トリデンテの休息
マリ視点
「ぬく〜い」
NW移住から数週間が経過したある日、人面虫との戦いの大爆発によってできた巨大なクレーターを利用して作った温泉に私と沙耶は浸かっていた。
闘技場優勝商品であるマグマストーンを獲得してから、色々と忙しくて先送りになっていたトリデンテ温泉計画を実行に移したのだ。
「ちょっとマリ、装備全部脱いで入るのやめなよ」
「ええ! 温泉だよ? 脱がないでどうするの」
「外からマル見えなのよ、色々と」
そう、大爆発の影響で辺りの地形が吹き飛んでしまった地帯に温泉を作ったので、辺りは開けて何もない。確かにマル見えである。
「沙耶ってば相変わらず守りが堅いんだから。水着で温泉なんて」
「誰か来ても知らないからね、もうっ」
沙耶が肌を見せたがらないのは、NWでも同じようで、水着で温泉に浸かっている。最初は鎧で浸かろうとしていたので、さすがに私は全力で止めて水着で妥協してもらうことになった。
「大丈夫、大丈夫! 来客なんてここ数週間なかったし、そんなタイミングよく誰か来たりなんて――」
「ごめんくださーい! トリデンテの方、誰かいませんかぁ〜」
「って、きた!?」
突然の訪問に私は慌てて温泉の中に潜り、装備メニューを開いて服を着る。
下着、胴、腕、脚、足、頭。一気に装備を変更した事により、装備変更ペナルティによる硬直もいつもより長い。
「(ぶくぶくぶくぶく………) ぷはっ!」
温泉で溺死、なんて言うマヌケな残機の減らし方をなんとか免れた私を沙耶が『言わんこっちゃない』という表情で見ていた。
ええ、次からは気をつけますとも。
「誰が来たんだろう?」
周囲を確認してみると、村の中心地のほうからこちらに向かって歩いてくる人影が見える。
「メイちゃんだ」
「マリのファンの子か、あられもない姿を見られなくて良かったね」
「それはもういいから、忘れて!」
私はメイちゃんに向かって「お~い」と叫んで手を振ると、私に気付いたメイちゃんは手を振り返して駆け寄ってきた。
「お久しぶりです! マリ先輩、姫先輩」
「クリスマス以来だね、元気してた?」
「ゆっこ達が合宿いっちゃったから寂しくて、あんまり元気ないですよ~」
「ふふっ、トリデンテもいつも騒いでた双海さんがいなくなって静かだから気持ちはわかるかも」
メイちゃんの親友である雪ちゃんがクイーンの元に強化合宿にいってしまい、更にサイバーフィッシュで仲の良いフレンドも頻繁に漁に出ているため、1人の時間が増えて寂しくなり、トリデンテを訪ねてきたらしい。
「トリデンテもお二人だけなんですか? 他の方の姿が見えないですね」
「みんな移住してから、あっちこっち出かけてるんだよね~、だから沙耶と二人でのんびり過ごす事が多いよ」
ハナビちゃんは人探し、ヒビキとハヅキさんはどこかで建築作業の手伝い、会長は闘技場。みんなやりたことを見つけて、それに夢中になっているのだ。
「移住して間もないんだから、もうちょっとのんびりすればいいのに、もったいないですね」と呟いたメイちゃんに私と沙耶も同意する。
アウトドア派とインドア派の特徴がここでもモロに出ているのだろうか、インドアな私はこの世界に移住してから戦闘は一切していない。トリデンテの海で魚釣り、沙耶と一緒に温泉でぬくぬく、釣った魚を料理して食べ、沙耶と一緒に寝る。そんな一日のサイクル。
「ところでずぶ濡れですけど……装備着たまま温泉入っていたんですか、先輩」
「それには触れないで……」
鎧を着て温泉に入ろうとしていた沙耶を全力で止めていたくせに、最終的に自分がその状態になろうとは、なんともマヌケな話である。
「あ、それと私、面白そうな噂話を持ってきたんです」
「噂話? 聞かせて、どんな?」
メイちゃんの噂話に食い付いたのは沙耶だった。
