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ネオマリンタウン

双海視点

「ふぁぁぁ〜……ねむ」


 NW三日目、既にこの世界で寝起きする事に違和感がなくなっている。


「慣れっていうのは恐ろしいなぁ」


 両手を上げて大きく伸びをした私は、そのまま起き上がる……わけもなく再び布団へダイブする。


「一日中寝ていられるって素晴らしいなぁ……ぐぅ」

「ぐう、じゃねぇ!! 早く起きろアクアニ!!」

「うわぁ!? なに、誰!? くせ者!?」


 ぐーたら生活を満喫するために二度寝しようとしていた私は、部屋に響く、けたたましい声で飛び起きる。

 このトリデンテで私の事を「アクアニ」と呼び捨てにする人物は一人しかいない。


 神崎さんは「双海さん」

 姫は「双海ちゃん」

 スズは「アクアニさん」

 ハナビは「アクアニ様」

 ハヅキさんは「アクちゃん」

 そして現在私の目の前で鬼の形相をしているヒビキさんが「アクアニ」


「もう少し寝かせてくださいよぉ、鬼……ヒビキさん」

「誰が鬼だって?」

「いや、天使! 天使のようなヒビキさん!」


 今更取り繕っても時既に遅し、私はベッドから無理矢理起こされる。

 その様子を隣で見ていたもう一人の人物が「そんなに乱暴にしないの、ヒビキ」とヒビキさんを嗜める。


「大丈夫? アクちゃん」

「大丈夫じゃないです! 助けてハヅキさぁぁん」

「よしよし、怖かったねぇ」


 ああ、天使と呼ぶのに一番相応しいのはハヅキさんかもしれない。

 優しくてやわらかい声で、仕草も優雅。これを天使と呼ばずになんと呼ぼうか。ハヅキさんに唯一足りない物があるとすれば天使の羽くらいだ。


「バカやってないで、さっさと起きろアクアニ」

「む、それでなんの用ですか。このアクアニキャッスルにトリデンテ住人全員の入室許可を出しているからって、いくらなんでも寝込みを襲うことは許可してないですよ」

「な〜にがアクアニキャッスルだ! ただの小さな木造住宅じゃねぇか。畑の野菜だけじゃ素材が足りないから今日は他所の村まで買い出しに行くって言っただろ」

「あっ……!」


 いかんいかん、すっかり忘れていた。

 もうこの世界では自分の力で生き抜いていくんだから、食料などの管理などもしっかりとしていかねばならない。


「ウチとハヅキは少し遠めの村まで買い出しに行くから、アクアニは近場の村で、このメモに書いてある食材を買っておいてくれ」


 そう言うと二人は足早に私の家を出て買い出しに行ってしまった。

 私を起こしに来て時間を喰ったからだろうか? 急いで出ていく二人に少し申し訳なさを感じながら見送り、私は渡されたメモに目を落とす。


「え〜と、なになに……デュラム小麦、ミルク、岩塩、蝶魚の腹子。 ……腹子?」


 なんだ、腹子って。

 デュラム小麦、岩塩、ミルクはかなり安い値段で売買されているから簡単に手に入るだろう。

 しかし腹子……蝶魚? 読み方もよくわからん。チョウザカナ、チョウギョ?

 とりあえず村に残っている誰かに詳細を聞いてみようと、家の外に出てみる。そういえばスズとハナビは朝から出かけるって言ってたっけ。となるとトリデンテに残っているのは神崎さんと姫だな。


 とりあえず二人の家に向かってみる。

 トリデンテはお互いを信用しきっている事もあり、住人同士の入退室は自由に出来るように設定してある。つまり他の人ならばノックして入室許可待ちになる神崎キャッスルも私ならば顔パス。

