試験
「行ってきまーす!」
「ほんとに一人で大丈夫?何か困ったことがあったら連絡してね」
「大丈夫です。向こうでも元気にやっていけます!」
私と希姫さんは、バス停の前で話していた。
そう、私は今日から高校の寮に住むことになる。長いこと自宅には戻れないかもしれない。
「…じゃあ、またね」
希姫さんは少し寂しげだった。でも私は、これから始まる学園生活が楽しみで仕方がない。
「さよなら!」
私は今来たバスに乗り込んだ。そしてすぐに、バスのドアが閉まった。
精一杯窓の外に手を振る。希姫さんもそれに合わせ、いつも首に巻いているマフラーをなびかせながら、手を振ってくれた。
そしてバスが発車した。
ニコォ……と、私の気持ち悪いほどの笑みの中で、一日目の学園生活が始まろうとしていた。
クラスメイト達は教室の机に向かい、担任の先生が来るのを待っている。
すると教室のドアを開け、若い女性教師が入ってきた。
「おはよう!私が今日からこのクラスの担任の、瀬尾 莉音だよ!よろしく!」
やたら元気で明るい先生だった。嫌いじゃない。
「では早速、皆んなには『試験』を受けてもらうよ!」
周囲はざわついた。どうやらクラスメイト達は、『試験』を知らないようだ。もちろん私も何も聞いていない。どういうこと…?
「あ、あの………試験というのは…どういう……」
一人のクラスメイトが莉音に聞いた。
「あ、そうか!皆んなは聞いてないんだね!じゃあ試験について説明するね!」
皆んなはごくりと唾をのんだ。
「今回の試験っていうのは、皆んなが『この学校に本当に適しているか』 をテストするものなんだよ!入学自体は人形操士であることの証明とかるい入試だけだったけど、入学してからが、君たちが学園生活をおくれるかどうかを決めるんだよ!ちなみに、この試験に落ちたら即退学だよ!覚悟してね!」
なるほど。退学…退学…たいが………退学!?は?え!?
クラス全体の空気が凍りついた。皆んな、唖然としていた。
「試験の内容を説明するね!この学園はもともと人形操士連盟で、それが学園に変わっただけなんだ!だから狂人形の研究も行なってわけんだ!だからこの学園にはその名残でたーくさんの狂人形が生け捕りにして研究施設に入れてあるんだ!
試験では、その狂人形たち八十匹をこの学校中に放すよ!そしてそれを皆んなに制限時間内に捕まえてもらうよ!捕まえられたら合格!捕まえられなかったら不合格で退学!捕まえたら先生たちのいるグラウンドに持ってきてね!あ、この学年は二百五十人くらいいるから、そのうち約百七十人は落ちるようだね!ま、皆んな超余裕って感じだよね!がんば!」
クラスメイトは全員「まじかよ……」と愚痴をこぼしていた。
「あ、皆んな!狂人形の強さは十段階のレベルに分けられてるのは知ってるよね?今回放たれる狂人形は皆んなレベル五!皆んなからしたら結構強いかな〜?」
狂人形の強さは十段階のレベルに分けられている。普通に街中などに出現する狂人形のレベルは、普通二〜五くらい。六〜八は稀に出現して、倒すにはかなりの実力がいる。一は、普通の人形状態のときの狂人形。九はここ百年の間で、わずか数匹だったという。十は一匹だけこの世界に存在したらしいが、謎に包まれている。
しかし、このうちのレベル九と十はほぼ噂や言い伝えだと言われている。
……ということは、レベル五は結構強い。五以上のレベルと戦い、命を落としちゃった人も少なくないらしくて。
「レベル五…?も、もし死人とかが出たらどうするんですか!?」
「う〜んとね〜もし死んじゃったら……
立派なお墓をつくってあげるね!」
全員が「だめだこの人…」というような顔をた。
「じゃあ、今から始めるよ!よーい、スタート!」
急すぎるスタートには全員驚いていたが、狂人形を探すためにちょっとずつ教室を離れていった。他のクラスの生徒たちも学校中に散らばり始めた。
私も急いで行かないとね!
もちろん急いで探し始めた。
私は人間の姿になったトーラと共に、全く人の気配のない校舎の廊下を歩いていた。この学園はまだ新しいはずなのに、なぜかこの校舎はとても汚く、古い。
ぎしぎしときしむ廊下を歩いていると、廊下の奥の方がから足音のようなものがした。
「向こうになにかいます!」
約三十メートル先に、普段街中などで見るようなものよりはるかに小さい、ニメートルほどの背の高さがあるの狂人形がいた。狂人形はこちらに気づいたようで、ものすごい速さで迫ってきた。
「トーラ!バトルだよ!」
「はい!」
ここでこのチャンスを逃す訳にはいかない。周りに人の気配はない。あまり大きくない狂人形と戦うのは初めてだが、そこまで強い相手ではないだろう。すぐに終わらせて、人形を持っていこう。
トーラは走って狂人形に近づく。次にジャンプし、狂人形の額に向けて蹴りをいれようとした。しかしトーラは狂人形に足首を掴まれて高く持ち上げられ、ゆかに叩きつけられる。
「…くっ……」
「トーラ!大丈夫!?」
小さいからといってあなどれないようだ。さすがはレベル六。
トーラこちらに向かってニコッと笑顔を見せる。まだ大丈夫、平気だ、というサインだ。
トーラはもう一度狂人形に向き直る。今度は腰のあたりから糸切りばさみの形の武器を取り出し、狂人形の方にそれを向ける。
「今回の相手はなかなか一筋縄ではいかないようです!乃愛様、奥義を!」
「OK!いくよー!」
私は両手を前に出す。すると、手のひらの前に、薄い赤色の光が灯る。
人形操士の役割は、人形と共に自分も戦うことだけだと、一般人からは思われがち。でも本当はちょっと違う。そもそも人形操士自体は身体能力があまり高くないことが多く、人形操士自体が操にと共に戦うことは少ない。そして操人形の生きるためのエネルギー源は、操人形ごとの主の人形操士だ。そして人形操士は、自身の操人形に奥技を使うためのパワーを与える役割がある。
私の手の光と同じ赤い光がトーラを包む。
「奥義発動!」
「これできめます!」
トーラが狂人形に向けて構えていた大きな糸切りばさみの先が炎に包まれた。
「いけえぇぇぇぇぇ!!!」
バリィィィィン!
