後輩
「マリ、いい加減起きないと」
NW初日の朝、沙耶の声を目覚まし代わりにして目を覚ます。
窓の外を見ると太陽の光が眩しい。時刻は12時を回っている。
「寝すぎたぁ……ってわけでもないか。寝たの朝方だもんね」
「まぁ、そうだけどさ、初日からこんな時間まで寝てるのは如何な物かと思って。今夜の準備もまだ途中だしね」
周りを見ると、みんなは既に起きて外で畑の水やりや散歩をしているらしい……ぐーぐーと爆睡している双海さんを除いては。
今日は12月24日。向こうの世界ではクリスマス・イヴだ。
NWに来たのに、あちらの行事が関係あるのかは微妙なところだが、移転成功の記念も兼ねてパーティーを開くことになっている。
「あ、その前に沙耶、朝ご飯は?」
「まだ食べてないわね。ヒビキ先輩達はもう食べてたし、私達も何か適当に食べようか。昨日のパジャマパーティーの余りあるけど」
「も〜、沙耶! わかってないなぁ」
「え、何を?」
「NWに移転して初めての記念の朝食だよ! 気合い入れて作らないと」
「いやいや、カウントダウンやら記念が多すぎるって」
「え〜、でもぉ」
「私はマリと出会ってから毎日が記念日だよ。だから普通でいいの」
「ズルい! それはズルい!!」
「てことで、朝食は昨日の余りのプリンで」
沙耶はプリンを取り出すとテーブルに4つほど並べる。
「と言っても朝からプリンは"普通"とは違うか」
「栄養バランスとか考えなくていいNWならではかも」
「私、現実だと甘い物とか我慢してたから正直助かるなぁ」
沙耶はプリンを食べながらしみじみと言う。
健康や体型の維持に気を使っていた沙耶は好きな物を好きなだけ食べることができる今の状況が嬉しいらしい。
昨日のパーティーでもスイーツをいっぱい食べていた。
プリンひとつでこんなに幸せそうな顔をするのならば、今度、沙耶と一緒に各地のスイーツ巡りでもしてみようかな。現実世界の食べ物を模したスイーツばかりではなく、NW特有の新しいスイーツにも巡り会えるかもしれない。なんにせよ私達のこれからは不羈自由、何にも縛られる事なく、好きなように歩んでいける。
朝食を食べ終えた私達はマイホームの外に出ると、陽の光を浴びながら伸びをする。
「うぅ〜〜〜ん、なんだか不思議な感じだね、沙耶」
「今までの人生は同じような朝の繰り返しだったからね。新しい朝が始まったって感じ……まぁ、もうお昼なんだけど」
「あはは、じゃあ、私達も働くとしますか!」
NW移住一日目の朝、もとい昼にやる事は今夜のパーティーの準備。
昨日クラフトしたライトアップ用の灯りを更にトリデンテ全域に飾り付けて、見栄えの良いオブジェクト等も設置していく。高い木の上のほうはヒビキが担当してくれるので、足場を作らずとも作業がスムーズに進み、作業効率はかなり良い。
ハナビちゃんは昨日の砂遊びの延長で雪だるまを作ったり、他にも可愛い動物のスノーアートを作り上げていく。
「ハナビちゃん、昨日教えたばかりなのに凄い上達速度だ」
「昨日の砂遊びが楽しかったので寝る前も起きてからもサンドアートの事ばかりを考えていたんです。雪は形を固めやすいので初心者のハナビでも無理なく作れます」
既に私より詳しくなってるし、私より上手く作っている。
昨日はなんとなく誘ってみた砂遊びだけど、どうやら想像以上に気に入ってハマってしまったようだ。
大変そうなら手伝おうかとも思ったけど、私が口に出す前に沙耶が名乗りを上げる。
昨日ハナビちゃんと遊べなかった分、今日取り戻そうという魂胆らしい。
「じゃあ、ハナビちゃんをよろしくね、沙耶」
「うん、また後でね」
他にも作業すべき事があるので、私はスノーアートを二人に任せてその場を後にする。
