帰らない日々
街の入口まで戻り宿に入ると、カウンター前の広間に姉妹の姿があった。
「居たのか、ルニ。
何かあったか?」
「ううん、仕事が終わったから待ってたの」
もうすぐ日も昇り始めるくらいだったので遅くなり過ぎたとは思う。
「ごめんな。
リズは寝ちゃったか。
遅くはなったが収穫があったから安心して欲しい」
「えっ、ほんと?」
疲れていた様子だったが期待が膨らんだのか少し声に張りが戻った。
「あぁ。
命を賭けることにはなるが助けてやるからな。
明日、明日が勝負だ」
「分かった。
なら、明日もいつものようにしてればいいのね?」
この子はもしかしたら頭の回転が早いのかも知れない。
ならば、もしもの時は。
「じゃあ私達は部屋に戻るわね。
リズ、起きて。
帰るよ」
「そうだな、何かあったら捜すから安心して……ちょっと、いいか?」
目を擦りながらやっとのことで立とうとしている妹を支えているところを引き止めると、あからさまに不機嫌な顔を見せた。
「まだ、何かあるの?」
「部屋って言ったよな?
もしかして、自分たちの家じゃないんだな?」
普通は単に帰ると言うか頭に家にと付けるが、部屋に帰るとはどこかを借りているとしか思えなかった。
「そうだけど?
私達が借りてる宿に帰るんだけど。
レイヴ達も一緒に来るってこと?」
話が早くて助かる。
「そこに空き部屋はあるか?」
「さぁ。
あるとは思うけど。
空きがなくても私達の部屋には入れないわ」
さすがにそのつもりはないが、ちょっとした考えはあった。
「それは大丈夫だから安心してくれ。
むしろオレじゃなく、ミィのほうを一緒に泊めて欲しいんだ」
「にゃっ!
それはわたしも助かるにゃ。
女の子同士がいいもんにゃ」
「そういうことなら別にいいよ。
ついてきて」
これでミィと姉妹の安全は確保されるだろう。
あとはオレ自身の心配だが。
「悪い。
ちょっとだけ外で待っててくれ。
ミィは一緒に来い」
姉妹を外に出し、あえて二人で部屋を借りる受付を済ます。
この宿に偽報としての部屋を借りておくことでより安全を確保する算段だ。
部屋を借りたことで不思議そうにしているミィを強引に引っ張り部屋まで連れて行こうとするが、少しばかり抵抗している。
「ちょ、ちょっとレイヴ、急にどうしたにゃ!?
離して!
痛いにゃ」
あえて無視して部屋の中へ入り扉を閉めると即座に鍵をかけた。
「なんなの、急に。
痛かったにゃ。
ルニ達だって外で待たせてるのに」
部屋の中央で猛抗議しているミィに徐々に近づいていく。
「え?
ちょ、ちょっと。
そんな、わたし、まだ心の準備が出来て……」
何を口走っているのか謎ではあるが、そんなことよりもミィを素通りし窓に近づく。
「これなら外に出られそうだな」
客室は一階には無い為、非常用の梯子があるであろう奥の部屋をわざわざ選択したのが正解だったようだ。
「おい、ミィ。
何してんだ?
行くぞ」
なにやら俯いてモジモジしているがここに長居は禁物なのだ。
「にゃ?
あれ?
はぁ?」
「なにしてんだ?
ここから出るんだよ。
用心に越したことはないんだからな」
真っ赤な顔をして少し怒ったような表情だが、愚痴なら後でいくらでも聞いてやるからと窓から梯子へ飛び移させ、オレもすぐに続いた。
「よ、待たせたな。
やっぱりルニは頭がいいんだな」
降りた先にすぐ姉妹が待っていた。
オレの考えを読み取っていたかのように。
「そのくらい分かるよ。
一緒に行くって言って宿に入っていくんだからさ」
それでも分かっていないのが此処にいるんだが、そこは言わないでおこう。
「それじゃあルニ達の宿へ案内してくれ」
「いいよ、ついて来て」
あまり一緒のところを見られてもと思い少し距離を置いてついて行く。
「どういうことにゃ?
なんであんなところから出るにゃ?」
せっかく言わないでやったのに自分で言ってしまったが、幸いルニには聞こえていなかったのか聞こえないフリをしているだけなのか、特に気にした様子もなく見えた。
「今の宿は借りたように見せかけたかったのさ。
アル達や店主が商会と繋がっているとしたら寝込みを襲われかねないしな。
それに、関わった姉妹も無事で済まされないかも知れないだろ?
