わりだと思ってた。
この三人の関係は全部解決したって、そう思ってた。
「瞳子がNWに行くなんて言わなければこんな事にならなかった。瞳子さえいなければ……こんな事にならなかった!! …………壊してやる、瞳子も、この世界も。全部、全部、全部壊せば地球に戻れるかもしれない。だからこんな世界壊さないと、ね」
ミドリの言葉に対して何も言い返せない。
二人を接近させたのは間違いなく私だ。
「なんとか言ってよ!」
ミドリは私の足に絡めた鞭を引っ張り上げ、私は地面に突っぷす。
「……ッ!」
「先輩!!」
クイーンとミサンガちゃんと共に他の二人を相手していたユキが、私の異変を察知して救援に入る。
「何、この子……邪魔しないでよッ!」
私の足に絡みついた鞭をユキが払いのけ、ミドリが激昂した。
「さっきから聞いてれば、完全に言いがかりじゃないですか」
「……こんな馬鹿な女を庇うなんて、本当、どうかしてる」
「別に庇ってるわけじゃないですよ。馬鹿なのは同意ですけど」
をい。
「何の因縁があるかよくわからないけど、みっともないですよ」
「外野が五月蝿い!!」
今度はユキに対して鞭を向けるミドリ。
私はすぐに立ち上がってユキを庇い、被弾してよろめく。
「っと……と」
「先輩風吹かせないでくださいって言ったじゃないですか。私なら避けれましたよ」
「いやいや、そこは感謝とか感動とかしといておくれ」
避けれるとは言うが、死神のデスライサーで被弾していた様を見ると心配になる。それが理由で嫌でも体が反応してしまうのだ。
何はともあれ、ユキのおかげでいつもの調子が戻ってきた。1人だったら足すら動かなかっただろう。ミドリが私の目の前に現れ口にした事はそれほどの衝撃だった。
「先輩、どうするんですか。気絶させますか、この女も」
そうだ。
ミドリも私達と同じ残機を持った人間。
戦闘不能にさせると残気を減らす事になる。
しかし、ミドリはミルナーさん達と違って操られてる様子はない。気絶させて放置して、死神を倒してそれで解決できるのだろうか。
「ああ、気絶ね……そういえば気絶したままの無能がいたね……」
そう言ってミドリは私達が先程気絶させたミルナーさんの元へと歩み寄り「起きなさい」と、鞭で額を叩く。当然ミルナーさんはその攻撃で気絶状態から回復してしまった。
「あっ、なんてことを!」
ユキは慌ててミドリに一撃食らわそうとするが、ユキはバックステップで回避し、入れ替わりで起き上がったミルナーさんがユキに重い一撃を入れる。
「ッ!!」
その攻撃でユキは吹き飛び、体勢を崩したユキにミドリがスキルを発動する。
「ふふ……ふふふ、あなたも私のペットにしてあげる……絡み取れ【絶対遵守のマリオネット】」
やばい。
何が来るかわからないが、ひと目で明らかに危険だと感じ取った。それは長年ミドリと一緒にいたからなのか、ただの勘だったのかはわからない。
ミドリの両手から糸のような物が伸び、ユキの方向へ向かっていく。だが今更体を動かしてもユキのいる場所までは間に合わない。考える事をやめた私はユキに向かってワイルド・スネークを思い切りぶつけてユキの体を吹き飛ばしていた。
「ちょ、痛ッ……先輩!?」
味方からの突然吹き飛ばされたユキは私が操られていると思い、私を二度見する。
「や、操られてはない」
「……頭おかしいんじゃないですか」
糸攻撃を回避されたミドリは舌打ちをしながら再びマリオネットを発動してくる。私とユキは回避の体勢に入るが、糸が伸びていった方向は私達のいる場所ではなかった。
「しまった………レールさん、避けて!!!!!」
大声で叫ぶ。
だがレールさんは死神の攻撃を受けているので回避する余裕なんてない。
「ちょっと、何コレ!」