 門番がいるわけでもない玄関を「ご苦労」などと言ってドヤ顔で通り過ぎると、リビングに入る。


「ありゃ、いない。個室かな」


 神崎さんや姫を尋ねると、いつもは大体リビングで雑談や食事をしているが、どうやら今は別の場所にいるらしい。私は神崎さんと姫の自室がある二階へと続く階段を見る。


「よし、こっそりいって脅かそう」


 抜き足、差し足、忍び足。

 私は物音を立てないように、ゆっくりひっそり二人の部屋の前まで移動する。


「さ~て、いるかなぁ~……ん、あれ?」


 二人の部屋の前まできて、こっそりとドアを開けようとする私、しかし開かない。

 開かないということは入室が許可されてないということだ。現実で言うところのカギがかかっている状態。部外者に対する用心は玄関のロックだけで事足りるはずなので、このロックは身内に対する用心という事になる。


「見られたらマズイ物でもあったりして」


 何があるのか少し気になったが、二人が見られたくないものがあるならば、素直に諦めよう。そう思って、来た道を引き返そうとすると、背後からガチャっとドアが開く音がした。


「双海さん?」


 ドアが開くと同時に私の名前を呼ぶ声がして振り返る。

 そして私を「双海さん」と呼ぶのは彼女しかいない。


「あれー、神崎さん、やっぱいるんじゃん」

「う、うん……え~っと、何か用だった?」


 すると、神崎さんが出てきたドアの向こうにベッドで寝息をたてている姫の姿が見えた。


「姫まだ寝てるんだ。もしかして、ゆうべは姫とお楽しみだったのかな~? な~んて……ん?」

「ぇ……っと……」

「あれ?」


 ん、なんだ、その反応。

 いつもの軽口のつもりで発言した言葉に対して、神崎さんもいつも通りに軽く受け流すだけだと思っていた。しかし、なんだその反応は。

 神崎さんは顔を赤らめて無言でうつむいてしまう。

 いや待て、わざわざロックをかけてまで見られたくなかったものって、つまり……?


「え〜と、つまり二人は……ごごごめんごめんごめん!!! ちょっと急用思い出したからサイバーフィッシュのほうまでいいいいってくる!」


 冗談のつもりだったんだけど、神崎さんと姫、ついに一線越えちゃったの!?

