136話 脱出を試みるんだが 5
136話です!
アズを沢山食べ、腹を膨らませた所で移動を再開する。食事をしている間に魔素の方もかなり溜まり、軽い戦闘なら問題なく対処出来そうだ。
今から森に出るわけだが、生憎とドナンドの街の方向が分からない。完全に迷子だ……。ひとまず、キルルク草を取った川を下っていけば森を出れるだろうか? 下手に歩き回るよりかは良いと考えて川を下っていく。勿論、ヨユルギ草やキルルク草があった場合はどんどん回収していく。何時でも使えるようにするためだ。
途中魔物に遭遇しそうになった事が数度あったのだが、幸いにも戦闘にはならずに済んだ。ゆっくりと……だが確実に川沿いを歩いていくと前方の木々が無くなっており、草が生えているだけであった。そして、遠くにはドナンドの街がはっきりと見える。運が良い事にドナンドの街の近くに出る事が出来たようだ。だが、ここで油断はしない。もしかしたら襲撃者が待ち構えているかもしれないのだ。
「身体強化、探知」
何時でも逃げ切れるように身体強化を掛けて、周囲に何かいないか探るために探知を無詠唱で発動する。どうやら探知内には何もいないようだ。では、ドナンドの街に向かおう。
少しでも魔素を温存するために探知を解き、森から出て全力で走り出す。もし襲撃者に発見されてもこの速さなら簡単に追いつく事は出来ないだろう。そんな事を思いながら走っていると後方から何やら走ってくる音がした。
耳を澄まして聞いてみると誰かが追ってきているようだ。速度は……俺よりも速いな。だが、相手は1人だ。ここで戦うか? 一応誰か確認するために後方をチラリと見る。大柄な男だったら即効逃げるのだが、追ってきているのはネルさんのようだ。他にも襲撃者がいるはずなのによく会うな……。だが、ネルさんだと速度では勝てなさそうだから……戦うか。それに、ネルさんを捕まえて馬車の行方なども喋って貰わないといけない。
少しずつ速度を落として、身体強化に回す魔素を増やし、両手に魔素を込めてネルさんを待つ。
「……何故、待った」
「それは勿論、ここで倒すためだよ」
「今度こそ……今度こそさせない!」
……もしかして負けた事を根に持ってる? 持ってそうだな……だが、今回も勝つのは俺だ!
「……水矢! 風刃!」
先制攻撃とでも言わんばかりにネルさんに左手に込めた魔素で水矢を放つ。そしてすぐに相手の重心を見て動きを予測し、右手に込めた魔素で風刃を放つ。
「この……くらい……!」
ネルさんは地面を思い切り蹴り、水矢を避けて、迫りくる風刃をも避けて、こちらに向かって走ってきた。風刃も避けられたのは少し予想外だったな。
「ウェポン、シールド」
だが、避けている間に溜めた魔素でショートソードと盾を詠唱して用意する。近づいたら即終了……と言うような事にならないためだ。
ネルさんは俺が武器を用意した事を警戒したのか手に持っていたナイフを投げてくる。速度はかなり出ているが、これくらいなら避けれるので避ける事にする。ネルさんは避けた事に全く動じていないようで腰から新たなナイフを取り出して構え、そのまま突っ込んでくる。
……安全性を考えるならばこのまま後方へ下がり、残りの魔素で倒しきる遠距離戦が良いだろう。だが、魔素の残りが不安だ。何しろネルさんで終わり……という訳にはいかない可能性の方が高いからだ。魔素をあまり減少させない接近戦で勝負しよう。
「さあ、ネルさん。勝負だよ」
「……っ!」