飾り付けはヒビキとハヅキさんが担当してくれているし、村のオブジェクトやスノーアートはハナビちゃんと沙耶が、後は今夜のパーティーに招待する知り合いに連絡したり、料理を作る役も必要かもしれない。
私はマイホームのドアを開けると、丁度外に出ようとしていた会長とバッタリ鉢合わせする。
「あら、マリさん、お暇ですの?」
「あ、会長。今夜のパーティーに出す料理を作ろうかと思って」
「まぁ、いいですね。ワタクシもお手伝いしますわ!」
「じゃあ、さっそくキッチンの方に……」
私は会長と一緒にキッチンに向かおうとすると、後ろから「ちょっと待ったァ!!」と、大きな声で静止される。
振り返るとそこには起きたばかりの双海さん。
「おはよう、双海さん。どうしたの?」
「私もその料理当番、混ぜてもらおう! 暇だし」
「あ、暇なら双海さんはパーティーに招待する人達に連絡してくれないかな」
「招待? 誰呼ぶの?」
「来てくれるかはわからないけど、とりあえずクイーン、スノウさんとか、後はサイバーフィッシュの人とか、もちろん雪ちゃん達も」
「え"、妹ちゃんもか……かなり嫌われたからなぁ」
「セクハラするからだよ。むしろ仲直りするチャンスかもよ?」
「うぅむ、仕方ない、やってみるか」
いつものキレがなく、まるで宿題を忘れた生徒が職員室へ向かうかのようにどんよりとした空気を纏いながら歩いていく双海さん。
「そんなに苦手なのかな、雪ちゃんのこと」
「珍しいですわね。誰に対しても犬のように戯れていくあの方が」
「ふふ、確かに」
双海さんを見送った私と会長はキッチンにて今夜のパーティーのメニューを熟考する。
まずは鉄板のチキン。これは鳥型モンスターを狩れば簡単に素材が手に入るので、過去に狩ったモンスターからのドロップ品が余っている。
難しい料理でもないので特に問題なく作れるだろう。
他には昨日の夜にも食べたイチゴやマシュマロ、トリデンテ風 潮風の野菜炒め等の調理を会長にお願いした。
その一方で私は新しいクリスマスメニューに挑戦してみることに。
と言っても別に難しい事をするわけではない。
食べやすいサイズに整えた野菜やタマゴを輪のように並べて、そこにリボンを模ったハムを乗せて、クリスマスリース風のサラダが完成する。
次はオーブンで焼いたカップケーキの生地の上に抹茶クリームをソフトクリームのように乗せていき、鮮やかな色のアラザンでトッピングした一口サイズのクリスマスツリーケーキ。
真っ白な雪をイメージしたホワイトシチューなど、季節感を出すための料理を次々に作っていった。
「マリさん、凄いですわね。まるでお洒落な店のベテランシェフですわ」
「それは言い過ぎですよ、会長。現実と違って簡易的になってますから……あ、そうだ」
「どうしました?」
「会長にまだ料理をご馳走してなかったじゃないですか。ほら、以前、約束した」
「そういえばそんなこともありましたわね」
「現実ではご馳走できなかったけど、せっかくだからこの機会に作ってみますね」
私は倉庫からまぐろ、サーモン、イカ、ゆでだこを取り出して捌く。
粗せん切りにしたレタスやスライスしたタマネギをお皿に盛り付けて、マグロ、サーモン、タコ、イカを綺麗に整えて並べて、その上から葉ネギを散らしてから、仕上げにさっぱりとしたドレッシングをかけて完成させる。
「できました!」
「ゴグリ……お、美味しそうですわね。試しに味見を……」
「あ〜、ダメですよ会長! パーティーが始まってからのお楽しみです」
「うぅ、仕方ないですわね。我慢、ここは我慢ですわ!」
そうこうしているうちに時間も経って夕方になった頃、招待客に連絡を入れる係をしていた双海さんがキッチンに姿を現す。
「ただいまぁ〜ん」
「あ、双海さんおかえり。どうだった?」
「いや〜、酷い目にあったよ」
「連絡するだけで酷い目に合わないと思うけど」