 しまった。気付かないフリをすべきだったのに露骨に動揺した。

 慌てふためいた私はダッシュでその場を去る。

 顔を真っ赤にしながら走って走ってトリデンテの外まで全力スプリントを続けた。


「はぁはぁ……づ、づがれだ」


 何を慌てているんだか、あの二人は恋人なわけで、そういう関係なのもごく普通で……うん、何も不思議なことじゃない。


「さて、気を取り直してサイバーフィッシュに……何しにいくんだっけ」


 そうだ、なんとかの腹子の正体を聞くの忘れていた。

 まぁいいか。サイバーフィッシュへいけば誰かしら教えてくれるでしょうに。




 ◇




 トリデンテから海岸沿いに数キロ歩くと、目的地のサイバーフィッシュが見えてくる。

 村の規模はトリデンテのおよそ4倍。釣りや漁が好きなプレイヤーが多く、村には獲った魚を干すための干し網やカゴなどが並べられている。


 所持している船の数も多く、小型の船が多数ある。

 大型の船が見当たらないのは、おそらく現在漁に出ているから。


 サイバーフィッシュに足を踏み入れると、村の入り口で魚を干している女の子がいる。

 その女の子は私の姿を見つけると訝しげな顔をして近付いてきた。


「サイバーフィッシュに何か御用ですか、トリデンテの変態さん」

「顔を見るなり酷いなぁ、妹ちゃん」

「会う度に変なことされてるんですから当然です。今日も変な事したら許しませんから」


 うるうるとした目で上目遣いをされるならともかく、今から殺されるのではないのかと思う程のキツい目で見上げられる私。

 妹ちゃんの目は切れ長のなので、睨まれると物凄い威圧感だ。

 しかし、こうも言われると逆にいたずらしたくなるではないか。


「ん~んふふふ……ステルス!!」

「ちょっとーーー!」

「冗談冗談、今日は買い物に来ただけだってぇ」

「買い物ですか? 干物? お刺身? 海鮮物ならある程度揃ってますけど」

「えーと、デュラム小麦とミルクと岩塩……それとチョウザカナの腹子」

「チョウザカナ? ああ、チョウギョですね、それ」

「へ〜、腹子って言うのは何なの?」

「知らずに買い出しに来たんですか」

「いや〜、色々とゴタゴタしちゃってさぁ」

「腹子ってのは魚の卵ですよ。イクラとか、たらことか。蝶魚はリアルで言うところのチョウザメ、つまりその腹子はキャビア。蝶魚はレアな魚だから高級食材ですけど」

「キャビア〜? 聞いた事はあるけど食べた事ない食材No.1のキャビア? そんな物でいったい何を作ろうって言うのさ」

「私に聞かないでくださいよ。でも食材からしてパスタじゃないですか?」

「ほほう?」

「デュラム小麦からスパゲティを作って、岩塩と一緒に茹でる。ミルクから作ったクリームとキャビアを添えてキャビアのクリームパスタが出来上がり。にんにくやキノコ類とかも混ぜるといいかもしれませんね」

「お、おぉ……妹ちゃんはシェフなの?」

「親の帰りが遅くなる事が多かったので料理する機会も多かっただけですよ」


 いや、キャビアを使ってパスタ作る学生はなかなかいないぞ。


「言っておきますけど、キャビアを使った料理なんてしてませんよ。ただ色んなレシピを調べたので頭に入ってるだけです」

「なるほどねぇ、しっかり者の妹を持って瞳子ちゃんも嬉しいぞ」

「はいはい。ちなみに腹子、高いですよ」

「おいくらだい?」

「20万N」

「たっか!!」


 Nネクは、この世界での通貨。

 モンスターを倒すと手に入るが、全てのモンスターがNを持っているわけじゃなく、Nをドロップするモンスターは完全にランダムとなっている。同じ種でも一度に1万Nを落とす雑魚モンスターもいれば、10Nしか落とさない雑魚モンスターもいる。


「私1000万Nしか持ってないよ」

「自慢ですか、それ」

「ふっふっふ、初期から地道に溜め込んでるからねぇ。妹ちゃんにも何か美味しい物を奢ってあげようか」

「いいです、変態に借りを作ると、ロクな事にならないと思うので」

「まぁまぁ、そう言わずに。実は歩き疲れてるから、どこかでティータイムと洒落込みたいのだよ」

「テレポ使わなかったんです?」

「あ〜、うん。ほら、今日の12時のアプデで調整あるでしょ」


 移住後もNWはアップデートで各調整を行い、バランスをとっていく方針らしい。現在テレポを利用した悪質な迷惑行為等も多発しているらしく、真っ先に調整対象になった。


「テレポに回数制限を設けるって話でしたね。そっか、帰り道に使う方がいいって事ですか」

「そーゆー事。ていうか妹ちゃん、NW来たばかりなのに詳しいね」

「これから生きていく世界ですから、必死に勉強してますよ。それにテレポは昨日帰る時に一緒に飛ばしてもらいましたからね。ていうか妹ちゃんって呼ぶのやめてもらえませんか。私の名前は雪子、神崎雪子です。NWネームはゆっこ」