幼児に接近戦を挑まれた事が癪に障ったのか、少し怒った様子でナイフを使って攻撃してきた。その攻撃を盾で受け流していき、ショートソードでネルさんの腹目掛けて突き刺すが、ネルさんは体を捻ってその攻撃を避けて、その捻りを使って殴りかかってくる。急いで体を伏せて拳を避けてそのままネルさんの足を蹴る。
だが、経験の差からかその行動は読まれていたようで逆にネルさんは俺の蹴りを蹴りで返してきた。幾ら身体強化を掛けている蹴りでもネルさんの蹴りには勝てず、グキッという嫌な音と共に足に激しい痛みが走る。
「ぐああああああ」
「これで……終わり!」
どうやら足が折れたようで体を保つことが出来ず、倒れそうになる中、ネルさんが追撃をしてくる。この攻撃は防がなければ不味いと激しい痛みの中で思い、シールドで追撃を防ぐ。その衝撃でシールドは崩れ落ちた。何とか防げたが、かなり不味いな……一瞬だけ後の事を考えずに遠距離戦をやれば良かったと後悔するが、その考えは意味が無いだと自分に言い聞かせて何とか立ち上がる。
「しつ……こい!」
「し、しつこいのは俺の……領分だ!」
このくらいの状況なら迷宮でも体験して生き残ったのだ。だから、諦めずにウェポンを持つ手に現在持っている魔素の半分を込める。
「大人しく……負けてろ!」
「武器加速! 負けるのは……ネルさんだ!」
ネルさんがナイフで攻撃しようとしてくる中、俺はショートソードを思い切り投げて、さらに武器加速で速度を上げていく。
「な……グフ」
投げたショートソードはネルさんの腹に食い込んだ。どうみても致命傷を与えたその攻撃は腹から大量の血を溢れ出させた。痛みなのか失血なのか、原因は分からないが、ネルさんはナイフを落として、手で腹を抑えながら倒れた。
「俺の……勝ちだ」
ネルさんに勝てた安心感からか思わず座り込んでしまう。時間としてはあまり経っていない戦闘であったが、足を折るという致命傷をしてしまった。このまま他の襲撃者に襲われたら不味いな……と思いながら、もう襲撃者が来ない事を祈っていると。
「と、どめを、させ」
まだ意識を失っていなかったネルさんが俺にそう言い放ってくる。完全に油断していた俺は慌ててネルさんを警戒するが、言葉の意味を理解し、返事をする。
「とどめはしないよ。ネルさんには聞きたい事があるからね。俺をどこに運ぼうとしたかとか……何者だとか……ね」
「……言う、とでも」
「言って欲しいな。下手に尋問をしたくない」
「……尋問を、しても、言わない。……それに、尋問は出来、ない」
その言葉の意味を理解する前にドナンドの街の方向から声が聞こえてきた。
「いたぞー! あそこだ!」
「ネルがまたやられているぞ!」
あー、襲撃者の援軍が来てしまったか。それも数は2人……。絶望的な状況だが、一か八か……やるしかない。ああ、やってやるさ。
俺は俯きながら自身に残った魔素の全てを手に集めて、水刃の魔法を小さな声で詠唱し始める。イメージは襲撃者だけでなくドナンドの街まで届く水の攻撃だ。その攻撃を見て、ここまで襲撃者ではない誰かが来てくれるのを祈る。俺の幸運に全てを任せる形だ。幸運者とは言えないこの状況でせめてこのくらいの幸運は起こって欲しい。
「どうやら動けない様だぞ!」
「戦闘せずに捕まえれそうだな!」
そう言いつつ襲撃者たちはこちらの詠唱には気づかずに油断しながら近づいていく。その油断が命取りだ!
「水刃!」
「「うわあああああああああ」」
残り5mになった所で水刃を開放する。草を鎌で切り裂くような鋭さと飛んでいる鳥にも追いつきそうな速さで水刃が飛んでいった。その攻撃は襲撃者を軽々と巻き込み、そのままドナンドの街へと飛んでいった。後は……運次第だ。そう思いながら、意識を落とした。
次回はカイの父親であるフェンドの閑話です。