のんびりしたいとは言ったが、それなりに刺激がほしいのも事実。
私も噂話が気になった。
「サイバーフィッシュは漁が盛んなのは知っていますよね。だからサイバーフィッシュには大量の魚が備蓄されているんです」
サイバーフィッシュに何度か訪れている私は覚えがある。
街の入口である東口には魚を干すためのカゴや網があり、そこから少し進むと飲食店が数軒建ち並び、その裏手に住宅街がある。
そして住宅街の後ろにあるのが大量の魚が備蓄されている倉庫である。
「その倉庫、実は"出る"らしいんです」
ごくり、と私と沙耶は息を飲む。
「出るって……なにが?」
「鎌鼬が」
「かまいたち!?」
鎌鼬とは手が鋭い刃物のようになっている妖怪で、目にも止まらぬ速さで人を切り裂くとされる妖怪だ。無論、実際に存在していたわけじゃないから書物などで読んだ知識なのだが。
サイバーフィッシュでは漁で入手した大量の魚を毎日しっかりと管理して、どの種類が何匹貯蓄されているのか、きっちりと把握している。
ところが、ある日を境にその数が合わなくなる事が増えた。
誰かがつまみ食いしているのか、とも考えたが、そんな事をしなくともサイバーフィッシュの住人は申請さえすれば好きに魚を配布してもらえる。
ならば外部犯か、と思ったが、そんな怪しげな人物が倉庫に近付いた事はないという。
では、一体どのように魚が減っているのか。一人の住人が倉庫内にて張り込みをしていた時、その事件は起こった。
「突然切り裂かれたんですよ」
「鎌鼬に?」
「わかりません、周りには何もなかったと本人は言っていたので」
何もない空間からいきなり切り裂かれたということだろうか。
「どうです? ちょっと気になりません?」
「確かに、正体が気になる……」
見えない何かが存在する。それは見えないセーラさんの魂を探す私達にとって、ヒントになるかもしれない。そう思った。
沙耶も「それなら早速サイバーフィッシュにいくわよ!」と乗り気な様子。
◇
「ここが例の倉庫です」
「結構大きいのね」
人が住めそうなほどの大きい倉庫を沙耶が見上げる。
これだけ大きい倉庫ならば、かなりの量が備蓄されているはずだ。
「これだけ大きいと管理も大変そうね」
「倉庫管理専門の役割を与えられてる人が二人いるので、普段はその人達がやってます」
とりあえず私達は一度中に入ってみることに。
中に入ると、まず目についたのは積み重なった大量の木箱。この中に魚が保存されているらしい。
上を見上げると換気用の窓がついている。
「魚の数が減る現象は今も続いてるの?」
「はい、ほぼ毎日」
減る事はあっても、増える事はない。
つまり数え間違いではなく、何物かが魚を盗んでいるのはほぼ間違いないとみていい。
換気用の窓から侵入しているのだろうか?
気になったので調べてみるが、どうやらしっかりとロックがかかっており、戸締りさえ忘れなければ、ここから侵入するには窓を破壊しないと不可能なようだ。
今度は壁を調べてみる。
石材で作られた壁は、かなり頑丈に作られている。軽く調べた感じでは破損箇所もなかった。
しかし、レベルの高いプレイヤーならば、石の壁でもスムーズに壊す事が可能だ。
壁を壊して侵入し、魚を盗んでから再び壁をクラフトして侵入した痕跡を消す……ありえない方法ではないが、石の壁を壊したりしたら結構大きめの音が出るはず。そのような音を聞いた者がいないという事は壁を破壊した線は薄いかもしれない。
となると、次は地面。
どうやら地面も石材で作られているらしい。
となるとこちらも破壊すると気付かれるはず。つまり破壊しての侵入はない……。
「あれ?」
「どうしたんです?」
私は自分達が入ってきた入り口を見る。そこは確かに閉じている。
しかし、やんわりと外の冷たい空気が入り込んでくるのを感じるのだ。
どこから……?
