逃亡者
初めましての方、ずっと読んで下さっている方、七海玲也と申します。
さて、ネコ耳ばすた~ずは過去に幾つか掲載致しておりましたが、ここにきて原点でもある出会いから旅立ちの物語、いわゆるエピソード0をお送りしたいと思います。
前回の無印ネコ耳の過日譚でも描かれた物語ですが、主人公レイヴに語られたり思い出されたものであって、実際には切り取られた場面が幾つも存在しています。
そこで、今まで読んで下さっている読者様には一度無になってもらい、レイヴと共に旅に出て頂けたらと思っております。
元々はこちらが先に出来ていて、無印を考えた時に物語に加えたらどうかとの案で、お蔵入りにしておりました。
そして、再編版として描くにあたり無印を書き直すより、過日譚を書き直しつつ未発表部分を加えた正式な始まり《ネコ耳ばすた~ず1》を0として発表することにしました。
そもそも、なぜ再編版かと言われると、続編と別物語の他に再編版を読みたいと望まれる声もあった為で、それに応える形で発表するに至りました。
ネコ耳ばすた~ず、勝ち気なアテナの冒険美貌録を読んで下さっていた方でも、もう一度楽しめる作品にはなっていると思いますので、是非最後までお付き合いして頂けたらと思っております。
では、長くなりましたが本編をお楽しみ下さい。
後書きでお会い致しましょう。
七海玲也でした。
廃墟と廃墟の隙間から曇り空を見上げる。
何か見える訳ではないが、悲鳴やら怒声やらが聞こえているのが気になった。
この辺りじゃケンカや犯罪なんてよくあることで、特に何階層もある廃墟なら尚更だった。
しかしながら、この日は何か様子がおかしかった。
悲鳴が空から近づいている。
瞬間、目の前にある大量のゴミが大きな音と共に舞っていた。
目の錯覚でなければアレは人だったと思うが。
廃墟が立ち並び、襤褸を身に付けた人々がそこかしこに座り込んでいる腐街であっても、まさかゴミの上に人が降って来るとは予想だにしていない。
急ぎ駆け寄りゴミを取り払うと、本当に人が倒れていた。
「だ、大丈夫か!?
おい!」
「う……うぅ……。
逃げな……きゃ……」
「ちょ――待てって!
お前、その身体で動くなって!」
包帯だらけの身体で廃墟から落ちてきたのだ。
ゴミの上とはいえ相当な衝撃だったはずなのに、立ち上がり動こうとしていた。
「っと。
動けるわけないだろ。
追われているのか?」
倒れそうなところを横から支え、話しかけてみたが返事はなかった。
「女の子じゃないか。
こんな傷だらけで、病院からでも抜け出したか?」
返事がないことは分かっていたが、口に出さずにはいられなかった。
とにもかくにも彼女を抱きかかえ、姉の様な存在でもある女医のマリエルに診てもらうことにし、その場を立ち去った。
「マリ姉!
この子、診てもらっていいかな?」
病院と呼ぶには程遠い廃墟の奥にある一室に入ると、白衣に身を包んだ女性が本を片手に佇んでいた。
「あら?
どうしたの、その子。
あんたが手当てしてあげたの?」
「イヤイヤ、飛び降りてきたのを助けたんだよ。
なんか追われてるみたいだったから。
ここなら平気だと思ってさ」
「分かったわ。
それなら診察するから。
……ほらほら、出てった出てった」
オレを部屋から追い出し数刻、部屋の中から悲鳴にも似た甲高い声が聞こえてきた。
「どうした、マリ姉!?」
と、勢いよくドアを開けた――刹那、医学書であろう分厚い本が顔をめがけ飛んできた。
「若い娘の診察中に開けるんじゃないって言ってるだろ!」
運よく避けれたものの、当たっていたらたまったもんじゃない。
「っ!
危ねぇ。
マリ姉に何かあったと思ったんだよ。
大丈夫なら外で待つから」
「待って。
アフメド爺さんを連れて来て。
『刻が動き出す』って言えば分かるわ。
ほら、早く行った。
治療はしておくから」
何のことだかさっぱりだが、ここに居ても分厚い本が飛んでくるだけなので足早に爺さんの元へ向かった。
幾つかの角を曲がり突き当たりまで進むと、地に鉄の扉が据えられ、ここから地下へ降りたところに爺さんは住んでいる。
そこで言われた通り伝えると、血相を変え、オレが引っ張られる形で病室まで戻ることになった。
「なんと!
そうか、そうか……。
では、やはりアノ子だったのじゃな」
結局また部屋の外で待たされる羽目になったが、女の子を連れてきた自分だけ蚊帳の外とゆうのは腑に落ちず、聞き耳を立てている。
「みたいですね……。
呼んできましょうか?」
「どうせ聞いておるじゃろ。
ほれ、入ってこい」
……バレていたらしい。
「なんでもお見通しなんだな、爺ちゃんは。
で?
オレに何をしろって?」
「まず、心して聞け。
危険な連中がもうじきここにも来るじゃろ。
この子を追ってる連中じゃが、差し出す訳にはいかん。
となれば、分かるじゃろ」
言いたいことは分かった。
逃がす手伝いをしろということだ。
腐街から出る方法なら幾らでもある、なんせ地下水路が張り巡らされているから出るだけならどうとでもなる。
「となると、地下にでも隠れて怪我が治るのを待ってから送り出せばいいのか?」
「何を言っとる。
お前がこの子を背負って一緒に行くんじゃよ。
重要なのはお前の方なのじゃから」
オレの方が重要で、この子を逃がせだって?
「何を……。
そうか、ついにボケて……」
「あんたねぇ――これは要するに、この子だけの話じゃなく、あんたの運命にも関わってくる重大なことなの。
この子だけでも、あんただけでも意味のないことなの」
爺さんは十八年ほど前に腐街に現れ、ここの相談役になったらしい。
それも危険な事に関しては、そこらの占い師より的確なアドバイスで皆を助けているのだが、それが関係しているのかも知れない。
「オレもこの子と逃げろって?
なんでオレが?」
「行けば分かる。
運命とはそうゆうもんじゃよ」
言いながら、背中から何かを取り出し放ってよこした。
「これは――魔銃!」
「ほれ、これもじゃ」
魔弾やその他諸々が、小さな麻袋に詰め込まれていた。
「使い勝手は解るじゃろ?
それをやるから運命に立ち向かうのじゃ」
小さい頃から爺さんには、銃の使い方やら何やら教わってきた。
それもこの、腐街を生き延びる術だと。
それがまさか、こんなことになろうとは。
「さっきから運命がどうとか言ってるけど、この子連れてどこに逃げろって……。
あぁ、はいはい。
行けば分かる、ね」
愚痴ってみたものの二人の表情にイライラを感じとり、素直に従うことにした。
女の子を背負うと、治療のおかげか心地よさそうに寝息を立てている。
もっともオレの心の整理は出来ていないが、この状況下では後戻りは出来そうに無い。
「オレが帰るまで生きててくれよ、絶対に。
こんなこと任せるんだからさ」
「誰に言っておるんじゃか。
自分のことだけ心配しておれ」
「爺さんのことは私がついているから、安心して行きな。
あんたが無事で帰って来るのを待ってるよ」
二人の言葉は予想していた通りだった。
厳しく当たろうが、結局はオレのことを気にかけていてくれる。
両親のいないオレをホントの家族のように見ていてくれる。
だから『絶対に帰ってくる』
この想いがあるからこそ、笑顔で頷き病室を後にした。