「結論から言うと、パーティーに来るのは6人かな」
まず一人目はクイーン。特にすることもなく暇を持て余しているとの事で参加。
二人目はスノウさん。トリデンテとは今後も友好な関係を結びたいからと代表として参加。トリデンテには来たことがないけど、近場には遊びに来たことがあるらしく、移動手段も問題ないとの事。
次はサイバーフィッシュの人達だけど、現在主要メンバーは船を使った大掛かりな航海中らしく、村で待機してるメンバーが代表として二人来るらしい。
その二人とは別に雪ちゃんが友達と一緒に参加。母親達にも連絡したが、大人が混じって気をつかわせてもなんだから子供達だけで行ってきなさいとの事らしい。
「妹ちゃんてば、私を見るなり『変態が来た! みんな気をつけて!』とか言ってまともに取り合ってくれなかったし! 説得するのに苦労したよ」
「あはは、ご苦労さま」
「だから神崎さんの恥ずかしい話を聞かせてあげるって誘ったらOKしてくれた」
「ちょっとぉ!!」
「冗談冗談、あ、それ今日の料理? すっご!? クリスマスツリーだ!!」
「うん、ほとんど完成したから後はテーブルに並べてみんなを待つだけ……、あ、そうだ。私最後にやることあるからちょっと出るね。料理をよろしく〜〜」
「え、神崎さ〜ん! どこいくの〜〜」
私はマイホームの外に出ると、デコレーションされている小さめのクリスマスツリーの上に、とある物を乗せて、更にミニ噴水を取り付ける。
水が滴るツリーはライトアップも相まって幻想的な雰囲気を醸し出している。
ふと人の気配を感じて後ろを振り返ると、私がクリスマスツリーに細工しているのを目聡く見つけて駆け寄ってきたハナビちゃんがいた。
「マリお母様、もう料理は終わったのですか?」
「うん、終わったから最後の仕上げをしたの。ハナビちゃん、これ見て、ほら」
私が指さした方向に顔を向け、ハナビの視線はツリーの下から徐々に上へと登っていく。そしてツリーの天辺に取り付けられた星を見て目を輝かせた。
「ヒトデさんです!」
「ふふ〜、干乾びないように噴水で絶えず水を送ってあげたの。ヒトデも干乾びないし、ツリーも一風変わったウォーターツリーになっていい感じでしょ?」
「はい、はい! とても素敵です」
ハナビちゃんの視線はしばらくウォーターツリーに釘付けになり、そこから微動だにせずに飾られたヒトデで眺めていた。
◇
「え〜と、それでは、トリデンテ主催のクリスマスパーティー開催します! い……いぇ〜い!」
辺りも暗くなってライトアップが輝き始めた頃、私は簡易的に作られた舞台の上で挨拶をさせられていた。こういうの慣れてないから何言っていいのかわからないんだよね。
「いぇ〜い、って何よ。乾杯とかでいいのに」
「あぅ」
挨拶が終わって降りてきたところを早速雪ちゃんに口撃された。
その横には見慣れぬ女の子が立っている。おそらく雪ちゃんの友達だろう。
「うん? ああ、紹介がまだだったわね。こちら私の友達のメイ。んでこっちが私が姉の」
「マリ先輩!―――ですよね」
雪ちゃんの紹介が終わるのを待たずして大声で名前を呼ばれた私は少し驚いて一瞬後退るも、「よろしくね。メイちゃん」返事をした。
するとメイちゃんは目を輝かせて私の手を握る。
「うわっ、うわぁ! 本物のマリ先輩だ! 夢みたい!」
「え、え?」
突然、羨望の眼差しで見つめられ、私は困惑する。
「メイはお姉ちゃんの大ファンなんだって、笑っちゃうでしょ」
「もう、ゆっこ、笑わないでよ! マリ先輩は凄い人なんだから」
いやいや、凄いかな? そもそもなんで私のファンになったのだろう。
闘技場の件だろうか? いや、でも闘技場ならば優勝したのは沙耶だし、わざわざ私のファンになるのも違う気がする。
「えっと、なんで私のファンに?」
「以前、助けてもらったことがあるんです! 覚えていますか?」
