ネクスト・ワールド
人と話すのが苦手だった。
ネットゲームでなら他人と気軽に話せる。そんな風に思って始めたテーブルゲームのネット対戦でも、マリはチャットでの挨拶すら出来ないでいた。
今日も、ただ無言で淡々と麻雀やポーカーをしている。ロクに挨拶もせず一言もしゃべらないため、掲示板ではサイレントマリーなんて、あだ名までつけられていた。
はぁ、コミュ障克服したい……。お友達作って、仲良くお話したいなぁ……。
心の中ではアレを話そう!こんな話題を振ってみよう!などと、シミュレーションしているのだが、いざ人前に立つと、言葉が出ないのである。
でも、このままじゃ良くないよね……。
何か新しいネットゲームでも始めてみようかと思い、勉強机の上に置いてあるゲーム雑誌を手に取る。
一時期MMOは国内で勢いを失ったが、VRMMOが誕生してから、人々はその世界に魅入られ、ユーザー数は爆発的に増えている。
戦場を舞台にして銃で打ち合う世界。剣と魔法のファンタジー世界。動物になりきり、ユーザー同士サバンナの真ん中で狩り合いをする、なんて変わったゲームもある。
その中でも、私の目を引いたのが、ネクスト・ワールド(通称:NW)。今までのゲームとは、比べ物にならない程の広大なマップが用意されたファンタジー世界のVRMMO。
具体的な内容はわからないけど、来週配信されるVRMMORPGで、かなりの注目を集めてるいるらしい。その理由は、申し込みさえすれば、誰にでも無料でNW専用VR機器が配布されるらしいのだ。
世間的にVRが普及したとはいえ、まだVR機器を入手出来てない人は大勢いる。何しろ値段が高価なので、私のような学生には、とても手が届かない代物だ。それを、無料で配布してくれるなんて言われたら、注目しないわけがないよね。
「これにしてみようかな……」
VRゲームではない普通のMMOは経験済みだが、VRMMOは未体験。VR未所持の私は、当然、無料配布という甘い誘惑に誘われてしまうわけで……。
それに、何かを始めるなら、既存のゲームより新しいゲームのほうが入りやすいはず。
私はゲームの事前登録をし、VR機器の申請手続きをして、開始日を待つことにした。
― 1週間後 ―
学校の退屈な授業が終わり、ようやく放課後になる。NWの配信開始日なので、急いで帰り支度をして教室を出る。
と、そこに人だかりが出来ていた。
「まただ……」と、私はため息をつく。
放課後や休み時間になると、隣のクラスにいる女の子、通称『学園の姫』と呼ばれている美少女を学園の生徒、数十人が囲んでいる。
名前は確か姫宮さん。
「姫宮さん!放課後、みんなで遊びにいきませんか?」
「ごめ~んッ!今日は早く帰らないといけないのッ☆」
毎日これで廊下が通りにくいのだ。
「通してください」の一言が言えない私は、回れ右をして逆方向へ行こうとした。
しかし、それに気付いた学園の姫は
「みんなー!困ってる人いるから道開けてあげて~☆」
視線が私に集まる。正直、注目を浴びずに遠回りして階段に向かった方がマシだったが、善意を無下にするわけにもいかず、ペコリと頭を下げて足早に通り過ぎる。
容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能、おまけに気配り出来るとか…彼女は、本当に私と同じ人間なのだろうか。
◇
駆け足で帰宅した私は、届いた荷物を受け取ると、すぐに開封する。
ゲーム本編が無料でありながら、専用のVR機器まで配布されるって……いくらなんでも良心的すぎるけど、私はVR未体験だったので、そんな疑問よりも、早くVRMMOを体験してみたい!というワクワク感のほうが勝って、逸る気持ちを抑えきれずに、VR機器をセットした。
ゲームのDLが終わり、インストールも完了する。
ユーザー情報登録画面で、個人番号とパスワードを入力して、設定を完了する。
個人番号は住民ひとりひとりに割り当てられた番号で、登録の際に個人番号を要求してくるゲームは不正防止のために、複垢もといサブアカウントを作れないようになっている。
サブアカウントを作って暴言や荒らし行為をする人も少なからずいるので、個人番号制度のMMOは他と比べ、多少治安が良くなるとか。
「よ、よし…ログイン!」
ログインすると、まずはキャラクターのカスタマイズ画面が出てくる。
様々な項目があり、キャラメイクしているだけで時間が持っていかれそうだ。
「どうせなら可愛い方がいいかな?」
目、口、鼻、輪郭。現実の自分とは違う姿を作ろうとしたが、どうしても現実の自分に近いパーツを選んでしまう。
変わりたいと思う反面、今の自分も否定したくない。そんな感情だろうか。
髪はリアルに近い黒のセミロング、瞳は碧で、身長は158cm。胸は大きくもなければ小さくもない。職業や種族選択の項目はないらしい。
キャラメイクも終わり、ようやくネクスト・ワールドの世界が現れる……
―!
