襲撃
降り続いていた雨も、いつのまにか小雨になっていた。
セレンに言われた三軒隣にある大きな店の前では数人の美女が艶かしい格好で、行き交う人々に声をかけている。
「お兄さん!
お兄さんたちも遊んでいかない?
優しくて可愛い子ばっかりよ」
オレ達を相手に声をかけてきたのは、立っている数人の中でも一番衣服が艶やかで依巳莉まで誘っていた。
「いや、あたしはその……」
誘惑するような視線と優しい手つきで依巳莉の頬を撫でると、顔を赤らめ声を出せずにいるようだったが、代わってアルが女の肩に手をかけると表情が一変し同じ人物とは思えない形相で睨み返していた。
「ちょっと、お兄さん。
報酬も払わずあたいの身体に触れるとはどういうことだい?
この代償は払ってもらうよ」
「どんな代償だい?
倍にしてでも払ってやるが?
くっくっく」
「痛い目見ないと分からないようだねぇ。
ちょっと!
出ておいでよ」
いつのまにか退路は他の女に阻まれ、店の中からは黒い服の男が二人出てきた。
「お客さん。
困りますぜ、こんなところで騒ぎを起こされちゃあ。
ちょっと来てもらっていいですかね?」
連中のアジトに間違いはないようだ。
計算なのか偶然なのか、アルのおかげで簡単に尻尾を掴むことが出来たが、問題はここからだった。
店の脇にある路地に連れて行かれると、男は指の間接を鳴らし始めた。
「あんたら商売道具を汚しちゃいけねぇな。
少し痛い目をみてもらうぜ?
女にはここで働いてもらって、弁償でもしてもらおうか」
「はっ!
笑っちまうぜ、そんなセリフ吐きやがって。
依巳莉、女は逃がすなよ」
売り言葉に買い言葉とはこの状況のことをいうのだろう。
「何を減らず口を叩いているんだかねぇ。
あんたたち、やっちまいな!」
この黒服よりも女のほうが上の位置にいるならば、確実に逃がすわけにはいかない。
「レイヴ!
お前そっちな」
あえて自分は体格の良いほうを選んだアルは、誰より先に動き出した。
「てめぇら、なめやがって!」
オレ建ちに浴びせられた男の罵声は最もだ、と冷静でいれている自分に少し驚いた。
そのおかげか、殴りかかろうとしてくる男の拳を避け足を引っ掛けると派手に転び、いたる所を擦り剥いている。
これ程度ならば魔者の方がよほど怖かった。
「小僧!
てめぇは生かしちゃおかねぇ!」
立ち上がりナイフをちらつかせている姿は、本当に殺戮団なのか疑ってしまうほど小者に見えてしまった。
「そうかい?
なら、あんたには気を失ってもらうよ」
そう言って魔法銃を構えると一瞬顔が青ざめたように見えたが、そんなことはお構いなしに【魔痺】を放つと男は膝から崩れ落ちた。
「へ、へ、へ……。
もう、もうやめてくれ」
路地の更に奥の方から声が聞こえ見に行くと、まだまだだと言わんばかりに首を回しているアルと、壁際で筋肉を曝け出し怯えきっている間の抜けた男が対峙していた。
「アル、もういいんじゃないか?」
「おう、レイヴ。
終わったのか?
なかなかやるじゃねぇか」
返答しつつも男から視線は外さずにいる。
「なぁ、アル。
依巳莉に怒られるぞ、やりすぎると」
肩がビクリ反応したが、止める気があるようには見えなかった。
「知らねぇのか、レイヴ。
こういうヤツらはなぁ、命乞いも手段の一つでよう。
背中を向けた途端、襲ってくるのが当たり前なんだぜ?
