頼もしい味方
いつの間にやら眠りに落ちてしまっていたらしい。
雨の音で目を覚ましたが、今が朝なのか昼なのか分からないくらいに熟睡してしまった。
ともすると襲撃などは何もなかったのだと思い、偽報の宿に行ってみて騒動がないのであればアル達のことは確実に信用出来ると考えていた。
「レイヴ、起きてるかにゃ?」
ドアの叩く音とともにミィの呼ぶ声が聞こえてくる。
「あぁ、今起きたよ。
起こしにきてくれたのか?」
鍵を開けると姉妹も揃って来てくれていた。
「お腹が空いたから来たにゃ。
もうお昼過ぎたし、ルニ達も仕事があるから一緒に食べに行こうって」
昼もとっくに過ぎていたとは。
疲れもさることながら、雨音も眠りを誘っていたらしいと思い身支度を済ませると宿を後にした。
街に変わったことがないか辺りを見つつ宿に寄り、広間で耳を傾けたり辺りを窺ってみるが特に何事もないようだったのでアル達は味方なんだと思い至ることになった。
思い過ごしで終わり良かった反面、疑い続けたことに少し罪悪感もあったが、心強い仲間が出来たことに嬉しく感じられた。
そのアル達と後で合流するのだからと酒場で食事を済ませることにし、今度は姉妹も一緒ということで窓から一番離れた席へと着いた。
「さて。
これからが本番なんだが、昨日も言った通りオレは命を賭けなきゃならない。
それでだ。
事が始まったらミィはルニ達と共に居て欲しいんだ。
さっきの宿からならこの辺りの様子も分かるだろう。
あそこから騒ぎを見て、成功したか失敗だったか判断して欲しいんだ」
「わたしは行かないにゃ?
わたしのことなのに?」
「あぁ、ダメだ。
オレはお前を守るとジェスタに誓ったんだ。
そして、お前は姉妹を守る約束をオレにして欲しい。
もしものことがあればの話だが」
そう約束してくれることでオレも目先のことに集中したかった。
「約束はするけど、レイヴが帰って来なきゃママを助けられないんだから忘れないで欲しいにゃ」
その通りだ。
連中から情報を持ち帰らなければオレ達の目的を達することは出来ない。
「そうだな。
オレも簡単に死ぬつもりはないさ。
ただ、もしもの時のためにこれを預けておく。
売ればそれなりに価値のある指輪だ。
これがあれば数日は困ることがないだろうし、ルニ達をウェルミニアの腐街にいるアフメドって爺さんのところへ導いてやって欲しいんだ」
「ウェルミニアって――この国の都市の?」
最近までのオレと同じく、街から出たことがないのだとルニの言葉が物語っていた。
「わたしを助けてくれた街にゃ。
地図で覚えたからそれくらいなら出来そうにゃ」
「母親も捜さなきゃならないし、失敗したとなれば追手が止むことはないだろうが、これから急いで戻れば深青紫に会えるかも知れない」
彼の協力さえ得られれば、すぐに母親も見つかると思った。
あの強さがあれば。
「協力してくれるとは思えないけど、大丈夫かにゃ?」
「事情を話せば大丈夫だろうさ、きっと。
ルニとリズも分かったか?」
「リズはミィといる」
子供ながらにちゃんと理解してくれたらしく、笑みがこぼれてしまう。
「ありがとう、レイヴ。
どんな状況になっても約束を果たしてくれる気なのね。
でも……」
素直で純真な妹に対し、姉は何かが引っかかっているらしかった。
「でも?
なんだい?」
「レイヴがあんな仕事から解放してくれる、って約束したわ。
だったら、必ず生きて戻ってこなきゃ約束は守られないんじゃない?
レイヴの亡霊と約束はしてないんだから」
淡々と話すルニだがこれには参った。
こうもしっかりしていると手も足も出ない。
これでオレよりも年下だっていうのだから将来はスゴイことになりそうだ。
「わかったよ。
もしもは無しだ。
必ず帰ってくるよ」
「今度は遅くなっても許してあげるから。
だから、必ずね」
こんな釘まで刺されたら、這ってでもやり遂げなければならないと胸に秘めた。
「私達はもう行くね。
初めて会った場所で仕事をしてるフリをしてるから。
さぁ、リズ」
妹に手を差し伸べ店を出ると、丁度入れ替わりでアル達が姿を見せた。
「待ったかい?
というより、いいタイミングだったみたいだな。
雨のせいで日暮れなんて分かったもんじゃないぜ」
そういえば、日が落ちる前という晴れの日を前提として約束していたんだったな。
「まさか雨が降るとは思っていなかったからな。
まぁ、何にしてもタイミングは良かったんだから良いだろう」
「だな。
天気ばっかりはどうにもなんねぇからな。
もう飯は食ったのか?
オレ達も頂こうとするかな」
依巳莉とセレンが共に頷き、酒と一緒に数々の料理を頼んだ。
「ほれ、ミルクも頼んでやったぞ。
昨日は悪かったな」
ジョッキに並々と注がれたミルクがミィの目の前に置かれると、目を見開き輝いているのが良く分かる。
「アルって良い人にゃぁ~」
「にゃあ?
どうしたんだ、この娘」
そう、アル達には知られないようにしていたが、もう疑いもなくなったことで話しても良いかと打ち明けてみる。
「大きな声じゃ言えないんだが、亜人は知ってるよな?
ミィはその――人猫なんだ」
「おい!