「じゃあユキで」

「普通にゆっこでいいですよ」

「やだ、ユキ」

「……まぁ、なんでもいいですけど」

「ちなみに私は双海瞳子。NWネームはアクアニだよん。お気に入りはアクちゃん」

「じゃあ、双海先輩で」

「固いなぁ、瞳子ちゃんでいいよ?」

「嫌ですよ」

「じゃあ、せめて瞳子先輩で!!」

「気が向いたら呼んであげますよ」

「で、何の話してたっけ?」

「ティータイムがどうとか」

「じゃあ、ユキのオススメの店につれていって」

「いや、知りませんけど」

「ええ、なんでさ!?」

「NWについての勉強はしてますけど、まだ店を周るほどこの世界で過ごしてませんよ」

「そりゃそうか。じゃあ適当な店に入ろう」


「いくとは行ってませんけど」と愚痴るユキを無理矢理連行して、私は村の中央にある飲食店に入った。




 ◇




「せっかくだから、店で一番高いメニュー注文してみようよ」


 私はユキと向かい合って座り、メニューを開く。

 生しらす丼、たっぷりいくら丼、かき揚げ丼、ロコモコ丼


「ぉぉぅ!? ユキ、ロコモコ丼ってなに!?」

「ご飯の上にハンバーグと目玉焼きを乗せて特製ソースをかけたハワイ料理ですね。店によって様々なアレンジがされているみたいですけど……そうですね、ここの店ならサイバーフィッシュの特色を出すために海鮮類もトッピングされているんじゃないかと思いますよ」

「よし、決めた!! 生しらす丼で」

「なんで今の流れでそっちいくんです」

「実は生しらす丼って食べた事ないんだよ、一度食べてみたくてさ。ユキは?」

「ん〜、じゃあ、同じので」

「ええー、同じだと食べ比べできないよ」

「しませんけどね」

「ちっ!」

「ほら、注文しますよ」


 メニューも決まり、ユキが「すみませーん」と店員を呼びつける。

 その声に気付いて一人の店員が私達の座っているテーブルに寄ってくる。


「いらっしゃいませ~、ご注文をお承りしま~す♪ ……って、なぁ~んだ、ゆっこちゃんじゃない」


 明るく元気の良い声と満面の笑みでやってきた店員、長い桃色の髪をツインテールに結んでいる。

 どこかで見たことのある風貌だった。そしてユキはどうやらこの人物を知っているらしい。同じ村の住人なのだから当然といえば当然なのだが。


「こんにちは、シウスさん」


 そう、シウスちゃんだ。昨日のパーティに誘ったのだが、あまり会話を交わさなかったのでイマイチ印象に残っていなかった。しかしユキの一言で、その名前を思い出す。


「お友達と一緒なの? サービスするわよ」


 おぉ、割引きか? 大盛りか!?

 サービスなんて言われたら期待してしまう。


「いえ、お友達じゃないので、お構いなく」

「をい!」


 せっかくの申し出をあっさりと断るとは、なんてことしてくれるんだ。

 いや、それより友達じゃないのかよ、私達!


「え〜と、アクアニさんですよね? 昨晩はパーティーへのお招き頂きありがとうございましたぁ♪」

「のんのん、むしろ来てくれて助かったよん。ステージ上で歌って盛り上げてくれてたし、感謝感謝」

「そんなに褒められると照れちゃいますぅ」


 両手を頬に乗せてクネクネとするシウスちゃん。

 あざといな、かわいい。うん、かわいい。


「ところでぇ、二人にお願いがあるんだけど〜」

「うんうん、なんだね? このアクアニちゃんがなんでも聞いてあげよう」

「実はぁ〜……」



 ◇



「なるほど、樹海遠征に参加してほしいと」

「そうなんですぅ! 是非お願いしますぅ」

「お断りします」

「ですよね〜」


 ユキも「右に同じく」と私に同意する。

 樹海遠征の死神討伐軍に参加する、それすなわち死を意味する。正確には残機減少だけど。


 私は戦闘が大好きだ。自ら好んでモンスターに挑む。

 それは強さを証明するためか、ストレスを発散するためか、あるいは何かを忘れたいがために戦いに逃げているのか、自分でもよくわからない。だが、勝てる見込みのない戦闘に挑む勇気はない。今の私が樹海の死神に挑んでも無駄死にするだけだとわかりきっている。そんな誘いを、一度パーティーに誘っただけの縁で受けるかと言われたらノーだ。


「誘っても誰一人参加してくれないんですよぉ」

「まぁ、そりゃあ……死にたくないから、さすがのアクアニちゃんもね」

「うぅ……しくしく……、でも、気が向いたら声かけてください。参加者には、もれなくクイーンに弟子入りして鍛えてもらう権利がついてきますからぁ」

「ん!? んんッ!!?」


 クイーンに弟子入りできる? あのクイーンに弟子入りして特訓できると!?


