アルサーク
人形操士学園のとある庭園のような場所で、私は小さなモニターで先日のとある娘の試合の映像を見ていた。
「どうかされましたか?」
横にいる、見るからに優しそうな青年は、私に語りかけてきた。
「この櫻井 乃愛という者……何か………感じる……」
「また試合観戦ですか。お好きですね」
青年に笑いかけられながら話しかけられても、私は表情を全く変えない。変えることすら煩わしい。
「ところで、何故今回の討伐作戦を決行しようと思われたのですか?今まで行われてこなかったのに。しかもここは今は学園です。皆まだまだ未熟な高校生です。危険なのでは?」
青年にそう問われた。
でも、私は答える気は無い。
「………そうですか。では私はこれで」
彼は呆れたようにそう言い、その場を去った。
*****
「乃愛ちゃん来月の遠足、博也君とペアなんだよね〜?またまたすごいよね〜運良すぎるじゃ〜ん」
「来月ねぇ…あんなやつとペアで戦うとか意味不明」
流希ちゃんは羨ましいようだけど、私は心底嫌だった。博也に会うとろくなことがない。ましてやペアでバトルなんて。
今日は流希ちゃんと二人で、学園の外の町をぶらぶら歩いていた。でもこの町には特に用はない。なので暇つぶし程度に町を散策していたのだ。
町は都会でも田舎でもない、いたってどうということもないような場所だった。今日本当はトレーニングをする予定だったんだけど、流希ちゃんに誘われてここにきた。筑紫ちゃんは用事で来れないらしい。
私達はどっちも私服で歩いているけど、どちらも緊急時に備えて自分の操人形は持っている。
町を散策し始めて、約二時間が経ったときだった。街中のはるか前方に、見たことのあるような後ろ姿を目にした。その後ろ姿は、新しそうな小さな店の前で、何やら荷物のようなものを店の中に運んでいる。
そこにいるのは、乃愛の叔母、希姫さんだった。それに気がついた瞬間、私は流希ちゃんを連れて、すぐにそこにかけよった。
でも希姫さんはケータイを取り出し、誰かと連絡を取り始めた。
「……うん………いいよ……お願い……。」
この距離では内容は聞き辛かったけど、表情は少し分かった。希姫さんの表情には、いつもの笑顔はなかった。目つきは鋭く、しゃべり口調も静かだった。……希姫さん…だよね?
見たことのない希姫さんの表情に、自らの目を疑った。
「…えっと……希姫さん……ですよね…?」
そもそもここに希姫さんがいるのはおかしい。ここは、私と希姫さんがもともと住んでいた町からはかなり遠い。もし間違っていたらと思い、少しおどおどした様子で話しかけた。すると、その人こちらに振り返った。
「あら、乃愛ちゃん!今日はお友達と一緒なんだね。こんにちは」
やはりそれは希姫だった。顔はいつもの明るい笑顔に戻っていた。
「なんでここに?もとの場所から遠いし、店もあるのに」
「乃愛ちゃんの学校が近いし、ここの方が店出しやすいから。来ちゃった」
来ちゃったって……そんなんで店やっていけるのか心配この人…。
でも、学園の近くに親戚と手芸店があるのは、かなり安心。いつでもそこを頼れるじゃないか。
私は、さっきから気になっていたことを、希姫さんに恐る恐る聞いた。
「希姫さん、さっき誰と電話してたんですか?顔、怖くなってましたよ」
すると、希姫さんの表情は強張った。
聞いてはいけなかったかと思い、すぐさま謝った。何かあったのだろうか。
でも、希姫さんの表情はすぐにいつもの笑顔に戻った。
「いや、まあいろいろあってね。乃愛ちゃんは気にしなくていいよ。心配してくれてありがとう」
希姫の発言はいたって穏やかで、私は安心した。たいしたことではないようだ。
その後流希ちゃんと希姫さんは自己紹介をし合って、開店前の希姫さんの店を特別に見せてもらった。中はもうほぼ品物が揃って並べられている。私達はたくさんの品物を見て、目を輝せた。
店の中を見ていると、私はふとあるものに気づいた。それは、レジのカウンターの上に置いてある、可愛らしいかなり小さなハサミ。
そこに駆け寄り、そのハサミを手にとってよく見た。作られてまだ新しいみたいで、傷は全くついていない。カウンターの周りにあったティッシュをそれで軽く切ってみると、ティッシュは軽々と切れた。小さいながら、それはかなり切れ味が良いみたいだ。すぐに気に入った。
これなら可愛らしいし、トーラに持たせても良い武器になるだろうと思って、近くで荷物の整理を行っていた希姫さんに、ハサミのことを話した。
「希姫さん、このちっちゃいハサミとっても可愛いですね!売り物ですか?」
