記憶の断片
地図の通り湿原から森へと入りさらに西へと向かう。
この森を抜けると村落があると描かれているが、夜通しだったオレ達はこの森で少し休むことにした。
「安全だとは確信できないが近くに村があるのなら大丈夫だろう、順番に一眠りしようか?」
「え?
えぇ!?
それって、わたしが寝てる隣にレイヴがいるってことかにゃ!?」
安全だとはっきりしない以上どちらかが見張りで起きてるのが当たり前なのに、何をそんなに驚くことがあるのだろう。
「見張りは必要だろうし、隣にいなきゃ意味がないだろ?
何に襲われるか分からないんだから」
「はは~ん。
さては、そう言っておいてわたしにいやらしいことする気にゃ」
こいつは何を言っているんだろう。
「見張りの心配は要らないにゃ。
わたしは耳が良いの。
寝てても変な音にはすぐ反応出来るから、レイヴが先に寝てもらっていいにゃっ」
「そ、そうか。
じゃあお言葉に甘えて」
そうまで言われて断ったら余計に拗れそうだったので、簡易的な寝床を準備すると布を巻きつけ先に横になった。
「もしも、先に起きたなら声をかけてくれ。
のんびり寝てもいられないからな。
ミィも早く寝ろよ。
疲れてんだからな」
「レイヴが寝たのを確認したら寝るにゃ。
いくら耳が良くっても万が一があるからにゃ」
万が一があるなら二人共に寝たらダメだろうと思いつつも体は正直だったらしく、意識がぼやけ瞼を開けていられなかった。
………………。
………………。
………………。
「おい、ミィ。
起きろ。
そろそろ行くぞ」
森に差し込む明かりが眩しくて目を覚まし見上げて見ると、太陽は既に真上に来ていた。
もう昼だというのに、猫娘は丸くなったまま呼びかけにも全く反応を示そうとしない。
「何が寝てても音に敏感だよ、全く。
ここにも魔者がいたら今頃は生きてなかったぞ」
聴覚が人間より優れているのは疑う余地はないが、疲れ果て眠りについたら人間とさほど変わりはないのだと思えた。
怪我からすぐに色々な目に合ってきて、疲れていないというのはさすがに無理がある。
食べ物の準備が出来るまではそっと寝かせておこうと木の実などを探しに森の探索に出かけ、いくらか収穫して戻ると膝を抱えて起きていた。
「どこ行ってたにゃ……」
「食べる物を少しでもと思ってな。
ほら、今はこれくらいあればいいだろ?」
そのまま食べれそうな木の実や果物を広げて見せた。
「そういうことじゃないにゃ!
わたしには起きたら起こせって言って、レイヴは起きたら勝手にいなくなってるって話にゃ。
不安だったんだにゃ」
ちゃんと起こそうと声をかけたのに、全く気づかなかったのは何処の誰だと言いたかったが、言ったところで起こされてないとでも言うのだろう。
「悪かったよ。
起こす前に食料調達しといた方が少しでも長く休めると思ってな。
もう昼だし腹も減ってるだろ?
一緒に食って森を抜けるぞ」
「むぅ~」
不機嫌とまではいかないが、膨れっ面のまま採ってきたものに手を伸ばしているのは、理解してくれたと思っていいのだろう。
あまり喋ることもなく一通り食事を終えると、更に西へと動き始めた。
雑草の生い茂る道無き道ではあるが、迷いそうな森でもなく近くの村人達もここで収穫しているであろうことが窺い知れる。
「なんだか、この森には来たことがある気がするんだにゃあ」
何の変哲もない、山麓によくあるだろう森だと思うが。
ウェルミニアのすぐそばにある山の麓もこんな感じでそんなに大差はない。
「なにか目印でもあるのか?
特別変わった森にも思えないが。
亜人界に似てる森があるからとか、そんなのじゃないのか?」
「んん~、人間には分からないかもだけど、森にもそれぞれ匂いが違うんだにゃ。
この匂い、な~んか最近嗅いだことのある匂いがするんだにゃ」
木々や草花の匂いはするが、林や森なんてどれもこんなものだろう。
澄んだ空気の自然な匂いというやつだ。
「オレにはさっぱりだな。
そりゃあ花の匂いはそれぞれ違うだろうが、全体の匂いに区別なんてつかないな」
「わたしたち亜人は森や海の自然の中で暮らしてるから、判別が出来るんだと思うにゃ。
多分、人間界だと町によって匂いが違うとかそんな感じなのかもにゃ」
そういうことなら何となく伝わる。
本当の匂いもそうだが、雰囲気でいうところの匂いなら分からなくもない。
ウェルミニアの中でも腐街と富裕街ではまるで違う。
「だったら、本当に来たんじゃないか?
逃げてる途中にでもさ。
とにかく森を通ったかだけでもよく思い出してみるんだ」
腕を組み眉を寄せながら必死に思い出そうとしているかと思うと、急に目を大きく開け空を見上げ。
それは何かを見ているのではなく記憶を辿っているのだと気づいた。
「何か思い出したのか?」
「そう、わたしを助けてくれた家族が……そうだにゃ!
わたし森で気を失って倒れてたらしいにゃ。
怪我と逃げ疲れで途中から意識が朦朧としてたからよく覚えてないんだけど、確かに気を失う前に安堵感を覚えて倒れた感じがするにゃ!」
「森に入ったことで地の利を得たと感じて、見つからない自信があったんだな。
だとするとだ、この森で倒れて助けられたのなら近くの村に行けば何か手掛かりが得られるかも知れないな」
この近くには小さな山脈がある為、森はいくらでもある。
だが、記憶と近くに村がある条件を照らし合わせると間違いはないと思える。
「かにゃあ。
それだったらいいんだけどにゃ」
ここから先は森に慣れているミィの勘を頼りにし、記憶の断片を甦らせる為にも助けてくれた村落へと急いだ。
「そう。
それでね、その村で手当てしてもらったんだにゃ」
「人猫を素直に受け入れてくれるとはな」
「んー、森の中で応急処置をしたって言ってたから、そこで頭と腰に包帯を巻いてたならその家族以外は知らなかったんじゃないかにゃ」
それで包帯を巻いたままだったのかと納得をしていると、木々の隙間から太陽に照らされた外の景色と柵のようなものが見えていた。
「あそこが村なんじゃないか?
やっぱりミィはここで倒れてたんだな」
「みたいだにゃ。
勘じゃなく潜在意識ってやつだったのかにゃ」
それにしても、村のすぐそばに出られるのは嗅覚というか人間には無い何かが作用している気がしてしまう。
「ん?
けど、何だかおかしいにゃ」
何か異変に気づいたらしく小走りになるミィに慌ててついて行く。
「どうした?
何か見えるのか?」
「家が黒ずんでて焦げ臭い……あれ、人が倒れてるみたいだにゃ!」
人猫の視力と嗅覚には全くついていけない。
「用心しろよ、ミィ!」
人間のオレよりも静かに早く歩けるミィを先行させ、異常の原因を探ってもらう。
ただの火事なら木も倒れて人と見間違うこともあるだろうが、人猫の視力で人と断言されたら信じる他無かった。