旅の者と掴んだ尻尾
「んん~、どうしたものかな」
案内された店からほど近い酒場の窓の傍に陣取り、行き交う人々を眺めながら独り言を呟いた。
「どうしたものかじゃないにゃ。
あんな約束までして、わたし達は一刻を争ってるの忘れたのかにゃ?」
「オレの考えだと、奴らの情報さえ手に入れば上手くいく予定ではあるんだがなぁ」
黒服と姉妹の働いている店の直接的な繋がりは無かったとしても、これだけの店があれば横での繋がりが出てくると信じている。
それも無ければ、とは思いたくなかった。
「ひょんなかんちゃんにいくかにゃ」
口いっぱいに肉を頬張ったまま喋られても聞き取れないが、何となく言いたいことが分かったので聞き返すことはしない。
「確かになぁ。
この通りを見てれば黒服の一人くらい通ると思ったんだが、鼻の下が伸びてる間抜け面しか通らないな」
頬杖をつきながらそれでも窓から眺めることは止めないでいると、テーブルが軽く叩かれた。
なんだと振り向くと、逆立っている髪がなんとも特徴的な青年が立っている。
「何か?」
「いやぁね、そこのテーブルにいたんだが話が聞こえてきちまってね。
なんか困ってんだったら手を貸すぜ?」
いきなり手を貸すと言われても逆にこっちが事情を飲み込めないでいた。
親指で指された隣のテーブルを覗くと、確かに一人分の料理と席は空いているが女の子二人が頭を抱えていた。
「あ、まぁ、困ってはいるんだが。
急にそんなこと言われてもな」
と詰まった言葉を続けるように、女の子が一人割り込んできた。
「信用できないよねぇ。
ごめんね、いきなりで。
悪いやつじゃないんだけど、何にでも首を突っ込みたがるやつでね。
私は依巳莉。
で、こいつはアル。
こうなったら止まらないから、その困り事っての話してくれないかな?
ね」
依巳莉と名乗った女の子は口調もさることながら、活発な女の子そのままな感じが裏表のなさを醸し出していて、信じてもよさそうな雰囲気にさせてくれる。
「そういうことならまぁ、いいか、な。
いいだろ?」
一応ミィにも確認を取ってみるが、きょとんとしながら口だけ動かしている。
その気持ちは分からなくはないが、ダメであれば否定するだろうと空いている二席を勧めた。
「あのお嬢様のような子はいいのかい?」
一緒の席に居た銀髪のおしとやかそうな女の子だけはこちらを見向きもせず、ただ静かに一人座っている。
「あぁ、大丈夫大丈夫。
セレンはあのままで平気さ」
「いや、しかし。
こんなところに女の子一人座らせておくのは」
「あん?
平気だっての。
あんな場違いなヤツに声をかけるのはいねぇよ。
それにな、いざとなりゃオレらより怖いんだから」
あんなにおとなしそうな子が口の悪いこの男よりも怖いっていうのは、何だか不気味な感じに見えてくる。
「まぁまぁ。
話は逸れたが、何か探してて情報が欲しいのかい?」
「あぁ。
簡単に言えばそういう話なんだが……」
今までの経緯や目的をざっくりとだが掻い摘んで話した。
ミィが亜人ということを除いてだが。
「な~るほどね、それで窓の外も気にしてたってわけかい。
依巳莉、この話に乗っかってもいいだろ?
この男の生き様に手を貸してやりたくなったわ」
「それに『ひと暴れ出来そうだから』でしょ?
はいはい、分かったわよ。
ここまできたらお好きに。
それに、あたしもこの娘の母親のことは助けたいと思ったし」
男気に溢れているのか、ただ暴れたいだけなのか真意は読めないが、手助けしてくれるのなら有難い。
「よおし、何でも手伝ってやるぜ。
で、そういやぁ名前はなんていうんだ?」
「オレはレイヴだ、よろしくな。
んで、こっちのミルク飲んでるのがミィ」
ミルクを放すことなく瞬きだけで挨拶を済ませている。
「はぁ?
ミルクだぁ?
こんなとこでミルクっておい。
酒にしろよ酒に」
この言葉が頭にきたのかミルクのジョッキをテーブルに叩きつけた。
これにはすかさず止めようとしたが、先に依巳莉が宥めてくれた。
「ごめんね、悪気があったんじゃないの。
アルって先に理由を言わないから、誤解を招きやすくて。
要するに、見つからないように追手を捜してるのに場に馴染まないミルクを飲んでたら、怪しく思われちゃうわけ。
そうなると、この場ではお酒を頼んでおくのが最もだって言いたかったのよ……きっと」
最後の言葉は聞かなかったことにしておくが、それならば確かに迂闊だった。
「だって、好きなんだもん……」
酷い落ち込みようだが、猫にとってミルクはかけがえのないものならば仕方ない。
「それでだな。
これからどうやってそいつらのアジトを見つけるかってのが問題なんだよな?