「あ、言うの忘れてた。それね、トーラ君に使ってもらおうと思って私が作ったんだ。可愛いでしょ。あと、その横に置いてある裁縫道具のセット。乃愛ちゃんたちには特別に、どっちも無料であげちゃう!」
希姫さんはそう言うと、作業を止めてそのハサミを私にくれた。
「わぁ……ありがとうございます!」
私はそのハサミと裁縫道具を受け取った。これは希姫さんが一生懸命作ってくれたもの。一生大切にしよう。
店を一通り見た後、私達は希姫さんに別れを告げて店を出た。
学園への帰り道を歩いていると、遠くで何か起こっているようで、町中は騒がしく、人だかりができている。
その人だかりの中をかき分け、人々の視線の先を見た。
そこには五メートルほどの、熊の形をした狂人形が佇んでいた。まだ暴れてはいないらしく、町は全く壊れていない。
すぐに狂人形のもとに駆け寄り、大きな声で人々に避難を呼び掛ける。人だかりは徐々に消えていき、そこにいるのは、私達と狂人形一体だけになった。
「ま〜た面倒なことに……狂人形出現か」
カバンについている人形姿のトーラを手に持ち、天に掲げた。トーラは操人形化し、戦闘態勢になった。
「私も、いっくよ〜?」
流希ちゃんも自分の人形を取り出して、天に掲げた。その人形は毛糸で編まれてできているみたいで、とても可愛らしい。それは操人形化すると、羊と竜を足したもののような形になった。大きさは一メートルくらい。
でも、二人の操人形が戦闘態勢になっても、相手の狂人形はただ棒立ちで佇み、一向に動こうとしなかった。まるで、何者かからの命令を待っているかのように。
その狂人形の様子は、あきらかにおかしかった。
「……?う、動かないならすぐに倒しちゃうけど?」
私は戸惑った。こんな狂人形相手にするのは初めてだから。
トーラは狂人形の頭の上に跳んで立ち、武器を構える。
「…?遠慮なく倒します」
トーラは、動かない狂人形の額のクリスタルをあっさりと破壊した。あっけない終わり方だった。
「なにこれ〜?じっとしてただけじゃん。こんな狂人形見たの初めて〜。ていうか、私たちの出番取らないでよ〜。乃愛ちゃんたち、二人でやっつけちゃうんだから〜」
あっという間にもとの小さなぬいぐるみ姿に戻った狂人形を見て、流希ちゃんはそう言う。落ちているぬいぐるみは、何かを訴えかけているような気がした。
私達は操人形をもとに戻した後、少しばかりその場で話していた。
……ッ!
すると、私は背後から何者かの視線を感じた。
すぐに振り向いた。そこには、小さい建物と建物の隙間に人影のようなものがあった。暗くて分かりにくいけど、人間だということは分かった。
その人影は、私が振り向いたのに気づいた瞬間、すぐに暗闇に消えた。
「あ、まて!」
その人影の後を追う。なにか嫌な予感がする。流希ちゃんはその視線に気づいていなかったらしく、私の突然の行動に戸惑ってたけど、おろおろしながらも後を追ってきた。
「乃愛ちゃんどうしたの〜?待ってよ〜……あれ…?」
なんと、今乃愛が走っていった道の先は行き止まりだった。なのに、乃愛の姿はなかった。確かにこの道へ駆けて行ったはずなのに。
「…え?どこいったの…?」
流希は今自分がおかれている状況がわからず、その場に立ち尽くした。
もう、太陽は沈みかけていた。
「待ちなさいよ!って、ん?……ここは…?」
細い路地を走っていると、いつの間にか広い道にでていた。そこはビルなども立ち並び、都会のようにみえる。だが、変に静かで、人の気配が全くなかった。さっきの人影も見失っていた。
乃愛は急に不安になり、トーラを人間姿化させる。
「今度は敵はいないようですが。どうかされましたか?」
トーラはけげんそうに尋ねてくる。
「いや、なんか……。別ににトーラにこれといった用はないんだけどね」
それを聞いた後、トーラはなぜか嬉しそうにしていた。トーラのことだから、どうせ「乃愛様が用も無しに私を必要として下さっている!なんという幸せ!」とか思っているのだろう。
気持ち悪いのでそれ以上は考えなかった。
タタタタ……
ー何かが近づいてくる。
その音は徐々に増え、さらに大きくなる。
しばらくすると、その姿が見えた。
それはなんと、十五体ほどの操人形だった。
操人形たちは、私たち二人を囲むようにして武器を構えてきた。操人形たちは全て人型で、敵意をむき出しにしてこちらをにらみつけている。
「どういう…こと?」
私はようやく気づいた。近くのビルの屋上に先ほどの人影があるのを。どうやらあいつがこの操人形たちを動かしているらしい。
「あなたは何者?目的は何?」
大声で問いかけた。すると、その人影は口を開いた。
「俺は『アルサーク』のダル。目的は……そうだな。お前の操人形を奪うことだな」
