第1話 モルモット小隊異常なし
「二度とモルモットのお守りは御免だゼ!」
〈俺〉は、今日これで何度目かの独り言を吐き捨て、周囲を警戒しながらゆっくりと前進する。
歩兵小隊では、〈俺〉と部下たち各々が、必ず左右後方警戒を分担していた。
だが今は、そんなものは望むべくもない。
信頼できる百戦錬磨の仲間たちはここには存在しない。
あの日、我が愛すべき小隊は壊滅した。
〈俺〉は指揮すべき、勇敢かつ優秀な部下たちを失ってしまったのだ。
永久に。
所属部隊に対する忠誠。
それは、いまだ変わることはない。
でも、あの日から〈俺〉の中に、陸軍上層部、そして国家というものへの不信感。
それが芽生えはじめた。
それでも除隊しなかった。
それは、兵隊以外に〈俺〉にできること。
それがほかに思いつかなかったから。
そして、娘の養育費のこともあったからだ。
そう、正確にいえば、除隊できなかったのだ!
そんな〈俺〉の存在に目を着けた奴等がいた。
〈研究所〉の連中だ。
連中は、連中の玩具のお守りを探していた。
いや、お守りで片付けてしまったら……。
今の〈俺〉の状況を正確に伝えることができなくなってしまうだろう。
今、〈俺〉が、ただひとり、某敵性国家の国境を越え、数キロも侵出している状況をだ。
任務は、極秘偵察ということになっている。
が、しかし、必要に応じた火器の使用が、現場指揮官の判断により可能とされている。
現場指揮官?
そう、ここには〈俺〉しかいない。
つまり、〈俺〉が必要だと思えば……。
撃ちまくっていいということだ。
まあ、撃ちまくっていいといわれたところで、どうということはない。
携行火器は小銃とサイドアームの軍用拳銃のみだ。
小銃の筒下に団定、一体化されている擲弾筒と数個の予備弾倉を含めたところでたかがしれている。
ただし、状況を複雑にしているのが、〈俺〉を追従してくる“モノ”の存在だ。
その“モノ”こそが連中の大事な玩具というわけで……。
つまり、実はこの作戦の主である。
〈俺〉だって、〈俺〉がこの作戦の従でしかないことに思い到らないこともない。
いくら連中が、〈俺〉のことを指揮官だと煽て上げたところで、だ。
だが、そのことは今、この状況下で考えなければならないことか?
否。
優先順位は下位だろう。
新兵でも解ることだ。
「未確認の動体反応を検知。
排除しますか?」
男とも女ともとれる、電子音、合成音声がした。
その、例の“モノ”に搭載された〈AIユニット〉が報告してきたのだ。
と同時に、〈俺〉も視野に入ったもので、動体反応が何からのものか知る。
この任務に着いてから、〈俺〉の中で発達していたモヤモヤとした何か。
それが、ここでとうとう炸裂した。
人間を排除するだと!!
〈機械仕掛け〉の分際でか!?
「馬鹿野郎!
子供だぞ!!」
〈俺〉は小声でいった。
“あの温厚な〈隊長〉が怒ると恐い”と部下には評判だった、あの押し殺した声で。
「敵勢力に我々の存在が通報された場合、敵部隊の排除は不可能。
残弾数不足。
強行突破も困難であることが予想されます」
〈機械仕掛け〉は淡々と報告を続けている。
〈俺〉は、デキの悪い部下を教育する気分になる。
機械相手に馬鹿げたことだと、頭のどこかで思いながらも。
「我が隊において、非武装の非戦闘員を攻撃することを許可することはない。
絶対にな!」
「状況を確認。
時限拘束具の使用を提案する」
なんだそれは?
〈研究所〉の連中は、出発前に何やかやといっていた。
だが、〈俺〉は〈機械仕掛け〉にあまり興味は持てなかったので聞き流していた。
〈俺〉は〈機械仕掛け〉に仕込みの液晶タッチパネルを展開させて、装備仕様を確認した。
殺傷能力はない。設定した時間が経過すれば、拘束は自動的に解かれる。
「時限拘束具の使用を許可する」
「了解」
〈機械仕掛け〉のいくつかのアームのひとつが、棒立ちとなった少年に向けられる。
見た目はボウガンのような射出機だ。
だが、放たれたのは矢ではなく、輪に見えるものだ。
〈俺〉は、投げ縄を連想する。
〈投げ縄〉は、少年に吸い込まれるように命中した。
少年は、その場にパタリと倒れた。
うまい! カウボーイになれそうだ。
〈俺〉は手足を拘束され、身動きのとれなくなった少年にゆっくりと近づいていく。
両手は上げて、手のひらを開き、何も持っていないことを解らせながら。
「すまない。ボウズ。
これはベタベタにならない。
大丈夫だからな!」
〈俺〉は、背嚢から小袋を取り出して、少年のズボンのポケットに押し込んだ。
熱で溶けないよう、コーティング処理されたチョコボールの小袋だ。
怯えていた少年の目が、嬉しそうにズボンのポケットを凝視してていた。
それを見て、いいかげん〈機械仕掛け〉との行軍に嫌気が差していた〈俺〉の心は、慰められた。
ちょっとだけだが……。