言葉が出なかった
目の前に広がる山、海、空
まるで、本物の世界のような美しさ
いや、それは現実よりも美しく見えた
ってあれ?町からスタートじゃないの!?
何故、私は、草原のど真ん中に放り出されているのだろう。説明書とか読んでなかったなぁ……。
ここで立ち止まっていても何も起きそうにない。とりあえず、歩き回って探索してみることにした。
そういえば、武器を持ってない……。一体どうやって手に入れるのだろう?こんな状態で敵と出会ってしまったら……。
悪い予感は的中した。目の前に突如、敵が現れたのだ!
大きさは、現実世界の猫程度の巨大ネズミ。武器のない私は、とっさに拳で身構える。しかし、パンチを繰り出そうにも、しゃがまないと届かない。
なら、蹴りで!と、私はサッカーボールを蹴るが如く、ネズミを蹴り上げた
マリの攻撃→マウスキャットに7のダメージ
しかし、蹴り上げられながらも空中で体勢を整えたネズミの反撃を食らう。口から緑色のブレス!?
マウスキャットの【ポイズンブレス】→マリは毒状態になった
油断していた私は、ブレスをモロに浴びてしまい、視界が歪んだ。
どうやら毒のスリップダメージと、視界が奪われる効果があるらしい。HPが減り続け、視界も歪み、敵の姿も見えない。
ネズミの攻撃を受け続け、このままゲームオーバー……そう思った時だった。
「死なせないッ!」
凛とした美しい声が響き、鈍い打撃音の後、ネズミから受けていた私への攻撃が途切れる。どうやら、ネズミを倒してくれたみたい。
「大丈夫?HPがかなり減ってるようだけど」
毒の効果で視界が歪んでいるため、どのような姿をしているのかわからないが、声を聞く限り女性だと思う……。
「そうだ!さっき拾った、この毒消し草で……どう?治った?」
すると視界が戻り、私を助けてくれた女性の姿が鮮明に瞳に映る。
長い髪、キリっとした目つき、すらっとしたプロポーション、とても素敵で、かっこよかった……手に持っている木の枝以外は。
私が木の枝をじっと見つめていると……
「ん……ああ、これ?ゲーム開始したら、広い草原にポツンと放り出されてね。何も持ってなかったから、拾って武器代わりにしたのよ。毒消し草も、その時拾ったの。効いたでしょ?」
コクリと頷く。
「ありがとうございます」そう言いたかったが、見ず知らずの人を前に、言葉が出てこない。
「あら?ボイス機能のトラブルかな」
口をパクパクさせながらも無言な私を見て、心配そうに覗き込んで来る。
違う、本当はしゃべれるんです。ごめんなさい!
「アテもなく探索してたら、あなたの姿が見えてね、このゲームにログインして初めて出会った人ですもの。これも何かの縁、助けなきゃって思ったの」
良い人だなぁ……私なんかのために、貴重な薬品まで使ってくれて……。
私も、この人みたいに強く、優しくなりたい。
この人に恩返しがしたい。
勇気、出さなきゃ……
「あ、あの……私とお友達になってください!」
――それが、この世界で私が初めて口にした言葉だった