試合
トレーニングルームに入った瞬間、私とトーラの居た場所は真っ白な空間に変わった。これといった合図もなく、すぐに頭上から狂人形が一体出現した。するとどこからかアナウンスが流れた。
『これからトレーニングを始めます。相手の狂人形のレベルは四。では、三、二、一、始め』
アナウンスの声を合図に、五メートルほどの大きさの狂人形が腕を振り、攻撃をしかけてきた。
「トーラ、右に避けて相手の腹の辺りに攻撃!」
トーラは指示通り右に避け 、狂人形の腹に蹴りをいれた。狂人形はよろめきながらも、腕を振り回して攻撃を続けていた。しかしトーラはその雑な攻撃を全て跳ねてかわし、狂人形の片腕にしがみつき、それを勢いよくねじる。
それから腕を蹴って狂人形の額辺りに跳び、手でクリスタルを割った。
狂人形が倒れたかと思うと、今まで戦っていた真っ白な空間が変化し、もとの殺風景な部屋に戻った。
「楽勝だったね!じゃあ次は奥義の強化のトレーニングだよ!」
「…はい!」
ここ最近私たちは、あの白井 博也を倒すために日々奮闘している。修行のため、毎日トレーニングルームで技を磨く。ちなみに今日は休日で、授業はない。
「練習、進んでますか?」
「あ、筑紫ちゃん。わざわざ練習観に来てくれたんだ」
たまに、新しくできた友人が練習を観に来る。今日は筑紫ちゃんが練習を観にきていた。トーラを一度人形に戻し、二人で会話しながら他のトレーニングルームに移動していると、筑紫ちゃんはふと何かを思い出したように、手提げカバンからスポーツドリンクを出し、私に手渡してくれた。筑紫ちゃんは基本無表情でいつでも敬語だけど、周りのことをとても気遣ってくれている。
二人で歩いていると、筑紫ちゃんは急に立ち止まり、遠くの方を見ていた。
不思議に思って一緒に立ち止まり、同じ方向をよく見る。そこには誰も使っていない、小さな屋外試合場があった。すると、筑紫ちゃんがぼそっと呟いた。
「……今からあそこで私と試合しませんか?結構時間ありますし」
私は少し対応に困った。
「えっ……でも私まだ弱いから。少なくとも筑紫ちゃんよりは。試合はしたいけど、筑紫ちゃんからしたらきっとおもしろくないと思うよ?」
しかし、筑紫ちゃんはどうしても試合をしてほしいと言ってきた。筑紫ちゃんにしては珍しい。
私達は結局試合をすることになった。でもやっぱり私の方がたぶん弱いので、筑紫ちゃんに迷惑をかけないように頑張ろう。
そういえば、筑紫ちゃんの操人形は見たことないな。どんなんだろう。
今回の試合は、制限時間三十分で、制限時間がすぎたら判定で勝敗が決まるというルール。初めての人形操士同士の勝負、緊張するな。
そうこうしているうちに、筑紫ちゃんは人形を取り出した。小さな竜のような形をしているのは分かるけど、何でできているかはまだ分からない。
「久しぶりの試合よ。レヴィア」
レヴィアと呼ばれる操人形は、竜のような形で透明感のある水色をしていて、とても綺麗。人形というよりはフィギュアのような材質で、その筑紫ちゃんの操人形は、『獣型』だった。
ちなみに人形操士の中では、獣型を使える人の方が、人型を使える人より多い。
「あ、えっと、バトルだよ!トーラ!」
私も人形をすかさず取り出し、トーラを呼ぶ。
「初めての操人形同士の試合ですか。楽しみですね」
トーラは珍しく、バトルの開始前から武器の糸切りばさみを構えている。相手の力量が分かるのだろうか。
「じゃあ、始め」
始めの合図が出るとすぐに、レヴィアがもの凄い速さでトーラに突っ込んだ。あの素早いトーラでも、その攻撃を避けきれず、開始早々ダメージをくらってしまった。
……速い。
相手のスピードは尋常じゃなかった。高速で連続攻撃を受け続け、トーラはかなり苦戦している。
「トーラ!武器で相手の攻撃を防御して!それから隙を見て攻撃!」
トーラは指示通り一つ一つの攻撃を武器で受け止める。しかし隙がなく、攻撃を返すことがなかなかできない。
この状況をどうする…?…あ!