勢いよくクリスタルが割れた音がした。狂人形の周りにクリスタルの破片が飛び散った。
「やった!これで試験合格だ!……て、トーラ?そんな顔してどうしたの?」
狂人形を倒してもう試験に合格……でも、トーラは唖然としている。
トーラの顔の前で手を振る。だが反応はない。
「トーラ、トーラ!おーい、聞いてる?」
トーラがやっと口を開いた。
「私じゃないんです……私はなにもしてません」
「え?」
「今倒した狂人形は、私が倒したんじゃないんです。私がとどめを刺そうとした瞬間横から銃弾のようなものが飛んできて、この狂人形のクリスタルを撃ち抜いたんです」
ハッとして、横の窓ガラスを見る。そこには、綺麗に小さな穴が開いていた。そして床もよく見てみると、黒い銃弾が転がっていた。
「これは…どういうー」
ガッシャァァァァァン!!!
話している途中に、私たちの前にあった窓ガラスが勢いよく割れて、人が二人飛び込んできた。
長い銃を持った金髪の少女と、頭のよさそうな眼鏡をかけた白髪の男子だ。どちらも同じ学年だろう。
「……え…?」
「………」
眼鏡をかけた男子は私たちの目の前に落ちていた、人形の状態になった狂人形の頭を持ち、何も言わず平然と立ち去ろうとしていた。
「いやいやいやいや。ちょっと待ってよ!ねぇ!」
眼鏡の男子の肩を掴んで、こちらに振り向かせた。
「なんだお前は?」
「そうです!私が変なおじ……じゃなくて!私は櫻井 乃愛!ってかこの狂人形倒したのって、私達じゃないの?」
さすがに文句を言いたかった。自分たちがダメージを与えたようなものなのに。とどめを刺したのはどうやら彼らのようだが、これは横取りされてるような気がして、不満だった。
「……俺は白井 博也。あの狂人形は俺達が撃った。どうした?負け惜しみか?」
「い、いや…でも……!隙を与えたのは私達なわけで!」
「…お前達が倒したという証拠は?ていうかとどめを刺した人間がこれを持っていくものだろう。違うか?なら俺達とお前達で戦うか?今からだと制限時間に間に合わないぞ?」
論破された…言い返しにくいし!てかこいつなんか嫌い…!
「あ、もうこんな時間だ。早く持っていかないと。
じゃあ、せいぜい頑張れよ。ま、お前らみたいな、あんな狂人形もなかなか倒せない奴らは落ちるだろうがな」
博也は去って行った。
………。
「…酷い言われようですね」
「ほんとにもう……ていうかあいつどっかで見たことあるような………うわ!あと5分で試験終了じゃん!?やばいやばいやばい!!トーラ!とにかくどうにかするよ!」
「どうにかって…」
乃愛は全速力でとりあえず走った。どこを目指すわけでもなく。…残り三分。
「ていうか、こんな時間だからもう皆んな捕まえられたんじゃないの!?!?うわあああああああああ!!!」
「乃愛様、お気を確かに!」
…私は半分我を失っていた。
「あ」
残り1分。半分我を失っていたせいか、足元を全く見ていなかったので、階段から思いっきり転がり落ちた。
「ああああああああああ」
私は転がり落ちながらもトーラの腕を無理矢理掴んだ。しかし転げ落ちる勢いでトーラは乃愛の手から離れ、とんでいった。
「ヴヴヴヴ………」この校舎の中には、あと一匹狂人形が残っていた。その狂人形は、階段の踊り場で好き放題暴れていた。暴れていた。暴れ……
メコォ……パリィン!
その狂人形の額に、上からとんできたトーラが頭から突っ込んだ。
「え」
トーラは狂人形を巻き添えにしながらさらにとび、窓ガラスを突き破った。後ろから私が追いつき、三匹(?)はグラウンドの方へ。グラウンドは、試験合格者の集合場所だ。…ということは。
『残り時間あと三秒です!三!』
カウントダウンのアナウンスが流れる。
私達はまだ宙を舞っている。
『二!』
受け付けの前までとんできた。
『一!』
私は人形の姿にいつのまにか戻っていた狂人形を、受け付けの先生に無理矢理投げつけて、そのまま地上に頭から突っ込んだ。
『以上!受け付け終了です!……今何故か空からとんできたそこの君!君は……』
私は突っ込んだ衝撃で、気を失っていた。ちなみに、トーラは横で人形の姿で落ちていた。
『ギリギリ合格です!おめでとう!……てあれ?生きてる?』
周りから歓声があがる。
「……なんだあれ。バカなのか?」
博也が受け付けの近くでゴミを見るような目で呟いていたようだが、全く聞こえなかった。
…でも、倒れている私の顔は、かすかに笑っていたらしい。