「やる、やります! アクアニ、参加します!」

「え、本当ですかぁ!? いきましょう! やりましょう! アイドル目指しましょう!」

「いや、アイドルはやらないけど」

「え、じゃあなんで……」

「実は私、クイーンのファンだから、クイーンに弟子入りできるなら是非とも参加したいのだ」


 私の周りには神崎さんや姫のような強者がいる。けど、やはり私にとってクイーンは特別な存在。彼女の戦いに目を奪われ虜になった身としては弟子入りするチャンスをみすみす逃すわけにはいかない。


「へぇ、アクアニさんってクイーンのファンなんだぁ。でも良かった、これで参加者3人目」

「ん、3人? さっき誰一人参加してくれないって言ってなかった?」

「ああ、一人身内が参加してくれるんです。昨日もパーティーに参加してたトリルが」

「ああ、あの美人な……いいよね、トリルさん。かわいい」

「ふふ、自慢の相棒なんですぅ、一番可愛いのは私ですけどね」

「うん? うん、うん、カワイイ。で、ご飯まだ?」

「おっと失礼。直ちに〜」


 注文したメニューを作りにシウスちゃんは店の奥に引っ込んでいく。

 店員が全然見当たらないけど、シウスちゃんが一人で経営してるのだろうか?


「正気ですか、先輩」


 途中から黙って聞いていたユキが口を開く。

『正気ですか』とは、なんでわざわざ死地に赴くのか、と言いたいのだろう。


「まぁ、正直、勝てる見込みは薄いと思う」

「じゃあ、なんで」

「いいかい? クイーンは長らく闘技場No.2の座を死守してきた日本でも指折りの猛者だよ。そんなクイーンに弟子入りするって事は、それ相応の強さを手に入れられるって事」

「つまり?」

「つまり、弱いまま残機3をキープするより、強くなって残機2をキープした方が生存率は高いんじゃないかな」

「……姫先輩に弟子入りすればいいんじゃないですか? 闘技場で優勝したって話じゃないですか」

「姫も神崎さんも強いけど、私はクイーンのプレイスタイルが好きなの、だからいいの!」

「お姉ちゃんが強いって話、いまだに信じられないな」

「神崎さんは頭の回転が早いんだよ。正直あれは真似できない」

「あのお姉ちゃんがねぇ……」


 ユキはイマイチ神崎さんの強さを信じきれていない様子。

 まぁ、実際に目にするまでは、あの戦闘スタイルの凄さは伝わらないのかもしれない。その一瞬で最善の策を導き出す状況判断能力は、勉強しても見に付く物ではないだろう。

 姫のスタイルは防御型、私とはたぶん合わない。

 もちろん超攻撃スタイルになった時の姫は魅力だけど、今はすっかり神崎さんを守る騎士様に落ち着いている。


 私は運動神経に任せて本能的に戦うのが好きだ。そのスタイルに合うのは、たぶんクイーンだと思う。あの速さを手にする事が叶うならば、私は残機も惜しくない。


「あ、先輩、生しらす丼きましたよ」


 しかしNos.なしで、あの速さが真似できるのだろうか。


「せんぱーい」


 いや、私にだってNos.が発現する可能性はある。だって、私はこんなにもNWを、この世界を求めていたんだから。


「食べないんですか?」


 想いの強さに応えてくれるNos.なら、きっと!!


