139話 涙が溢れてきたんだが
139話です!
あれから父親はゼノス団長がいるであろう部屋に向かい、ネルさんの処遇について交渉をしてくれている。その間、俺はその部屋の前で立ちながらのんびりとステータスを見ていた。
あれだけの傷を負い、死にかけたにもかかわらず、HPが既に満タンになっている。どんな魔法を使えばこうなるのだろうか……。上級でもこうならないはずだ。なら、特級なのだろうか? どちらか分からないが、魔法って凄いな……。もし前世でも魔法があったなら救える命がもっと増えていただろうな。……いや、そうしたら魔法に頼り切ってしまい、科学が進歩しなかった可能性もあるか……。それに、魔法があると戦争でさらに多くの命が無くなっていただろうな。魔法がある世界とない世界……どっちが良いのだろうか。
閑話休題……どうやら俺はHPが回復しきっただけでなく、レベルが1つ上がっているようだ。最後に確認してから戦ったのは襲撃者だけなので、人からでも経験値が入るのだろう。まあ、入るといってもその方法でレベルを上げるわけがない。それをやったら襲撃者の言っていた通り、化け物だ。
「カイ、お待たせ。話は後でするとして、帰ろうか」
「うん、分かった。でも、もう終わったんだ」
「同等の刑だからな。苦労せずに了承が頂けた」
「なら、良かった」
父親の隣を歩きながら俺が捕まっていた間に父親はどうしていたかなどについて会話をしていると詰所の出入り口に辿り着いた。出入り口には衛生兵が2人佇んでいた。
「お疲れ様です」
「ありがとうございます! アイン様、ご元気で」
「ええ」
と、少しだけ言葉を交わして詰所を出た。それにしても、父親とライルさんが捕まっていた馬車を襲撃していたんだな……。あのまま大人しく捕まっていたら助かってたんだな……。でも、他の子供も助かってよかったな。馬車から逃げる時に少し心苦しかったからなあ。
そうして、街で飯を食べて少々買い物したりしてから街を出た。勿論徒歩ではなく馬でだ。父親と共に乗っているわけだが、股が痛いな……。速度も出ているので余計に痛い……。水癒がいるな……。父親曰くこの痛みはそのうち慣れるとの事らしいが、いつ慣れるのだろうか……。
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日が暮れる頃に村に戻って家に着いた。予定していた時よりも遅く帰って来たので母親とフレッツ兄さんがどうしたのか聞いてきた。誤魔化しても良かったがそのうちばれてしまうだろうという事で正直に話した。
その結果フレッツ兄さんは良く帰って来たねと言って、頭を撫でてくれて、母親は頑張ったねと言って、抱きしめてくれた。何だろう……人肌が心地よく、心が温まってきており、凄く安心する。ずっと気を張っていたからだろうか。精神的に凄く疲れていたからだろうか。それとも両方なのだろうか……自分の事なのによく分からないまま、ただただ安心して、自然と涙が溢れてきた。
出来ればあのような怖い思いを金輪際したくない。人を殺すという殺伐とした人生よりも穏やかな人生を歩んでいきたい。戦場に立つよりも田舎でのんびりと生きていきたい。
そんな思いが涙と共に出てくるのだが、それは敵わないだろう。3歳のコールディの襲撃事件、4歳の迷宮の罠、そして、今回のドナンドの誘拐事件。普通ならどれか1つでも体験したら不幸と言えるものだ。そのどれもを経験している。これから先も何らかの事件や面倒事に巻き込まれるのだろう。そして、冒険者になればさらに増えるだろう。そうなれば必然的に死にそうになる事も増えるだろう。……死なないためにもこれからも頑張らないとな。
だけど、今だけは頑張らずにこのまま甘えていよう。そして、明日からまた、頑張ろう。
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1時間経ったのだろうか……それともあまり時間が経っていないのだろうか、ずっと撫でていたり抱きしめてくれていた時間が終わった。今になって先程の自分を思い出すと少し恥ずかしくなったが、随分と泣いたからか大分気持ちが軽くなった。フレッツ兄さんと母親のおかげだな……。そう思っていると母親は父親の方に向き、普段よりも幾分か低い声で話し始めた。
「さて、フェンド、少しお話があるのだけれど……良いわよね?」
「……ああ。そうだな。ただ、ここでは後始末が大変だろうから外でお話をしようか……」
「ええ、そうね……」
この場合のお話って危ない奴だよな……。現に父親がまるで戦場に出る覚悟をした人の顔をしている。……あれ? 先程の優しさはどこに……?
「カイは部屋に戻ろうか。イネアさん、お願いね?」
「かしこまりました。カイ様、こちらですよ」
「う、うん……」
言葉に従って部屋に戻るが……父親、頑張って生きてね……。
この後フェンドは滅茶苦茶怒られた。