ミドリの放った糸がレールさんを絡め取り、ミドリの元へと引き寄せる。藻掻けば藻掻くほど、糸は複雑に絡み合い逃れられない。
糸を切ろうとしたユキの刀も弾かれてしまう。そしてレールさんの目から徐々に光がなくなっていき、操り人形が出来上がってしまう。
「ミルナーさんを操ったのも、道中でミドルズさんやカトルくんを攫ったのも…………全部ミドリだったんだね」
「ふふふ、これでみんな私の奴隷」
【絶対遵守のマリオネット】は間違いなくNos.だろう。
このスキルで操られているのは確実だが、詳細がわからない。
「何人操れるの……」
見たところミドリはカトルくん、ミドルズさん、ミルナーさん、レールさんを操っている。一度にこれだけの人数を自分の兵士に出来るNos.……相当な厄介な存在だ。
「操れる人数? 5体だよ」
つまりあと一人操れるって事か。
私は糸に警戒してジリジリと下がる。
「あっはは、そんなにビクビクしなくていいよ。もうこれ以上は操れないから」
「え、でも……」
まだ4人じゃないか? と言いたげな私を見てミドリは笑う。
「ふふ、ふふふ、よく見てよ。私の最高の操り人形は最初から貴女達と戦っているじゃない」
まさか、と思った。
指差す方向を見ると、そこには死神。
「そんなことって……」
NW最強の死神を自分の配下に置いたというのだろうか。そして私達は最初からマリオネット化した死神と戦っていたのか。
「さぁ、やって!」
ミドリの合図でレールさんが動き出す。
死神を相手にするのはシウスちゃん、トリルさん、さとりちゃん。
カトルくんをユキ
レールさんをクイーン
ミルナーさんをミサンガちゃん
ミドルズさんをマル
そしてミドリを私が相手をする。
人数的にはこちらが多いが、死神を3人で相手に出来るわけがない。分担してから数分後、シウスちゃんのNos.のリキャストが間に合わず、死神の一撃がさとりちゃんに直撃してしまう。
更にミルナーさんの重い一撃で大きくノックバックしたミサンガちゃんが不運にも死神の足下へと吹き飛んでしまい、それを見逃さない死神がミサンガちゃんを仕留める。
「あっはは、そのミサンガとかいう女、Nos.だったはずだけど……こんなあっさりヤレちゃうんだ。操っても使えなさそうなスキルだからスルーしたけど、正解だったかな」
「ミドリ……それ以上私の仲間を侮辱するなら、私だって許さない」
「許さない……? ふ。ふふ……瞳子に許してもらう事なんて何一つないの。許さないのは私。私は瞳子を許さない。私に与えるだけ与えて、優越感に浸って、見下して……」
ミドリの目に怒りの色が浮かぶ。その狂気に満ちた瞳は真っ直ぐに私を見ている。完全にロックオンされ、ミドリが合図をした瞬間、マリオネットで操っている4体が同時に私に向かって突進してきた。
正面からはミルナーさん、後ろからは死神。
左右にミドルズさん、カトルくん。
終わった、と思った。
私に回避する術はない。ユキが悲壮感に満ちた顔をしながら大声で私の名を叫ぶ。
瞬間、目の前から遅いかかってきたミルナーさんが倒れる。ミルナーさんの頭を一筋の閃光が貫いたのだ。
何が起きたかわからなかった。右を見ると大きく何かに蹴られて吹き飛んだミドルズさん、左を見ると影縫いで動けなくなっているカトルくん。そして本来ならば今頃後ろから死神の一撃をもらって戦闘不能になっていてもおかしくないはずなのに、ダメージがない。
「諦めるなんて、らしくないよ。双海さん」
その声を、呼び名を聞いて涙が溢れそうになった。
その声を聞いて誰が助けてくれたのか理解した。
その声に、涙をぐっと堪えて答える。
「神崎さん……」
来てくれた
駆け付けてくれた
私の大切な仲間
帰る場所
トリデンテのみんなだ