「お〜い、せんぱーい!」

「……なんだねユキ、さっきから騒がしいぞ。珍しく瞳子ちゃんが集中して考え事をしているのに」

「はぁ!? 人の親切心に対してなんですか、それは! ていうか、歩く音響兵器である先輩に騒がしいとか言われたくないですよ!」

「こんな美少女を捕まえて音響兵器とはなんだね! 歩くクレオパトラだわ!」

「クレオパトラは元々歩くでしょうが!」


 一度言い争うと止まらない。抑えようとしても売り言葉に買い言葉でお互いに言葉のマシンガンで撃ち合ってしまう。

 しかし、そんなマシンガンの撃ち合いは一人の人物のダイナマイトで吹き飛ばされた。


「店内では……お静かにしろぉぉぉ!!!」


 店内で騒いだ私達はダイナマイト級の怒号を発して駆け寄ってきたシウスちゃんによって店外へ放り出される。


「二人はしばらく出禁! 店の評判に関わる!」

「え、えー!! 私まだ食べてない! 生しらすド〜〜ん!!」


 私の叫びも虚しく、シウスちゃんは店内に戻っていき、生しらす丼を食べるという私の夢は儚くも散った。


「うう、生しらすぅ……こうなったら別の店で食べるしかない! いくぞユキよ!!」

「嫌ですよ! これ以上、村で問題起こして追い出されたくないですから」

「ぐぬぬ、ならば別の村まで食べに行くしかない! いくぞユキよ!!」

「はぁ? なんで私まで行かないといけないんですか。ていうかそもそも私はもう食べましたよ」

「うるさーい! いくったらいくんだ!」



 ◇



 結局私は、『レベルが低いユキは、安全のためにもう少しレベルを上げる必要もあるから狩りがてら行くべき』とか、『まだ周辺の地理を理解してないから自分の目で確かめて土地鑑を身につけるべき』だとか、最もらしい説得で連れ出すことに成功。というか実際、その通りだと思った。

 ユキはまだレベル2しかないし、誰かベテランが側についていたほうが安全に狩りができるはずだ。


 目的地はサイバーフィッシュからは10キロ程度離れた場所に、かなり栄えた街がある。名前はネオマリンタウン。

 常駐している住人もこの辺りでは一番多く、商人も多く集まり、冒険者達の拠点にもなっている大都市だ。

 これだけ離れている場所ならば、道中に現れるモンスターを倒すだけでも、それなりに経験値が入るはず。


「変わった武器ですね、それ」


 サイバーフィッシュを出て、少し歩いた草原まで来ると、ユキが私の武器を指差してそう言った。


「蛇流棍って言って、中距離型のワイヤー武器だよ」

「ワイヤー武器?」

「説明するより、見せた方が早いかな」


 私は空を見上げると、上空を飛んでいる一匹の鳥型モンスターのガメラスに狙いをつけた。ガメラスは亀の甲羅を背負ったカラス。空を飛んでいるうえに防御性能も高いので、初心者ではかなりの苦戦を強いられる。


