弟子入り
「先輩! 先輩ってば!」
何秒くらい停止していただろうか、私はユキの呼びかけで冷静さを取り戻す。
「あ、ごめん」
「止まると死ぬとか言った直後に止まらないでくださいよ。死んだかと思いました」
「ちょっと知り合いが見えたからさ」
「知り合い? 声、かけなくていいんです?」
そう言われて、辺りを見渡すが、ミドリの姿は既に見えなくなっていた。追いかけるべきか……いや、追いかけてどうする。私はもうミドリへの想いを断ち切って歩んでいる。だから固定PTも抜けた。
話すことなんて何もないじゃないか。ミドリだって、きっとそうだ。
「そんな事より、今はおでん!」
「食い意地張りすぎですよ」
◇
「んっまぁ!」
屋根の色が統一されているので、似たような建物に惑わされ迷いながら、目的地へ辿り着いた私達。そこでようやくネオマリンおでんにありつける事が出来た。
「温かいし、具材に味が染みてて美味しいですね」
「なんか出汁が独特の味するね」
口に入れると、具材に染み込んだ出汁がじゅわっと口の中に広がり、爽やかな風味が漂う。
「今までに食べた事ない風味のおでんですね」
「ネオマリンタウンで栽培してる食材を使ってるんだろうけど、何を育ててるんだろう」
口にした未知の風味のおでんの隠し味が気になってしまう。基本的にスタンダードなおでんしか食べたことがないので、リアルにも存在する味なのか、はたまたNWでしか表現できないような特別な味なのだろうか、それすらわからないのだが。
「お客さん、それは秘密だよ。ネオマリンおでんはネオマリンタウンの大人気商品だからね、味が盗まれたら困るんだ」
と、この店の店主が私の言葉に反応して声をかけてきた。
「ほう、ならば当ててみせよう。ずばり、隠し味は唐辛子だ!!」
「全然違うし、当たってても言わないからね」
「ケチだなぁ、けど美味しい!」
「ははっ、そう言ってもらえるのが一番さ」
そう言って店主は大笑いしながら去っていく。
ネオマリンおでんを食べると、防御、素早さが25%上がり、リジェネ効果
が発動するらしい。これならユキにぶっ飛ばされても安心だ。
最後までキッチリと完食して、私達は店主にごちそうさまでしたと挨拶して店を出た。
「いやぁ、満足満足、さて次はどこ行こうか」
「まだどこか行くんです?」
「せっかくネオマリンタウン来たんだし、楽しみたいじゃん。ドーム行ってみようよ、何かやってるっぽいし」
◇
街の中央、ネオマリンドームからは大歓声が聞こえてくる。
おそらく何かイベントをやっているのだろう。
「凄い歓声だね」
「とりあえず、入ってみましょうか」
ドームに入ると、凄まじい熱気と歓声で目眩がした。
ドームの真ん中には巨大な水槽のような物があり、その中には魚ではなく、人がいる。
手にはサッカーボール程の大きさのボールを持ち、そのボールを激しく奪いあっている。どうやら水中でサッカーのようなスポーツをしているらしい。
「初めて見るスポーツですね、水中であんなに激しく……凄い」
「NWならではの新しいスポーツだねぇ、しばらく見てみようか」
ボールは手、足、頭、どこの部分で触ってもいいらしい。
ただし、相手のゴールにシュートをする時は足でシュートしなければならない、というルールだ。
水中で活動するには限界があるので、水槽の中には所々にバブルドロップで発生させたバブルゾーンがあり、そこで息継ぎをする。
どうやらユニフォームが青いチームと黄色いチームで争っているらしい。チーム名を見ると、青がブルーマリン、黄がイエローマリン。
「これ、もしかして地区ごとで争っているんじゃないですか?」
2つのチームを見ながら、ユキがそう言った。
言われてみれば、青と黄、さっき話していた二色だ。
表示されているスコアボードを見ると、現在進行している試合の前には赤と緑が試合をしていたらしい。つまり赤青黄緑の4地区がそれぞれチームを作り、対戦しているのだろう。
「あなた達、知らないの? このスポーツはマリンボールって言うのよ」
私達に話しかけてきたのは、少し離れたところで観戦していた1人の女性。
その女性の話によるとマリンボールはユキの言った通り、それぞれの地区がチームを作って戦い、合計勝ち点で王者を決めるスポーツらしい。
そしてその順位はネオマリンタウン全体に、とてつもない影響力を与える。順位が上の地区ならばレアな装備や食料の供給が増え、逆に低い地区は供給が減る。
だからこそ、ここにいる観客達はここまで盛り上がっているのだろう。
「このネオマリンタウンでは、ただ戦闘が強いだけのプレイヤーを集めるだけじゃなく、スポーツの適性のある人材を勧誘することも重要なの」
いわゆる特待生みたいなものだろう。ネオマリンタウンは元々、4人のプレイヤーが作りあげた。
最初は小さな村だったが、4人それぞれが自分の領土を決めて、発展に努め、ここまで大きくなった。
そして大規模な狩りや、売買が行われ、その装備品や金銭をどう分配するか、となった時に発案されたのがマリンボールだ。
巨大なアクアリウムの中で行われる自分たちの命運を左右するそのスポーツは、ネオマリンタウンの住人を熱狂させ、更にはその規模から観光の名所にもなっている。
「私もやってみたいなぁ」
