私の親友と生徒会長の仲が悪すぎてギスギスしてる間にお昼休みが終わる回
――うわ~!誕生日ケーキだ!ありがとうママ、お姉ちゃん!
――なんでうちにはパパがいないの?みんなの家にはいるのに
――ねぇ、見て見て!テストで100点取れたよ!
――お姉ちゃん、今日から私も中学生だよ。一緒に登校出来るね。
NWにログインした瞬間、私の頭の中に、雪ちゃんに関する記憶が流れ込んで来る。凄く身近で、とても大切で、忘れるはずのない記憶。
よかった。取り戻したんだ。
◇
「マリ、どう?記憶戻った?」
ログインしたのは、私達のマイホームで、そこには既に沙耶の姿もあった。沙耶も、ログインした瞬間に記憶を取り戻したらしい。
「これからどうしよう?ログアウトしたら、また記憶なくなったりしないよね……」
「どうかなぁ、NW社がその気になったら、私達の記憶どころか、行動まで操られちゃいそう。このまま閉じ込められたりして」
そういえば、脳に特定の電気信号を送ると、人間の手や足を動かせるという話を聞いた事がある。
つまり、NWが電気信号と脳に関する研究を進めていたら、このVRを装着している人間を操る事は容易いのかもしれない。実際に脳とVR機器での記憶の転送を実現させてしまっているのだから。
「ねぇ、沙耶。もし、ここで暮らす事になったら、どんな生活になるんだろう……」
「剣や魔法の使える世界かぁ。地球での暮らしとは、まったく違った暮らしになりそうだね」
この世界には、まだ何もない。プレイヤーが村を作り、ようやく生活のスタートラインに立った所だろうか。
そういえば、村の人達はどうしてるのかな?ツルギさんやネカマさん、それにセーラさん。こんな事件があった後も、ログインしてるだろうか。
兄弟がいなくて一人っ子ならば記憶を奪われたりしていないはず……だから記憶を戻すためにログインする必要もない。だから、もし今ログインしているなら、それはNWに心奪われてる人達だろう。
村の様子を見に行こう!と沙耶に伝えて家の外に出る。コテージのような木製の家がいくつか並び、村と呼べる程度になった場所からは、人の気配がしなかった。
「やっぱり、みんなログインする気にはなれないのかな」
もしくは、狩りに出掛けているのか。みんなの生活スタイルを知っているわけじゃないので確かな事はわからないが、この周辺でログインしてる人はいないみたいだった。
村をグルッと一周してみると、1つの家に変な模様が光っている事に気付く。
「なんだろう?この模様……傷?」
赤く光るその十字傷は、どこか不気味で怪しげな雰囲気を醸し出している。近付いて調べてみるが、特にイベントがあるわけでもなく、アイテムがあるわけない。
「マリ?」
沙耶が心配そうに私を見る。
「沙耶、この傷…昨日まではなかったよね?」
「十字傷…?なかったと思うけど……なんだろうコレ」
沙耶が十字傷に触れようとした…その時、私達を呼ぶ声がした。その人影は、笑顔で手を振って近寄って来る。
「マリちゃ~ん!サーヤちゃ~ん!」
「あ、セーラさん!」
人がまったくいなく、正体不明の十字傷のせいで漂っていた不気味な雰囲気はセーラさんの登場により一変した。
「驚いたわね。あんな事件があったのに、まさかログインしてるなんて」
「それ、セーラさんが言う?」
「えっと、実は私と沙耶はその事件の被害者で」
私は、自分達の身に起こった事と、今日一日の出来事をセーラさんに詳しく説明した。
「なるほど、大変だったわね。あの会見の通り、記憶は戻ったのかしら?」
「はい、さっきログインした時に」
「へぇ……私は一人っ子だから、記憶に影響がなかったのよ。だから事件の事も、会見でNW社が言ってた事も、全然実感なくてね~。NW社が言ってた危機感ない人間って私みたいな人かしら」
実際あの話を信じる人は多くないだろうし、私はセーラさんの行動がおかしいとは思わなかった。
しかし、避難場所として作られたNWにログインすることが、危険な行為だと思われてる状況は本末転倒なのではないだろうか。
「マリちゃん達どうするの?一緒にレベル上げでもいく?ほら、この世界で生きていくなら強くならなくちゃいけないし」
「セーラさんは、この世界でやっていくつもりなの?」
「世界に終わりが来るなら、この世界に逃げると思うわ。あいにく現実世界じゃ戦う術を持ってないしね。でも、この世界は違う。私には戦う力があって、それを自由に使える」
力を自由に使える……私も現実世界じゃ何も出来ない女の子だけど、この世界でなら、守りたい物を守れる気がする。
「問題は、いつこの世界に移住するかわからないことよねぇ。それまではリアルでの生活も、今まで通りにやっていかないといけないわけだし」
「結構簡単に決めるのね。私はもうちょっとNW社の言い分を詳しく聞きたいかな。マリは?」
私は……現実世界に未練があるとすれば、お母さんと雪ちゃんだ。逆に、この二人がNWに移住する決断を下せば私は地球に未練はなく、あっさりNW行きを決めると思う……数日前の私なら。
だって、今の私には大切な人が、もう1人増えたから。
「まだ秘密!」
「えー、何よそれ。教えてよ」
「えへへ。そのうちね!」
◇
しばらく雑談した後、沙耶とセーラさんと別れ、ログアウトする。二人と一緒に遊びたい気持ちもあったけど、心配してくれてる雪ちゃんに報告にいく事にした。
視界が電脳世界から現実世界に切り替わり、心配そうに私の手を取り見つめている雪ちゃんが目の前に……いない!?ここで待ってるって言ったのに!