「そこのお前さん、さっきから私達への攻撃するタイミングを見計らってるの、バレバレだぞ〜」


 両手に蛇流棍を握り、大きく反動をつけて蛇流棍を振った。

 すると収納されていたワイヤー部分が伸びて蛇流棍の先端にある鈍器が、上空のガメラスに向かって突進していく。

 武器によって異なる鈍器部分、ワイルドスネークの鈍器部分は針鉄球になっており、かなり殺傷能力は高い。

 地上から伸びてきた攻撃に不意を付かれて、避ける間もなく直撃して、背負った甲羅は砕け散って、ガメラスは地上へと落下した。


「ユキ、今だ〜!」

「あ、はい! ごめんね鳥ちゃん、斬らせてもらうよ」


 ユキは腰にある刀を抜いて、落下したガメラスにトドメの一撃を叩き込んだ。


「凄いですね、上空にいる敵をこうもあっさり」

「ぬふふん、便利な武器でしょ。何よりも鈍器がヒットした時の豪快な音が良い。それで、どう? 今レベル上がった?」

「あ、はい、一気にレベル6に」

「レベル6もあれば十分。ユキ、その刀は?」

「メイからもらった刀です」

「へ〜、名前は小鳥丸……ことりまる? ユキはその小鳥丸で続けていくの?」

「まぁ、せっかくもらった物ですし、他に使いたい武器もないですし、このまま刀で良いかなって。あと小鳥丸じゃなくて小烏丸こがらすまるです」

「なら丁度いいや。実は瞳子ちゃんもサブウェポンとして刀を地道に育ててる」

「サブウェポン?」

「蛇流棍は集団を相手に本領発揮する武器だから、実はそこまで万能じゃなくてね、懐に入られると一方的にやられちゃうからソロだと微妙に扱いが難しい。そこで状況に応じて武器を使い分けたい人は余ったスキルポイントで2つ目の武器種の技を習得していくのだ」

「なるほど……刀はどうなんです?」

「刀は万能武器だから問題なし。例えば【壱之太刀・烈風】は、刀から風の刃を一直線に飛ばす中距離技、【参之太刀・焔】は炎を纏って相手に攻撃する近距離技、状況に応じて使い分ける感じ。習得してみる?」


 戦いを避ける者ならば戦闘スキルは必要ないが、戦闘スキルを何一つ習得していないと近場への外出ですら護衛が必要になる。

 その旨も説明して、ユキは戦闘スキルを手にするか、職人として安全な村で暮らすか、どちらのスタイルで生きていくのかを聞いてみる。


「私は……うん、少しは戦う力を持っておきたいですね」


 そう言ってユキは【壱之太刀・烈風】を習得する。


「よしっと、これで先輩にセクハラされてもぶっ飛ばせる」

「をい!」


 そもそも技なんてなくても、今まで散々反撃してきたでしょうに。

 とりあえず私はユキに斬られないように自重しながら、道中の敵を倒して目的のネオマリンタウンまで進んでいく。




 ◇




 三時間くらい歩いただろうか、巨大なドーム状の屋根が見えてきた。

 そのドームはネオマリンタウンの象徴。街の中心地にあるネオンドームは半分は陸地に、もう半分は海上に突き出ていて、そのネオンドームでは様々なイベントやスポーツを開催している。そしてドームをぐるりと囲むように広大な居住地が形成されているのがネオマリンタウンだ。


「でかっ! やばくない?」

「やばいですね。こんな都市が作れるなんて」

「この世界の凄さ……いや、面白さだよ。こんな都市でもクラフトスキルさえあれば素人でも作れちゃうんだよ」

「なるほど……でも、こんな巨大な都市に住む住人をまとめるなんて大変じゃないです? 法律と呼べる物なんてないでしょうし」

「あるらしいよ」

「え? あるんです?」

「この世界の法律じゃなくて、この街にだけ存在するルール。それを守れない者は追放されるんだってさ」

「小さな国みたいなもんですか」

「よくわからんけど、きっとそんな感じ」

「自分から解説始めたくせに雑ですよ、最後が」

「小難しい話はよく知らないからね、はは」

「……で、どこで何を食べるんですか、小難しくない食べ物の事なら知ってるでしょう?」

「うむ、まずは南マリンタウンで生しらす丼を探す!」

「ええ……ここまで来て生しらす丼なんですか、なんかもっとこう、特産品的なメニューが食べたいんですけど」


 特産品……この街の特産品は何だっただろうか。

 確か、NWを始めたての頃に一度だけ来た事がある。あの時は、まだミドリやオカと一緒に固定PTを組んでいたっけ。


 私がわがまま言って、オカは文句を言って、ミドリは呆れながらもついてきてくれていた。あの頃のネオマリンタウンはドームもまだ完成しておらず、今よりもっと小さい村だったし、味覚も実装されていないから味を感じる事もなかったけど……そうだ、確か……。