「あ〜……確か……うぅん」
やばい、全然記憶にない。新手の詐欺かな。
「ごめん、覚えてないの。いつかな?」
「数え切れないくらい人助けをしているんですね! やっぱりステキですマリ先輩!!」
どうしよう、全てポジティブな方向へ流れを持っていかれてしまう。
そんなに人助けをした覚えもないし、本当に記憶にないだけなのに。
「あれは私がまだNWを始めて間もない頃でした。右も左もわからず彷徨っていた私は襲いくるネズミモンスターから命からがら逃げのびたのですが、安心しきったところで目の前に現れた巨大なモンスターの鎌に捕らわれてしまったんです。『あ〜も〜ダメだ〜このまま死ぬんだ〜』って思っていたところに現れたのがトリデンテの皆様なんです! あのモンスター、かなりの強敵だったらしくてトリデンテ御一行も壊滅しかけたんですけど、そこでマリ先輩がクラフトで構築した壁をシールドのように使って仲間を守り、更には姫先輩とのコンビネーションでサイレントアロー零式を叩き込んだ時の感動、忘れられません!」
話を聞くにその戦闘はデスサイズ・マンティスとの戦闘だと思われる。
そういえば戦闘開始前にデスサイズ・マンティスの鎌に捕縛された女の子がいたような気がしないでもない。
その後はサイバーフィッシュの一員として陰ながら私の活躍を見守っていたらしい。
あまり前線に出ずに待機メンバーになる事が多く、私と話すのもこれが始めてだとか、リアルの友達である雪ちゃんの姉が私だと知って、勇気を出して会いにきてくれたらしい。
「う〜ん、私のファンだなんて初めてだから、なんか照れちゃうなぁ」
「じゃあ私が第一号ですか?? マリ先輩ファンクラブ会員No.1ですか!?」
「やだな〜、私のファンクラブなんてないよ」
「では作ります! 私が! ファンクラブを!!」
ファンができるのって初めてだけど、熱量こんなに凄いんだ、と圧倒される。
「でもまさかトリデンテの二人が学校でも有名な姫先輩とマリ先輩だなんて、知った時は驚きました」
「沙耶だけじゃなくて私も有名なの?」
「姫の隣に神降りる、なんて言われて有名でしたよ。いつも一緒にいる姫宮、神崎ペア」
一年生の噂は私達に入ってこないから、そんなふうに言われてるなんて知りもしなかった。教えてくれれば良かったのに、と雪ちゃんを見ると、何やらキョロキョロと辺りを警戒しているようだった。
「どうしたの?」
「変態に奇襲されないように警戒してるの。無許可で私の胸を揉むとか本当ありえない」
どうやらプライドの高い雪ちゃんは双海さんに不意打ちされて醜態を見せてしまったのが許せないらく、物凄い根に持っている。しかし雪ちゃんの警戒も虚しく、背後に忍び寄る影がある。双海さんだ。
「ツンツン」
「ぎゃーー!!」
不意に頬を突付かれた雪ちゃんは、またもや大絶叫。
双海さんもステルスを使いながら接近するだなんて意地が悪い。
「また……またですか! この変態女!」
「いやぁ、今度は頬だから問題ないかな〜って。まさかそんなに驚くと思わなかったし……もしかしてダメだった?」
「駄目に決まってるでしょう―――が!」
雪ちゃんはお返しと言わんばかりに自分が食べていたケーキの塊を双海さんの口に無理矢理押し込んだ。
「むごっ……もごっ!」
「しばらくそうしててください。変態に開く口はありませんので」
仲が良いのか悪いのか、じゃれ合ってるようにも見えるので、この二人はしばらく放っておいても大丈夫かな。
「ごくっ……ぷはっー! ちょっとちょっと妹ちゃん、死ぬかと思ったよ!」
「死ねば良かったのに」
「死なないしー! すぐに蘇生してもらうし、仮に蘇生間に合わなくても残機減るだけだし!」
「バカは残機が減るまで治らないんですよ!」
「むきー!!」
大丈夫……だよね?
