僕は邪魔者だと言っている人へ
誰も、僕を必要としてくれない。
僕は、皆にとって邪魔者だ。
僕は、いらない奴だ。
こんなことを言って暗く暗く考える人に、言いたいことがある。
今、君が生きている集団の外に目を向けたことがあるのか?
本当にすべての人に、存在の不必要性を語られたのか?
君自身がそう思ってしまったら、本当にそうなってしまうのではないのか?
今できることをすべてやり切った上で言っているのならば、それも良いだろう。
だが、言ってしまっては悪いのだが、人生を、自身を悲観する奴は、大抵は、本当の意味ですべてのことをできてなどいない。
今、何ができるか考えてみてくれ。
そのできることで、それ以上に昇華させることは、本当に叶わないのか?
極めに極めれば、今の集団の外で誰かに認めてもらえるかもしれないだろう?
誰も追いつけなるほどまでに鍛え上げれば、人に必要とされるようになる可能性だってあるだろう?
必要など、人により異なるんだ。
君のことを必要としてくれる人が周りにいないのだとしても、外の世界では、君のような人を待っている人がいるかもしれない。
皆など、抽象的少数団体に過ぎない。具体的に誰だよ、と言いたくなるがそれはさておき。
『皆』という集団に対して価値を見出そうとするなど、無謀の他の何なんだ。そんなもの、ある意味では井の中の蛙に他ならない。
外の世界を知らないまま自らを邪魔者だと断定してしまえばそれで終わってしまうだろう。
自らを要らないと断定づけてどうするというんだ。
小さな小さな世界しか知らない内から決めつけてしまえば、外の世界を見る気力すら失せてしまうだろう。
今の現状に絶望しているのならば、何かを変える努力をするんだ。
何かを変えようとするならば、今できることを最大値まで昇華させる方法を考えるんだ。
そのために、顔を上げ、前を見続け、ただひたすらに進み、時の流れに必死に抗い、壁の向こうの世界を信じ続けるんだ。
でないと、何も変わらない。変えることなどできない。
いいか。
世界は、無限に広がっているんだ。
たしかに、君の知っている世界では君はそのような存在なのかもしれない。
だが、それが世界のすべてではないんだ。
世界は、未来は、人生は、君がどう行動するかによって、どうにでも変えることができるんだ。
無責任? そんなこと、百も承知だ。
ただ、狭い世界の中で自分を終わらせてしまう前に、どうか、外の世界も見てみてほしい。
抗い、進み続けることによって、何かが変わるかもしれないのだから。