私は辺りを念入りに調べる。
壁、地面、荷物の影、そして天井を調べようと木の箱に登ったときに、屋根と壁の接地部分にわずかな隙間を見つけた。
「ここだ」
「小さい隙間だね、こんな所から侵入できるの?」
狭い木箱に沙耶も登ってきて、ぐらぐらと揺れながら問題のポイントを確認する。
「人間は通れないけど、小型の動物なら……」
「マウスキャットとか?」
「う~ん、マウスキャットの身体能力だと、この隙間までジャンプするのは難しいかも」
おそらく、もうちょっと身軽で小さなモンスターだ。
この周辺で確認される跳躍力のあるモンスターといえば、空を飛べるガメラスだろうか。
しかしガメラスは背中の甲羅が大きいため、この隙間を潜り抜けるとは思えない。もっと別の何かが存在するのかもしれない。
「ちょっと外を調べてみるね、沙耶は中で見張りお願い」
「OK、まかせて」
私はメイちゃんと一緒に倉庫の外に出て、隙間のある場所へと回り込んだ。
地面から隙間までの高さは4メートルほど。
この高さの隙間まで辿り着けるのはやはりガメラスのような鳥類だろうか? 私は周辺に痕跡がないか調べてみることにした。
倉庫の周りは雑草などもなく、さらさらの土が敷き詰められている。
鳥の羽根などが落ちていれば手掛かりになるかもしれない、そう思っていたのだが、周囲に鳥の羽根は見当たらなかった。だが、代わりに何者かの足跡を発見する。
「これは……猫っぽい足跡だね」
「あ、本当ですね、猫とか犬みたいな肉球だ」
さらさらの柔らかい土だから足跡が残りやすかったのだろう。倉庫から村の外へ逃げるように足跡が続いている。
「沙耶、ちょっと村の外までいってくるね」
「あ、うん、何がいるかわからないんだから気をつけてね」
倉庫内の沙耶には引き続き見張りを続けてもらい、私とメイちゃんは足跡を辿りながら村の出口へと向かい、村の出口から少し進んだ場所にある岩場に辿りついた。
「足跡、ここで途切れてますね」
「岩場だからね……あ、これ見て」
私は岩場の影に隠されるように積み重なった魚の骨を指差す。
「魚の骨ですね、ここが犯人の住処ってことですか」
でも周囲には魚の骨しかない。寝床にするにはゴツゴツしすぎてるっていうか……雨風を凌げる場所もないし、住処としては厳しい環境だ。
「盗んだ餌だけここで食べて、住処は別にあるのかも」
「足跡はここで途切れちゃってますね……」
「犯人を捕まえなくても倉庫の隙間を塞げば、とりあえず倉庫内の被害は防げると思うけど……どうする?」
「でもそれだと、どこか別の場所で新たな被害が出るかもしれないです。なんとかして捕まえたいなぁ」
岩場地帯に入ったことで足跡はなくなり、犯人が残した視覚的な情報はここで完全に途切れてしまっている。岩場地帯を抜けた先で再び足跡を探そうにも、一度途切れた足跡が犯人の物か判別するのは厳しい。
しかし、一度途切れた足跡、それを追跡する手段を私は1つだけ持っている。
「あんまり使いたくはなかったけど……仕方ない」
【アナライズ】
全てを見通す能力であり、見たくない情報まで見えてしまう少し危険な能力なので使用を控えているが、相手がモンスターならば問題ないだろう。
私はNos.39で【透視】を進化させた【アナライズ】を発動させると、先程まで辿ってきた足跡をフォーカスして情報を引き出す。
足跡の主は【ステルスキャット】
文字通り隠密行動を得意とした猫モンスターで、スキル【ステルス】を使って相手から身を隠す。
戦闘を好まないモンスター故に遭遇する確率は極めて低く、レアモンスターじゃないにも関わらずレアモンスターのような扱いをされている。
「ステルスキャットの生息地は……樹海? なんで樹海のモンスターがこんな場所まで……」
「アレじゃないですか? 餌がなくなって人里に下りてくるっていう野生界で流行のアレ」
確かに現実世界でなら、そういった事例が多々報告されているが、稼動して間もない世界で、こんなスピードで餌がなくなるという事態はないだろう。
「マリ先輩、アナライズで追跡できますか?」
「う~ん、ステルスキャットは逃げ足が速いし、ステルス性も高いから居場所を突き止めても逃げられちゃうかも」
「え~~、じゃあ、打つ手なしですか」
「ううん、私に考えがあるの」
◇
犯人の正体を突き止めた翌日、私達は再びサイバーフィッシュの倉庫にいた。
倉庫の中には私と沙耶、倉庫の外にはメイちゃんがいる。
三人全員がステルスを使い、ステルスキャットがやってくるのを待ち伏せする。
「先輩、来ました。姿は見えないけど、たぶんステルスキャットです」
ステルスキャットはステルスを使って移動することが多い。
それ故に姿が見えないのだが、この倉庫周辺の土にはしっかり足跡が表示されている。
それを倉庫の外でメイちゃんに確認してもらい、PT会話にて知らせてもらう。
倉庫内の隙間の下には外から運び込んださらさらの土を少量まいてある。