ひらめいた。この状況の打開策を。トーラに向けて、それを思いっきり叫んだ。
「トーラ、跳んで!そして空中で武器を下に向けて!」
トーラは何かを悟ったのか、ニコッと笑みを浮かべ、上空へと跳んだ。そしてそれを追いかけて跳んできたレヴィアに向かって武器を向けた。
「かかりましたね」
頭から突っ込んでくるレヴィアの額めがけて武器を投げつけた。相当速い速度で追いかけてきたので、その分勢いよく額に武器が刺さった。はずだった。
ガリッ
いつものガラスが割れるような音ではなく、石と石を強くこすり合わせたときのような音がした。
「私の操人形、レヴィアは鉱石でできています。残念でしたね。通常の攻撃は効きません」
操人形には、もとの人形のときの材質が反映される。鉱石などは硬く、布などはやわい。
ちなみにトーラはフェルトでできている。
「この勝負、あなたの負けです」
レヴィアは空中で体勢を整え、攻撃の形となった。トーラは狙っていた攻撃が効かなかったので、大きな隙ができている。
ー大きな攻撃の後は隙ができやすい。
そう授業で習ったのを思い出した。筑紫ちゃんは始めからトーラの動きを予想して、それを狙っていた。さすがは歴戦の猛者。
「奥義発動」
レヴィアが口を開けるとそこから、トーラに向けて超低温の冷気を吹き出した。トーラは地面に強く叩きつけられた。土煙が大きく舞い上がった。
…でも、私もトーラも、毎日のトレーニングで少しは強くなった。負けるわけにはいかないよ。
トーラは土煙の中に居て、周りからは完全に見えない。だがレヴィアは、もう勝負はついたと思い、その姿を探そうとはしていなかった。
「私の作戦勝ちでしたね。人形操士の戦いにも狂人形との戦いにも、どちらにも作戦が大事ですよ」
筑紫ちゃんは勝利を確信し、空中に浮いているレヴィアをフィギュアに戻そうとした。しかし。
「まだだよ。まだ…勝負はまだついてないよ!」
筑紫ちゃんの手が止まり、すぐに試合場を擬視する。すると、徐々に土煙が晴れてきた。
そこには、空にいるレヴィアに向けて武器を構えているトーラがいた。武器の先は、紅い炎をまとっている。
「………っ!」
私の手の周りは紅く輝いていて、奥義をすぐに撃てる体勢だった。
「奥義発動!とどけええぇぇぇぇ!!!」
トーラの武器の先から大きな炎の塊が放出される。それはレヴィアに直撃した。今度は聞きなれたクリスタルの割れる音がして、レヴィアはフィギュアの姿に戻っていた。
「トーラがレヴィアの奥義を避けていたとは。初めて試合した人間とは思えません。私ももっと強くならなければいけませんね」
「いや、レヴィアの攻撃はトーラは避けきれてなかったんだ」
よく見ると、まだ操人形状態のままのトーラの肩が、凍りついている。
「私たちもかなり危なかったよ。正直、勝てるなんて思ってなかった。筑紫ちゃんも、とっても強いからね!」
その後私達は、一緒に寮へ帰った。
寮には流希ちゃんがいて、私達はで今日の試合のことを語り合った。
今回は勝てたけど、博也と戦うときはこうもいかないだろうな。もっと頑張ろう。
翌日、私らいつものように授業を受けていた。するとホームルームで、あるプリントが配られた。それはなんと、一風変わった遠足のしおりだった。
「えーと、遠足は遠足なんだけど、なんとあの有名な亜東留山の奥地に行きます!目的は、あの山から大量に湧いてくる狂人形の討伐!来月に決まったから、楽しみにしておいてね!」
と、先生が言う。
亜東留山。それは、かなり昔奥地にたくさんの人形が捨てられたと伝わる山。それが原因で、山の奥地からレベルの高い狂人形が大量に湧いてくるのだ。ここは今までは、なかなか手をつけられなかったらしい。
遠足というよりは、ゲームでいう一種のモンスター討伐クエストのようなものだった。この学校って、こんなこともするのか。来月が楽しみだ。
狂人形をいっぺんに大量に相手にできて、なおかつチームワークを学べる。いい機会だった。
「今回の戦……遠足では、安全に配慮して2人1組で行動してもらうよ!生徒の組み合わせ表は廊下に貼りだしとくから、また見といてね!」
2人1組か…。私は誰とペアになるかな。
休憩時間、組み合わせ表を見に行ってみた。組み合わせ表の前は、かなり混んでいた。
「すいませーんちょっと…どいて…よいしょっと。私のペアは……私のペア……は!?」
人混みをかき分け、組み合わせ表を見る。そして驚愕した。
私のペアは、なんと博也だった。