妖精の街
日も沈み夜の街道をひたすら歩いていると、やっと街明かりが見えてきた。
「あれだな、あの明かりがそうだろうな。
だが、何だか明る過ぎはしないか?」
「ん~、特に変わったところはない感じだけどにゃあ」
距離が短くなるにつれ段々と明るさが増し、ついには夜だと忘れるくらいに煌びやかな街が姿を現した。
「なになに?
『妖精たちが住まう街、フェアリアへようこそ』か」
背丈ほどしかない低い外壁に囲まれた街の入口には衛兵の変わりに、街の案内板が出されていた。
「ここ?
ホントかにゃあ」
「こんな明るい所に居るなんて思えないが、多分この街で間違いはないんだろうな」
夜になっても賑わいを見せる街。
いや、むしろ夜になってから賑わうのだろう、歩いてみると色々な欲求を満たす店が軒並み立ち並んでいた。
あの村から近い街はここと、途中の分かれ道を南に向かったところにある。
だが、南に向かうとミィの逃げてきた道筋に矛盾が起きてしまい、深青紫のことを信じるならばこの街のどこかに必ずあの連中が潜んでいる。
しかし、それ以外の手掛かりがない以上は探しようがなかった。
「聞いて回ったらダメかにゃ?」
これには吹き出してしまった。
「ぷっ!
ダメだろ?
ヤツらの耳にでも入ったら厄介なことになってしまう」
かと言って、それらしい人がいる訳でもなく、怪しい建物を見つけていくしか手がないように思えた。
「おっと、ごめんよ。
大丈夫か?」
建物に気を取られ女の子とぶつかってしまった。
みすぼらしい格好をした二人。
姉妹だろうか、オレ達とさほど変わらない子と人形を抱えた子。
しかし何故こんな街でこんな夜に二人でいるか。
「大丈夫。
お兄さん、お店探してるの?
案内するよ?」
口を開いたのは姉であろう女の子だが、あまり感情が感じられない。
「いや。
まぁ探してはいるけど、ちょっと違うんだ。
お店……ってなんだい?」
「可愛い子がいっぱい居るお店」
ちょっと待て、こんな子達が歓楽街の客引きなのか?
「なんで君達が客を探してるんだ?
まさかとは思うが、娼婦……なのか?」
「違うよ……娼婦見習い。
こうでもしなきゃ妹と暮らしていけないから……」
こんな子達を使ってまで自分の私腹を肥やそうとしている連中がいるとは、情けなさを通り越して虫唾が走る。
が、ふと閃いた。
「良かったら、店の近くまで案内してくれないか?」
「なんで行くのかにゃ!?
女の子と遊んでる場合じゃないにゃ」
唐突に店へ行くと言い出したので、口調を荒げつつも小声で耳打ちをしてくる。
もしも、これがいかがわしい店だと知っていたらこんなもんじゃ済まなかっただろう。
「いいの?
来てくれるの?」
少女は嬉しさを装う様に聞いてきたが、オレの答えは違った。
「あくまでも店の近くまででいい。
少し知りたいことがあるんだ。
いいかい?」
「え、えっと。
うん……いいけど」
仕方なしにといった感じだったが、小さな連れがミィの袖を掴んで離さないのにも気づいていたのだろう。
ミィはずっと掴まっている妹に色々と話しかけているが、特に返事は返ってこず困っていた。
だからといって引き離すには可哀相なので、そのままついて来るよう耳打ちをする。
案内されるがまま建物の間を通り抜け、幾つか角を曲がると姉は立ち止まった。
「あそこが私達のお店。
ここでいいの?」
指の指された方には煌びやかに装飾の施された建物がある。
そこには綺麗な女性が立ち、行き交う男に声をかけていた。
「あぁ、ここまででいい、ありがとう。
ちなみに名前は何て言うんだい?」
「私はルニ。
この子はリズ。
さあ、リズ離れて。
行くよ」
リズと呼ばれた妹をミィから引き離し戻ろうとしていたので、オレは考えていたことを口にしてみた。
「なぁ、もしもの話なんだが、こんな仕事しなくて良いのなら嬉しいか?」
「えっ?
それはそうだけど……あなたが私達を食べさせてくれるの?」
声は相変わらず感情に乏しいが、瞳に光が薄っすらと戻ったのを見逃さなかった。
「あぁ、こんな仕事からは解放してやる。
だから、少しだけ待っててくれ。
約束だ」
姉のルニは涙を浮かべると背を向けた。
「こんなこと言われたの……初めて。
約束……だからね」
「あぁ、必ずだ」
リズは姉を心配そうに見上げ、初めて声を発した。
「お姉ちゃん、泣いてるの?
どこか痛いの?
リズ、悪いことした?」
今まで姉として弱さを見せなかったのだろう、妹を守ろうとする一身で。
「ううん、大丈夫――大丈夫だよ。
リズはこのお姉ちゃんと一緒に居たい?」
「うん!
リズ、ミィが好き」
妹のリズは余程ミィを気に入ったのだろう。
ミィとこの子らの為にも、この街に巣くう闇を探らねばならない。
リズの無垢な気持ちに姉は頷いて、心からの笑顔を見せた。
「なら、少しだけ我慢して。
すぐミィさんと居れるようになるって、お兄さんが約束してくれたから」
ルニが諭すように話すと、今度は妹がオレを見上げた。
「ホント?
お兄ちゃん」
真っ直ぐな瞳で見つめてくる。
これには応えてやらねばならないと素直な気持ちが芽生えた。
「あぁ。
オレは嘘はつかないことで有名なレイヴだから。
すぐミィと一緒に居れるからな。
それまでの我慢だぞ」
「うん!
リズ頑張る!」
「良い子だ。
ルニ、少しだけ今までと同じようにしててくれ。
もし何かあったら、街の入口に一番近い宿に居てくれたらいい」
「分かった。
普段通りにしてる」
「こっちも何かあればルニ達を捜すから、少しだけ頑張っててくれ」
それだけ話すとコクリと頷き、リズの手を取り路地の暗がりに消えて行った。