私は大声で言い争ってる二人に背を向けて沙耶達のいるほうへと向かった。
「マリ、あの二人何してるの」
「双海さんがまた……」
「懲りないなぁ、双海ちゃん。で、その後ろにいる子は?」
「へ?」
沙耶に言われて後ろを振り返ると、両手を後ろで組んでもじもじとしてるメイちゃんがいた。どうやら私について来たらしい。
メイちゃんは何かを言いたげにしているが、学園の姫を前にした緊張からか第一声が出ない。
なんだか昔の自分を見ているような気分になった私は助け舟を出すことにした。
「この子はメイちゃん。雪ちゃんの同級生だから私達の後輩だよ」
「へ〜、よろしくね。メイちゃん」
沙耶は笑顔で手を差し伸べると、メイちゃんも緊張が少し解れたのか、頭を下げなら「よろしくお願いします!」と沙耶の手をとった。
「う〜ん? メイちゃん、どこかで見たことあるような……あ、デスサイズ・マンティスの時の!」
「はわわ、覚えていてくれたんですか!? か、感激です!」
「あの戦いは記憶に鮮明に残ってるからね。戦闘後はこっちもばたばたしてたから気にかけてあげられなかったけど、大丈夫だった?」
「はい! トリデンテの皆様のおかげで、それはもう!」
沙耶、記憶力いいなぁ。私は昔のことだから完全に忘れてたのに。ってあれ、これじゃまるで全然記憶になかった私が薄情者みたい!?
うわ〜、せっかく私のファンだと言ってくれたメイちゃんになんだか申し訳なくなる。
「どうしたんです? マリ先輩」
「沙耶はしっかりと覚えていたのに、私は曖昧な記憶だったからなんか申し訳ないなぁって」
「そんなことありません! 私が勝手にマリ先輩のファンになっただけでですし! それにマリ先輩達が私を助けてくれた事実は変わりませんから! マリ先輩のファン1号であることは誇りに思ってます!」
なんて良い子!
ファンというよりは可愛い後輩として迎え入れたい気分。学園生活では後輩に縁がなかった私はそんなふうに思った。
「マリのファンなんだ?」
「はい! あ、でも姫先輩の事ももちろん尊敬しています!」
「そんな気を使わなくても別にいいってば。あ、でも一つだけいいかな」
「はい、なんでしょう?」
「マリのファン1号は私だから、そこはよろしくね」
「え、ええ!?」
沙耶ってば、そんなところで張り合ってどうする。
私達は既に恋人なんだからファン1号の座は譲ってあげればいいのに。
「だ……ダメです! いくら姫先輩でもファン1号は譲れません!」
おぉ? 沙耶相手に反撃に出た。メイちゃん、意外と芯が強いのかもしれない。
「えー、私だってば」
「いいえ、私です!」
無限に同じやり取りをしている二人。なんだかさっきの双海さんと雪ちゃんと同じような光景になってしまったので、私はまたまたこっそりとその場を後にして移動する。
スノウさんはクイーンと会長と一緒に話し込んでいて、ハナビちゃんはヒビキとハヅキさんと一緒にスノーアートを見て回っている。
料理が並べられているテーブルを見ると、そこに二人組の女の子がいた。あれは確かサイバーフィッシュの人だ。
あまり言葉を交わしたことはないが、レイジングヴォルフ討伐PTやセイレーン事件に参加していた古参メンバーのはずだ。
少し緊張するけど、せっかくパーティーに来てもらったのだからと私は彼女達に声をかけた。
「こんにちは〜、えっと、確かサイバーフィッシュの……トリルさんとシウスさん」
「あ、マリさん。パーティーに招待して頂いてありがとうございます」
海をイメージしたかのような蒼いドレスを着たトリルさんは、お嬢様のようなお淑やかな雰囲気があり、まるで乙姫のようだった。どことなくハヅキさんに似てるかもしれない。
「いつもお世話になってるのに、クリスマスパーティーにまで招待してもらえるなんてシウスちゃん感激〜〜。ありがとうございますぅ」