一つの案としてだが、一日、一日待ってくれるなら突き止めてみせれるんだが。
どうだ?」
疑いが晴れているワケではなかった為、アル達がアイツらと繋がっている場合のことも頭の中を過ぎった。
「そうだな……悪い提案じゃないが、もし他にもあるのならそっちも聞かせて欲しいな」
もし、これしかないと言われたら今以上に疑念を抱いてしまいそうだ。
「まだ疑ってはいるってことだな、上等上等。
だったら今すぐにでも情報を仕入れてくりゃいいんだろ?
なら、セレンに頼んでみるしかねぇかなぁ。
頼みたくはねぇが」
弱みを握られでもしているのか、渋々といった感じでセレンを呼び成すべきことを頼むと、銀髪の少女は静かに店を出て行った。
「彼女は一体どういう人なんだ?」
「セレンか?
そうだな、戻ってくるまでオレらのことでも話しておくか?
まぁ、すぐに戻ってくるだろうからよ、酒でも飲んで待ってようぜ」
酒を飲みつつアルの育った環境や、旅の目的、二人と出会った経緯を話してくれた。
このことがオレの中での疑いが嘘のように晴れていた。
アルもオレと同じく、いや、オレよりも酷烈な環境で育っているようで、共感する場面も多かった。
口の悪さはやはり育った環境のせいらしいが、ジェスタも近い感じではあったかと思うと納得してしまう。
「……んで、ここに辿り着いたってワケだ。
今じゃ弟捜し半分の旅の楽しさ半分、って感じでやってんだがな」
丁度アルの話のキリが良いところでセレンが姿を見せた。
「どうだったいセレン。
あまり掴めなかったか?」
「ご報告いたします。
前置きとして、この街はルザ・オルド商会と呼ばれる組織が牛耳っていることが判明致しました。
そして、その組織は殺戮団と呼ばれる暗部を抱え、武力行使も行っている模様です。
その構成員は黒で統一されているとの話でした」
だとしたら、そのルザ・オルド商会に間違いはないだろう。
しかし、この短時間でどうやって調べてきたのだろうか。
「いいねぇ。
で、場所までは特定出来なかったか?」
「いえ、場所でしたら三軒隣の地下にございます。
ご案内致しますか?」
「どうだい?
これで信用もしてもらえるだろ?
なんだったら、今から潰しに行ってもいいぜ。
どうするレイヴ?」
こんな情報をすぐさま入手し、場所もすぐ近くにあるのはどうも話がうまく出来すぎている気がする。
晴れたと思っていた疑いが曇り始め、もう少し様子を見た方がいいのかも知れないと感じた。
「いや、今日のところは情報だけにしておこう。
疲れが溜まってるから、行動を起こすのは明日以降にするよ」
「そうかい?
善は急げって思ったんだが、疲れてんなら仕方ねぇな」
潰しに行くと言っているのに『善』があるのか不思議に思ったが、商会との対応について話してみた。
「商会とはどう対応する気なんだ?
潰しに行くと言ってるが」
「は?
潰しに行くっつったら、潰しに行く以外何もないだろ。
回りくどいことなんてしねぇよ、正攻法の正面突破ってやつさ。
意外といけるもんなんだぜ?」
武力を行使するものに武力で対抗しようとするのか、計画もなしに。
「わかった。
アルがそう判断したならそれでいこう、手伝ってもらう身でもあるし。
なら明日の夕暮れ、日が落ちる前にここで落ち合おうか」
「それでいいなら構わないぜ。
わくわくしてくるなぁ。
なぁ、依巳莉」
「あたしは別にわくわくはしないけど。
してるのは、あんただけだから」
なんだかこの二人の会話には割って入りづらいが、ミィの瞼が今にも閉じそうだったのを見て切り上げることにした。
「それじゃあ、オレ達は行くよ。
また明日ここでな」
「おうよ、待ってんぜ。
すっぽかすなよぉ」
「また明日ねぇ~」
席を立ち、セレンの横を通り過ぎようとすると深々と頭を下げられた。
「ごきげよう」
オレにまでそんな丁寧に挨拶するとは思いもかけず驚き、立ち止まってしまった。
「あ、いや、うん。
また明日。
今日はありがとう」
「いえ、そんなことは」
うっすら頬が赤くなったのは気のせいだろうか、すぐに顔を逸らしてしまった。
「行くにゃ、レイヴ!」
ミィに強めに引っ張られ店を出ると、すぐに隣に並び小声で話した。
「ミィ、誰かついて来てる感じはするか?」
「全然。
わたし達に合わせようとしてる足音は聞こえないにゃ」
もし、アル達が味方でないのであればオレ達の行く場所を探ると踏んでいたが、どうやら今は大丈夫らしい。
後は宿の店主が繋がっていなければよいのだが。