「ネオマリンおでん!」

「おでん、ですか? いいじゃないですか。丁度冬ですし、おでんシーズンですね」

「うむ、絶対美味しい、たぶん」

「どっちなんですか」

「とにかく行こう、おでん! 久々に食べたい!」


 そうと決まれば善は急げ、味覚が実装された今なら、あの頃とは別の楽しみ方ができそうだ。


 私達は目的のネオマリンおでんを出店している場所まで向かう事にした。遠目から見ていた時も思っていたが、右を見ても左を見ても屋根が青い。 



「なんで青で統一してるんだろ」

「さっき遠目から見たら、黄色い屋根もありましたよ、たぶん地区ごとに統一されてるんじゃないですか?」

「ほう、色で地区分けされてるって事かい」

「大きな都市ですからね、明確に区分けする事で統率しやすいのかもしれません」

「なんでさ、いちいち小分けにすると面倒じゃない?」

「こんな大都市、全てを一人でまとめるなんて無理ですよ。全ての住人を一人が見るよりも、いくつかに区分けして、それぞれの地区の代表を決めて、代表が自分の地区をまとめる。おそらく東西南北の代表が、このネオマリンタウンのリーダーなんじゃないですか」

「ふむ、その四天王の上に更にラスボスがいると?」

「そこまではわからないですけど、法律もない状態で大都市をまとめあげるなんて、一人じゃ絶対に無理だと思っただけですよ。秩序を保つにはリーダー必要ですから」

「……そういえば気になってたんだけど、サイバーフィッシュのリーダーって誰なのん?」


 サイバーフィッシュは、神崎さん達と何かと縁があるらしく、私がトリデンテに加入する前から交流があるらしい。しかし、トリデンテに依頼しに来る人は毎回毎回違う人なので、名前も全然覚えられないし、印象にも残らない、というのが正直な感想である。パーティーに参加していたシウスちゃん、トリルちゃん、メイちゃん、この三人も今までトリデンテに来た事はなかったはずだ。


「リーダーはポーラって女性プレイヤーですよ。トリデンテの代表であるお姉ちゃんと、よく連絡とってるって、サイバーフィッシュに加入した時に聞きましたけど」

「やばい、全然知らない人だ。たぶんすれ違ってもわからんぞ」

「暇さえあれば海に出てますから、滅多に村にいないみたいですけど」

「寝る時は戻ってくるでしょ」

「昨日は帰ってきませんでしたよ、船で寝るって」

「常時リーダーいないとか、サイバーフィッシュ大丈夫か」

「サブリーダーのトリルさんがまとめてくれるので、まぁ」

「あの美人さん、サブリーダーなんだ」

「ポーラさん不在が多いから村に常駐しているまとめ役も必要だって事でそう決めたらしいです」

「へぇ、あんまり外に出ない人なんだ?」

「トリルさん戦闘スキルはほとんど取らずに職人系スキルを極めてるって言ってたから村でのんびり暮らしたいんだと思います」

「そういう生き方もいいよね」

「先輩は村でじっとしてるなんて、無理じゃないですか」

「ほう、昨日の今日で双海瞳子という人物を完全に理解したようだね。その通り、瞳子ちゃんは止まると死ぬのだ……ってあれ」


 ネオマリンタウンを歩いていた私達の前方、露店なども多く、人がごった返している状況、しかしその中に見覚えのある顔が横切った。


 会いたくなかったと言ったらウソになる。

 NWに移住している事は知っていた。

 だが、正直、心の準備はしてなかった。

 

 地面に届きそうな程のエメラルドグリーンのロングヘアー、真紅の瞳、薔薇の髪飾り、そして幼馴染3人で一緒に狩ったモンスターからドロップした純白のドレスを身に纏ったプレイヤー、ミドリがそこにいた。

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