甘ったるい声を出して感謝の意を述べたのはシウスさん。
ピンクを基調としたフリフリの服を着て肩や太ももを大胆に露出している。
「あ、この服装やっぱ気になっちゃいますぅ?」
「え? あ、いや、かわいい服だなぁって。なんかアイドルみたいですね」
「さっすがマリさぁん! 実はシウス、目指してるんですぅ」
「アイドルを?」
「はい〜。現実と違って事務所とかオーディションもないのでまずはサイバーフィッシュでプチライブとかしてるんですけど、中々評判いいですよぉ。けどやっぱ中々全国への展開が難しくてぇ、何か良い案とかないですかぁ〜マリさぁん」
「え、うぅん」
アイドルをプロデュースなんてしたことないからわからないし、芸能界にも詳しくない。有名になる方法なんて正直検討もつかないのだけど……。
「あ、いたいた。マリ、いつもの間にかいなくなっちゃうんだもん」
「あ、沙耶。おかえり」
どうやらメイちゃんとのファン1号談義も一段落ついたらしい。どちらがファン1号になったのかは聞くまい。
「そうだ、沙耶なら何か良い案があるかも」
「なんのこと?」
私はシウスちゃんがアイドルを目指してることを沙耶に説明し、幼少期に子役をしていた沙耶ならば、何か良い案がないか問う。
「う〜ん、私も芸能界にいた期間が長いわけじゃないからね。しかもアイドルじゃなくて子役だし」
「え!? サーヤさん今、さらっと凄いこと言いましたよね? 芸能界? 子役!?」
「そんな凄いことじゃないよ、すぐに引退したし」
「いやいや、それでも十分…………ん? 子役、引退……サーヤ、沙耶……? あ〜!! あんたまさかミカンの妖精サーヤちゃんの姫宮沙耶!!!」
突如大声で叫ぶシウスさん。その喋り方からは甘ったるさが消え、ドスの聞いた声で沙耶を呼ぶ。いや、私だってシウスちゃんがネコ被ってるのは薄々勘付いてはいたけども。
ちなみにミカンの妖精サーヤちゃんは沙耶が出ていたCM。ドラマでブレイクした後に沙耶が出演したオレンジジュースのCMであり、沙耶本人も商品のオレンジジュースも爆発的にヒットした。
「え〜と……?」
「私はあのドラマのオーディションの最終審査であんたに負けたのよ! 覚えてない!?」
「ご、ごめん。まったく記憶に……」
「くぅ〜、あのオーディションさえ受かっていれば私だって今頃アイドルになれていたかもしれないのに!」
つまり逆恨みである。
「しかも、あっさりとその座を捨てて引退だなんて! 何を考えているのよ」
「普通にゆっくりと暮らしたかったのかなぁ。後悔はしてないよ」
「まぁいいわ。私が負けたという事実は変わらないし。芸能の道を諦めたあんたに聞くことなんて……」
「クイーンに聞けば?」
「は? クイーンに? なぜクイーンに?」
「クイーンってばリアルでもNWでも結構有名だったし、そういうことに詳しいかもよ」
「それだわ! さすがミカンの妖精サーヤちゃんね。そうと決まったらいくわよ」
「ちょ、ちょっと! なんで私まで」
シウスちゃんは沙耶の腕をとって、クイーンのいる方へと無理矢理引っ張っていこうとする。
「私はクイーンと面識ないから仲介してよ」
「ええ〜、今日はマリと穏やかに過ごそうと思ってたのに〜」
「それはいつでもできるじゃないですかぁ〜、おねがぁい」
「わかったからいきなり変な声出さないで。少し前の自分思い出す」
「なによそれ、まぁいいわ。あのぉ、マリさんもついてきてくださいますかぁ?」
数秒前に出すなと言われた甘ったるい声を出して私に了解をとろうとするシウスちゃん。
とりあえず了解して、スノウさんと談笑しているクイーンの元へ足を運んだ。
「こんにちは、クイーン。楽しくやってますか」
「あら、サーヤちゃん。今日は誘ってくれてありがとうね。他の皆もこんにちは、トリデンテはみんな無事に移転できたみたいで何よりだわ」