◇
私が1階に下りると、雪ちゃんはお菓子を食べながら、ソファーで寝そべってニュースを見ていた。
「ただいま……」
私は少し拗ねたように頬を膨らませながら、雪ちゃんに詰め寄る。
「あ、早かったね。おかえり~」
「あんなに心配そうに、ここで見守ってるから……なんて言ったくせに~!」
「いや~、記憶が戻る瞬間が、どんな感じなのかな~……とか気になったから、マヌケ面でダイブしてるお姉ちゃんをしばらく見てようかと思ったけど、ピクリとも動かないし……もういいかなって。あと心配してないから」
「ゆ、雪ちゃんってそういう性格だったね……記憶が戻った今ならわかるよ……」
本心では心配してくれてる事もわかってる。だって私の手には、まだわずかに雪ちゃんの温もりが残ってるから…。
「いわゆるツンデレってやつかな」
「……はぁ?」
◇
翌日のお昼休み、今日も私は沙耶と屋上にいた。昨日のNW社に対する質問コメントを二人で確認していく。
「すごい数のコメントだね……。数百万件もコメントあるよ」
数百万のコメントの中には、ただNW社を叩いてるだけのコメントもたくさんあったが、NW社の計画に関心を示して質問している者には、なるべく答えるようにしているようだ。ちなみに今もコメントは投稿され続けている。
その中でも真っ先に確認したかったは、NWでのルール【死】についてだ。
リアルでは刃物で刺され、銃に撃たれれば当然死んでしまうだろう。だけど現在のNWでは、例え相手の攻撃の直撃を受けてもHPが0にならない限りは死なない。
いや、HPが0になっても蘇生方法があるし、戦闘不能状態のまま1時間蘇生されないとデスペナを受けて設定したホームポイントに戻るシステムだ。
NW社は【死】についての質問に対しては、沈黙を決め込んでいる。まだ社の方針が決まっていないのだろうか?
生きるために移住するのに、生きるためのルールがまだハッキリしないのは少々不安だ。剣や魔法、モンスターがいる世界なのだから、今の地球よりも物騒な事になるんじゃないか……という心配もある。
沙耶と話し合っていると、一人の女生徒が屋上に現れた。
「あなた達、そろそろお昼休み終わりますわよ」
げっ、生徒会長の鈴川紗綾さんだ!以前、沙耶と勘違いして声をかけちゃったので、恥ずかしくて顔を合わせたくなかった。
「あら、あなたは確か……」
「あ…え~と…その節はどうも」
生徒会長は、私の隣でわざとらしく視線をそらしている沙耶を見つめると……。
「へぇ…いつも人に囲まれる人気者のお姫様が、珍しいですね」
「別に~、あなたこそ、こんな所で油売ってないで、さっさと生徒会の仕事行ったらどうかな~ッ☆」
あ、あれ。なんだか空気ギスギスしてない?…そういえば、生徒会選挙で立候補した生徒会長と、推薦された沙耶で争ってたっけ。結果は沙耶の圧勝だったけど、沙耶が辞退した事によって結局、生徒会長が当選になり、その後から二人は顔を合わせる度にこうだとか。
「ねぇ、神崎さん。まさかとは思うけど…あなたが探してた私と似てる人って……」
以前会った時の聖人のような生徒会長とは違って、鬼の形相で私に問いかけてくる。
「あはは……」
もしかして、私は最悪の人違いをしてしまったのでは?と冷や汗が出る。
「そういえば…あの時あなた、NWがどうのこうの言ってましたわね。少しお話を聞かせてもらえないかしら」
「え、NWの事を……ですか?」
「ちょっと興味がありますの。あんなバカげた妄想を全世界に配信したNW社が作ったゲームに」
「た、確かにNW社が言ってることはめちゃめちゃですけど、NWは楽しいですよ!」
私と沙耶は、これまで二人で経験した体験を会長に話した。初めてログインしたこと、二人が出会ったこと、村を作る楽しさ、そしてみんなで協力して勝利した戦闘。気が付けば会長も夢中になって聞いている。
「ふーん……なら生徒会長様もプレイしてみる?」
沙耶が意地の悪い笑顔で生徒会長を見る。
「……まぁ、あなた達がどうしてもって言うのなら、一緒にプレイしてあげなくもないですけど」
「どうしてもっ☆」
「じゃあ、神崎さん。色々教えてくださいね」
「は、はい!」
「ちょっと、私はッ!?」
「あなたに教えてもらう事なんて何もありません!」
「なんでよ~!」
じゃれあう二人を他所に私は時計を見る。
「あ、お昼休み、とっくに終わってる……」