ダルと名乗った全身黒ずくめの男は、ビルの屋上から飛び降り、こちらを取り囲む操人形たちの間に立った。
私はアルサークというものを知らなかった。
「アルサーク?」
そう呟いた。
「なんだ。俺たちのことも知らないのか。まあ、お前は知らなくていい。じゃあ、始めようか」
ダルはそう言うと、腕を横に振った。すると、私達を取り囲んでいた操人形たちが一斉に襲いかかってきた。
一人の人形操士が操人形をたくさん操るなんて、聞いたことがない。
人形操士の持ち操人形は、一人につき一体だと昔から言われてきていた。
トーラは私を安全な場所へ逃がし、道の真ん中で武器を振り回す。するとすぐに操人形たちは後退して避け、また攻撃を始める。
相手は全て操人形。狂人形より動きが早く、知能も高い。前に筑紫と戦ったときとは、まるでわけが違う。一つ一つ相手にしていても、トーラはあまり攻撃を当てられない。
大きなカッターのような武器を持った操人形が、トーラに飛びかかってきた。そしてその操人形は、武器を宙を斬るように振った。すると、かまいたちのようなものが起こり、見えない刃でトーラの右腕が切断されて宙を舞った。
「……ッ!」
トーラは武器を地面に落とした。彼の武器にはそこそこの重さがあり、それを扱うにはかなりの腕の力が必要となる。右腕を失った彼は、武器を支えきれなくなっていた。落ちた武器と腕は、相手の操人形たちに切り刻まれ、無残な姿になっていた。
だが、トーラの顔はいたって冷静だった。
操人形には神経がない、あくまでも人形なので、いくら体が傷つこうとも血は流れないし痛みも感じない。だが無敵ではなく、ダメージは受け、けん怠感は感じる。そして、痛みは感じなくとも、体の一部を失うと動きがあるていど制限される。
トーラは乃愛に叫んだ。
「乃愛様!奥義を!」
「オッケー!」
しかし、トーラから炎は出なかった。武器がないからだ。
その様子を見ている私は、不安と、助けたい気持ちでいっぱいだった。遠くから見ているだけの自分が虚しく思えた。
この状況…どうすれば………あ。
ふと思い出した。先ほど希姫さんに、小さなハサミと裁縫道具を貰ったことを。
私はにやりと笑い、トーラに向かって叫んだ。
「トーラ!このバトル勝てるよ!」
裁縫道具を足元に置き、ハサミを手に持った。そして、ハサミをトーラに投げた。トーラはハサミをしっかり受け取り、左手の指先に持ち構える。すると今まで小さかったハサミが巨大化した。しかし武器が手に入っても、右腕が無いので、うまく使うことはできない。
トーラは、操人形たちの攻撃を全てぎりぎりで避けながら叫ぶ。
「乃愛様!武器があっても腕が無いので使えません!」
でめ私には考えがあるから、余裕の表情を見せる。
「……トーラ!ついてきて!」
そう言うと、近くのビルの扉を開け、中に入った。
「…?」
トーラは命令に従い、半信半疑でビルの中へと走る。操人形たちも、トーラを追って一斉に走り始めた。ダルは、ただ無言で見つめている。
今のトーラには、攻撃は避けるしか術が無い。だが持ち前のスピードで、ビルの階段を駆け上がる私をしっかりと追っていた。
やがて、トーラは操人形たちをおおきく引き離し、ビルの屋上までやって来た。
「乃愛様っ…!屋上に来たところでどうするんですか!?」
「トーラ、どこか適当に座って!」
トーラは戸惑いながらも座った。私は、大きなフェルトと裁縫道具の中にあった、大きな針を手に持った。
「まさか腕を…?」
「そのまさかだよ」
フェルトを筒状に巻き、ものすごい速さで端を縫い始めた。そしてあっという間に出来上がった腕を、トーラの肩に縫い付けた。
階段から、少し遅れて操人形たちがやって来た。皆武器を持って、じりじりとトーラたちに近寄ってくる。そしてそれらはトーラたちにあるていど近づくと、一斉に飛びかかってきた。
ガガガガガガガガガガガガガッ
飛びかかってきた操人形たちのクリスタルは、一斉に粉々に砕け散った。
「……なん…だと………?」
「あんた……ダル…だっけ?私達をなめないでくれる?」
散らばったクリスタルの破片を踏みつけるようにして立っているのは、巨大なハサミを、青い炎が灯る両手でしっかりと握りしめた、トーラだった。
「まさか、この新しい武器を使っただけで奥義が強化されるとは。しかも、一瞬で私の腕をつくってしまわれる。やはり乃愛様はすごいですね」
「な…くそっ……ありえない…ありえない!こうなったら…!」
ダルは怒りに顔を歪めながら、一匹の人形を操人形化した。どうやら、強い操人形をまだ所持していたようだ。
「…まだまだバトルはこれからのようね!」
相手のかなりの強さを感じていながらも、私は笑った。
勝負は……まだ、終わらない。