「おかげさまで。闘技場関係者はどうです? キングとかスキュラ氏は」
「二人ともしっかりと成功しているみたいよ。私もまだ顔は合わせてないけどね。それよりも聞いたわよ。鷹の目のイーグルの話」
「あ〜……まぁ、ちょっと巻き込まれたけど、自力で解決しましたから」
「ちょっとってレベルの話じゃないでしょ、あれは」
確かに、地球に終焉をもたらすレベルの災厄なのだから、とんでもない事に巻き込まれたと言っていいだろう。
冷静に考えると、過去最悪の災厄であるイーターの襲撃をかわして、無事にNW移住を成功させたのは奇跡に近い。
「ところで私に用があって来たんじゃないの?」
「あ、そうだった。私の友人のシウスがクイーンに折り入って頼みたいことがあるって」
それまで黙っていたシウスさんはクイーンに自己紹介を済ませて、経緯を説明した。
「なるほど、つまり有名になりたいってことね」
「は、はい! あ、ただ有名になりたいとかじゃなく世界中を笑顔に……」
「そういう建前はいいのよ、どんな理由であれ、行動を起こしてそこに辿り着けるかどうかが全てよ」
「辿り着く……」
「アドバイスなんて物じゃないけれど、樹海に行くのはどうかしら」
「樹海ですか?」
「そこで死神と戦うのよ。現在発見されているNW最強モンスター死神と戦い、その討伐称号を持ち帰れば間違いなく有名にはなれるわ」
樹海の死神。
それは双海さんから聞いたモンスターのことだろうか。
だけど、確かクイーンも死神には勝てなかったって話だったはずだ。
だとしたら残機を減らす確率が極めて高い前提で討伐軍を結成しなくてはならない。つまりクイーンは「死んでもいいくらい有名になりたいのか」と問うているのだ。
その場にいる全員が息を呑んでシウスさんの返答を待っている。
「やります、やらせてください」
「ちょっと、本気? 残機をかけてまでやることじゃないでしょ」
その返答を聞いて真っ先に反応したのは沙耶。
クイーンに話を聞きにいこうと提案したのは自分であり、その結果でシウスさんが危険に飛び込む選択をした事を良しとするわけがない。
「何もすぐに狩りにいくわけじゃないわ。シウスちゃんにはまず討伐軍に参加するメンバーを集めてもらおうかしら」
「わかりました。18人集めればいいですか?」
「私のほうでも親しい友人を勧誘するから、シウスちゃんは8人集めて頂戴」
その後もシウスちゃんとクイーンは樹海遠征への打ち合わせを入念にして、遠征は2ヶ月後ということになった。
その樹海遠征の内容を聞いた私の率直な感想はおかしいと思った。
まず、クイーンは何故わざわざシウスさんに死神討伐をけしかけたのか。有名になりたいというシウスさんの問いに対して未討伐モンスターを倒せば有名になれるという答えは間違ってはいない。だが、それはあくまでもNWがゲームならではだ。今のNWは自分が戦闘不能になり残機がなくなれば死を迎える。有名になりたいというだけで、クイーンが結成した討伐軍を壊滅させるレベルのモンスターに挑むのはあまりにもリスクが高すぎる。
そしてもう一つ。クイーンは樹海遠征軍に勧誘するメンバーに条件をつけた。
その条件はNos.に発現しているプレイヤーは二人までしか勧誘してはならないということ。
強力なモンスターを倒すのなら戦況をひっくり返せる程の効果を持つNos.は多ければ多いほどいいはずだ。なのに、何故……?
そういえばクイーンは自分のほうでも人数を集めると言っていた。
そちらにNos.が集中しているのだろうか?
いや、例えそうだとしてもシウスさん側にNos.の制限を設ける必要はないはずだ。
Nos.が多いと都合が悪いとでも言うのだろうか。
とにかく、クイーンには何か別の目的があるように見えてならない。
クイーンはこの樹海遠征で何をしようとしているのだろう?