だから、さっ!」
言い終わりと同時に男の顔に前蹴りが飛んでいたが間一髪でかわしていた。
が、壁に付いた足を軸にもう一方の膝が男の顔にめり込んだ。
「よし、これでいいだろ。
いくぜ、レイヴ」
あまりの早さ、華麗さに言葉を失っていた。
「あ、あれ、大丈夫なのか?」
膝と壁に挟まれて大丈夫なことはないと思うが、生きているかが心配だった。
「あぁ、手は抜いたから大丈夫だろ?
息はしてたしな」
この男は敵に回したくないと思ったが、それを怯えさせる依巳莉とセレンは何者なのだと深い疑問に陥った。
「おう、依巳莉。
よく逃がさなかったな」
女の後ろで腕を捻り上げ、身動きが出来ないようにしてオレ達を待っていた。
「このくらいはちょろいもんよ。
ほら、離してあげる」
前に突き飛ばされ、よろめきながらも肩を押さえ睨み返している。
「あ、あんた達。
一体何者だい?
こんなまねして、上が黙っちゃいないよ?」
「オレらはその上の者に用があるんだよ。
あんた、ルザ・オルド商会の女なんだろ?」
「そうだよ、だったら何だって言うんだい!?」
「案内してくんねぇかなぁ、一番上のヤツのところにさ」
「そんな義理、あたいにゃないんだがね」
こういう連中こそ痛い目を見なければ引くことがない、ということがよく分かった。
「その手にしてる物、捨てな。
後悔するハメになるぜ」
女はナイフを加工した小剣のような物をアルの目の前に素早く突き出した。
「こいつはね、何人もの生き血を吸ってきたんだよ!
あんたのも吸わせてもらうよ!」
「だからなんだって。
バカか、てめぇは!」
ただただ突っ込んでいく女の手をアルは軽く取ると、身体が宙を舞い地面に叩きつけられた。
歴然の差がある相手を痛めつけるのはどうかと、咄嗟にオレが止めに入った。
「なぁ、止めないか。
あんたも。
オレ達は情報を得たいだけなんだが」
「うるさいねぇ。
あんたも血祭りに上げてやるよ!」
頭に血が昇っていて何も判断できないのだろう。
制止したオレにも食ってかかり手にした武器を振り回し始めた。
「ウゼぇんだよ!」
絶対的にキレたアルが女を蹴り飛ばし、倒れ込んだところへ追い討ちとばかりに右腕を締め上げると嫌な音が聞こえた。
「ぎやぁぁぁ!!
ひぃ、ひぃ、ひぃ……」
骨の折れた音と女の叫びに、オレと依巳莉は少しでも聞こえないようにと耳を塞いだ。
「わかんねぇヤツだなぁ、てめぇは。
躾がなっちゃいないんじゃねのか、ルザ・オルド商会ってところはよっ!」
女の襟首を握り持ち上げると壁に叩きつけ、どこにいるのか問いただしている。
「わ、わかっ……。
その、奥の壁……。
げほっ、地下に……う、うぅ」
締め上げられた女は失禁するとぐったりとなった。
まさかと思ったが、アルはオレを指差し心配はいらないと言うと地下への入口を捜しに向かった。
「依巳莉。
さすがにこの女の人は可哀相だから誰か呼んで医者にでも運んでくれないか?」
「そのつもりよ。
アルのこと頼んだからね。
目的を忘れさせなければ大丈夫だから」
後のことは依巳莉に任せるとアルの後を追った。
まさか、女にもここまでするとは思いもしていなかったが、これで次は止められそうだ。
「やっと来たか、レイヴ。
依巳莉は……まぁいいか。
ここの壁を見ろよ、窪んでるだろ?
隠し扉になってやがるぜ」
一見何の変哲も壁だが、言われないと気づきもしないであろう指の入る窪みと、それに沿って壁に亀裂が薄っすらだが確認できた。
「行こうか、レイヴ」
窪みに手をかけ軽く引くと、壁の重さとは思えない程の軽さで開き地下への階段が姿を現した。
「凝った真似するぜ、悪党ってのはよ」
アルの言う通り、壁に見せかけた扉を暗い所に付けることで人目を欺いていたのだ。




