138話 ネルさんに会うんだが
138話です! タグにシリアスを追加しようか迷う程のシリアス量……そろそろほのぼの成分を……。
衛生兵の先導で、俺と父親は石造りの階段を降りていく。一歩一歩降りるたびに足音が通路に響く。階段の壁に付いているランプが光を発するがそれでも薄暗いこの階段は少し不気味に思える。さらに地下へ降りる程湿ってきており、血の臭いや排泄物などの様々な異臭が漂ってきている。……行くって言わなければ良かったかもしれない。いや、牢が地上にあるとばかり思っていたからな。まあ、地下にあっても行くけどさ。
「これより先は犯罪者を牢に閉じ込めています。窃盗や万引きなどの軽犯罪者から、奴らなどの誘拐、殺人などの重犯罪者などもいます。下手に牢に近づくと攻撃されるかもしれないので、決して牢に近づかないで下さい」
「ああ、分かった」
「うん」
階段を降り切ると想像以上に牢の数が多かった。牢は左右にあり、ここから見える牢の数だけでも20はありそうだ。奥は薄暗くて分かりずらいが曲がり角があるのでその先にも牢があるのだろう。そして、その牢から誰かが呻く声や絶叫が聞こえてきている。それだけならまだ良かったのだが、この地下空間はあちこちに汚れ切った水たまりが出来ており、元々臭っていた様々な異臭がさらに強く鼻を刺激してくる。
これは直接息を吸っていたら体調が悪くなるな……と思い、布切れを取り出して口元に当て、呼吸をする。先程よりはましになったな。
衛生兵と父親が先に進み出したので早歩きで後を追いながら衛生兵に聞いてみる。
「ここ、汚すぎませんか?」
「我々もそう思うのですが、衛生兵長が牢に入る事自体を少しでも罰になるようにしろとの事で……こうなりました。おかげで私たちもほとんど来る事はありません。それに彼らが脱走を試みましても出入り口は見張られていますから問題ないでしょう」
少しでも罰になるようにって……ここまでする? こんなところで過ごすとか絶対嫌だ……。いや、それが狙いか。
納得していると衛生兵がとある牢の前で立ち止まった。
「さて、ここがカイ様と共に倒れていた奴ですね。満足いくまでお話しされても構いませんが、くれぐれも近づかないで下さい。また、何か要望などがあれば私に仰って下さい」
「分かった」
衛生兵から注意事項に了承しつつ牢の中を見ると1人の女性……ネルさんが粗末な少し黄ばんだ白い服を着て座ってこちらを睨んでいた。牢の中はバケツ2つと薄っぺらそうな布1枚だけであった。そのうち1つのバケツには水が満タンに入っており、もう1つのバケツには何も入っていないように見える。
俺は布切れを口元から外して、ネルさんに話しかける。
「あの時の戦闘振りだね? ネルさん」
「……」
「元気そう……には全く見えないね」
「……」
「今はどんな気分? 苦しい? 辛い? 痛い? それとも……俺の事が憎い?」
「……」
「どんな感情であれ生きているからこそ込み上げてくる感情だね」
「……」
「戦っていた時はネルさんを殺そうとしていたけど、殺したくない気持ちもあったのかな? それとも偶然なのかな? 胸元や顔などを狙えば即死するであろう一撃を即死にならない腹を攻撃しちゃった。俺がどうして腹に攻撃してしまったのか分からないけど、そのおかげでネルさんは治療を受けて、今も生きてる」
「……」
「やっぱり回復した時にこのまま死ぬよりも罪を背負いながらも生きて欲しい……って思ってしまった事が原因なのかな?」
「……」
「どの原因であれ、ネルさんは生き延びて今ここにいる。そんなネルさんに聞きたいんだ」
「……」
「ねえ、ネルさん。ネルさんは生きたい? それとも……死にたい?」
「……生きれる……のなら、生きたい……。でも、この任務を……始めた……時から……いつかこうなるのは……分かってた。……だから、殺すのなら……さっさと……殺せ……」
ネルさん……やっぱり生きたいんだ。どうして任務? をやり始めたのか分からないけど、出来れば……生きて欲しいな。そう思いながらも再び布切れを口に当てる。
「そうか……うん、分かった……衛生兵さん、もう良いよ。行こうか」
「もう良いのですか? ……分かりました。では、行きましょうか」
衛生兵を先頭に来た道を戻っていく。戻る間、会話はなく、ただ呻き声と絶叫だけが聞こえてくるだけであった。
「……カイ、あれだけで良かったのか? もっと言う事もあったのではないのか? どうして誘拐するのかとかどうするつもりだったのか……とか」
「……うん。今はあれだけで良いかな。だって……父様はもう知っているんでしょ? 父様が言うまで待つよ」
「そ、そうか。分かった。では、家に帰ったら話そうか」
「うん、分かった。……それよりも……さ、父様」
「どうした?」
「ネルさんはこのままだと死刑……だよね?」
「まあ、な。殺人に誘拐、不法侵入、国家反逆……これだけやれば死刑だろうな」
やっぱり……。
「父様の力でさ……どうにかネルさんの死刑を止めさせれないかな?」
「それは……出来るだろうが、死刑と同等の刑が処されると思うぞ」
「それでも良いよ。ただ、罪を背負ってでも生きて、少しでも償って欲しいと思うんだ」
「……そうか」
俺が取っている行動は甘いのかもしれない。今回の出来事だけで既に3人も正当防衛とはいえ殺している訳だから、自分勝手で、都合が良い話だ。それでも、あの時回復をした時からどこかで助けてあげたいと思っているのだからどうしようもない。