だから部屋から出ていないと見せかける為にあそこから出たってことなのさ」
目を丸くさせ感嘆の声を上げているが、そんなに難しいことではないように思う。
「そこよ、私達の部屋があるのは」
歓楽街の中とはいえ少し離れた位置にある為か、こじんまりとした宿だ。
そばには店という店も見当たらないことから働いている人たちの住宅地といったところだろう。
「ここなら安全そうだな。
そしたらルニたちは先に行って部屋の前で待っててくれ。
何階にいるんだ?」
「私達の部屋は最上階、三階の真ん中よ」
姉妹は先に宿へと入り、少し間を置いてオレ達も中に入った。
「部屋って空いてる?
二部屋で一泊だけしたいんだが」
見た感じ人当たりの悪そうなおじさんだが、冷静に普段と変わりないように心掛ける。
「部屋かい?
二部屋ないことはないが、隣じゃあないんだよな。
いっそ一部屋にしたらどうだい?
料金だって安く済むし、なにせ若いんだからな。
がっはっは」
どうも見た目とは違って気さくで豪快な性格らしい。
「いやぁ、どうしても部屋は別でお願いしたいんだ。
隣じゃなくてもいいから」
「そうなのかい?
どうしても隣同士には出来ないからなぁ。
それだと、なんだかこっちが悪い気になっちまうな。
よし、それじゃあ一肌脱いで、安くしてやろう!
それならいいだろ?
未来ある若い者の力になるのがおじさんの役目だからな」
「それなら助かるな、色々と。
空いてる部屋ってオレが選んでも?」
「おぉ、いいともいいとも。
二階はここと、ここと……三階ならここの二部屋だな」
ルニ達の部屋を挟んでの部屋が空いているみたいだが、二階の階段を上がったすぐの部屋と三階の奥側を選んだ。
「なぁ、お兄さん。
ケンカしてんのかい?
だったら早めに仲直りするんだぜ」
料金を払い部屋へ向かおうとすると店主は小声で話しかけてきた。
「いやいや、そんなんじゃ。
そうだ、一つ聞いても?」
幼い姉妹に部屋を長く貸し、この気さくさなら信用できそうだと感じ一つ聞いてみることにした。
「何をだい?
ヤバイ話はお断りだぜ?」
「この宿は商会と繋がってたりするのかい?」
「なにかやらかしたのかい?
面倒ごとは止めてくれよな。
ここは奴らと繋がっちゃいないから安心しな。
ただ、匿うことになっても一日が限度だからな」
店主の言葉に胸を撫で下ろした。
「それならいいんだ。
商会と繋がってる店に来たくなかっただけだからさ」
「奴らとは関わりたくない気持ちは分かるさ。
まぁ、ゆっくり休んでいきな。
それから、あの子とするときは静かにな。
がっはっはっは」
良い宿で良かった。
これなら連中が捜しに来たとしても店主がやり過ごしてくれるかも知れない。
そう安堵したところで、ようやくルニ達のところへ来る事ができた。
「レイヴっていつも遅いんだね。
リズはもう寝かせたから」
「ホント悪いな。
だが昼まではゆっくり出来そうな状況が確認出来たからな。
まぁ、用心として二階にもう一つ部屋を借りたから、下が騒がしかったら逃げる準備はしてくれよ。
ミィ、お前の耳と勘が頼りだからな。
二人を頼んだぞ」
「それで二部屋借りてたんだにゃ?
意味が分からなかったにゃ」
だろうなとは思ったが、いちいち説明してたら話が進まないのも分かっていた。
「それじゃあオレは隣にいるから、何かあったら壁を叩くなりなんなりしてくれ」
「わかったにゃ。
おやすみぃ」
「うん、おやすみ」
部屋に入り一人になった途端、なんだか夢の中にいるような現実ではない感じに襲われた。
激動と呼ぶに相応しい数日から解き放たれ、今までにない体験ばかりだったのがそうさせているに違いなかった。
このまま眠りについたらあの腐街にいつものように、いつもの仲間といるのかもと想像すると涙が溢れてくる。
そう、あの日々はもう二度と帰ってはこない。
ジェスタというかけがえのない友を失ってしまったから。
そして、オレも戻れないところまで来てしまったのだから。




