落とし物
「ぬー……」
小さな寮の部屋の中で、私はひとり悩んでいた。
遠足こと、狂人形討伐作戦が結構される日まで、あと十日。私は、あることが気がかりでならなかった。
「やっぱ奥義の技名っているよな〜……」
トーラが使う奥義の、かっこいい技名が欲しかったのだ。
奥義に必ずしも名前をつけなくてはいけないわけではない。しかし、自分の操人形の奥義に技名をつけている人形操士は、かなり多い。つまり、つけておいて損はないうえに、あれば気分的にかっこいいということだ。
学園生活が始まり、これからバトルをする回数もいっきに増える。なおさら、技名が欲しかった。
そうだ、なんかアイディアが浮かぶかもしれないから、希姫さんの店に行こう。
すぐさま私服に着替え、部屋を後にした。
希姫さんの店に向かうとき、私は手さげカバンを手にしていた。そこには、人形姿のトーラがぶら下がっている。
「あっ」
走っていたので、カバンが手から地面に落ちてしまった。
ふぅ、と少し息を整えてから、すぐにそれを拾う。
時間の無駄時間の無駄…。
もう一度、希姫さんの店に向かって走り出した。
そのとき、カバンにはトーラはいなかった。
「こんにちは〜……って、あれ」
店の扉を開けると、レジのカウンター近くに希姫さんがいた。希姫さんは、誰かと楽しそうに話しをしている。
私はその話し相手に目がいった。見たことのある白い髪。眼鏡。整った顔。
店に入った瞬間、その話し相手が、こちらを横目でちらっと見た。
「き、貴様は!?ありえない!三年前に死んだはずじゃ…?」
「お前、なんかキャラ変わってるぞ」
その話し相手は白井だった。私の言葉に、迅速かつ的確にツッコミをいれてきた。希姫さんは、ぽかんとして二人を見ている。
「何しにきた?」
「それはこっちの台詞だけど!?」
「あ、すいません加賀良さん……これが……」
「無視!?まさかの無視なの!?」
二人が言い合いをしていると、その光景をしばらく眺めていた希姫さんが、やっと口を開いた。
「乃愛ちゃんって博也君と友だー」
「違います」
「即答だねー」
私は、相手が言い終わる前にすぐさま否定した。こんなやつと友達とか笑止、という感情の表れです。はい。
気をとりなおして希姫さんに質問した。
「なんで白井がいるんですか?まさか、白井の操人形も布製?」
希姫さんは返答する言葉がとくに無いようで、少し戸惑っているようだった。すると、それを補うように、横の白井が説明を始めた。
「俺は布製の操人形のことを研究するためにここに来た。勝負に勝つためにな。操人形のことについて加賀良さんにいろいろ聞いていたわけだ。まあ、理由はそれだけ」
その理由を聞いて、私はなんとなく納得した。
あ、そうだ。こんなことしてる場合じゃない。
当初の目的をふと思い出す。白井もいるが、それはそれで話しを聞いてもらいやすいと思った。
「そうそう、話し変わるけど」
そう言うと、場の空気が少し変わった。二人とも、真面目に話しを聞いてくれるようだ。
「操人形の奥義の技名ってどう思う?やっぱあった方がいいかな?あった方がいいんだったら、どんな名前がいい?」
三人の間に沈黙がはしった。希姫さんは不思議そうな顔をしてただ黙っているが、博也は何か考えるようにうつむいている。しかし、しばらくすると顔を上げた。
「まあ……俺は技名つけてるし、これは人の勝手だけど、つけたらいいんじゃないか?どうせ奥義は一つしか使えないから、たくさん考える必要がないしな」
「そっか……」
「技名のもとになる単語とかは、ネットとかで調べた方が早い。こっからは自分でなんとかするんだな」
意外にも博也は、真面目にアドバイスをしてくれた。
その後、何も買って帰らないのには気が引け、とりあえず店内を見てまわることにした。少し暗めの照明に照らされた狭めの店内で、のんびりと時を過ごした。
「…あ、これ!トーラに合いそうだし、強度も高い!」
良い布が見つかり、ふとトーラがいつも付いているカバンに目をやる。しかしそこには、いるはずのトーラがいない。
「うぇ?あれ?え?」
にわかには信じ難く、カバンの中をごそごそとかき回してよく見る。残念なことに、何度見てもトーラはいない。
「ま…さ…か……!」
この店に来る前のことを思い出す。
寮を出て、歩いて、一度転んで、また歩いて。
「あーーー!!!」
「うるさい黙れ」
驚愕のあまり大声で叫ぶ乃愛を、少し離れた場所で棚を見ている博也が静止する。
「どうしたんだ?ま、お前のことだからしょうもないことなんだろうがな」
「ここに来るときに一回こけて、そのときにトーラを道に落としてきちゃった…」
「ざまぁ」
白井の言葉など気にもとめず、すぐに店の出口へと走る。何も言わずに出て行く訳にもいかないので、一度立ち止まって、希姫さんに声をかける。
「あ、加賀良さん!ちょっと用事!時間があったらまた来ます!」
「え?あ、うん」
そう言い、私は店を後にした。
***
にゃあにゃあ。
人形姿の私が目覚めた場所、その周りではそんな声が聞こえている。その声は様々な場所からたくさん聞こえ、耳にかなり響く。私はうるさく思い、顔をしかめる。
「……まさか、野良猫のおもちゃになるとは…」
私は今、野良猫の遊び道具のようになっている。寝ている間になぜか野良猫にくわえられ、連れて行かれたからなんです。
「乃愛様はどこに行かれたのでしょう……あ、腕持ってかないで…」
すると、どこか遠くの方から聞き覚えのある声がした。
「トーラー!いたら返事してー!」
「はっ!この声は親愛なる乃愛様のお声!今すぐ行きます!」
私の女神である乃愛様は今、そこらじゅうに人形操士の力を使っていて、今私がそこに向かえば、人間の姿になれる。
もぞもぞと、芋虫のように声の方に向かう。猫に気づかれないように。
「あ」
たまたまトーラのいた方に力がかかり、操人形化する。私は人間の大きさになり、乃愛様はその存在に気付いた。
「トーラ!」
「乃愛様!」
二人は駆け寄る。乃愛様は、さりげなく抱き付こうとした、私の幸せそうな顔に膝蹴りを入れてきた。私はそのまま後ろに倒れこんだ。
「あれ?右腕は?」
「…取れちゃいました」
「ったく…私がいない間に何やってんだか。あとで付け直してあげるから、しばらくはそのままで」
私は嫌そうにうなだれたが、乃愛様はなぜか楽しそうだった。道行く人々は私の姿を見て、悲鳴をあげて逃げていっていたが、乃愛様は悠々と希姫様の店に戻った。
***
「あら、どうしたの?トーラ君ボロボロじゃない」
レジのカウンター近くに立っていた希姫さんが、心配そうに声をかける。
「…ああ、希姫様。…おかげさまで」
「とりあえずトーラ直すんで、ちょっと場所くださーい」
私は店の床を少しかりて、大きな針を使い、トーラの腕をつくり直してやった。トーラはその横で、楽しそうにそれを待っていた。