私と沙耶は倉庫内に身を潜め、隙間の下にある土を凝視する。すると、トンッ! という音と共に土に足跡がついた。
「メイちゃん、GO!」
「了解で〜〜す!!」
私の声と同時にメイちゃんはクラフトで隙間を埋めてステルスキャットの退路を断つ。
驚いたステルスキャットは、ステルス状態が解除されて、その姿を現した。
長くてキレイな白い毛並に、少し短めの足、ペルシャのような見た目の猫だ。
「侵入口は塞いじゃったから、逃げ道はないぞ~……それっ!」
私はステルス状態を維持したまま、ゆっくり近付いて飛びかかるが、ステルスキャットは私をあっさりと回避して、爪で反撃する。
「うわっ!」
私の装備していた服の胸もとがざっくりと切り裂かれる。これが鎌鼬の正体か。噂になった鎌鼬事件も、おそらく普段いないはずの見張りにびっくりして威嚇で切り裂いたのだろう。一度威嚇で攻撃し、怯んだ隙に全力で逃げるのがステルスキャットの特徴らしい。
「ああっ! 沙耶、そっちいった!」
「まかせて!」
沙耶のほうへ逃げていったステルスキャットに沙耶も飛びかかるが、こちらも回避される。想像以上にすばしっこい。
するとステルスキャットは再びステルスを使って、その姿を消す。
「また消えちゃった」
「倉庫内に閉じ込めたはいいけど、これは厄介ね」
戦闘を好まない性格なので、壁を破壊するような凶暴さがあるとも思えないが、一応外のメイちゃんに見逃さないよう伝える。
そして倉庫内の透明人間、もとい透明猫との鬼ごっこを再開した。
「侵入口にしか土を撒かなかったのは失敗だったなぁ」
「全域に撒いていればステルス使われても足跡で居場所がわかったからね。とにかく今は隠れてる泥棒猫を探さないと……マリは倉庫の入り口側をお願い、私は逆から探す」
入り口から念入りに隅から隅まで…………と言ってもステルス状態の小型生物を探すにはちょっと厳しい。何か策はないだろうか。
何も難しい事じゃない。土についた足跡で侵入を確認する作戦は正しかった。土に代わる物を撒くだけでいいはずだ。
私はアイテムメニューを開くと、所持してるアイテムを確認する。
クラフト用の木材や石材では足跡を確認できない。
粉状のアイテム……あった、小麦粉! これなら足跡が確実に残る。
沙耶に小麦粉を渡し、両サイドから中央へ向かって小麦粉を撒いていく。
そして私と沙耶が中央でぶつかる寸前、入口方向へ向かって足跡が駆けていった。
「いたぁ!! 沙耶、挟み込むよ」
「よし、絶対捕まえる!」
狭い倉庫内で猛ダッシュした私達はステルスキャットを挟むように回り込み、同時にステルスキャットに飛びかかった。
しかしステルスキャットは私の下を潜り抜けて回避し、私と沙耶は勢いよく衝突した。
「痛っ…………くない」
「ちょっとマリ、こんな場所でどこ触ってんのよ……」
どうやら沙耶の胸がクッションになったようだ。
「柔らかい……」
「あの〜、マリ先輩…………聞こえてます」
「はっ!?」
メイちゃんとPTを組んでいるので、会話は丸聞こえなのを忘れていた。後輩の前で何をやっているんだ、私は。
「もぉ〜、こうなったら最終手段!!」
「最終手段? そんなのあるの!?」
「くらえ、影縫い!」
私はNos.38で弓を形成し、ステルスキャット目掛けて【影縫い】を発動し、縦横無尽に動き回っていたステルスキャットの動きを停止させた。
「それ、最初からやってよ」
「えへへ、影縫いあるの忘れてた」
影縫いで動けなくなったステルスキャットを抱きあげて頭を撫でると、危害を加える相手じゃないと判断したのか、暴れる様子もなく、引っ掻いたりもしてこない。
「おとなしいなぁ」
「本当だ、かわいい、マリみたい」
「もぉ、小動物を見たら毎回それ言うのやめてよ」
「だってねぇ」
魚泥棒を捕まえた私達は、外にいたメイちゃんを倉庫内に呼び込む。
「これが犯人ですか…………か、かわいい」
今までステルスキャットを憎き仇のような扱いをしていたメイちゃんも、その姿を見ると、一瞬で虜にされてしまったようだ。
「とりあえず捕まえてはみたけど……メイちゃん、どうする?」
「なんだか毒気抜かれちゃいましたね……」
とはいえ、再び逃がしても、またどこかの村に侵入して食料を盗み食いしてしまうかもしれない。
「よし、しばらくトリデンテで面倒みてあげる!」
「まぁ、マリならそう言うと思ったよ。ヴォイスの時もそうだったしね」
「そうそう、あの時は色々あったねぇ、名前とか…………」
言いかけてから、沙耶と私はステルスキャットをチラッと見る。
「タマ」
「モモ」
私の『タマ』と同時に沙耶が『モモ』と被せるのを見て、メイちゃんが『え?』と困惑する。
「タマだよ、ネコといえばタマ!」
「いやいや、それ100年前のセンスだから! 最近のネコといえばモモ! モモだから!」
「そんなことないもん! タマはかわいいしネコっぽい!」
その後、私達に対して『どっちも微妙です……』と小声で囁いたメイちゃんも巻き込み、小一時間ステルスキャットの名前議論は続いたのであった。