亜人ってまさか、人間界から姿を消したっていう、あれか?」
普通に驚いてくれたのが何も知らない反応だと嬉しく思った。
「えぇ~、ミィちゃん人猫なんだぁ。
どうりで愛嬌があって可愛いと思ってたわ。
目の感じもクリクリしてて可愛いもんね。
ほらほら、ミィちゃん」
依巳莉はアルと違い、驚きよりも歓迎してくれてる雰囲気だった。
だが、布の切れ端をひらひらとさせ、本当に猫とじゃれ合うようにしてる姿は、どうもバカにしてるようにしか見えない。
が、ミィはそれに反応し、目ではなく顔で布を追いかけている。
「ちょ、お前ら、止めてくれないか。
話が進まない。
隠してて悪かったが、亜人界から連れ去られてきて尚も母親は捕まっているってことなんだ」
「そんな珍しい人種を見つけたんじゃ、確かに手放したくないだろうな。
だがよ、その話聞けて良かったぜ。
オレの生い立ちは覚えているだろ?」
アルの生い立ちは昨夜に聞いていたからまだ覚えている。
とある小さな村で親兄弟と和やかに生活していたある日、村は賊に襲われ略奪されると、親は殺され兄弟は賊の元でこき使われる生活へと一変した。
その賊から兄弟揃って逃げ出したのだが、そこで弟と生き別れてしまい、今も弟を捜しているという。
「ミィちゃんよ、お前の不安な気持ち十分分かるぜ。
大切な家族と引き離される不安で心配な気持ちがよ。
そして、知らない土地で独りになる孤独感がな。
ふ、ふふ、ふははは!
全力でぶっ潰してやるよ、そんな奴らはよぉ!!」
アルの目の奥に炎が宿ったかのような、熱い瞳になるのを見逃さなかった。
それは自分と重ねた怒りの炎なのだろう。
「それにはオレも同意するが、情報を聞き出すことが優先なのを忘れないでくれ」
アルのぶっ潰すは皆殺しにする勢いに感じ、再度目的を確認した。
「聞き出せるなら別に半殺しにしたって構わねぇんだろ?」
「そ、それはそうだが」
正論にもとれ言い返せないオレに依巳莉が助け船を出してくれた。
「アル。
こんな街のど真ん中で街を牛耳ってる商会を潰しちゃったら、フェアリアを壊滅させたお尋ね者になっちゃうわよ?
あたしはお尋ね者の生活なんて、まっぴらごめんだからね」
さすがは仲間といったところか。
アルの扱い方もよくご存知だ。
「言いたいことは分かったよ、依巳莉。
ギリギリのところをわきまえろってことな」
ほっと一安心すると、セレンが小さく手を挙げ発言の承認を得ようとしている。
「申し訳ございません。
私は何をすればよろしいのでしょうか」
「そう!
オレもそうなんだが、どういった手でいくつもりなんだ?」
商会のアジトも分かりあとは行くだけなのだが、その計画を未だにしていなかった。
「あん?
正面からって昨日も言っただろ?
それ以上でもそれ以下でもねぇよ。
ドアを蹴破って、お邪魔しまぁすってな具合でよ」
「大丈夫なのか?
商会は殺戮団を囲ってるんだろ。
そう簡単にいくのか?」
「はん。
賊に比べりゃ大したことねぇよ。
奴らにゃ守る物があるからな、資金源としての商会とこの街がな。
それを盾に取られりゃ身動き出来なくなるだろうよ。
簡単に言えば頭を抑えたら終わりってこった」
逆に賊はどうなのだろうと考えてみたが、常に下のものが上を狙い守る物といえば自分の命だけ。
そう考えると賊とは違い、弱い点があるということになるのか。
「ならば誰が行く?
こっちはミィを置いてオレだけ行くが、アル達は全員なのか?」
「そうだな。
オレは行くとして、セレンにも」
「ばっかじゃないの、あんたは。
セレンがキレたら街がほんとの意味で壊滅するわよ。
だから、あたしが行くからセレンはミィちゃんの傍にいてあげて」
「お、おう。
そうだな、セレンは守ってやってくれ。
いざとなったら、助けにも来てもらえるからな。
そうだな、それがいいな。
うん」
あの強気なアルが依巳莉の睨み一つでたじろいでいるが、このパーティーの役割は一体どんな構成なのかよく分からなくなってしまった。
オレとしてはアルの手綱握りとして依巳莉が一緒なのは心強いが、セレンの本質も気になっていたのは事実だった。
ただ、ミィ達と居てくれる人がいるのは安心できる。
「いいな、ミィ。
セレンにオレの言ったことを伝えて、おとなしく待っててくれよ」
「わたしは大丈夫、セレンとも仲良くしてるにゃ。
ね、セレン」
「どうぞ、よろしくお願いいたします」
仲良く出来るかは微妙だと感じつつも、ようやく計画と言っていいものか、行動に移せる準備が整った。
「さて、いつ行動に出る?
もう少し夜が深くなるのを待つのか?」
夜襲ならば出来る限り遅くに仕掛けるのが常套手段だが、相手は主に夜に活動している為いつでも良いのかと思われたが、アルの答えは違った。
「いつ?
今だよ、たった今からだ。
店も始まったばかりで客も少ないだろ?
それに、雨が味方してくれているからな。
止む前にやっちまった方が人の目も少ないだろうよ」
なるほど、勉強になると感心するが、今はその場面ではないなと一息入れ気を引き締め直す。
「ふぅ。
じゃあ、ミィはセレンを連れて行っててくれ。
お前も用心しろよ」
「にゃ、分かったにゃ。
絶対帰って来てね、気をつけてにゃ」
セレンを連れ立って店を出たのを確認すると、アルが立ち上がり宣言した。
「さぁ、行くぜ。
楽しくなってきたなぁ、おい」
深いため息をついた依巳莉は、楽しいのはアルだけだとでも言いたそうに見上げ重そうに腰を上げている。
その仕草に心の中で同感だと深く頷いた。