「先輩が~? スポーツ得意なんですか?」
「水泳は得意だった、球技は苦手」
「それはまた微妙な適性ですね」
マリンボールをやるとしたら水泳と球技、どちらの適正も高くないといけないのだろう。だから私はたぶんマリンボールに向いていない。
「そうでもないわよ、役割次第ではあなたみたいに水泳だけが得意な人でも活躍が見込めるのよ」
「ほほう」
「どう? ネマリンタウンに移住してマリンボールを始めてみない?」
どうやら、私達に声をかけてきたのは、ネオマリンタウンに勧誘するためだったらしい。
これだけ大きい街だと、人を集める努力は当然しているのだろう。興味を持つ者がいたら即勧誘が染み付いているようだ。
「嬉しいお誘いだけど、瞳子ちゃんは帰る場所があるから無理なのだ」
「あら、残念。気が向いたらいつでも連絡を頂戴ね。私は東マリンタウンのレールよ」
「私はトリデンテのアクアニ、こっちがサイバーフィッシュのゆっこ」
「アクアニ? さっき自分のことをトウコちゃんって言ってなかったかしら」
「ふふ、ミステリアスな女はいくつも別の顔を持っているのさ」
「……リアルネームよね、絶対」
◇
勢力争いに巻き込まれるのなんて真っ平御免。試合が終わるのを見届けた私は、そそくさと会場を後にしようとする。しかしそこで思わぬ人物と鉢合わせすることになった。
「ここにいたのね、レール」
「あら、遅かったじゃない」
会場を去ろうとした瞬間にレールさんに声をかけた人物、その聞き覚えのある声に反応して振り返ると、そこには私の目標とする人物が立っていた。
「クイーン! なんでここにいるんですか」
「あら、トリデンテのアクアニちゃんじゃない」
さっきの言葉を聞く限り、レールさんとクイーンは知り合いで、クイーンはレールさんに会いにきたようだ。
「レールとは闘技場で知り合った縁で交流があるのよ、あなた達までレールと知り合いだとは思わなかったわ。まぁ、ネオマリオンタウン幹部の1人だからね、トリデンテの住人と知り合いでもおかしくはないか」
「あ、いえ、知り合いっていうか、さっき知り合ったばかりというか……って、ええ! 幹部!?」
「知らずに話していたの?」
クイーンがレールさんのほうに視線を送ると、レールさんはニヤッと笑ってみせた。
「別に隠す気つもりもなかったんだけどね、言う前にフラれちゃったし」
「また無差別勧誘してたのかしら」
「とにかく住人を増やして、その中から最適な人材を見極める、それが私のやり方なのよ」
「私とは真逆ね」
「それはそうと、あなた達はどういう関係なのよ。まさかアクアニちゃんが言ってた『帰る場所』ってあなたの所?」
「違うわよ、アクアニちゃんの帰る場所って言うのはトリデンテ。昨日私もパーティに招待されてお邪魔してたのよ。だから残念ながらアクアニちゃんは私の物じゃないのよね~」
クイーンは私を横目で見ながら、レールさんにそう説明する。
「あ、クイーン、その事なんですけど……私、樹海の死神討伐に参加する事になったんです!」
「あら、本当? それは嬉しい知らせね。この遠征に参加するのは勇気が必要だから、集まりが良くないのよ。もちろん歓迎するわ」
「それでそれで! クイーンに弟子入りできるって聞いたんですけど、本当ですか!?」
「ええ、もちろんよ。樹海遠征までにみっちり鍛えてあげるわ」
「やっった〜〜! 憧れのクイーンの元で修行できるなんて!」
それを見ていたレールさんは「な〜んだ、結局クイーンに取られちゃったわね」と愚痴る。まぁ、マリンボール自体は面白そうだし、やってみたかったのだが、私は死ぬまでトリデンテの住人であり続けると決めている。なので勧誘は断るしかないのだ。
「え〜と、ゆっこちゃんだっけ。あなたも参加するの?」
「え、私ですか? 私なんてまだ低レベルだし、そんな大きな狩りに参加できませんよ」
「そう…………あなた、確かマリちゃんの妹さんよね」
「はぁ、そうですけど」
「樹海遠征に参加しなくてもいいから、私の元で修行してみない?」
「え、なんで……」
「興味があるのよ、あのマリちゃんの妹にね」
「えっと……」
ユキは困ったような顔をして私のほうを見る。
助けを求めているようだが、断りたいのか、それとも私の意見を仰ぎたいのかわからない。
しかしいつもハキハキと自分の意見を口にするユキが、私に助けを求めているのが、なんだか意外で、少し微笑ましい。
「せっかくだから、参加してみたらいいんじゃないかな」
「でも……」
私の他にも知り合いのシウスちゃんやトリルちゃんもいるし、まだNWに慣れていないユキは一人で狩りをするよりも、みんなに囲まれて狩りをするほうが安全だ。
更にクイーンは刀を得意としているので、刀を使っていきたいと言っていたユキにとっても良い師匠になるはず。
断るのは勿体ない、私は思っている事を素直にユキに伝えた。
「そこまで言うのなら……まぁ、強くなれるに越したことはないので……よろしくお願いします、クイーン」
「ええ、こちらこそよろしくね、ゆっこちゃん。ふふ、楽しみだわ」
三日後に、クイーンの別荘がある山奥にて合宿がスタートするので、私はその事をトリデンテにみんなに報告し、心配そうな顔をされながらも合宿へ行くことになった。




