真なる勇気
さすがに地下水路は暗く、そして臭い。
所々に灯りはあるものの歩くには不便なくらいだ。
まして、女の子を背負って歩くにはとてもじゃない。
爺さんの住処にある隠し通路を通ると地下水路へと繋がっているが、普段は誰も使用することがなく水の流れる音しか響いていない。
「ここらで休憩か」
言ってはみたものの、未だ起きる気配はない。
こんな所で休む破目になったことに申し訳なく思いつつ、背負っていた女の子を降ろし隣に座り込と思いのほか息が切れていることを実感した。
「お~い、レイヴ~」
「なっ!」
遠くから聞こえてきた声に体が震え、慌てて通ってきた通路へ顔を向けた。
「お、お前たち!
一体どうしたんだ?」
近づいてきたのは、可愛くて誰にでも愛されている女の子のサイアに、臆病だが面倒見のいいリーアム、その二人を常に気をかけ守ってきたジェスタだった。
友達、幼馴染といえば聞こえがいいが、ジェスタに限っては悪友と呼ぶのが相応しい。
そんな彼らが一体こんなところまで何故。
「どうしたもこうしたもないぜ、レイヴよぉ。
水臭いんじゃないか?」
「ジェスタ……。
何か聞いたのか?」
「あぁ、変な連中がうろついてたからよ、爺さんに色々聞いたのさ。
大変なことになったってな。
それならお前を、仲間を見捨てるワケにはいかないよなって話になって一緒にここまで来たのさ」
「まさか、つけられたりは――」
「オレ達がそんなヘマするとでも思ったのか?
仮にも英雄になりたくてこんな機会を待っていたんだぜ?
上手いことやってきたさ」
そうだった。
オレも含め、何も変わらない毎日から抜け出したく、きっかけさえあれば名の知れ渡る英雄に憧れていたのだった。
「てことは、追ってきてはないのか?」
「あの連中だろ?
街の中に逃げ込んだのを見たって言ってきたさ。
まぁ、嘘だと分かったところで追って来るのは無理だろうな」
「そうか、助かったよ。
貸しを作ったな」
「おいおい。
その口ぶりじゃあ、ここでサヨナラって感じじゃねぇか。
だったらその貸し、今返してもらおうか」
何を言い出すかと思ったが、ジェスタはそういう奴だった。
「まさか、ついて来るっていうんじゃ……」
「さすが、頭の回転は速いな。
ただし、行くのはオレだけだ。
二人は戻るんだ」
「私だって行きたいわ!」
「ぼ、僕は言う通りに戻ってるよ……」
サイアとリーアムもそれぞれ思うところがあるようで、意見はバラバラだった。
こうなると、まとめ役のジェスタが戻ることが一番なのだが。
「ジェスタ、お前も戻って二人と腐街を頼むよ」
「イヤだね。
オレは絶対に行くからな。
サイア、オレがお前を守ってきたのは危険な目にあって欲しくなかったからだ。
ここから先は知っての通り、死と隣り合わせになるだろう。
だから、お前を連れていくことは出来ない。
分かるだろ?」
「ジェスタ……。
だったら!
誰が守ってくれるの?
腐街に居たって危ないことには変わりないのよ!」
「そうさ。
だからこそ、リーアムにも戻ってもらうんだ」
ジェスタの答えにサイアは訝しげな表情をする。
彼だと不安と言わんばかりに。
「僕はサイアを守ってやれないよ、無理だよ」
それに呼応するかのようにリーアムは宣言するが、ジェスタが違うと首を振った。
「リーアムよぉ、オレとお前の差は何だと思う?
力か?
技量か?
そんなものは後から身に付くもんだ」
「だったら何だって言うんだよ。
なんの取り柄もない僕が、ジェスタのように振舞うなんて無理だよ。
出来っこないよ」
サイアを守る重圧にリーアムが怖気づくのも無理はない。
ずっとこき使われ、力ある者には逆らうなと植えつけられてきたのだから、誰かを守るなんて想像したこともないのだろう。
「取り柄ならあるだろ?
優しさという一番強大な武器がな。
あとは、それを振るう勇気だけだ。
お前とオレの差はその勇気だけ。
オレだってな、怖い時くらいあるんだぜ。
でもな、お前らを守りたい気持ちと、お前らを失う恐怖の方がよほど大きかったから今まで守ってこれたんだ。
だが、それも今日までだ。
オレが居たから出すことのなかった勇気を、サイアの為に振り絞ってくれ」
確かに、何かあったときはオレとジェスタで考えては行動を起こし、二人の為に色々としてきた。
だが、それがリーアムとサイアの成長を妨げていたのかもしれない。
「で、でも、私は!」
「お前もだ、サイア。
リーアムが振り返らず一歩踏み出せるように、背中を押せるのはお前しかいないんだ。
頼るだけじゃなく、支えてやれるようになってくれ」
力の籠ったこの言葉に首を横には振れず、仕方なしにだろうがサイアは頷いてみせた。
「よし!
それじゃあリーアムはサイアを、サイアはリーアムを頼んだぞ。
オレが戻って来るまで頑張るんだぞ」
ジェスタが二人の手を取り、仲間の温もりを忘れないようにだろう両手で優しく包む。
それに応えるよう二人も見つめ返すと力強く頷き、何度も振り返りながら暗がりへと戻って行った。